デュランダル議長のメッセージは、連日のように地球に届いた。
彼は一言も、「ロゴスを倒せ」「立ち上がれ」「蜂起しろ」とは言わなかった。
だが、民衆はすでに動いていた。
世界の至る所で、ロゴスの施設に向けて火が放たれた。
プラントから具体的な策や目標が発せられぬまま、ロゴス関連施設を襲う民衆に、連合軍の警備も追いつかぬほど。むしろ次々と撃破されてゆく……。
それが暴動なのか正義の戦いなのか、アスランにはわからなかった。
世界は間違いなく混乱に拍車をかけていた。
そんな状況で、ミネルバはザフトの軍事基地ジブラルタルに入港した。
周辺の艦隊が集結しているとあって、基地内は活気に満ちていた。
もはや『ロゴスを討つ』という共通の目的を掲げて“友軍”となった連合の艦隊でさえも、次々と入港している。そのため、その活気には奇妙な不自然さも加わってはいたのだが……。
クルーたちも、地球の最大規模の基地に入港するためか、皆、浮足立っている。
アスランはそんな雰囲気にひとり取り残されていた。
もうしばらく、誰ともまともに口を聞いていない。
シンはもちろん目も合わせない。ルナマリアは普段通りに接しようとしていたようが、アスランが曖昧にあしらったので話しかけて来ることは少なくなった。レイは平然としていたが、態度は以前より冷ややかだった。他のクルーたちも、あの一見以来、訝しげな目を隠しもせずに様子をうかがっている。
セアは……、やはりあの後、ドクター・リューグナーに「アスラン・ザラとは話すな」とでも言われたのか、どことなく避けられているようだった。
だから、結局謝ろうと思っていたのも先延ばしになっている。
今、きっと彼女にとっては、自分が接触しないほうが良いのだと思って……。
それが、たとえ「逃げ」だとしても、それでよかった。そんな自分にも失望して、ますます気は重かった。
アークエンジェルの撃破が未確認……ということだけが、たったひとかけらの希望だった。
そんな中、基地に着いてすぐに、アスランは本部へ出頭を命じられる。
シンとともに。
気は進まなかった。シンと二人で移動車に乗ることも、議長に会うことも。
だが、議長に会って話したい……、いや、確かめたいことはあった。
シンと一言も交わさないまま、二人で議長の前に進み出る。
面会の場所は執務室でも会議室でもなく、厳重に警備された格納庫だった。
薄暗い照明の中、巨大なMSが二機、こちらを見下ろしている。
そんな場所で、議長と“ラクス”は待っていた。
議長から戦功を称えられ、シンは素直にはにかんだ。
アスランは、腹の中が煮えたぎった鍋のようにドロドロにグツグツになっているのを感じる。交わした握手はとてもぎこちないものだった。
身構える中、議長は何も語り出さなかった。
その代わりに、二機の新型MSを紹介した。
『レジェンド』と『デスティニー』……これがアスランとシン、二人の新しい機体……だと言って。
デスティニーを宛がわれたシンの声は弾んでいた。
彼の顔を見られなかったのは、アスランがずっとうつむいていたからだ。
レジェンドの説明を受けても、アスランはその機体を見上げることはなかった。
「レジェンドには『ドラグーンシステム』を導入しているんだが、どうかな……。君なら十分に使いこなせると思うが」
その言葉に、アスランは初めて議長の目を見すえた。
そして、問う。
「これからロゴスと戦っていくため……ということですか?」
そうして、淀みない答えが返って来る。
「戦いを終わらすために戦うというのも矛盾した話だ……。だが仕方ないだろう? 彼らは我らの言葉を聞こうとさえしないのだから」
矛盾……。
それは、かつてナナも抱えていた。
光へ導く彼女の、唯一の影だった。カガリにさえも晒さない、強くて恐ろしい影だった……。
ナナが命をかけた覚悟を持ってそれを自ら抱えていたのを、一番近くで見ていた。そこに危うさは感じたが、恐れは感じなかった。
彼女を信じていた。
フリーダムやアークエンジェルの修理を話してくれた時も、オーブを守るための「秘密の計画」を聞かせてくれた時も、彼女を信じていたからこんな気持ちにはならなかった。
何故なら、彼女がその矛盾に葛藤し、苦しみ、けれど強い意志で生きて来たことを知っているからだ。
戦いのない平和を望みながら、力を手にしなければその道は切り開けない……。
そんな
殺したくないのに、戦わなければ生き残れないし、誰も守れない……。
そんな、
彼女はそれをヘリオポリスで抱き、アークエンジェルで打破してきた。キラたち仲間から怖れられても、キラたちを傷つけても、自分が傷ついても……。
そうして生きて、はっきりと見えた道が見えたからこそ、皆を導く存在になり得たのだ。
だから、彼女を信じている。
今も。
きっとキラもそうだった。立っている場所は違っても、キラもそうだったはずなのだ……。
「何故……アークエンジェルとフリーダムを討てと命じられたのですか?!」
どうしても問いただしたかったことを、アスランは口にした。
「あの艦は確かに戦局を混乱させる存在だったかもしれません。でもその意志は私たちと同じでした。戦争を終わらせたいと……。デストロイに立ち向かって行ったのだって、彼らのほうが先だったんだ……!」
