デュランダル議長の演説は全世界へ発信されていた。
もちろん、海底で息をひそめるアークエンジェルもこの映像を傍受する。
ブリッジに衝撃は二度走った。
一度目は、ナナの演説が流されたこと。
二度目は、デュランダルが『ロゴス』を討つと宣言したこと。
「議長は、なんでっ……! まさか、ナナを利用しようとしているのか?!」
誰もが口を閉ざす中、カガリが憤った。
「ロゴスを倒すだなんてっ……、世界が……、世界が大変なことになるぞ……!」
彼女の言葉が、皆の心情を代弁していた。
デュランダルのたった十五分の演説が、世界を変えようとしている。
連合とプラントの争いから、世界とロゴス……、いや、戦争と平和のせめぎ合いへ。
それは混乱でしかなかった。
良くも悪くもぎりぎりのところで保たれていた秩序が乱されるような、そんな感覚……。
政治家や軍人ならば当然、動揺せざるを得ない事態だった。
そして、彼はそれを平和のためと人々にうったえかけ、正義を振りかざしている。ニセモノのラクスと……、亡きナナの言葉を利用して……。
「行こう」
窮屈な沈黙の中、キラが口を開いた。
「オーブへ戻ろう」
賽は投げられた。
この状況で、じっとしてはいられなかった。
少しの判断の遅れが立場を悪くし、道を狭めることとなる。
それを、全員が肌で感じていた。
オーブに帰る……。
代表首長のカガリが乗艦しているとはいえ、国際手配中である。
今はれっきとした連合軍の一員であるオーブに戻ることが「正しい」とは誰も言いきれなかった。
だが、キラの言葉に反対する者はひとりも無かった。
進むべき道は定まった。が、この艦にはまだ悩ましきことがあった。
医務室に拘束されている男……。
先のベルリンでの戦闘中、キラが落とした連合のMS。男はそのパイロットだった。
負傷していた男はアークエンジェルに収容され、手当てがされた。
だが、彼はただの“捕虜”ではなかった……。
その姿がヤキンの
マリューは激しく動揺した。
「よく似た別人」と思い込もうとした。
いや、そうでしかないのだ。
フラガが目の前で撃たれたのを見た。何度も悪夢として蘇る光景だった。
今も鮮明に……。
だから、彼が生きているはずはないのだ。
が……。
決定的な証拠が出た。
アークエンジェルに保存していたムウのフィジカルデータと、この男のデータとが一致したのだ。
それでも、信じることはできなかった。
意識を取り戻した男もまた、何の躊躇もなく別人の名を名乗り、連合軍の現在の所属と階級まで述べた。ここがアークエンジェル艦内と知っても、懐古の情はひとかけらも見せなかった。
そして、マリューを目にしても、完全に初対面であるかのような言動をした。
艦のドクターは優秀である。
専門は遺伝子工学だったが、オーブで町医者をしていた。それでいて戦時中はオーブの軍医だった男だ。なにより、ナナから紹介された人物だから信頼もおける。
その彼が言うのだ。
「この“捕虜”は、ムウ・ラ・フラガと全く同じ遺伝子を持つクローンか……、または、記憶を操作されたムウ・ラ・フラガ本人か……」
と。
マリューもキラも、前者についての可能性を考えた。
ムウの父アル・ダ・フラガは自らのクローンを作った。それがかつてザフトの軍人であったラウ・ル・クルーゼだ。そして、彼を誕生させたのはキラの父、ヒビキ博士だった。
その事実は二人とも知っている。
キラはコロニー・メンデルでの戦闘時、直接ラウから聞いているし、マリューはムウから詳しく聞かされていた。
だから、アルの息子であるムウの遺伝子についても、本人の知り得ぬ何らかの形で研究がなされていた可能性はないこともない。
が、ラウとムウ、二人の幼少期に研究は打ち切られているはずであり、今さらフラガと同世代のクローンが現れるとは考えられないのだ。
後者については、二人とも知識はなかった。
連合のブーステッドマンやエクステンデッドのような存在は知っていたが、それは幼少期に外科手術や薬物投与、特殊な訓練を受けた者であるとの認識だ。
そうでない成人の記憶を無くす……いや、
たとえば戦闘によって重傷となり、脳に障害が出て記憶が失われることは、医療知識がなくとも考えつく。
が、記憶が完全に『ネオ・ロアノーク』という男のものになっている以上、何らかの手段で
これについては、ドクターといえど明確にすることはできなかった。
だが、経緯はどうであれ、彼が『連合軍の大佐』と名乗っている以上、捕虜として医務室に拘束するしかなかった。
マリューは答えが出せぬまま、アークエンジェルの指揮を執らざるを得なかった。
“彼”に対する、接し方の答えが出せぬまま……。
そして彼らをさらに追い込むかのように、ザフトからの襲撃を受けることとなる。
何故、あのデュランダル議長の演説の後でこんな攻撃を……。
クルーたちは疑問を抱いた。が、考えている暇など与えられなかった。
ザフトはまるで最初からこちらをターゲットにしていたかのように、海上に浮上したとたんに攻撃を仕掛けて来た。
そう……、完全に“敵”として。あの演説の有無など関係なかったかのように。
そして執拗な攻撃を受ける中、さらなる敵として現れたのは……ミネルバだった。