見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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プロジェクト・バハローグ

 

 彼女がまわした車に滑り込んだ。

 外から見られないように、身体を深く沈める。乾いたシートに、自分の服や髪から浸み出た水分が滲んだ。

 見上げた運転席のセアもびしょ濡れだ。自分でつけた“寝グセ”も、もう消えている。

 

「セア……、君を巻き込んでしまって本当にすまない……」

 

 エンジン音と雨音の中、アスランはようやく謝罪の言葉を漏らした。

 もう一度雨に濡れたせいで、少し冷静さを取り戻していた。

 

「い、いいんです。私が……、決めたことですから……!」

 

 セアは前方を見すえながらけなげにそう言い、だが唇をそっと噛んだ。

 やはり怖いのだ。「自分で決めたこと」と言いつつも、こんなことをして普通に過ごせるわけがない。

 普段から何かに怯えるように生きている彼女が、こんなことをして。

 

「さっきも言った通り、私が……、あなたにそうして欲しいんです……」

 

 だが彼女は気丈に言い、

 

「それに……、いざとなったら『プロジェクト・バハローグ』がありますから!」

 

 先ほどの単語を繰り返した。

 

「『プロジェクト・バハローグ』……?」

 

 それが本当に免罪符の役割を果たすのか、アスランは知らない。

 

「『プロジェクト・バハローグ』っていうのは、あの……事故……の後、『再生』に向けて議長自らが舵を取る計画のことです。あの場所を公園にするとか、慰霊碑を建てるとかだけじゃなく、二度と同じような事故が起こらないように管理体制を見直したり、士官候補生を育てたり……。それに、生き残った私をMSのパイロットとして活躍させるとか……」

 

 セアは「あの事故」の部分だけ躊躇って、それ以外はすらすらと話す。

 

「私はその、議長が立ち上げたプロジェクトの管理下にあります。ミネルバに配属されていますが、正式な所属は本部なんです。ですから、私の行動は全て本部からの指示ということになります。だから、『出撃』も『休息』も全部が本部……、つまり議長からの指示ってことになるんです」

 

 先ほど兵士たちをあしらった場面を思い出す。

 「休息時間」がその『プロジェクト・バハローグ』にのっとった本部からの指示だとしたら、それを基地の警備兵が邪魔するわけにはいかなかったのだ。

 ミネルバで共に過ごした時も、彼女は頻繁にメディカルチェックを受けていた。時には艦長から機体整備の指示を受けている最中でもあったが、それも本部からの指示だったのなら合点がいった。

 

「アスランは復隊されたばかりなので、お聞きになったことはないかもしれませんが、軍の中では誰もが知る特別なプロジェクトなんです」

 

 車体が揺れた。

 が、アスランは彼女の顔から視線を逸らせずにいた。

 

「議長はあの事故の後……、生き残った私を特別に気にかけてくださいました。私が当初の志願どおり、MSのパイロットになれるよう手厚くサポートしてくださって……。医療チームやパイロットの教官方も、直々に選考してくださったんです。私は最適な医療と特別訓練を受け、レジーナのパイロットになることができました」

 

 一瞬、対向車のヘッドライトに照らされたセアの表情からは、不思議と感情を読み取ることができなかった。

 

「奇跡の人……、とか言われて注目されそうになったそうですが、議長がメディアを厳重に遮断してくださいました」

 

 だから……、セアの存在を知ることがなかったのだ。

 アスランは納得した。

 あの事故の生き残りがほんの数名いたことは公表されていた。

 が、当時のオーブや世界に対して、プラントは「生存者は施設の関係者が数名」と発表していた。士官学校の生徒は全員が爆発に巻き込まれたと……、それが公式発表だったはずだ。

 が、セアに関しては、議長は思いやりのある対応をしたといえるだろう。

 もし、将来ある若者が一人だけ生き延びたことが知れ渡ると、それこそ「奇跡の人」として世界中から注目されるに違いない。セアには無神経に美談や皮肉の言葉が浴びせられることになっていたはずだ。

 『プロジェクト・バハローグ』。

 先ほどの警備兵の対応にしても、そのプロジェクトにおけるセアの存在がどれほど重要であるのか思い知らされた。

 だが……。

 いくらなんでもそれが言い訳になり得るとは思えなかった。

 

「だが、この状況では……」

「それに」

 

 セアは穏やかに言いながら、車を勢いよく右折させた。

 

「あなたに脅されたって言えばいいでしょう?」

 

 まだ“逃げ道”はあった……。

 尋問は逃れられないかもしれないが、彼女を“被害者”にさえしてしまえば、救えるのかもしれないと……。

 

「やっぱり」

「え……?」

 

