「あの……」
少し離れたところから声がした。
横を向くとトレーを持ったセアがいた。
彼女は迷いつつも二つ隣の席に腰かけた。そして、トレーを引き寄せながらささやいた。
「あ……会えたんですか……?」
今、考えていた“彼ら”のことを、セアは尋ねてきた。
「ああ……」
「は、話を……?」
「ああ、できたよ……」
とても無機質な会話だった。
彼女が心配してくれていることはわかっていたが、どうにもできなかった。それに、セアのほうからそれ以上のことは聞かれなかった。
ただ。
「よ、よかったです……。戻って来られて……」
社交辞令かどうかわららない言葉を、うつむき加減に言われた。
「ありがとう」
なんとなくそう言った。
心配してくれたこと。それから、皆には黙っていてくれたであろうこと。今も、仏頂面の自分を気遣ってくれていること。
全部含めてのはずだった。
「あ、いえ……」
セアは頬を赤くして、スプーンを持ったまま固まった。
アスランも、自分の眼下のトレーに視線を落とした。
さっきから、一口も手をつけていない。すっかり冷めた料理が、褪せて見えた。
「あ、あの女の子のことですけど……」
場を取り繕うように、セアはスプーンを手にしたまま話し始めた。
「“エクステンデット”というので、間違いないということで……その……色々、身体をいじられちゃってるって、聞きました……」
視線はまっすぐ、スープに向いている。
「ドクター・リューグナーも診察したようで……、記憶ですら、薬か何かで操作されているようだって……言ってて……」
セアが「ドクター・リューグナー」と言ったのは、彼女の診察を受け持つ専属の医師、グアルデ・リューグナーのことだった。
艦の軍医とは別に、デュランダル議長の命を受けてミネルバに乗艦していると、たしかルナマリアが言っていた。専門が脳科学や心理学で、セアの事故後の身体的、精神的ケアを担っていた彼女が、患者のセアとともに乗艦したのだとか……。
艦長より少し若いくらいだが、いつも無表情で、挨拶程度しか言葉を交わしたことはなかった。
が、セアは彼女のことをとても信頼しているようだった。
「それで意識が混乱して、暴れちゃったとか……」
「ああ、そのようだな」
いつになく一生懸命に話そうとしているので、アスランは相槌を打った。
「シンが、すごく心配してて……あの……シンとあの子、知り合いだったんです……よね?」
問われたが、視線は向けられなかった。
「ディオキアで出会ったらしい。あの遭難の時の……。オレも救助の際に会ったが……確かに、少し雰囲気が変わっていた」
「そ、そうなんですか……」
セアはフッと息をついて、スプーンを置くと、グラスの水を飲んだ。そうしてまた、息をつく。
「かわいそう……ですよね。でも……あの子は、ガイアのパイロット……なんですよね……」
自問しているのか、答えが欲しいのか、良くわからないくらいの呟きだった。
「レイもあれから元気がないみたいだし……。ルナも……何かの用事から帰って来てから、口数が少ないし……」
アスランが黙っていると、セアはとうとう手を膝に置いてそう続けた。心から、仲間たちのことを案じているようだった。
「君は、大丈夫なのか……?」
その中に自分も含まれているかと思うと、すまない気持ちになった。
「え? あ、は、はい。私はなんともありません……!」
セアはやっとこちらを向いて、びっくりした様に答えた。
「そうか」
我ながら情けない反応だった。
この状況下で“先輩”として何の助言もできなくて、おまけに心に酷いトラウマを抱えているであろう少女に心配されて……。
安い言葉に対しても必死で答えるセアに、申し訳がなかった。
「食べないのか?」
「あ、はい! 食べます! 食べないと……」
セアはスプーンを取り上げて、トレーと向き合った。
「あの、アスランも……」
そして、横目で全く手つかずのこちらのトレーを見やる。
「ああ、そうだな……」
実際、全く食欲は無かった。
だが、これ以上セアに心配をかけたくなかった。だから、重い腕を持ち上げて、スプーンを手に取った。それを見て、心なしかセアが笑った気がした。
が、結局、冷めたスープは口元に運ばれることすらなかった。
食堂内にアラートが鳴り響く。
続いて、ブリッジから「コンディションレッド」の発令。
「行くぞ」
「は、はい!」
二人とも、手にした食器を取り落としたまま、食堂から飛び出した。
セアは不安げな顔をしながらも、しっかりとした足取りでついてきた。
アスランには迷いがあった。
この事態の原因がオーブだったとしたら……。
まだ、キラに問われたことの答えが出てはいなかった。