見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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悪いのは誰

 

 ザフトと対ロゴス同盟軍は、連合の基地『ヘブンズベース』へ侵攻していた。

 そこが、目下の『ロゴス』の拠点となっていることは全世界に知られている。

 対ロゴス勢力の最高司令官であるデュランダル議長が、ヘブンズベースへ向けて「最後通告」を発した。

 その内容は、直ちに全世界へも発信された。

 

 定刻まで数時間。

 世界は対峙する二つの勢力を、固唾を呑んで見守った。

 どちらが勝利するのかで、情勢が大きく変わるのだ。自分たちの日常が変化するかもしれない。

 降伏か、和解か、戦争か……。

 だが、その答えは早期に明確になった。

 通告に対する返答もないまま、『ロゴス』に付いた連合側が攻撃を始めたのだ。

 そして……、初めは奇襲から万全の防衛戦で有利に戦っていた連合だったが、徐々に同盟軍に押し込まれ、あっけなく降伏した。

 中でも、ザフトの3機のMSの活躍は凄まじかった。連合がデストロイを5機も用いて対抗したにも関わらず、彼らはそれを薙ぎ払った。

 連合の中で最も強固な基地であったヘブンズベースは、たった一度の交戦で陥落した。世界を二分する勢力の戦いだったはずが、あっさりと決着がついてしまったのだ。

 だが、『ロゴス』の盟主ジブリールだけは、いち早くそこから姿を消していた。

 

 情勢は明らかに傾いていた。

 人々が傾いて落ちる先は……誰にもわからなかった。

 アークエンジェルは未だ海の底で、傷ついた艦体の修理に追われている。

 キラにもどうすることもできなかった。そればかりか、自分がどうすればよいのか、この艦がどうすべきか、道を見失いかけていた。

 

 「もうすぐラクスが戻るから」と、マリューは言った。

 気休めではなく、思いやりだとわかっていた。ラクスが戻れば、きっと道が開けることもわかっていた。

 だが、体中に蔓延した閉塞感を振り払うことはできなかった。

 唯一、良かったことといえば親友の帰還で……。まだ絶対安静の身ではあるが、彼と再び言葉を交わせることで……。

 機体整備の手を休め、キラは彼の元に向かった。

 彼がここにいて、また話し合うことができる……ということを実感するだけでよかった。

 カガリはいるだろうか……。

 そう考えながら、部屋の前で立ち止まる。そしてふと、隣の扉を見た。

 アスランに、セアという少女の病状を伝えなければと思った。

 もっとも、まだ彼女は一度も目を覚ましていない。昏々と眠り続けたままだ。

 が、全ての数値はアスランより安定している。

 せめて変わりなく眠っている様子だけでも確認して、伝えようと思った。

 

「キラ……」

 

 部屋に入るなり、ひどく憔悴しきったカガリと目が合った。

 

「カガリ……、こっちにいたんだ」

「ああ」

 

 カガリはセアに視線を戻し、ため息をつくように言った。

 

「まだ一度も目を覚まさないらしい。容態は安定しているが……。よっぽど心身ともに強いショックを受けたんだろうって、ドクターが言っていた」

「そう……」

 

 それ以上、キラには言葉がなかった。

 カガリがいったい何を思って、セアの顔を見つめているのかわからなかった。

 

「似てるよな……」

 

 そんなキラの心を見透かしたように、カガリはぼそりとつぶやいた。

 

「本当によく、似てる……」

 

 同意はしかねた。

 彼女と数日を共にしたというカガリの感想を超えるものを、キラは持ち合わせていないのだ。

 

「でも……、違うんだ……、全然……」

 

 黙っていると、カガリは己の想いを引き裂くように言った。

 

「髪の色も、眼の色も違ってて……。おとなしくて、兵士にすら見えなくて……」

 

 絞り出されたような声に、キラは戸惑った。

 カガリが悲しんでいるのか、悔いているのか、怒っているのか、わからなかった。

 

「アスランは……」

 

 でも、止めるべきだということはわかった。

 彼女の言葉は、彼女自身を傷つける。そんな予感だけがした。

 

「カガリ……」

 

 カガリの肩に手を置いた。

 だが、カガリはそれを吐き出した。

 

「どんな想いで……、この子を連れ出したんだろうな……」

 

 嘆きとも、憐みとも、また、自嘲ともとれるようで……。

 

「カガリ……」

 

 それをアスランに直接聞け……などと、キラには言えなかった。

 

「辛いのは……、アスランだ……」

 

 ただ突っ立ったままのキラに対し、カガリは顎を上げた。

 

「悲しんだのは……、アスランだ……」

 

 そして、小さく首を振る。

 

「アスランが悪いんじゃない。この子が悪いわけでもない……」

 

 何が悪くてこんなに苦しいのか……。

 みんなが苦しんでいるのか……。

 それは、キラにわかるはずもない。

 

「悪いのは私なんだ……!」

 

