見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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ロドニア研究所

 

 鉛のような心……時々燻るそれを抱えながら、アスランは帰還した。

 帰るべき場所、自分の居場所……ミネルバに。

 だが、港に艦の姿はなかった。彼らが居たのは陸だった。

 

 

 すでに日は暮れ、人里離れたその場所に外灯などひとつもなかった。

 だが、アスランにはセイバーからミネルバの居場所がすぐに目視できた。

 何故なら、そこは煌々と灯りがともされ、バギーが行き交い、見るからに騒然とした雰囲気だったからである。

 着陸すると、グラディス艦長自らが出迎えた。

 彼女の顔色は異様なまでに悪かった。後ろに控える副長も。

 訳を聞くと、ここには地球軍のものと思われるある施設があり、クルーたちを探索任務に出したのだが、途中でレイが倒れたのだという。

 聞いた瞬間、地球軍の施設よりも「レイが倒れた」の方に動揺した。あの、いつでも冷静沈着なレイが……と思った。そんな姿は到底想像もつかなかったのだ。

 が、艦長の顔色が、それが真実であることを表していた。

 アスランはすぐに制服に着替え、施設内部の探索に同行した。艦長、副長、シンとの任務である。

 

 施設内に入ると、すぐに嫌な光景を目にした。

 白衣を着た大人たち。揃いの服を着て首輪を嵌められた子供たち……。全員が血まみれで通路の至る所に転がっている。

 ひどい匂いがした。死体はまだ新しいようだったが、薬品と、血と、かすかな腐臭が漂っていた。

 そして……、さらに見たくはないものを見た。

 大きな水槽のようなものに入れられ、チューブに繋がれた子供たちだ。

 まるでそこで培養されていたかのような……、“何か”の光景に似ていた。

 ここで彼らが何をしていたか……子供たちを“使って”何をしていたのか、一目瞭然だった。シンですら、その光景を目にしただけで気がついたようだった。

 やがて、壁一面に脳みそが保管された気味の悪い部屋に辿り着いた。そこにはまだ施設の情報が残っていた。

 艦長がそれを見てつぶやく。

 

「連合の“エクステンデッド”……」

 

 実際に()()と対峙したアスランには良くわかっていた。

 

「“エクステンデッド”……?」

「遺伝子操作を忌み嫌う連合『ブルーコスモス』が、薬やその他の様々な手段を使って作り上げた“生きた兵器”……」

「い、生きた兵器……?!」

「戦うためだけの人間ということよ。ここはその実験場。いえ……、製造施設ってことね」

「そ、そんな……」

 

 副長は言葉を失った。彼だけじゃない。皆が戦慄していた。

 照明は切れていたが、外からの明かりで互いの姿が確認できる。副長もシンも、肩を震わせていた。

 

「薬や色々なものを使って肉体を改造し、強化し、ひたすら戦闘訓練を課して、いわゆる人間兵器を作る。私たちコーディネーターに対抗できるようにね。適応できなかったり、訓練についていけない者は容赦なく淘汰されていく……。恐らく、ここはそういう場所なんだわ……」

 

 艦長の声は落ち着いていたが、相変わらず顔色は良くなかった。

 そしてアスランは、自身も同じような顔をしていることを意識した。

 

 

 全員がほとんど無言のまま施設を出た。

 本部として設置したテントに戻っても、副長は気分が悪そうだった。次々と回収され、運ばれていく遺体を見て、吐き気を抑えきれないようだ。

 シンは、徐々にこみ上げる怒りを感じているようだった。

 

「コーディネーターは自然に逆らった間違った生き物だって言っておきながら、自分たちはコレですか!? アイツら……本当に信じられませんよ!」

 

 それをぶつけられ、アスランはため息を返すことしかできなかった。

 まともな……大人らしい説明をしてやりたかった。エクステンデッドと戦ったことがある()()()として。その存在を()()()()()()として。

 そして……それについて、ナナと語り合った者として。

 だが、彼の憤りに見合う言葉が思いつかなかった。一緒に憤ることさえできなかった。

 ただただ、ため息が出た。

 ふと顔を上げた先に、施設のほうを見やるレイがいた。

 彼の表情はいつも通りの様子に見えた。そしてその後方には、心配そうに彼を見つめるセアの姿があった。

 シンによれば、最初の探索任務にはシン、レイ、セアの三人が就いたのだという。

 セアがあの惨状を目撃することはなかったようだが、レイの様子が突然おかしくなったのを目の当たりにしたのだろう。アレを見た自分たちと同じくらい、セアも激しく動揺しているようだった。

 が、レイやシン、セアにかける言葉を探す暇は与えられなかった。

 あのガイアが、こちらに向かって単機で接近しているのを索敵班が察知したのだ。

 現状で出動できるシン、セアと共に、すぐに機体に乗り込んだ。二人ともちゃんと動揺を抑え、自分のやるべきことを把握しているようであった。

 

≪なんとしても施設を護って!≫

 

 艦長からの命も下った。

 インパルス、レジーナと共に、セイバーは夜空に向けて飛び立った。

 

「彼らの目的が施設の破壊なら、何か特殊な装備で来ている可能性がある。爆散させずに倒すんだ」

 

 自分でも驚くほど冷静に指示をした。

 シンは不満げな声を上げたが、それが的確だった。

 もし施設の爆破を目的として相当量の燃料を積んでいれば、ガイアの爆発と同時に辺り一帯はかなりの広範囲で荒野となることになる。当然、自分たちもミネルバのクルーも無事ではすまないのだ。

