見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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離艦

 

 ハイネ・ヴェステンフルスの遺品を乗せた車を、赤服のメンバー全員で見送った。

 遺体はない。

 ただ彼の部屋に残されたわずかな身の回り品だけが、両手で簡単に持てるくらいの箱に詰め込まれて、彼の遺族に手渡される。

 シンは肩を震わせていた。

 もちろん、それは怒りである。

 

「あいつらのせいだ!」

 

 彼はそうきっぱりと口にした。

 

「あいつらが乱入してこなければ、ハイネは死ななかった……!」

 

 否定することはできなかった。

 他の者たちも、何も言わなかった。

 

「何やってるんだよオーブは! 何がしたいんだよっ……!」

 

 憤りはアスランに向けられた。

 それでも、何も言えなかった。

 ニコルを失った時の痛みが蘇った。

 まだはっきりと覚えているその痛みは、今回のものと全く同じだった。

 そして、キラと戦った時の痛みも思い出した。

 心が……敵対しているのだろうか。あの時のように。

 そう思ったが、答えを出す気にはなれなかった。

 シンとは異なる怒りを、アスランは抱えていた。

 何故、あんなことをしたのか……。

 あんな場面で出て来て、カガリは本当にオーブ軍を止められると思ったのか?

 キラやラクスたちは、彼女の意思に賛同してあの場での戦闘を決意したのか?

 それで本当に止められると思ったのか?

 そんな……理想だけで。

 ナナがいないのに、彼らだけでそんなものを振りかざして、この現実を打開できるとでも思っているのか?

 

(ナナがいないのに……)

 

 まるで……ナナを失ってからずっとぽっかりと空いていた胸の穴が、怒りの感情で埋め尽されていくようだった。

 

 

 

 虚しさが無くなったおかげで、意外と早く次にとるべき行動が見えた。

 アスランはすぐに、艦長室を訪れた。

 グラディス艦長に申し出たのは、「離艦」だった。

 アークエンジェルのクルーを探し出して、行動の意味を問い正す……それが目的だった。理由は、「納得できないから」である。

 あんなにも多くの犠牲を出してまで彼らが戦場を混乱させた訳を、どうしても知りたかった。

 彼らが現状を知らずに、ただ理想だけで……ナナの真似事をして行動をしているのなら、それは不可能なことだと止めたかった。

 ちゃんと話し合って、オーブのことについても、カガリのことについても、解決の道を探したかった。

 そしてそれは、彼らを良く知る自分の役目であると思った。

 正直な思いを、艦長に吐露した。

 少し迷いつつも、艦長は探るような目で尋ねた。

 

「それは……ザフトのフェイスとしての判断かしら?」

 

 すぐに「はい」と答えた。驚くほど、自分の中に迷いはなかった。

 

「なら私に止める権限はないわね」

 

 艦長はアスランの意見に同意した。

 

「確かに私も、あれは無駄な戦い、無駄な犠牲だったと思うわ。あのまま地球軍と戦っていたら、こちらもどうなっていたかはわからないけど……」

 

 そうして、アスランの離艦は了承された。

 

 

 

 パイロットスーツに着替え、ロッカーの扉を閉めると、わずかな荷物だけをつめたパックを持ち上げた。

 本当に自分でも驚くほど、心は落ち着いていた。

 いや、艦長に言ったとおり「納得できない」という憤りは渦を巻いている。

 だが次の行動が見えているだけに、それを水面下にコントロールできている感覚だった。

 

(ナナもこんなふうにして進んでいたのだろうか……)

 

 ふとそう思いつつ、ロッカールームの扉を開いた。

 ドックに向かって歩きかけた時、横の壁に背中を張り着かせたセアの姿が視界に入った。

 

「セア……?」

 

 セアはその場に直立すると、両手をきつく握り合わせてうつむいた。

 

「どうしたんだ? こんなところで」

 

 セアはしばし無言だった。初めて会った時のように、怯えているようだった。

 

「オレはドックに行かなければならないから」

 

