焼けただれたコンテナの残骸の側で、アスランはその光景を見ていた。
整備班、医療班……、全ての生き残ったクルーがそこに集まっていた。
中には怪我をしている者も多かった。
もちろん、ブリッジのスタッフも皆そこに居た。
彼らに向かって、ナナは退艦の挨拶をした。
アスランの知らない、彼らとナナとの時間。
安心したような全員の顔を見れば、それがどれほど過酷な時間であったかがわかる。
そして、ザフトだった自分が、いかに彼らを追い詰めていたのかを。
それからもうひとつ、彼らがナナを心から頼りにしていたであろうことも、ひしひしと伝わって来た。
「もう、みんな泣かないでよ! どうせ後でまた会えるんだし」
「だけどっ! お前、この艦っ……降りるって……!」
「降りるっていうか、けじめだよ、けじめ。さんざんお世話になったから」
「う、うぅ……」
「マードックさん、そんなに泣かないでってば! ただ、地球軍の軍服を脱ぐから、みんなに挨拶をって思っただけなのに……」
「ナナ!!」
「ていうか私、実はアルバートン提督の計らいで、正式には軍人登録されてないの。今まで黙っててごめんなさい」
「そんなこたぁどうでもいい……!」
戦後処理はすぐには片付かない。
彼らの処遇も、身の振り方も、これから決まる。
つまりは、まだナナがこの艦を出入りして、色々と立ち回らねばならないのだ。
そのくらい、彼らもわからないわけではないだろう。
だがそれでも『別れ』を感じるのだ。
ナナが自分たちと同じ軍服を脱ぐということに……。
それは、軍人であったアスランにもよく理解できた。
「お前、よく生きてたな」
ナナを囲む輪はなかなか解けそうもなかった。
そこから外れ、アスランの傍らに立ったのはディアッカだった。
「お前も……無事でよかった……」
ディアッカはもの言いたげな顔をした。
アスラン自身も、彼と話したいことは色々あった。
オーブでの再会後……彼とはあまりゆっくりと話す時間が無かった。
いや、そもそもザフトに居た時からも、彼とちゃんと向き合ったことはなかったように思う。
「これから大変だな、あいつも」
が、ディアッカは視線を外した。
その先に、別れを惜しむ仲間たちの肩を豪快にたたくナナがいる。
「また面倒な役割背負っちまって」
「ああ……そうだな……」
ディアッカの『また』という部分が、やけに強く聞こえた。
「お前が支えてやれよ、っつーか、しっかりしろよ!」
同じ赤服を着ていた頃には聞けなかったような台詞に、アスランは彼の横顔を凝視した。
わずかに頬を赤くし、ばつが悪そうな顔をしている。
彼にこんな台詞を言わせたのはナナなのだ。
「アイツが倒れたら、この艦のヤツらもオーブもオレたちも終わりだからな!」
憎まれ口も、どこか下手くそになっている。
「ああ、わかっている」
苦笑すると、ディアッカはこちらを睨んだ。
が、ひとつため息をついてこう言った。
「落ち着いてからでいいぜ」
「え?」
言葉の最後、彼は少し目を伏せていた。
「お前と話すのは」
様々な思いが駆け巡った。
お互い、話すことがどれだけあるのか……。
かつての関係のままであれば、特に話す必要は無かったように思う。
が……アスランの中にも、彼に話したいこと、聞きたいことはちゃんと存在していた。
きっと、ディアッカも……。
「そうだな、いずれちゃんと話そう」
まるでキラとそうするように、穏やかな笑みを交わす。
それはとても新鮮で、それでいて自然な気がした。
「あ、ディアッカ」
ようやく仲間の元を離れたナナが、こちらに気づいてやって来た。
「ねぇ、これからどうしたいのか考えといてくれる?」
そして、突拍子もなくディアッカに言う。
「は?」
「ザフトに戻りたいのか、プラントに帰りたいのか、オーブに来てもいいし……」
「いや、オレは……」
「大丈夫! アナタのことも、反逆罪とかにはならないようにザフトと交渉しておくから」
「は? いや、そんな簡単に……」
「大丈夫だから、とにかくその後のことを考えておいてよ」
突然のナナの申し出に、ディアッカは困惑の表情を浮かべた。
無理もなかった。
これから両軍を取り持つ調停者として立つことを決めたばかりのナナが、まだ何も決まっていないにも関わらず、彼の処遇についてまで考慮しようとしているのだ。
返答に困った彼は、こちらを向いた。
「ディアッカ、今はナナに任せておけばいい」
彼と、そしてナナを安心させたくてそう言った。
「けどよ……」
「そうそう、私に任せておいて」
ナナはディアカの肩をバンバンと叩くと、振り返ってマリューにも言う。
「マリューさんも……この艦のクルー全員に、今後の身の振り方についての希望を聞いておいてくれますか?」
「希望って……」
「これから地球軍と交渉して、みんなの身の安全は絶対に確保しますけど、その後のこともできるだけ希望が叶うよう取り図りたいので」
「ナナ……」
「それじゃあまた連絡を入れます。今のうちに交代で休んでおいてください」
「え、ええ、わかったわ」
ナナは別れを惜しむクルーたちに手を振り、マリューにそう言い残してシャトルに乗り込んだ。
「もう、みんな大げさなんだから」
シートに深く腰掛け、ナナはため息をつく。
その顔は、どこか嬉しそうだった。
「ともに戦禍をくぐり抜けて来たんだ、自分たちと同じ軍服を脱ぐのは悲しいんだろう」
アスランが、自分が彼らの“敵”だった事実を押し込めて言う。
「お前は彼らに信頼されていたんだ、なおさらだろう」
「うーん」
ナナは斜め上を見てうなった。