 何故、カガリはそんな言葉を吐き出すのか……。

 

「カガリ。誰も悪くないよ」

 

 今度はちゃんと言葉が出た。

 

「カガリもアスランも、この子も……。誰も悪くない」

 

 自信を持って、そう言えた。

 が。

 

「違う……! 違うんだっ……!」

 

 カガリは身体をこわばらせて、声を絞り出した。

 思わず、彼女の肩に触れていた手を引っ込める。

 

「カガリ……」

「違うんだ……!」

 

 カガリは頭を抱えた。

 

「カガリ……!」

 

 かがんで、彼女の肩をしっかりと掴む。

 上体を起こそうとするが、カガリはそれを拒むように身体を揺らした。

 

「私が悪いんだ! 私のせいだ……!」

 

 悲鳴のようだった。

 彼女が背負うものの大きさに、キラも押しつぶされそうだった。

 

「カガリ。君が悪いんじゃない。誰も悪くない……!」

 

 カガリは何度も、自分のせいだとつぶやいた。何かに憑りつかれたように、何度も、何度も……。

 そのたびに、キラも同じ台詞を繰り返した。

 これだけ空気が揺れ動いても、やはりセアという子はピクリとも動かなかった。

 

「カガリ……」

 

 カガリの喉が苦しげに唸った。

 そこに引っかかっているものが何なのか、キラにはわかりようもない。

 が、それを見るのは怖くなかった。

 何故なら、それはここにいる自分たちにとっても、セアという少女にとっても、隣の部屋にいるアスランにとっても、とうてい無意味なものだと思うのだ。

 

「ねぇ、何をそんなに後悔しているのか、話してごらん」

 

 「後悔」と言う言葉が口をついて出た。それが的確だろうと感じていたのだ。

 

「私は……」

 

 カガリは、絞り出すように言った。

 

 

「ナナに……、ひどいことを……」

 

 

 ここにはいない「ナナ」の名を、カガリは口にした。

 

「ナナに? 何か言ったの?」

 

 それでも、恐れはなかった。

 カガリとナナが言い争うのは珍しいことじゃなかった。

 二人ともしっかりと自分の考えを持っていて、それを言葉にして伝えることができる。何かや誰かに流されたり、目を瞑ったまま深く考えずに突き進んだりしない。

 そう、自分とは違うのだとキラは思う。

 だからこそ、意見が合わないこともあり、そのたびにぶつかり合うのは必然だ。

 が、互いに誰よりも信頼し合っていたのも事実だ。

 二人は親友として、姉妹として、戦友として、尊敬し合い、愛し合っていた。到底、カガリの言葉がナナを傷つけることも、その逆も、在り得ないと思った。

 だから、その台詞とやらを聞くのは怖くなかった。

 

「私は……ナナにっ……」

 

 こんな苦悩は無駄だと、早く言ってやりたかった。

 だから、促すように背中をさすった。

 

「ナナに、言ったんだ……!」

「何を?」

「ナナは、『ずるい』って……!」

「何がずるいと思ったの?」

 

 カガリは観念した様に、とか、思い切って、とか、耐え切れずに、ではなく、まるで怒りをぶちまけるようにこう言った。

 

 

「世界や国民からの支持も、議員からの信頼も、“アスラン”も持ってて……、ずるいっ……て!!!」

 

 

 一瞬、キラの目の前が暗くなった。

 が、それだけだった。

 カガリの感情は壮烈にキラの視界や鼓膜を揺さぶった。それでも、キラの精神までは脅かされなかった。

 

「カガリ……」

 

 カガリの“嫉妬”の意味を、理解しているつもりだった。

 ナナという人物を前にして、持たざるを得ない感情なのだ。

 ナナが見通すものがあまりに遠く、自分がいかに狭くちっぽけな世界の中で目を閉じていたか思い知らされる。

 ナナという存在が慕われ、尊ばれるのは当然のことなのだ。

 比例して、自分がいかに惨めな存在であるかを実感することになる。

 だが、皆そうだ。カガリだけじゃない。自分も、アスランも、マリューも……みんなそうだ。

 たとえカガリがそれを口にしたからといって、カガリだけがその感情に負い目を感じることはないのだ。

 

「そんなの、気にすることないよ」

 

 ナナはきっと、知っていた。周囲からの“嫉妬”など、とっくに呑み込んでいた。

 「自分だってたいした人間じゃない」と笑い飛ばしながら。「みんなのほうが優しくて羨ましい」と肩をすくめながら。

 本当に、少しも奢らない人だった。そればかりか、逆に周囲に対して本当に負い目を感じているところがあった。

 

「ナナはきっと、気にしていなかったから」

 

 それに、当然ナナはカガリのことをよくわかっていた。

 粗削りで、だけどまっすぐで、純粋な、掘り出されたばかりの鉱物のようなカガリの精神を、ナナは深く理解していた。

 そして、そんなところを本気で愛していた。むしろ羨ましいとさえ感じていた。

 そう……“嫉妬”していたのはナナのほうなのだ。

 