 そう言って彼女の横を通り過ぎる。

 今、自分が向かう先を誰にも告げる気はなかった。

 が。

 

「あ、あの……!」

 

 セアが意を決した様に言った。

 

「ど、どこへ行かれるんですか……?」

 

 今しがた告げた「ドック」ではなく、“その先”の目的地を彼女は尋ねていた。

 少々戸惑った。

 彼女から踏み込まれたのは、とても意外だった。

 

「あの、すみません……。ここに入られるのを見かけて……。オペレーションも入っていないのに……あの、疑問に思いまして……」

 

 消え入りそうな声に、アスランはため息をついた。

 そんなに話しかけるのが怖いのなら、その程度の疑問は忘れてしまえばいいのに……と思った。見なかったことにすればいいだけの関係だと、自覚もしている。

 そうして考えた。

 ではなぜセアは、ありったけの勇気を振り絞ったようにしてまで、この行動の意味を訪ねるのか……。

 彼女に限って、ただの好奇心であるはずはない。邪推して、上官に報告することが目的とも思えない。

 何故、彼女はここに居るのか……。

 もう一度そう問い返そうとした時、先にセアが口を開いた。

 

「どこかへ、行かれるのですか?」

 

 彼女の視線はうつむいたままだったが、アスランが持つ荷物をチラリとみていたのが分かった。

 そして今度は、「どこへ」ではなく「どこかへ」と尋ねてきた。

 ようやく気づいた。

 彼女が“心配”してくれていることに。

 心配されるだけの関係性を、彼女との間に作り上げられたとは思っていなかったが、それは間違いだった。

 

「セア、君には関係ないことだ」

 

 敢えてそれをぶち壊した。

 だが、本当にそれしか言いようがなかった。

 

「だが安心してくれ。艦長の許可はもらっている」

 

 彼女が安心する言葉を添えるのが精いっぱいだった。

 それでホッとして、黙って行かせてくれると思った。この行動が艦に害を成すものでないと知って、安堵の表情を浮かべると思った。

 だが。

 

「あの……!」

 

 セアが初めて顔を上げた。

 とても強い瞳だった。色は違ったが、ナナによく似ていた。

 驚いて通り過ぎることを忘れていたアスランに、セアは言った。

 

「アークエンジェルを探しに行かれるんですか?!」

 

 よほど無理矢理に声を出したのか、声は上ずっていた。

 が、アスランは圧倒された。

 彼女が自ら踏み込んできたことに。そして、ナナのように全てを見通していたことに。

 

「セア……」

 

 答えることもままならなかった。

 せめて「どうしてそう思ったのか」と聞きたかったが、言葉が出てこなかった。

 

「……そうですか……」

 

 沈黙を、彼女は肯定と受け取った。

 だが、続く言葉は無かった。彼女は疑問に思うことも、引き留めることもしなかった。

 

「すまない……セア」

 

 再びうつむいた彼女にかけたのは、謝罪の言葉だった。

 思い違いかもしれないが、彼女が純粋に自分の複雑な心情を慮ってくれていると、アスランは感じていた。

 引っ込み思案で消極的で、コミュニケーション能力が著しく低いセアであったが、それでも協調性はあった。

 そして誰よりも、周りのことを気遣う能力があった。

 それを、これまでの共同生活の間でアスランは知っていた。

 

「みんなにはまだ言わないでくれ。頼む」

 

 そう言い残し、アスランはようやく歩き出した。

 

「ザラ隊長……、あ、アスラン……!」

 

 震える声に呼び止められ、最後にゆっくりと振り返った。

 セアは大きく息を吸って、小さな声で言った。

 

「アークエンジェルの人たちとの……お話が終わったら……。ま、また……戻って来ますか……?」

 

 彼女の目に、「戻って来てほしい」というような熱望は無かった。

 それに失望はしなかった。彼女の気遣いだけを受け取った。

 

「さぁ……どうだろうな……」

 

 ため息のように答えて、彼女に背を向けた。

 もう、呼び止める声は無かった。

 

 あの震えるような瞳はやはり、ナナには似ていなかった。

 

 

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