クレタ沖で開戦した。
地球軍、オーブ軍の数に圧倒されたミネルバは、みるまに追い込まれた。艦のあちこちに被弾し、真黒な煙と真っ赤な炎をまとっている。
アスランはまたもカオスと交戦していた。
アビスはインパルスが食い止めている。
艦上から、ルナマリアとレイが応戦した。迫り来るMSやミサイルを撃ち落とし、どうにか艦を護ろうとしている。
セアも懸命にレジーナを操った。
最も空中戦に優れている彼女の機体は、どのMSよりも軽快に空を駆け、次々と敵を薙ぎ払っている。
が、敵機の数が多すぎた。
そもそも、相手は空母数隻の大連合艦隊なのである。戦力の差は素人でもわかるほどだった。
わずか十数分の間に、もうミネルバは原型を留めていなかった。海に浮かんでいるのも不思議なほど、小破……いや、中破の状態だった。
ムラサメが一機、レジーナの脇をすり抜けてミネルバに迫った。
それが狙うのはブリッジだった。
もう、そこを守るものはない。
レジーナもセイバーも懸命に取って返そうとしたが、ムラサメはすでにライフルの引き金に手を駆けていた。
だが、撃たれることはなかった。
空から一条の光が差し込んで、ライフルだけを突き抜けた。
ミネルバを護ったのは、フリーダムだった。
再び現れた彼らの姿に、アスランは奥歯を噛みしめた。
オーブへ帰れと言ったのに……。
彼らはまた、戦場に現れた。ナナの意志を模倣しただけの理想を掲げて。
彼らの登場で、やはり戦況は混乱を極めた。
相変わらず、カオスは執拗に攻撃を仕掛けて来る。それを避けつつ、懸命にキラやカガリとの交信を試みた。
カガリは相も変わらず、ストライクルージュで戦場に躍り出て、オーブ軍に停戦を訴える。
想いは正しい……。意志は間違っていない。
だが、今、この状況でオーブ軍が下がれるはずもない。同盟を結んでしまったのだから、地球軍との共同作戦を一方的に反故にすることなど、できるはずがないのだ。
たとえば、ナナのような絶対的指導者でもいない限り。
だからアスランはまた叫んだ。
カガリのすべきことは“こんなこと”じゃないと。
そして戦況はやはり、彼女の思惑通りには動かなかった。
ムラサメはカガリの言葉を無視し、ミネルバに迫った。艦隊からの砲撃も続く。
その手に握りしめる力が、どれほど弱いか思い知った。
と、混乱を極めた空に、いや、アスランの心に、声が響いた。
≪敵ですか?≫
いつものように遠慮がちでない、はっきりとしたセアの声だ。
≪フリーダムは敵ですか?≫
指示を求めている。
呼吸はとても落ち着いていて、彼女だけは何も乱されていないように聞こえた。
「え……」
その質問に、答えることができなかった。何故、セアが自分にそう聞いているのかもわからなかった。
≪敵なら、私が倒します≫
レジーナはすぐそばまで来ていた。
≪ストライクルージュも、倒しますか?≫
右腕に握ったビームサーベルを、フリーダムとストライクルージュに向けて構えた。
「だ、だめだ……!」
かろうじて口を動かした。
「だめだ、セア……あれは……!」
サブモニターが、レジーナのコックピットを映した。
ヘルメット越しに、静かなセアの瞳を見た。まっすぐに、自分を見ている。
≪わかりました≫
表情はわからなかった。が、彼女の瞳に何か強い光を見た。
「セア……!」
レジーナはセイバーを追い越した。その先には、フリーダムとストライクルージュが居る。
フリーダムはストライクルージュをかばうように前に出た。そして、ビームサーベルをレジーナに向ける。
「待て、キラ! セア!」
背筋が冷えた。
二人を戦わせたくなかった。今ぶつかれば、レジーナはこの空で散ることになるのは明らかだった。
だが、レジーナはそのままフリーダムの横をすり抜けた。
ストライクルージュをも置き去りにして、レジーナはその翼で鳥のように滑空し、ミネルバを攻撃するMS隊に向かって行った。
安堵と困惑が入り混じった。
が、それを整理する間は当然与えられなかった。
カオスが来た。フリーダムも、戦いに加わった。
アスランは、精一杯カオスの攻撃をかわしながら、フリーダムを追いかけた。
が、言葉はやはり届かなかった。
フリーダムは、二機の間に介入してきたカオスを落とした。撃ちたくないと言っていたキラが、またその力を振るったのだ。
キラの矛盾を止めたかった。ナナの意志と言ってただ戦場をかき乱し、いたずらに犠牲を増やすだけの矛盾を止めさせたかった。
今……ナナは泣いている。
空の上で、この惨状に泣いている。
そう思った時……。
≪カガリは“今”泣いているんだ……!≫
キラが言った。
≪こんなことになるのが嫌で、“今”ここで泣いているんだぞ! 君はどうしてそれがわからないんだ?!≫
“今”泣いているのは……カガリだとキラは言う。ここで、この世界で……。
そう、たしかに彼女は泣いていた。ストライクルージュで現れ、オーブ軍を説得しようとして、だが全ての言葉を撥ね付けられ……己の無力さに泣いている。後悔と絶望と、虚無感に泣いている。
≪この戦闘も犠牲も仕方がないことだって……。全てオーブとカガリのせいだって、君はそう言うのか?! そして君は撃つのか?! 今カガリが護ろうとしているものを!≫
キラの叫びに、返す言葉はひとつもみつけられなかった。
≪だったら……僕は君を撃つ……!!≫
だから、勝てるはずもなかった。想いを貫くことすらできなかった。
キラの刃は、自分のそれが中途半端な鈍らであることを思い知らせるように、セイバーを簡単に切り裂いた。
力を奪われ、落下した。
『あのコを護って』
また、ナナの声がした。
それはとても優しくて、泣いてなどいなかった。