ミネルバは現地のラドル隊と合同で、地球軍基地ガルナハン攻略及びローエングリンゲート突破作戦を実行することとなった。
ラドル司令、グラディス艦長らの話し合いの結果、MS隊の作戦立案はアスランが任された。
基地に近づくには狭い渓谷を抜ける道しかないのだが、その終着地点にやっかいなローエングリン砲が構えているという。
さらに、MS隊の他、陽電子リフレクターを装備したMAが配備されているらしく、これまでのザフト側の作戦は全てが惨敗だったという。
今回、現地のレジスタンスが協力することになっていた。
彼らの情報を得て、ガルナハンのローエングリン砲台を破壊する作戦を実行するのだ。
作戦立案後、アスランはパイロットたちをブリーフィングルームに招集した。
そこで、またシンが反抗的な態度をとった。
この作戦はシンのインパルスでなければ実行不可能だった。
操縦技術、タイミング、即座の判断力……どれも高い技術が求められるものではあったが、シンならば成し遂げられるとアスランは思っていた。
実際それを彼に伝えた。
が、彼は素直には受け入れない。おまけに、レジスタンスの協力者の少女ともひと悶着起こす始末だ。
だがアスランは、主要な任務を彼に託した。
彼を信じよう。彼の行動を見届けよう。
誰かのような余裕を無理に持って、そうした。
作戦は大成功だった。
シンのインパルスが、レジスタンスが教えた抜け道を通って砲台の至近距離に出現した。
そのタイミングも良かった。
敵MS隊はルナマリアとレイのザクが薙ぎ払い、ミネルバやレセップス級らを護った。
セアのレジーナは空を自在に飛び回り、斜面のあちこちに配置された固定砲台を片っ端から破壊した。
アスランのセイバーは、敵MAを抑えた。巨体であったが大した敵ではなかった。
結局、シンがローエングリン砲破壊に成功するなり、地球軍は直ちに撤退した。
そのままインパルスとともにガルナハンの町に降りた。
住民たちは歓喜に沸いていた。自分たちを支配する地球軍から救ってくれた……と、感謝の言葉を口々に叫んでいた。
シンはそのただ中で、満足げに笑んでいた。
これまでの彼の表情とは一変して、とても清々しく、達成感に満ちた顔をしていた。
現地の人間たちと純粋に喜びを分かち合い、彼らからかけられる言葉に、素直に嬉しそうに笑っている。
だが、アスランは知っていた。
この歓喜の中、怒りと憎しみがすでに吐き出されていることを。
人々が、逃げ遅れた地球軍兵士を捕まえて、容赦なく惨殺している様を。
銃声は歓声でかき消されていた。
が、悲劇は確かにそこに存在していた。
勝者と敗者。支配者と被支配者。喜びと恨み。
相反するモノが、同じ人間どうしの中でぶつかり合う。その光景……。
これが、さらなる争いの火種なのだと……それを、もうアスランは知ってしまっていた。
が、アスランには何もできなかった。虐殺を止めることさえできなかった。
そんな……ナナが発する言葉の力や意志を、まだ持ち合わせてなどいなかった。
己の功績を正義として疑わないシンにも、何も言うことができなかった。
少し前の自分の姿を見ているような気がしたからだ。
未だ本当の戦争というものを知らない彼に、言葉で伝えることは困難に思えた。
今は、まだ……。
ひとつだけ。
解放された町の様子を空から眺めている時に、聞こえてきた声があった。
≪これで……良かったんですよね……?≫
かすかに震える、セアの声だった。
彼女は、レジーナのコックピットで自分と同じものを見ていたはずだった。
地球軍兵士を撃ち殺す住民たちや、それを知らずに歓喜に沸く者たちや、その輪の中で満足げに笑うシンを……。
彼女がどういう意図でそうつぶやいたのかわからなかった。
ザフトの兵士ならば、当然、作戦成功を喜んでいいはずだった。
ましてや、彼女は今回もよく働いた。的確に役割を実行し、戦果もあげていた。
が……彼女は感じている。この、作戦成功の先にあった世界の闇を……。
それはアスランにとって救いだった。
たとえ、セアのつぶやきに応える言葉がみつからなくとも……。
セアが、ほんの少しだけでもナナのように感じてくれていることに……何故だか安心したのだった。
ブリッジで作戦行動の報告を済ませ、ようやくひと息ついたときだった。
セイバーの整備の状態でも確認しに行こうとドックへ向かっていたアスランは、ひと気のない居住区の通路でセアに出会った。
「あ、ザラ隊長……!」
セアはかしこまって敬礼をするので、それは必要ないと言うと、彼女は躊躇いがちにうつむいた。
今までのように、一刻も早く立ち去りたいという雰囲気ではなかった。
居心地悪そうにはしていたが、以前よりは警戒心が溶けたように思えて、アスランは彼女に話しかけることにした。
「シンたちが自機の整備をしている時に、君はよくひとりでどこかへ行っているようだが……何か他の任務に就いているのか?」
以前から、時おりこうして通路でひとりきりのセアに会うことがあったため、アスランの中になにげない問いとして存在していた。
だが、セアは身を縮めるようにして答えた。
「あ……あの……、メディカルチェックを受けることになっていまして……それで……」
