とっくに日は暮れていたが、部屋の電気をつける気にはならなかった。
キラの言葉、議長の言葉、セアが語ったナナの言葉……。
それに加えて、先ほどの議長の目、シンの目、ラクスの目、新型MS……。
そのどれもが、未だ消化できずに臓腑に溜まっているようだった。
外は酷い雨だ。
この溜まったものを洗い流してくれたらどんなに良いか……。
情けなくもそう思いながら、アスランはじっと暗闇に身を潜めていた。
扉は唐突に開かれた。
「アスラン!」
“ラクス”だった。
「だめよ、こんなの!」
彼女は入るなり電気をつける。
急に視界が白み、目が痛んだ。
「さっき、どうして議長にちゃんとお返事しなかったの? こんなことしてたら疑われちゃうじゃない……!」
彼女の様子はいつもと違った。
窓辺に立つ自分まで駆け寄って来て、いつになく真剣な顔でそう言う。
「あのシンってコ、あれからずっと新型機のところにいるのよ! あなたも早く……!」
そして、強引に腕を引っ張った。
「疑うって……、何をだ?」
それを振りほどきながら、言葉の真意を問う。
と、彼女は両手を胸の前で振った。
「あなたは『ダメ』だって」
「え……?」
そして、ポケットから一枚の写真を撮り出して突き付けた。
それには、夕日の中、カガリやキラと話す自分が映っていた。
あの時……、誰かいたのには気がつかなかった。
話に夢中だったこともある。
が、こうしてずいぶんと前から「疑われて」いたことを考慮できなかった。
ラクスは議長とレイが話していたのを聞いたという。
アスランは「ダメ」だと……。戦士でしかないのに余計なことを考えすぎて、せっかくの力を殺してしまっている。アスランもまた「不幸」だ……と。
格納庫で聞いた「キラは不幸だ」という話が蘇る。
「“罪状”はあるから
写真はぐしゃぐしゃに丸めた。
誰がこれを撮ったのか、どうでもよかった。最初から自分を疑っていた議長と、それに気づきもせずただ無防備でいた自分に腹が立った。
「早く『そんなことありません』って姿を見せないと、このままじゃ議長はあなたを……!」
ラクスがそう言った時、部屋のドアがノックされた。
すでに、本部の人間がここへ来たのだ。
「さすが議長だな……。オレのこともよくわかってる……」
全ては議長が仕向けたことなのだ……。
アークエンジェルのことも、キラのことも、最初からわかったうえで自分をフェイスにした。
先ほどもまた、新型機を与えようとして見せた。
それは全て、アスラン・ザラという人間を一本の道に追い込むため。
力を与え、それを自分の思う通りに使うか否か……。その道を選ぶかどうか試し、今、見極めたということだ。
「オレは、議長が言う通りの『戦う人形』になんかなれない……!」
そして、アスラン自身も今、自分を見極めた。
「いくら議長の言葉がが正しく聞こえても……!」
急に、雲が晴れた。
自分の中の一本の芯を感じる。いや、思い出す。
久しぶりに、瞼にナナの笑みを思い浮かべた。
身体はすぐに動いた。
はめ込みのガラス窓を椅子で割った。同時に湿った空気の中へ身を躍らす。
すぐに、部屋に兵士が入って来たのがわかる。
彼らは悪態づいて、窓から外に出て来た。
一人目を、ひさしの上から飛び蹴りで倒す。二人目をひじ打ちで、三人目を膝蹴りで。
格闘技は得意なほうではなかったが、ナナの護衛になるために特訓したかいがあった。
「行くぞ!」
銃を奪い、部屋に残るラクスの手を引く。
警告をくれた彼女を、ここに残すことはできないと思った。何より、もう議長の考えが明確になったからだ。
自分の認めた“役割”を果たさない者は排除する……。
彼はそういう人だ。
今、戦士として戦わない自分を、排除しようとしている。だから、ラクスとして振る舞えなくなった時、偽物の彼女も排除されるに違いなかった。
非常階段に屋根はなかった。
一瞬でずぶ濡れになったが、立ち止まるわけにはいかない。
「アスラン、どうして……!?」
が、ラクスは足を止める。
無理もない。
突然連れ出されて、一瞬にして“歌姫”から“逃亡者”の共犯になっている。
彼女が戸惑うのは当然だった。
が、長々と説得している暇はない。追手が現れるのは時間の問題なのだ。
アスランはラクスに、自分が見出した答えを簡潔に告げた。
「君だって、ずっとこんなことをしていられるわけないだろう?! そうなれば、いずれ君も排除される! 殺されるんだ! だから一緒に……!」
脅しは微塵も無かった。確信があった。
ミーアがラクスでいられなくなったとき、都合の悪い彼女の存在は簡単に消されてしまう。
本物のラクスを殺そうとしたように……。
そう、あれはまぎれもなく議長の指示だったのだ。
今さら……。
悔やんでいる暇はない。
アスランはラクスの手を強く引いた。
だが。
「あ、あたしは……、あたしはラクスよ!!」
その手は振りほどかれる。
ずぶ濡れのラクスは泣きながら言った。
「あたしはラクス……、ラクスなの! 役割だっていい! ちゃんとやれば……! そうやって生きたっていいじゃない!!」
本心なのだろうか……。
アスランにはわからない。
自分を“役割”という箱に閉じ込めて生きていた日々……、それが今、思い出される。
ナナが遺した願いにすがって、ただカガリを護る“役割”に徹するだけの日々。そんな日々はまるで、色の無い世界を宛てもなく歩いているようで……。
「だから、アスランも……。ね……? きっとまだ大丈夫よ……」
彼女はその箱から出たくないと言う。自分もそこにいるべきだと、手を差し伸べる。
頭上で階段を駆け下りる靴音が響いた。
「ミーア!」
逆に、アスランが手を差し伸べた。彼女の
ミーアは後ずさって、それを拒絶する。
奥歯を噛みしめた。彼女を説得することさえできない自分がもどかしかった。
が、ここで捕まるわけにはいかなかった。
絶望を浮かべた彼女を残し、アスランは銃を抱えて走り去った。