見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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最後の言葉、最後の姿

 

 巨大MS『デストロイ』のパイロットが、かつてこちらの捕虜であったエクステンデッドの少女だったと知らされたのは、それからすぐのことだった。

 シンはインパルスを降りてデストロイのコックピットへ向かった。

 パイロットを救出したが、息はないようだ……と、全てを報告したのは一部始終を見守っていたセアであった。

 それからシンは、少女を抱きかかえたままインパルスに搭乗し、飛んだ。

 慌ててレジーナがそれを追う。

 シンの行動に対し、もうセアの報告だけが頼りだった。おそらく、ブリッジも相当に困惑しているはずだった。

 シンはそのまま湖中へとインパルスを歩ませ、コックピットを出た。

 そして、少女を静かに湖の中へと沈めた。

 彼なりの追悼の儀式のようだった。

 セアはそれを、シンの肩に雪が降り積もるまで見守っていた。

 

 

 が、ミネルバに帰還したシンに、もう涙はなかった。あるのは、憎悪……ただそれだけ。

 今までの苛立ちや憤り、怒りなどではない。ただただ、彼は憎悪を抱えていた。

 そうして、その矛先は地球軍ではなく……フリーダムへと向けられた。

 キラは敵ではない……とアスランは彼に言った。

 が、そんな想いは通じるはずもなかった。

 シンにも、側に控えるレイにも。

 彼らの言っていることも、本当は理解できていた。

 フリーダムは強い。そして今のアレは友軍などではない。だから倒せるように訓練しておかなければならない……。

 本当はわかっている。

 だが……。

 それで良いはずがなかった。

 少なくとも、ナナが目指した道は、そうではないはずだった。それを、少しも示すことができない自分に、一番腹が立った。

 心から、ナナが世界から居なくなってしまったことの恐ろしさを実感した。

 もう、どの国も、ナナの演説のVTRを放送することはなくなっていた。

 世界はあの平和の訴えを忘れようとしている。ナナの言葉をもう……捨て去ろうとしている。

 見えなくなっている。

 どこへ向かいたいのか、あれほど強く世界は願ったはずなのに。

 悔しくて、涙が出るほどだった。

 

 

 

 少し頭を冷やそうと、デッキへ通じる扉を開いた。

 夕暮れの空はどこかどんよりして見えたが、それでも風を浴びたくて外に出る。

 と。

 

「あ、アスラン……?」

 

 タブレットを抱えたセアが通りかかった。

 そして、肩越しにアスランが振り返ったのを見て、少し慌てて敬礼をする。

 

「ドックにいたんじゃなかったのか?」

 

 セアに声をかけられたのが意外であったのと、まだイライラが収まっていなかったのとで、間抜けな問いかけをしてしまった。

 

「あ、いえ。整備は終わって……戦闘データを見直していたんですが、ちょっとシンの意見も聞いてみようかと……」

 

 アスランは反射的にうつむいた。

 それを、セアは見逃さなかった。

 

「もしかして……シンと話をされていたんですか?」

 

 このところの不協和音。

 きっとセアは、誰よりもそれに心を痛めているのだろう。

 

「いや……まぁ」

 

 だが気遣ってやる余裕は、今のアスランにはなかった。

 

「昨日の戦闘のこと……シンは何か言ってましたか?」

 

 恐る恐る聞くセアに。

 

「何か……というか、今はフリーダムとの戦闘シミュレーションをしているようだ」

「フリーダムの?」

「ああ……」

 

 情けない声音で答えることしかできない。

 湿った風が、嫌な感じに頬を撫ぜた。

 

「あの……」

 

 だがセアは、立ち去ろうとはしなかった。

 

「フリーダムは……敵なんですか?」

 

 そうしてまた、クレタでの問いを繰り返す。

 あの時とは異なり、今はとても遠慮がちではあった。が、視線の中にかすかに鋭さがあった。セアが本気で答えを欲しているのがわかった。

 だが言葉に詰まった。

 視線に耐えられず、アスランはデッキに出た。ため息を、潮風がさらって行った。

 静かな足音が、背後から数歩、近づいた。

 セアは見逃してはくれなかった。残酷に、答えを待ち続けた。

 

『君はどう思う?』

 

 そんな意地悪な言葉が喉から出かかった。

 が、そこに留めた。セアを、これ以上困らせたくはなかった。

 だが。

 

「わ、私……」

 

 先に口を開いたのはセアだった。

 

「私……本当は、何と戦うのかとか……何のために戦うのかとか……そういうのを、ちゃんと考えないまま軍に入ったんです」

 

 思いがけず、彼女は自分のことを話した。

 

「い、家が軍人の家系で……だから、あたりまえのように……」

 

 タブレットを胸に抱きしめるようにして、うつむき加減で、だが精一杯、言葉を吐き出そうとしている。

 アスランは一歩も動けなかった。

 

「だけど、ナナ様……アスハ大使の言葉で、自分がどう生きればいいのか、わかった気がするんです……」

 