「どうした?」
「なんていうか……、私、この艦に乗った時、かんっぜんに浮いてたからなぁと思って」
「浮いていた?」
「そう! ひとりで勝手に突き進んでたっていうか……みんなにも冷たくしちゃってたし、怖がられてたっていうのが近いかな。自分で説明するの難しいから、今度キラに聞いてみてよ。キラには特に嫌われてたと思う」
自嘲気味に笑うナナに対し、複雑な心境を持て余しながらアスランは操縦桿を握り直した。
「あ、でも……」
ふと、ナナが思いついたように言った。
「考えてみたら、私たち、お互いちゃんと普通の話をしたことないよね」
「普通の話?」
横を見ると、ナナの目はまっすぐこちらを向いていた。
「戦いの作戦とか、哀しいこととか、難しい話とか……そればっかり」
出会ったのは戦争中……。
仕方がなかったとはいえ、普通に言葉を交わすことが意外にも少なかったことは納得できた。
「そうだな」
同意すると、ナナは笑った。
「これからは、いろんな話をしようね」
その時、ようやく前方のハッチが開いた。
ひしゃげた扉を見て、アスランは答えた。
「ああ……たくさん、話そう」
先に広がる宙が、いつもより綺麗に見えた。
そのまま、アスランはナナに言われるがままシャトルをクサナギに向けた。
ブリッジでカガリはひとしきりナナにしがみついて泣いた後、アスランにも同じことをした。
それを“姉”の目で見やってから、ナナはクサナギのクルーたちの無事を喜び、健闘をたたえた。
少し時間が経っていたせいか、彼らはアークエンジェルのクルーたちよりいくぶん落ち着いていた。
すでにまとめていた被害状況も、冷静に報告する。
M1隊の仲間を多く失い、一瞬顔を曇らせたナナだったが、それをすぐに引っ込めた。
そんな彼女に、キサカが問う。
「ナナ様。これからどうなさるおつもりですか?」
アスランには、キサカがすでに答えを知っているかのように見えた。
彼だけじゃなかった。
他のブリッジの面々も、ナナが何かの答えを持っていると信じて疑わない目をしている。
そんな視線を向けられたナナは、アスランの腕の中でまだ泣きじゃくっていたカガリの肩に手を置いた。
「カガリ、聞いて」
とても優しい声だったが、眼差しは厳しくもあった。
「カガリ、聞いて」
しゃっくり上げるカガリを自分の方を向かせて、ナナはもう一度言う。
「ナナ……」
「カガリ、あのね」
カガリの両肩に手を置いて、エターナルで、そしてアークエンジェルで……告げた時よりももっと強い声で、ナナは言った。
「今から私が、オーブの代表代行として動こうと思う」
宣言……ではなかった。
ナナはカガリの意をうかがっていた。
「代表……代行……?」
ナナはアークエンジェルのブリッジでしたのと同じ説明を、カガリにする。
「停戦協定の調停?」
「そう。中立国オーブに相応しいでしょ?」
カガリはまだ意図がよく飲み込めていないのか、ただナナを見つめていた。
「それに、オーブの立場も守らなくちゃならないし、アークエンジェルやラクスたちも守らなくちゃならないの」
「あ、ああ……そうだな」
「そのために、オーブ連合首長国代表代行の肩書がどうしても必要なの」
カガリは息を呑んだ。
ようやく意味を理解したのだ。
「私、ウズミ様と養子縁組を解消したと思ってたんだけど、ウズミ様が書類にサインをしてくれてなかったみたいで……。だからまだ、私はウズミ様の義理の娘っていう立場にあるの」
「そうなのか? じゃ、じゃあ、まだナナはちゃんと私の姉なんだな?」
「うん、そうなんだけど……」
カガリの顔がぱっと晴れた。
だが次のナナの言葉でまた、彼女は混乱する。
「だからカガリ、今は私に任せてくれない?」
「え?」
ナナはひと呼吸置いて、説明する。
「私は、ウズミ様の後を継ぐのは、あなただと思ってる」
「私が?」
「そう。いずれちゃんと議会で承認されて、あなたが代表の座に就くべきだと思ってるの」
「それは……」
「ウズミ様はあなたにそれを託された。あなたもわかってるでしょう?」
「あ、ああ……わかっている……」
「だけど今は」
再び戸惑い始めたカガリに、ナナは笑みを浮かべながら言った。
「私に任せてくれない?」
ナナの目をみつめるカガリの後ろで、アスランはそっと笑った。
これは、ナナなりに筋を通しているのだと、やっとわかった。
オーブ国民であるクルーたちは、二人の少女を温かく見守っていた。
きっと、事情を知る彼らには初めからわかっていたのだろう。
「ナナ、よろしくたのむ!!」
カガリはナナの決意と義理を理解して、ナナの手を強く握りしめた。
ナナはその手をしっかりと握り返し、仲間たちを見回した。
「我々も、異論はございません」
キサカが言うと、口々にナナに忠誠を誓う言葉がとびかった。
「そういう堅苦しいこと言わないでよ、代理だって言ってるでしょ」
ナナは笑った。
「一時的に権力とネームバリューを笠に着て、今の事態を収拾するだけだってば」
それが一番難しい役割なのだが、ナナはなんでもないことのように言う。
「私はカガリが代表に就任するまでの“繋ぎ”なんだからね」
そうして、きっちりと釘を刺した。
ブリッジに、アークエンジェルのそれと同じような安堵感が産まれた。
彼らがどれほどナナを信じているか、ナナを頼りにしているか、彼らがナナに向ける視線を見ればわかる。
それはとても過酷な道だろう。
が、ナナは彼らの前で笑っている。
ふと、ナナはカガリの肩越しにこちらを向いた。
そして……まるで自分を見かけて安心したかのように、息をついた。