見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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声明

 

 話がまとまるとすぐに、ナナはエターナルに通信を入れた。

 ブリッジにはすでに、ラクスが戻っていた。

 

「ラクス、そっちの準備はできてる?」

 

 キラの病状を聞いてから、ナナは唐突に問う。

 カガリが不思議そうな顔でアスランの方を見るが、アスラン自身も“準備”の意味はわからなかった。

 

「ええ、だいだいの草案はできておりますわ」

「さすがラクス」

 

 ラクスの方は、問われることを初めからわかっていたようだった。

 

「だったら悪いんだけど、あと20……15分だけ待ってくれない?」

「ええ、かまいませんけど……」

 

 ナナはモニターに向かって、これからの自分の動きについて説明した。

 

「まぁ、それは心強いですわ!」

 

 ナナの意志を聞き、ラクスは目を輝かせて喜んだが、やはり、それもわかっていたかのように見えた。

 

「オーブとしての声明文を考えるから、15分だけ待って欲しいの」

「ええ、もちろんです」

「ラクスの声明の後に、こっちが出させてもらう」

「そのほうがいいですわね」

 

 二人は短い言葉だけで、重要な会話を進めていく。

 二人の間には、クサナギのブリッジに漂っている緊張感は無かった。

 

「できるだけ早く進めよう」

「はい、今のうちに……ですわね!」

「ってことで、ちょっと文章を考えて来る」

「わかりました、よろしければ、現段階で仕上がっているこちらの文面をお送りします」

「それは助かる!! 参考にさせてもらうね」

 

 最後にナナは、ラクスと、その向こうに映るザフトの軍服を身につけた者たちに向けて言った。

 

「そうだ、そっちの艦のことも、私に任せてね」

 

 ラクスは小さく笑った。

 ディアッカと同様……ザフトを裏切った形になる彼らも、その将来をナナに任せなければならない立場にある。

 アスランも冷静に考えればそれがわかった。

 だから、ラクスの笑みの意味がよく理解できた。

 

「よろしくお願いしますわ」

 

 ナナは満足げに笑って、大きくうなずいた。

 

 

 

 

 ナナはすぐに、オーブの公人が身につける制服に着替えた。

 ずいぶん前から、クサナギのクルーによって用意されていたようだった。

 カガリと揃いの飾りがついたジャケットに、タイトスカートを身につけたナナは、急に大人びて見えた。

 

「ナナ、大丈夫か?」

 

 ドリンクを片手に再びブリッジへ上がるナナに、アスランはたまりかねて言った。

 だが、ナナが笑って首を振ることくらいわかりきっていた。

 

「正直しんどいけど、今はスピード勝負でしょ」

「ああ、それはわかっている」

 

 地球軍とザフトが両軍どうしで話を進めてしまう前にオーブが声明を出す……ナナはそのつもりだった。

 だから声明の草案を考えるべく、もう一方の手に持ったモニターを眺めている。

 そこに映し出されているのは、過去、戦後において仲介、または調停の役割を担った国家が発した声明文だった。

 

「ナナ!」

 

 そのせいで、通路を曲がり損ねたナナの腕を引っ張る。

 いくら無重力とはいえ、顔から壁にぶつかりかねない様子だった、

 

「あ、ごめんごめん」

 

 ナナはどこか上の空で、またすぐにモニターに目を移す。

 が、それでも次に発する言葉は、アスランを気遣うものだった。

 

「それより、アスランのほうこそ、そろそろ休憩をとって。あれから全然休めてないでしょう? 私が運転手なんか頼んだから」

 

 冗談交じりにそう言うので、アスランはため息交じりに返した。

 

「たとえ役に立たなくても、お前が休むまで側に居る」

 

 今、ナナは戦っているのだ。

 軍服を制服に着替えて、モビルスーツでなく言葉で、戦おうとしているのだ。

 オーブ国民でもなく政治家でもない自分は、何の役にも立たないことはわかっている。

 が……側に居てやりたかった。

 たとえ役には立たなくとも、いつでもナナが寄りかかれるように……。

 そう思った時、アスランは急に顔が熱くなるのを感じた。

 自分が吐いた台詞と、想いの熱に、気恥ずかしくなったのだ。

 