 またも思いがけず……セアは『ナナ』の名を口にした。

 反射的に両目を見開いたが、伏し目のセアと視線が合うことはなかった。それが、今のアスランにとっては救いだった。

 

「アスハ大使はあの日……私たち訓練兵の前でおっしゃいました。『平和を願う心があれば、ザフトとか地球軍とか、オーブとか……ナチュラルとかコーディネーターとか、そんな枠組みなんて関係ない』って」

 

 懸命に息を整えた。

 努力して言葉を紡ごうとしているセアと同じくらい、アスランも必死だった。

 

「『これからは、自分たちで未来を切り開こう。そのために一生懸命、正しく力を使う方法を考えよう』って」

 

 セアは、まるで怒られた子供のような顔でゆっくりと顔を上げた。

 

「『願う未来が同じなら……きっとできるはずだ』って……」

 

 セアの話すナナの言葉……それはもちろん知っていた。

 ザフトの軍学校での講演の様子は、世界中で流されていた。講演まで……は。

 そしてそれが、アスランの知るナナの最後の言葉、最後の姿……だった。

 

「だ、だから私……怪我が治って訓練に復帰して、議長自らレジーナを与えてくださった時、本当は自信が無くて逃げたかったんですけど、頑張ろうって思えて……。アスハ大使のお言葉のおかげで、私は変われたんです」

 

 セアの頬は、かすかに紅潮していた。それは決して、夕焼けのせいだけではなかった。

 

「だから……アスハ大使のお言葉のとおり、私なりに何とどう戦わなければならないのか、考えながらレジーナに乗ってきたつもりです」

 

 セアは再び顔を伏せた。

 

「でも……今は、答えがわからなくて……」

 

 もう一度、あの問いが向けられることを、アスランは悟った。

 

「あの……、フリーダムは……敵ですか?」

 

 そして、セアはそのとおりにした。

 

「あんなっ……街ごと焼き尽くすような地球軍を……()()()()()()()()()フリーダムが、撃つべき敵なのか……私には、わからなくて……」

 

 か細い声で、言葉は続く。

 

「軍の命令なのはわかりますけど……私は、あのアークエンジェルが、まだナナ様の意志で動いているような気がしてしまって……」

 

 最後は消え入りそうだった。

 誰にも聞かれてはいけない台詞なので無理もなかった。それに、セアは心の奥底にある想いを、きっと初めてさらけ出したはずだった。

 アスランは奥歯を噛みしめた。

 この内気な少女の芯の部分を、ナナの言葉がずっと支えていたのだ。

 それは嬉しくもあり、虚しくもあった。

 そして次のセアの問いかけで、アスランはセアが本当に欲しかった答えを知ることとなる。

 

 

「こんな時……ナナ様だったら、どうするでしょうか……?」

 

 

 胸が打ち抜かれるようだった。

 自分が思っていたこと、いや、考えようとしていたことを、セアが口にした。

 ザフトの軍人家系で育ったコーディネーターの彼女が、ナナの意志を求めている。ザフトの軍服を着て、MSに乗っているのに、軍からの命令に疑問を持っている。その戦いの意味を、自身の頭で考えて戦っている。

 

「セア……」

 

 それはやはり、嬉しくもあり虚しくもあった。

 まるで、自分と同じではないか……。ちっとも答えがみつからないところも。

 

「君の中で……ナナの最期の言葉はちゃんといかされていたんだな……」

 

 もうかなりの時間を一緒に過ごして来たのに、そのことに少しも気がつかなかった。

 だからといって感動はしなかった。それがもどかしく辛いことだと、身をもって知っているから。

 

「わ、私は……とても『ナナ様のようになろう』なんて考えられないですけど……でも……」

 

 セアはますます頬を赤らめて、かすかに震えながら声を絞り出した。

 

「ナナ様の言葉通り……ナナ様と、新しく未来を造っていきたかったんです……」

 

 迷える少女は、己の意志をはっきりと口にした。誰よりも気弱で控え目なはずなのに、とても強く見えた。

 か細い声で零れた意志は、強く、アスランの胸に響いた。

 

「ナナが残した言葉が……ちゃんと伝わっていて、嬉しいよ……」

 

 ため息のように、心が漏れ出した。

 嬉しくもあり、虚しくもある心が、夕凪に吹かれて散った。

 

「アスラン……」

 

 彼女の目を見られなかった。

 そこに生きるナナと、目を合わせられなかった。ナナと面影が似ていて、ナナの言葉を継いだ彼女を、見られるはずもなかった。

 

「あのっ……」

 

 セアは急に、焦り出した。

 

「す、すみません!」

 

 勢いよく頭下げる。

 

「セア?」

「私っ……あの日の話なんかして……!」

 

 その目を潤ませ、怯えたような顔をしている。

 

「つ、辛いですよね……。あの日のことなんか……。なのに私……。本当にすみません、アスラン……!」

 