 ビームをまともに当てるわけにはいかない。ビームサーベルでの破壊も駄目だ。

 自ずと戦い方は限られた。が、シンとセアがそういった戦い方を経験しているとは思えなかった。

 ガイアはどこか切羽詰まったような戦い方をした。

 捨て身とまでは行かないが、パイロットが何か強い目的に突き動かされているように見えた。それは経験上、MS対MSの戦闘で最も手が付けられない状態だった。

 

「シン、下から回り込めるか?」

 

 ガイアからの攻撃により、真黒な森に落ちたインパルスに言った。

 

≪やってますよ!!≫

 

 当ててはいけない。が、当てなければやられる……。

 戸惑いながら操縦桿を握っていたシンとセアだったが、三機の連携でついにガイアを地上に落とすことができた。

 地を揺らし、木々をなぎ倒しながら、ガイアは尻餅をついて止まった。

 シンが抉ったコックピットから中の様子が見えた。

 モニターに拡大して映す。

 パイロットは女だった。

 それを認識した時、インパルスはすぐに動いていた。

 ガイアの側に着陸すると、シンはコックピットから降りて、ガイアの元へ駆け寄った。

 セイバーとレジーナは、木々の生い茂った森に着陸できそうなところを探した。

 その間にも、シンはガイアからそのパイロットを降ろし、介抱しようとしていた。

 

「シン! 何をするつもりだ?!」

 

 ようやく降りたアスランの声も聞こえないようで、シンは彼女を抱えたままインパルスに取って返した。

 

「シン!」

 

 レジーナから降りたセアの声も、シンの耳に入っていなかった。

 

「セア、ガイアを調べてくれ。慎重にな!」

「は、はい……!」

 

 セアが目を潤ませながらもはっきりとうなずくのを確認すると、アスランもセイバーに戻った。

 本部に通信を入れながらインパルスを追う。

 シンの行き先はミネルバだった。

 シンがミネルバで彼女を治療させようとしていることは、もう聞かずともわかった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 同じ頃、海の深い深いところで、キラは海底に沈んだ都市を眺めていた。

 こんなにも人の住む世界から離れた場所に人が造った物が存在するのは、不思議だった。

 だが、その欠片は人間の祈りの行く末のようで、とても幻想的に見えていた。

 ここに沈むそれらのように、心を穏やかに鎮めたかった。

 が、それは叶わない。

 アスランとの再会が、心を激しく波立たせていた。

 

「キラ」

 

 しばらく戻らない自分を心配したのか、ラクスが現れた。

 

「アスランのことを?」

「うん」

 

 素直にうなずいた。

 アスランの言ったこと……本当はわかっていた。

 あの場ではわかり合えなかったが、彼の意思を良くわかっていたし、彼がそうせざるを得なかったことも理解していた。

 それに、もしかしたら自分たちは初めから全部を間違っていて、全て彼の言うとおりなのかもしれないということも。 

 それらの感情を、ラクスに零した。

 

「僕たちはどうするのが、一番いいのか……」

「わかりませんわね……」

 

 ラクスは優しく同意した。

 そして言う。

 

「きっと、ナナにもわからなかったのだと思います」

 

 思いがけない言葉に、彼女の横顔を見つめた。ラクスはとても落ち着いた表情をしていた。

 

「ナナにだって、わからないことはあったのだと思います。でも彼女は……自分で見て、見つけて、選んでいた……。そうではありませんか?」

 

 その言葉は、柔く胸に刺さった。

 

 ナナのように……。

 ナナだったら……。

 

 そう思って、歩いていたつもりだった。きっと、アスランも……。

 だが、それは少し違ったのだ。

 ナナはいつも皆を導いた。その眼にはちゃんと進むべき道が見えていて、そこを歩くためにはどうすればよいかわかっていた。

 そして、阻むものとは戦った。

 だが……ラクスの言う通りだ。

 ナナにだってわからないことはあった。迷うこともあった。

 ナナの優れていたところは、その中でいつでも一番大切なものを見極めて選び取ったところだ。願う未来が、いつでもぶれないところだったのだ。

 

「ですから……」

 

 ラクスはゆっくりと言った。

 

「私も見てまいりますわ……プラントの様子を」

 

 驚くべき決意だった。

 

「道を探すにも、手がかりは必要ですわ」

「それは駄目だ!」

 

 慌てて止めた。プラントに命を狙われた者が言い出す言葉ではなかった。

 が、ラクスは強い瞳でこちらを見上げ、言った。

 

「アークエンジェルに乗り込んだときのナナも、きっと同じ決意を持ったのだと思いますわ」

 

 急に呼び覚まされた記憶。ヘリオポリスで突如として戦争に巻き込まれ、ナナと出逢い、ぶつかり合った。

 あの時のナナも……今のラクスのように決意していたのだ。

 道を選ぶためには、自分自身の目で全てを見つめる必要がある……と。

 画面越しの議長ではなく。紙面上の評議会の様子でなく。自分の目に映さねば……。

 たしかに、ナナならばそうする。それだけは断言できた。

 だが、そんなに危ない道を、ラクスに行かせるわけにはいかなかった。

 だから止めた。が、ラクスは楽しげに首を振る。

 

「大丈夫です、キラ」

 

 再びフリーダムに乗る時に、自分が彼女に言った台詞だと、すぐにわかった。

 

「わたくしももう、大丈夫ですから」

 

 ラクスの瞳に浮かぶ光に、本当の意味で“ナナの遺志を継ぐ時が来たのだと、キラは感じた。

 世界に向かって、飛び立つ時……。

 その先がどうなろうとも、思い描くものだけは大切にしなければならないと、心に刻み込んだ。

 

 

 

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