ミネルバを離艦後、アスランは周辺の港町を車で回っていた。
ダーダネルス海峡から飛び去ったアークエンジェルが停泊しそうな範囲を割り出して、情報を得ようと考えていた。
状況を鑑みると、それほど遠くへは行っていないはずだった。
あの艦が高速艦だということは重々承知しているが、長距離を移動していると当然レーダーに感知されやすくなる。だからある程度あの海域から離れてからは、探知されにくい海底をゆっくりと移動するか、海底に留まっているのではと予測した。
なかなか情報は得られなかった。
港に出ていたどの船も、艦影を見かけるものは無かった。
アスランは次の港へと向かった。
好みのマニュアル車を走らせていた時、一瞬、視界の隅に見覚えのある人影を捉えた。
急停車して、その名を叫ぶ。
振り返った人物は、ミリアリア・ハウだった。
奇跡のような出会いを経て、二人は互いの近況を語り合った。
といっても、ミリアリアの誘導に添ってアスランが答えるばかりではあったが。
自分がザフトにいると告げた時、彼女は嫌悪感を滲ませた。
そう思われることはわかっていた。
が、ここで自分の主張を語って、理解してもらおうとは思わなかった。
今は明確な目的がある。
アスランはアークエンジェルのことをきり出した。
と、ミリアリアは「全てを知っている」と言いながら、大きなカバンからある物を取り出して見せた。
それは、あの戦闘の様子を捉えた何枚もの写真だった。
火を噴くMS隊。空を駆けるフリーダム。そして、煙を巻きあげながら落ちるグフイグナイテッド。
彼女はアレを、全て見ていた。
彼女がフリーの報道カメラマンとして活動していることは、ナナから聞いていた。
あの戦場にまで、駆けつけていたのは驚きであったが。
とにかくアスランは、これを好機だと思った。
自分がザフトであることに疑念と嫌悪を抱かれていようとも、ミリアリアに頼るしか方法はなかった。
だから、誠心誠意の心を込めて頼み込んだ。いや、うったえた。
キラやカガリと話がしたい……と。
「今はまたザフトのあなたが?」
やはり、責めるような口調で問われた。
答える台詞は見つからなかった。
だが、ミリアリアは少し考えた末、アークエンジェルとコンタクトを取ることを了承してくれた。
「繋いであげるわ。
ザフト兵ではなく、アスラン・ザラになら……。
そういう意味を込めて、ミリアリアは言った。
「こんなこと、本当は誰だって嫌なはずだもんね。きっとキラも……」
ミリアリアはそうつぶやいて、写真を仕舞った。
その声が、やはり自分を責めているように聞こえた。そして、まるでナナが自分に言っているように思えた。
ふと、ナナのことを想った時、静かな声でミリアリアが言った。
「イーリスには行ったの?」
はっとして彼女の目を見た。
悲しみを押し殺したような、絶望を滲ませたような目をしている。
その目をアスランは良く知っていた。
それは、ナナと親しかった者がナナのことを話すときにする目だ。
ミリアリアとナナ……二人は戦友だった。
二人とも正式な軍人ではなかったが、アスランからはそういう類の強い絆が見えていた。
ナナはミリアリアのことを大切な友人に思っていたし、ミリアリアもナナの性格を良く理解していたように見えた。
『最初は怖がられてたんだけどね。でも、最後まで一緒に戦ってくれた』
ナナは彼女のことをそう話していた。
『今では、数少ない私の大事な友達なの』
とても嬉しそうだった。
蘇るナナの姿をなだめ、アスランは答えた。
「行ったよ。ザフトに戻る前に……イザークとディアッカに連れられて……」
ミリアリアはディアッカの名に一瞬嫌悪感を見せたが、何も言わなかった。
「あの碑に刻まれたナナの名前を見て、オレは思ったんだ。世界がまたこういう状況になって、今はオレが“ナナのように”進まなければ……と」
力ない声だった。
ちゃんと進めている自信が全く無いからだ。
「だからオレはザフトに入った。戦争をするんじゃなく、何かを変えるために。止めるために……」
ナナがアークエンジェルに乗った時のように。
そして、ナナがいつか再びアークエンジェルに乗る意志を持つ時のように。
だがやはり、それが正しかったのかは良くわからなかった。
ただ、ナナのように進もうと思って……その決意だけは折れないように意志を強く持って、ここまで来た。今はまだ何もできなくとも、進むことは辞めたくなかった。
「そっか……」
ミリアリアはそう言ったきり、何も言わなかった。
正直、再び責められると思った。
だからといって、ザフトに入って戦う必要があったのか……と。
また力を振りかざすことは、本当にナナの遺志に添うのか……と。
自分でいつも自問していることだから、ミリアリアが言いたいことなど手に取るようにわかっていた。
だが、彼女はそれについて何も言わない。代わりに、意外な言葉を口にした。
「あの事故の件……何かわかった?」
先ほどまでとは違い、躊躇いがちに。
「え……?」
「こんなこと聞いてごめんなさい。でも……あの事故のことについて、あなたは何か聞いていないかと思って……」
質問の意味がわからなかった。
「あの事故」が何を指すのかがわかるだけに……。
「あれは……あの事故は……」
「わかってる」
ミリアリアはアスランの喘ぐような声を遮った。
「こんな質問を……疑問を持つこと自体が、ナナの遺志にそぐわないってこと……」
彼女は全てをわかっていて、それでも問うてきた。
それはわかった。
が、さらに混乱するようなことを、彼女は言う。
「でも、ジャーナリスト業界の中にはまだ、あの事故の真相を追っている人間がいるの」
反射的に眉をひそめた。
「だが、それはっ……」
ミリアリアが言った通り、ナナの遺志に反する行為だ。
ナナは自身の死で世界が再び混乱しないように、あんなメッセージまで遺していた。
それを尊重して、カガリも懸命に感情を押し殺して国民の前で演説したのだ。
あれは「事故」だと。何の陰謀もない、ただの不運な「事故」だと。
アスランも、誰かを責めたい気持ちを抑えつけて、そんなカガリを支えた。キラも、ラクスも……一緒に戦ってくれた。
そのかいあって、オーブとザフトの戦争にはならなかった。地球連邦の介入を疑って、関係をこじらせるようなこともなかった。
毎日、毎秒、言い聞かせた。
あれは不運な「事故」である……と。
それは心を殺すのと同じことだったが、ナナの最期の願いを叶えない訳にはいかなかった。
「ごめんなさい」
ミリアリアはもう一度そう言った。
「でも、本当は何があったのか……。何もなくても、新たにわかったことがあれば、知りたいでしょう?」
アスランは顔を背けた。
知りたくないといえば嘘になる。
だが、今は考えたくなかった。やっとの思いで奥底に埋めたものを、掘り起こしたくはなかった。
「オレは……」
必死で、ナナの声に耳を傾けた。
だが、聞こえてはこなかった。
「今は前に進むだけだ……」
だから情けなく、己の意思を吐き出すだけだった。
「それを、ナナも……望んでいる……」
ミリアリアも口をつぐんだ。
否定も肯定もしない目で、テーブルに飾られた可憐な花を見ていた。