 あの日……ナナの最期の日の話をしたことを、セアは謝罪している。

 その姿をしばらく見つめて、ようやく「ナナと親しかった」と明かした自分に、セアは目いっぱい気を使っているのだと気づいた。

 

「い、いや……」

 

 アスランは少し慌てた。

 全く傷が痛まないといったら嘘になる。

 実際、セアからナナの言葉を聞かされて、疼いた部分はあったのだ。

 だが、こんなふうにセアが謝ることでないのは事実だった。

 

「君の方こそ……」

 

 心を落ち着け、今度はセアを落ち着かせようとした。

 

「あの日のことは……君も辛いんじゃないのか?」

 

 思いがけず、セアは大きな怪我を負った。友人を全て失った。自分だけ生き残った負い目もあるだろう。

 だから、セアのほうこそあの日を語るのは辛いのではないかと思ったのだ。

 本当に、今さら……だが。

 

「い、いえ……私はもう大丈夫です」

 

 意外にも、セアははっきりとそう言った。

 

「確かに辛いことでしたけど……、でも、私はナナ様とお会いした最後の人間なので……」

 

 かすかに頬を紅に染めて。

 

「最近は、そのことを伝える責任があるんじゃないかって……思うようになりました」

 

 偽りの強さではなかった。

 あの日を乗り越えて進もうとする強さが、彼女の中には確かに在った。そしてそれは、ナナの強さとよく似ていた。

 

「……と言っても、ところどころ記憶が飛んじゃって、ちゃんとは覚えてないんですけど」

 

 セアは肩をすくめた。

 その仕草にも覚えがあった。

 

「セア……」

 

 アスランはちゃんとセアに向き合った。

 真正面から彼女の目を見て、心を見つめた。

 

「良かったら……あの時のことを話してくれないか?」

 

 セアの視線は何かを探していた。

 だがすぐに、納得した様にうなずいた。

 

「はい。私が覚えていることでよければ」

 

 そして少しばかり大人びた顔をして言った。

 

「アスランが……辛いのでなければ」

 

 セアの秘められた強さは、こちらの隠そうとしてきた弱さを見透かしている……。

 そう思った。

 

「ナナ様と……親しかったんですよね……?」

 

 だがそれは、居心地の悪いものでなく……温かな優しさだった。

 

「知りたいんだ」

 

 喉につかえる痛みと安心を押しのけ、絞り出すように言った。

 

「ナナの……最期の姿を……」

 

 セアはやはり……憐みでなく、いたわりを瞳に浮かべてくれた。

 そして、その瞳でとても残酷なことを言った。

 

「アスランは……とても強い人ですね」

 

 強くなんかない……。

 何故なら、今になってようやくあの日のことを知りたいと思うようになったのだ。本当はちゃんと知らなければならなかったのに、見ないように、聞こえないようにしてきた。

 それは強い人とは言わない。

 

「あの、じゃあ……」

 

 思わず口をつぐんでいると、セアはまたおずおずとうつむいた。

 

「ラウンジに行きますか? あ、でもそれだと人が来ちゃいますね……」

 

 これ以上、彼女に気を使わせるのがさすがに申し訳なくなり、アスランは揺れる心を戒めた。そして、良ければ自分の部屋に……と言おうとした。

 その時。

 

≪セア・アナスタシスはメディカルルームへ至急コンタクトを≫

 

 固い女の声がスピーカーから響いた。

 

≪繰り返す。セア・アナスタシスはメディカルルームへコンタクトを≫

 

 セアは生真面に艦壁のスピーカーを見上げた。

 

「あ、リューグナー先生……!」

 

 声の主は彼女の専属医だった。

 

「すまないセア、話はまた今度聞かせてもらうよ」

 

 何故だか「すまない」と付け加えてそう言った。

 

「あ、はい。すみません……」

 

 セアも同じことを言った。

 そして、ペコリと頭を下げると艦内に走り去った。

 彼女を追うように、潮風が吹き付けた。閉まったドアに当たったそれが、虚しく散ったような気がした。

 アスランはため息をついた。

 セアの想いに流されて出た言葉は、本意だっただろうか……。

 己自身に問いかけても、答えは出せなかった。

 あの日のナナ……、最後の姿……。

 やはり、知りたくても聞きたくなかった。

 

「ナナ……」

 

 自分が覚えているナナを思い浮かべてみても、胸は苦しいだけだった。いっそセアがくれた温もりに、すがってしまいたくなった。

 もう一度、深くため息をついた。

 それはデッキを滑り、海に落ちて行くようだった。

 

(もう一度セアがあの日の話をしたら……)

 

 アスランは無理矢理上を向いた。

 視界の端に、艦壁の上部にあるカメラが見えた。沈みかけた夕日が、無機質なそれをかすかに光らせる。

 チラリと海の方を見て、アスランは艦への扉へ向かった。

 

(きっと……セアの話に聞き入ってしまうんだろうな……)

 

 そう思った。

 

 

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