セアは言いにくそうに説明した。
“あの事故”以来、専属のドクターがついていて、この艦にも乗っていること。
決められた時間と戦闘後には必ず、そのドクターのよるメディカルチェックを受けよう、デュランダル議長から直々に言われているのだということを。
「議長が?」
「は、はい。“あの事故”以来……議長が何かとお気遣いくださっていて……」
アスランは納得した。
あの惨劇を生き延びたセアは、プラントにとって奇跡の象徴なのだろう。
デュランダル議長が彼女のことを手厚く保護するのも、期待をかけるのもわかる気がした。
もっとも、あの事故のことなど考えたくもなかったが……。
「あ、す、すみません……!」
最後に思ったことを察したかのように、セアは慌てて謝罪した。
「事故のことなんて……お聞きになりたくないですよね。すみません……」
被害を受けた張本人にもかかわらず、彼女は自分を気遣ってうつむいている。
「いや……」
曖昧に答えながら、アスランは改めて彼女を眺めた。
プラントの高度な医療技術によって、外見上、事故で負った傷は見られない。MSのパイロットを務められるのだから、運動能力的にも後遺症はないはずだ。
が……心理的外傷はどうか……。
「君も、大変だったな……」
“事故”に対する感情は胸の奥底に抑えつけ、そう言葉をかけた。
今までその感情を
少しだけ反省しながら、彼女の答えを待つ。
「い、いえ……。あの、ドクターからはパイロットとしての資質に問題はないと言われていますし、この薬も……、後遺症を抑えるというより、ダメージを受けた部分を補強するサプリのようなものというか……あの、ですから私は、大丈夫です……!」
何を勘違いしたのか、セアは精一杯の言い訳をしながら、たった今受け取って来たと思われる薬のケースを差し出して見せた。
「あ、ああ……」
戸惑いつつ、考えを巡らした。
そして、白い薬のケースと少し涙目のセアを交互に見て、気がついた。
事故のせいで怪我を負ったが、パイロットの資質は十分とのお墨付きを専門医からもらっている。だから、決して足を引っ張るようなことはない……と、セアはそう言っているのだ。
まるで、そんな大怪我を負った人間が赤服を着て新型MSに乗っていることを、不安に思われているかのように。
いや、実際にそんな言葉を耳にしたことがあるのだろう。
だが敢えて、デュランダル議長はセアをこの艦に乗せ、レジーナを与えたのだ。
彼女が、奇跡の人だから……。
「この艦に乗るよう、デュランダル議長が直々に命じたのか?」
セアはようやく顔を上げた。
「は、はい。特別に取り計らってくださって……。レジーナも、本当はルナかレイが乗るはずだったと思うのですが、議長が、私には『生き延びる力がある』と……『それだけで素晴らしい能力だから』と……おっしゃってくださって……」
言い訳口調はまだ続いていた。
どうやら彼女は、弁解するような場面では早口になり、言葉数も増えるようだ。
そんな必要はないというのに。
「君のパイロットとしての能力は問題ないよ。レジーナに相応しい」
だから、そう言ってやった。
これまで彼女と共に戦って感じた、本心だった。
「ほ、本当ですか……?」
セアはようやく顔を上げた。
わずかに警戒はしていたが、目を輝かせ、頬は少し赤くなっている。
「操縦技術も、作戦中の判断能力も、赤を着るのに申し分ない。それは断言できるよ」
今度は、セアはほっとした様に息を吐いた。
「よかった……」
そして、呟くように言う。
「同期の仲間は、“あの事故”でほとんんどいなくなってしまったので、私がみんなの分も頑張らなくちゃいけないんです……」
その純粋な決意は、自身に言い聞かせているようだった。
「そうか……」
本当は、強い人間なのかもしれない……。
アスランはそう思った。
“あの事故”でどれほどの傷を覆ったのかはわからないし、まだそこまで思いやってなどやれないが……、彼女はちゃんと自分の足で立って歩いている。
自分の目で見て、感じて、考えて……誰より頼りなく見えて、実は誰よりもしっかりしているのかもしれない。
「あまり無理をするなよ。体調が悪くなったら、すぐに言うんだ」
そんな人間がついしてしまうことを案じて、アスランはそう言った。
気遣ったつもりだった。
が、セアは再び懇願するような顔つきで答えた。
「は、はい! あの……少しでも具合がおかしければ、ちゃんと報告する誓約をしています……ので、決して艦にも隊にもご迷惑をおかけしません……」
足を引っ張るようなこともしない……と、また早口でそう言った。
それに対し、純粋に身体のことを心配しているだけだとは言えなかった。何を言っても、まだ彼女には届かない気がした。
「オレはセイバーの整備状況を確認しに行くが、君も行くか?」
代わりに、『隊長』としての言葉をかける。
「は、はい! 私も参ります」
セアは胸元で薬を握りしめ、ほっとしたような顔をした。
「レジーナの戦闘ログを参照するか」
「はい! ぜひお願いします!!」
セアは、初めて警戒を解いて笑った。
ドックに行くまでずっと、彼女は少し後ろをついて来た。
作戦終了時につぶやいた事の本心を、尋ねるのは止めにした。
今は、まだ……。