ミネルバはディオキア基地に入港した。
美しい海辺の街だった。
だが、そこでアスランは意外な人物に遭遇する。
基地は軍事基地らしからぬ浮足立った空気に包まれていた。
それがミネルバを歓迎してのことではなったから、何事かとルナマリアたちと辺りを歩いてみた。
と……派手なピンク色に塗装されたザクの手に乗って、ラクス・クラインが歌っていたのだ。
兵士たちは彼女の歌声に呼応するように、手を振り上げ、声を張り上げ、そこはまるでコンサート会場と化している。ミネルバのクルーたちも、こぞってその場へ駆けて行った。
だがアスランは、目の前で生き生きと歌う彼女が
いつかプラントで会った、ミーアという少女だ。
つまり、あれはラクスの偽物なのだ。
だが、「感じが変わった」といぶかしがるルナマリアやメイリンに対し、「それは偽者だから当然だ」などと真相をいう訳にはいかない。
それでは、デュランダル議長の意向にそぐわぬことになる。
だから何を問われても曖昧に返すしかなかった。
さらにもうひとり、この基地にはそのデュランダル議長本人が訪れていた。
この混沌とする情勢の中、何故プラントを離れてわざわざ戦渦の広がる地球へ……。
疑問に思いつつも、アスランはシンら他のクルーたちとともに、議長に招かれて懇談会に行くこととなった。
「このところは大活躍だそうじゃないか」
面会するなり、議長は特にシンの活躍をねぎらった。
無論、先のガルナハンでの作戦の戦果もすでに議長の耳には届いているようだった。
珍しく緊張していたシンも、目を輝かせて嬉しそうにしている。
議長は、セアに対しては特別に体調を気づかった。
「ドクターから直接報告を受けて、問題はないとわかってはいるがね……無理をしてはいけないよ」
師であるかのような、温かい言葉だった。
「はい」
セアは顔を赤くしてうつむいた。
自分に対してそうしたように、色々と言い訳をするようなことはなかった。
シンとセアだけではなかった。
ルナマリアも、議長を心から尊敬しているようだったし、レイに至っては崇拝しているような眼差しにも見えた。
皆、若くて経験の浅い少年兵だ。軍のトップから直接言葉をかけてもらって、戦功を認めてもらって、素直に喜ばないはずはなかった。
だがアスランは、先ほどのミーアの姿が引っかかっていた。
だから議長からねぎらいの言葉をかけられても、シンたちのように素直に光栄に思うことはできなかった。
ミーアの歌と議長の言葉に戸惑い、そしてシンのあからさまな優等生ぶりに少し呆れているなか、話題は現在の世界情勢へと移った。
議長と艦長の会話を注意深く聞く。
月の地球軍とは、相変わらず小規模な戦闘を繰り返すだけということ。
とにかく世界中で情勢が複雑に絡み合い、どうすべきか悩ましいということ。
停戦、終戦に向けて動こうとしても、地球連合側がなにひとつ譲歩しようとしないこと。
「戦争などしていたくはないが、こちらとしてもこのままではどうにもできない」
穏やかな口調で、議長はそう話した。
「軍人の君たちにする話じゃないかもしれんがね。やはり戦いを終わらせる、戦わない道を選ぶということは、戦う道を選ぶよりはるかに難しいものなのだよ……」
そっとため息をつくようだった。
その出口の見えない混沌の真っただ中に、ナナはいた。
どうにか未来を切り開こうと、まっすぐ前を向いて歩いていた。
同じく世界の中心で戦う人間の言葉を直に聞くと、アスランは彼女を思わずにはいられなかった。
「でも……」
が、それを遮るようにシンが口を開いた。
皆の視線を集めて彼は一度言葉を引っ込めたのだが、議長に促されて言いかけたことを口に出した。
「確かに、戦わないようにすることは大切だと思います。でも、敵の脅威がある時は戦わざるを得ません。戦うべき時には戦わないと……何ひとつ、自分たちすら護れません」
最初は躊躇いがちに、だが、最後には力強く。
「普通の……平和に暮らしている人たちは、護られるべきです!」
そう言い放った。
とてもまっすぐな言葉だった。アスランもかつて同じ言葉を言っていたと自覚している。間違ってはいないはずだった。
が……今は知っている。
「しかし……」
知ってしまったから、黙っていることはできなかった。
「そうやって、撃たれたから撃って、また撃ち返して……。それは何時まで続くのかと……。何が敵で何が悪かったのかと……以前、問われたことがあります」
絶海の孤島で、二人……出逢った時のことが思い出された。
あまりに強烈な出会い。
弱くて強い、ナナの姿……。
答えを求めているくせに、何の迷いもない言葉。
今もまだ鮮明に覚えている。
「私はその時、答えることができませんでした」
あまりに無知で愚かだった自分のことも。
「そして、今もまだその答えを見つけられないまま、こうしてまた戦場にいます……」
皆の前で想いを言葉にして、ナナを失ってからずっと、自分の足元が不確かなものだったことを思い知る。
答えを見つけたかった。
ナナとなら、見つけられると思った。ナナなら、世界中の皆を答えに導くことができると信じていた。
それが叶わなかった無念さが、心を侵食し続けている……。
吐露した想いが、その場の空気を重くした。
「そう、問題はそこなのだ……」
議長は共感するようにため息つき、立ち上がった。
「何故我々は戦い続けるのか。何故戦争は無くならないのか。いつの時代も、戦争は嫌だと人々は叫び続けているのにね……」
外の景色を眺めつつ、議長はナナが嘆いていたのと同じことを言った。