 もっとまともな策が思いつかないうちに、セアはほっと息をつくように言った。

 

「みんな港のほうへ行っているみたいですね。検問も無かったし……。まさかあなたがここまで逃げて来ているとは思っていなかったみたいですね」

「ああ、助かったよ……」

「読みが当たりましたね」

 

 セアが笑った。得意げな笑みに、やはり懐かしさを覚えた。

 まだ、感覚がおかしいままなのかもしれない。

 

「ありがとう、セア……」

 

 かろうじてそう言うと、セアは急にはにかんだ。

 

「お、お礼は……、まだ、早いですって……!」

 

 それはとても新鮮な感じがした。

 これがセアの普段通りの姿で、今まで側で見てきたはずなのに……。

 

 

 

 やがて、車が格納庫まで辿り着いたのがわかった。狭い視界に、フェンスと重厚な建屋が見えたのだ。

 

「セア、どこか潜り込めそうなところで少しだけスピードを落としてくれ」

「ど、どうしてですか……?」

「飛び降りる」

「え……?」

「君は止まらずにそのまま行ったほうがいい」

 

 もうすでに、監視カメラに映ってしまってはいるだろうが、自分が車を飛び降りたほうが、後でセアが「自分に脅されていた」という証言の信ぴょう性が増すと思われた。

 格納庫の前まで「送り届けた」という疑いは、少しでも持たれないほうが良い。だから当然のことを言ったつもりだった。

 が、セアは前を向いたまま言う。

 

「だ、駄目です。機体のセットアップまでお手伝いします……!」

「だが、ゲートを抜けなければ格納庫まで行けないんだぞ?」

 

 ゲートには番兵がいる。非常事態警報が出ているはずだから、きっと車内の点検をされるだろう。

 そこで見つかれば、強硬手段に出るしかない。

 そんな事態になれば、自分はともかく、セアが協力者としてみなされる確率が高くなってしまう。

 

「大丈夫です。うまくやりますから……」

 

 セアにしては力強い言葉と、あやふやな言葉が混在していた。

 が、それでも彼女は頑なだった。

 

「アスランは、できるだけ下に潜っていてください」

「だ、だが……」

「このバンは車高が高いので、ゲートの兵士からシートの下は見えません」

「だが君は……」

「大丈夫ですよ。私も一応、赤服ですし……、うまい言い訳も考えてありますから」

 

 緊張で頬を引きつらせながらも、彼女は無理に笑みを作った。

 

「そうじゃない……!」

 

 番兵と接触すれば、セアへの疑いはますます濃くなる。

 巻き込んでおいて勝手だが、自分に大切な言葉をくれたセアが、少しでも傷つかないで欲しいと心から思った。

 だからアスランも、頑なに申し出を拒否した。

 

「うまく切り抜けられたとして、余計に君が協力者だという疑いが強まることになるんだぞ?」

 

 正論のはずだった。

 が、セアは怯えるどころか、怒ったような顔をした。

 

「私のことは、気にしないでください……!」

「そういうわけには……!」

「言ったはずです。私が決めたことなんです……!」

 

 雨音が、急に静まった気がした。

 

「私が、あなたにそうして欲しいんです……」

「セア……」

「私は、ナナ様の示した道を歩きたくても、今は何もできなくて……、でもあなたならきっと、何かができると思うんです……」

 

 次第にセアの声は萎まるのに、とても強く耳に響く。

 

「せめて私は、それを手伝うことができたら……って……」

 

 セアは一瞬だけ、視線を泳がせた。

 そして、少し声を大きくして言った。

 

「わ、私が勝手に、あなたに理想を押し付けてるだけ……なんです!」

 

 何も……、言えなかった。

 彼女の中の、強い芯の部分を見せられて、情けなくも動くことができなかった。

 

「セア……」

「だから……、行ってください、アスラン……」

 

 どこへ行くのか……。

 彼女には見えているようだった。

 まるで、ナナのまっすぐな瞳と同じだ。

 それを言ったら、セアは悲しむだろうか。それとも、はにかむだろうか。嬉しそうに笑うのだろうか。

 全ての言葉を呑み込んで、アスランはうなずいた。

 セアがほっとしたような顔で、スピードを落とす。

 照明の数が増えたのか、外が明るくなった。

 銃を引っ込めてさらに深くシートの足元に潜り込んだ。

 もうセアの顔も見えない。

 彼女が窓を開けながら、深く深呼吸をしたのがわかった。

 アスランは息を潜める。

 番兵がすぐにセアに話しかけてきた。

 だが、もうアスランに、不安も迷いもなかった。何故か心が落ちついた状態で、セアの声を聞いていた。

 まるでレジーナを操縦している時のような、冷静な声だった。

 

 

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