「アスラン、どうしたの?」

 

 今までモニターと睨めっこをしていたくせに、ナナはこういう時に限ってこちらを向いていた。

 

「い、いや……なんでもない……」

 

 横目で見たナナの表情は、不思議そうな顔をしていた。

 こちらの心境には気づいていないようだった。

 それはつまり、ナナが先ほどの台詞を、とくに不自然とか暑苦しいとか、感じていなかったということで……。

 

「はぁ……」

「ねぇ、どうしたの? 疲れてるんならやっぱり……」

「いや、なんでもないんだ」

 

 深く息をついて、心を落ち着ける。

 

「オレのことは気にするな」

「うん……」

 

 アスランは、ナナが安心するように笑って見せた。

 今はナナの影になろう……ナナが前だけ向いていられるように。

 ナナがこのちっぽけな自分の存在を忘れるくらい、みんなのために戦えるように。

 また、やけに熱い想いが湧きたつのを感じて、アスランはこっそりと笑った。

 

 

 

 

「私は、オーブ連合首長国代表代行、ナナ・リラ・アスハです。地球軍、ザフト両軍に発信します。我々オーブは、地球、プラント間のいかなる争いにも関与しない中立国として、また、平和を望む一国家として、停戦協定の早期締結を望むとともに、その調停役を……」

 

 ラクスが、自らの参戦の意図を説明し、今後の平和を願う言葉を発した後……ナナもクサナギの士官室から声明を発した。

 それはラクスの優しくも強い言葉とは違い、少しばかり強引で冷たく、まるでオーブの力を誇示するような内容だったが、ナナに迷いはなかった。

 『調停役』の申し出を、有無を言わさぬ声で発した後、オーブがいかにして戦いに巻き込まれ、そしてどんな目的があってこの宇宙での戦いに加わることとなったのか、理路整然と述べた。

 さらに……ナナは自らのことについても語った。

 自分は正式に地球軍の軍属となったわけではないものの……アークエンジェル所属機、『グレイス』に搭乗して戦いに参加していたことを。

 宇宙で、地球で、オーブで……ザフトと戦い、そしてこの宙域では地球軍の核攻撃と、プラントのジェネシスの阻止のために、その操縦桿を握ったということを。

 最後に、その戦いの果てに訪れる未来が平和であることを願う……と訴えた。

 その部分だけ、声に熱を帯びていた。

 

 約20分間の演説を終えて、艦内は緊張に包まれた。

 地球軍、ザフト両軍にとって、突然発せられた『調停役』の申し出。

 それも、堂々と参戦し、その力を見せつけた一国によるものである。

 しかもオーブは、地球軍所属艦であったアークエンジェル、プラントのラクスとともに戦っていた。

 オーブがとった行動の意味を、果たしてどれだけの軍人が理解しているのか、状況はあまりに不鮮明だった。

 下手をすれば、この声明を単なる元中立国の戯言……ととられかねない。

 それを傲慢と受け取られ、反発、あるいは黙殺されることも十分考えられた。

 最悪の場合、グレイスのパイロットであったナナの罪を咎められる恐れもあった。

 

 両軍からの返答を待つ間、クサナギのブリッジはしんと静まり返っていた。

 返答の内容は? 申し出を受け入れるのか? あるいは、返答はないのか……?

 緊張感が、狭いその空間を包み込んでいた。

 ナナはまっすぐ、前方の暗い宙を見据えていた。

 その背はピンを伸びている。

 その肩にどれだけの重圧が圧し掛かり、その胸にはどれほどの不安が渦巻いているのか……アスランには推し量ることさえできなかった。

 だが、ナナはまるで答えを知っているかのように、堂々と立っていた。

 ナナは信じていたのだ。

 両軍が、一刻も早い停戦協定の締結を望んでいることを。

 それだけ、この戦争の結果があまりにも悲惨であったのだということを知っていたからである。

 

 

 一時間後。

 まず、地球軍からの返答があった。

 それほど間を置かず、ザフトからも。

 どちらも、オーブの調停を介しての停戦協定締結を望む……という返答だった。

 

 

 

 

「アスラン、今度こそ本当に休んでて」

 