彼がプラントで最高位の人物だろうが、どうでも良かった。
アスランは詰め寄った。
「なのに何故、話し合う機会すら与えないままあんな命令を!」
議長だってわかっていたはずだ。
議長ほどの人物であれば、アークエンジェルが“敵”でないことくらいわかるはずなのだ。
演説の中に映像を差し込むほど、インパルスやミネルバの戦闘データを細かく把握しているのであれば、アークエンジェルがまともな攻撃をしていないことくらいわかっているはずなのだ。
それなのに、何故……。
「アスラン……。では、私も問うが……」
返って来た言葉はとても静かで、そして鋭かった。
「ならば何故彼らは私たちと話そうとしなかったのだね? 思いが同じというのなら、彼らがこちらへ来て話をしてくれてもよかったはずだ。私の声は届いていただろう?」
アスランがキラに……、ナナのいないアークエンジェルに対して抱いていたわだかまりを、議長は明確な言葉に表した。
「なのに何故、彼らは口をつぐんだまま戦ったのだ。機会がなかったわけでもあるまい。グラディス艦長も、戦闘前には投降を呼びかけたと聞いている」
「それは……!」
視界の隅にいたラクスを見た。
ニセモノノラクス……。
『じゃあ、あのラクス・クラインは? 今、プラントにいるあのラクスはなんなの?』
夕暮れの孤島で再会した時、キラは静かな冷たい目でそう言っていた。
『なんで本物のラクスが、コーディネーターに殺されそうになるの?』
あの時の言葉が真実なのかどうか、まだわかってはいなかった。
『ラクスは誰に狙われてるの? なんで狙われなきゃならないの?』
キラが言ったことが正しかったのなら、“誰”に……。
未だ答えは出ていなかった。いや、考えないようにしていたことを、今さら思い知る。
『それがはっきりしないうちは、僕はプラントを信じられない』
そう、キラははっきりとそう言ったのだ。
キラと議長……、狭間に立つ自分には何もできることが無かったと、アスランは無力感を噛みしめる。
それを尻目に、議長は“ラクス”にほほ笑みかける。
「ラクスだって、こうして共に戦おうとしてくれているのに」
「議長!」
憤りは言葉にならなかった。
心の片隅に、“このラクス”が平和のために必要なのかもしれない……。たとえ偽りでも、本物のラクスがやろうとしないのなら……、そでも世界が彼女の言葉を必要としているのなら……。
そんな考えがあるからなのか、この場で彼女の存在を否定することができない。
それでも、言葉を探した。
懸命に、懸命に……。
が。
「君の憤りはわかる」
見透かしたように、議長は言う。
「何故、世界は願ったように動かないのか。かつてナナ姫が、あれほど強く美しい言葉で未来を示していたはずなのに……と」
ドロドロでグツグツの物体が、冷え固められそうになる。
「実に腹立たしい思いだろう……。だが、それが『今のこの世界』ということだ」
『今のこの世界』では、誰もが本当の自分を知らず、その力も役割も知らず、ただ時々に翻弄されて生きている。
そう議長は言う。
キラも……、あれほど“戦士”としての資質、才能を持ちながら、自身でさえもそれを知らず、知らぬが故にそう育たなかったと。
だから“不幸”なのだと。そして、あれほどの力を正しく使えば、どれだけのことができたかわからない……と。
「ラクスと離れて何を思ったのか知らないが……。オーブの国家元首を攫い、戦場に現れては好き勝手に敵を撃つ。そんなことに意味があるとでもいうのかね?」
「しかしキラは……!」
キラの意思を示そうとした。
だがやはり、言葉は役に立たなかった。
「以前、強すぎる力は争いを呼ぶと言ったのは、攫われた当のオーブの姫だ」
そしてまた、議長が矛盾を薙ぎ払う。
「ザフト軍最高責任者として、私はあんなわけのわからない強大な力を野放しにしておくことなどできない。だから討てと命じたのだ……!」
彼の言葉は「正しく」聞こえてしまう。まるでナナの言葉のように……。
「彼は本当に不幸だった……。彼が君たちのように己の役割を得て、それを活かせる場所で生きることができたなら……。悩み苦しむこともなく、その力は称えられて“幸福”に生きられただろうに」
キラは……、確かに自身の持つ力について悩み苦しんでいた。敵として対峙した時も、その葛藤と苦しみは知っていた。
だからこそ、戦後は海の見える静かな場所で、気の許せる者たちと穏やかに過ごしている。
別の道を歩めば、その苦しみが無かったというのだろうか……?
そして、自分は議長の言う“幸福”な部類の人間になるのだろうか……。
「人は自分に役割を知り、精一杯できることをやって役に立ち、満ち足りて生きるのが一番幸せだろう?」
議長の言葉はシンには心地よく響いただろう。
「この戦争が終わったら、私はそんな世界を創り上げたいと思っているのだよ。誰もが皆、“幸福”に生きられる世界になれば、もう二度と戦争は起きないだろう……」
だが、アスランの肌には嫌な気配が這いずっていた。
たとえば議長の言葉が、意志が、本当に正しかったとしても……、心から信じることはできなかった。