そして、少しの間をおいてテーブルの方を振り返った。
「君は何故だと思う? シン」
不意に問われ、シンの肩が揺れた。
夕日に照らされた議長の顔は柔和で、シンへの問いがいたずらでも試すようでもないことが見て取れた。
「それは、やっぱり……」
シンは戸惑いながらも、自分の言葉で答えた。
「いつの時代も、ブルーコスモスや大西洋連邦みたいに身勝手で馬鹿な連中がいるから……。違いますか?」
最後は、恐る恐る尋ねた。
「そうだね……。それもある」
議長は微笑を浮かべたままうなずいた。
「誰かの物が欲しい、自分たちと違う、憎い、怖い、間違っている……。人はそんな理由で戦い続けているのだ」
欲望と差別、憎しみや恐怖、異なる価値観……人の心の闇が、戦いの根本にあることを、議長はさらけ出した。
そして。
「だが、もっとどうしようもない、救いようもない一面もあるのだよ、戦争には」
その言葉に、若いパイロットたちが小さく息を呑んでアスランを見た。
セアも伏し目がちにこちらを見ていた。
何故かはわからない。
が、自分がそれを知ってしまったことを、彼らが確信しているように思えた。
議長はなおも夕日を見つめて語った。
戦時中の今、新しい機体が開発され、次々と戦場に送り込まれていること。ミサイルの生産すら追いつかないほどであること。
そして、これを産業として考えてみると、これほど回転率が良く、利益が上がる産業はないのだということを。
議長の流れ出るような言葉に、その場は艦長やアスラン自身も含めて困惑した。
何故、議長がこの場でそこまでのことを語るのか意図がわからなかった。
だが議長は皆を見回しながら続けた。
戦争である以上、それは当たり前……仕方のないことだ。
しかし人は、それで儲かると知ると“逆”も考えるものなのだ。
そしてそれすら、仕方のないことなのだ……と。
「逆……ですか……?」
シンはまだ呑み込めてはいなかった。
当然だ。
そんな世界の仕組みや人間の本性まで、考えたことはなかったはずなのだから。
「戦争が終われば兵器はいらない。それでは儲からない。だが逆に戦争になれば自分たちは儲かる……と。そんな人間たちにとって、戦争は是非ともやって欲しいこととなるのではないのかね」
「そんな!」
動揺を隠せないシンが叫んだ。
が、議長は止めなかった。
これまで戦争の裏に潜んでいた軍事産業で利益を得る者たちの存在を口にし、彼らが戦争を引き起こす一端を担っていたと明かした。
そして、淡々とこう言ったのだ。
「今度のこの戦争の裏にも、間違いなく彼ら『ロゴス』がいるだろう。彼らこそが、あのブルーコスモスの母体でもあるのだから」
『ロゴス』の名にアスランは息を呑んだ。
「彼らに踊らされてしまっている限り、プラントと地球はこれからも戦い続けて行くだろう」
ナナは何と言っていただろうか……。『ロゴス』の名を口にしたことがあっただろうか。
「できることなら、それを何とかしたいのだがね……私も」
議長の言葉は残酷だった。
この場にいる全員にとって、頬を叩かれるような感覚だったに違いなかった。
「だがそれこそが、何より本当に難しいのだよ……」
皆、艦長までもがテーブルの上に視線を落とした。
アスランも、冷めた紅茶に映る情けない自分と視線が合った。
「あるいは、“平和の女神”がその答えを導いてくれると、誰もが思っていたんだがね……この私も含めて」
議長の視線を感じた。
温かくも冷たくもない、そう感じた。
「だが、“人類の奇跡”とも思われた彼女は……すでに失われてしまった。まるで……神が人から彼女を奪い去ったかのように」
ひどく尊大な表現だったが、当然、誰も否定しなかった。
アスランも不思議とそれが誇大表現であるとは思わなかった、
ナナの存在は人類にとって奇跡だった。
争いも、彼女の言葉で収まった。憎しみに向いていた心を、彼女の言葉に導かれて、未来へ向けることができた。
皆で、同じものを見ようとした。懸命に戦いながらも、平和な未来へ向かおうと。
彼女が全てを変えるはずだった。
撃たれたから撃って、また撃ち返して……その連鎖を、ナナなら止められると思っていた。きっと……この世界の、そう少なくない人々が。
そんな人間が、突然この世界から奪われてしまった。
その喪失感は個人的なものだけではない。デュランダル議長や大西洋連邦の連中、プラントの評議会や地球の国々の首長たち。彼らにとってもまた、大きな損失であるのだ。
「我々は奇跡の手段を失った。だからこそ……」
隣でシンが、議長をまっすぐに見ているのがわかった。
アスランはまだ、顔を上げることができなかった。
「だからこそ我々は、ひとりひとりが考え、行動することによって、未来へと進んで行かなければならない。とても難しいことだがね……」
ナナがいなくなってから自分が強く思っていることを、議長は口にした。
たぶん……キラも、ラクスも、そしてカガリも繰り返し思っただろう。
それを“外側”から言われると、角度が違って新鮮に聞こえた。
自分たちのそれは強い決意のはずだった。
だが……こうやって“外側”の人間の言葉で聞いてみると、ひどく危うい。
それしか道はなく、それだけが人々にとって正しい道であるはずなのに、とても脆いもののように思えてしまった。
正しくて、危うい言葉。強くて尊いが、脆い言葉。
が、その言葉に、シンは強くうなずいた。
ルナマリアも、レイも、セアも、希望を称えた目で議長を見ていた。
希望を持たなくてはナナに近づくことはできないのに……アスランは彼らのようにはなれなかった。