 両軍の代表者との会合に向かうこととなったナナは、時間の隙間を見つけてそう言った。

 それぞれ三名ずつの、小規模にして最初の重要な会合である。

 もちろん、アスランが同行するわけにはいかなかった。

 だが、これは最も危険な旅への出発だった。

 会合で、どちらかがナナの存在を疎ましく思い、何かしらの策を練って来ると考えられなくもない。

 あるいは、両軍の憎しみ合いに、ナナが巻き込まれないとも限らない。

 要するに、命の保証がないのは確かだった。

 が……それでも、彼にできることはなかった。

 ナナ自らが提案したのだが、人数を制限しているため、付き人としてもシャトルの操縦士としても同行は許されない。

 ナナは、当然のことながら、オーブの者と会合へ向かう。

 

「お前が無事に帰って来るまでは休めない」

「まぁ……そう言うと思ったけど。無事に帰れる保証はないしね」

 

 当の本人は、全く恐れていない様子だった。

 それも……いつもの通りだった。

 

「じゃあ……ひとつお願いしてもいい?」

 

 が、ナナはかすかに不安げな顔をして、言った。

 

「なんだ?」

 

 こんな自分に、できることがあるのか……。

 

「キサカを連れて行くから、この艦の指揮を執れる人がいなくなるの。だからもし、こっちに何かあったら、カガリをサポートしてあげて」

 

 不吉な願いではあったが、アスランには承諾することしかできなかった。

 

「ラクスとマリューさんにも言ってあるけど、もし……面倒なことになったら、三艦で協力して切り抜けてね」

「ああ……わかっている」

 

 艦内に、シャトルの発進準備が整ったというアナウンスが鳴り響いた。

 アスランの返事は、それにかき消される。

 

「それと、もうひとつ……」

 

 ドックへ急ぎながら、ナナはもうひとつの願いを零した。

 

「カガリもヤキモキしてるから、側に居てあげて」

 

 ナナの顔がまた、姉の顔になる。

 本人は気づいているのだろうか……。

 こんなふうに、年の変わらない妹に対して、姉としての深い愛情がにじみ出ているということに。

 

「わかった、こちらのことは任せろ」

「よかった。じゃあ、よろしくね」

 

 安心した様に笑うと、ナナはまた、代表代行としての凛とした姿に戻った。

 

「気を付けろよ」

 

 言っても無駄とわかりつつ、その背に言う。

 

「うん、大丈夫」

 

 ナナは振り返りながら、他の者たちに聞こえないくらいの声で言った。

 

「一緒に行くんだもんね」

 

 一緒に……。

 ナナが行きたい場所は、知っている。

 

 

『行こう……キラ、アスラン。未来へ……一緒に……』

 

 

 この暗い宇宙で、ナナがささやいた言葉。

 絶望の次の、新たな未来を、自分たちはまだ見ていない。

 そこへ、一緒に行くのだ。

 

「未来……」

 

 ナナはそれを手にするために、また戦い始めた。

 

「ナナ! ちゃんと帰って来いよ! 絶対だぞ!」

 

 だからアスランは、シャトルの戸口でナナに向かって訴えかけるカガリの腕を引き寄せた。

 

「カガリ、大丈夫だ」

「アスラン?」

 

 そのまま、彼女をシャトルから安全な場所へと引っ張る。

 

「ナナは大丈夫だ」

 

 カガリは少し戸惑っていた。

 だが、徐々に落ち着きを取り戻して言った。

 

「そ、そうだよな! キサカも一緒だし、地球軍もザフトも、オーブに手を出してもいいことがないってことくらいわかってるよな」

 

 そう、前向きに笑う。

 

「いや、そうじゃない」

 

 発信シークエンスに入ったシャトルをガラス越しに眺め、アスランはつぶやいた。

 

「ナナは大丈夫だ」

「え?」

「ナナは……」

 

 未来への希望を乗せて、シャトルは暗い宇宙へ飛び立った。

 

「ナナは必ず、未来を造る」

 

 少しだけ、空気が揺れた。

 カガリはアスランの顔と、遠ざかるシャトルを交互に眺めていた。

 そして、ハッチが閉じるとようやく落ち着いた笑みを浮かべた。

 

 

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