「ナナは誰より君のことを想っていたでしょ?」

 

 ナナ自身もまっすぐだから、二人はぶつかり合うことも多かった。

 目指すものは同じでも、選ぶ道が微妙に違っていた二人だから……。

 だが、それでいいとキラは思っていた。アスランも、ラクスもそうだ。

 ナナ自身もそうだったのだ。

 二人で意見を出し合って、切磋琢磨しながら、国を、世界を、よくしてきたいと思っていたはずだ。

 キラもラクスも、ナナがカガリと意見が合わないと嘆いているのを何度も聞いている。

 だがその顔はどこか嬉しそうで、慈悲にも満ちていた。

 

「カガリもそのことは、よくわかってたよね?」

 

 カガリもわかっていたはずだ。誰よりもナナに愛されていることは、ちゃんとわかっていたはずなのだ。

 

「違うっ……」

 

 が、カガリは首を振った。綺麗な金色の髪を激しく乱して、何度も、何度も。

 

「違うんだっ……! 私は……!」

「カガリ……」

「私は、ナナを傷つけた……!」

 

 いっそ、「ただの姉妹喧嘩」だと言い放ってやりたかった。いつものことだろう、と。

 無責任に言うのではない。二人に近しい者として言えるはずだった。

 

「カガリ……」

「私のせいだ……!!」

 

 が、キラの主張は通らなかった。

 

「私が……」

 

 キラがカガリが抱えた闇の深さを推し量る前に、カガリは全てを吐き出した。

 

 

「私がナナを殺したんだ……!!!」

 

 

 ゾクリとした。

 久しく感じていなかった感覚だ。

 何の決意も想いもなく、ただストライクの操縦桿を握っていた時に感じた恐怖が蘇る。

 ただの“敵”に対する恐怖ではない。無力感、絶望感、そして……後悔が一気に押し寄せて渦巻くような感情だ。

 

「カガリ……!」

 

 カガリの肩を強くつかんだ。

 いくら取り乱したとしても、それは言ってはいけなかった。そんなこと、思ってはいけなかった。

 ナナの死で、無力感、絶望感、そして後悔に苛まれたのはカガリだけではない。自分もラクスも、誰よりもアスランがそうだ。

 が、誰も、一度も、それを口にしなかった。

 あの時こうしていれば……。

 そう……。プラントへ行くナナを、止めていれば……。

 自分が止めなかったからだ。止められたはずだ。危険はわかっていた。嫌な予感もあった。

 が、止めなった。

 だから、自分のせいだ。

 ……と。

 そこへ逃げたくはなかった。

 誰かのせいにすれば楽だった。それが自分であれば一番、楽だった。

 が、ナナがそれを喜ばないのを知っていたから、誰もそうしなかった。

 今の、今まで……。

 

「カガリ、それは……!」

 

 初めて不文の“禁”を破ったカガリに、言うべき言葉はすぐに見つからない。

 驚きや怒り、同情、どれもが中途半端に喉元を締め付ける。

 

「私のせいだっ……!」

 

 カガリは頭を掻きむしった。

 

「カガリ!」

「私のせいでナナは死んだっ!!」

 

 否定の欠片を全て吹き飛ばすような憤怒だ。

 

「私のせいなんだっ……!!」

 

 キラはカガリの両腕を掴んだ。

 どうにかして、“こちら”を見させねばならなかった。

 

「カガリ、カガリ、こっち見て!」

 

 落ち着くんだと言いたくとも、自分がそうでないから言えない。

 

「カガリ、大丈夫……、大丈夫だから……!」

 

 安い言葉を、めいっぱいゆっくりした口調で繰り返すしかない。

 

「カガリ、大丈夫だよ……!」

 

 骨が軋みそうなほど全身をこわばらせたカガリは、ようやく叫びを止めた。

 ほっとしたのも束の間。

 

「きっと……アスランもっ……」

 

 嗚咽のように吐かれた言葉は、再びキラの背を冷やした。

 

「カガリ」

 

 アスランはカガリのせいになどしない。

 わかりきったことを言えばよかった。ちゃんとした答えを、キラは持っていた。

 だが、それを口にすることはできなかった。

 

「う……」

 

 一瞬、静寂となった部屋に、吐息が漏れた。

 

「……セア……」

 

 はっとしたように、カガリは立ち上がった。

 キラもつられて立ち上がり、ベッドを見る。

 今までぴくりとも動かなかった少女が、かすかに身じろいでいた。

 

「セア……」

 

 恐る恐る、カガリがささやいた。

 と……。

 

「アス……ラン……」

 

 少女の唇の隙間から、その名がこぼれ出た。

 キラは反射的にカガリの横顔を見た。

 悲しげな……、いや、慈悲の……、いや……。よくわからない顔でセアを見つめている。

 

「ド、ドクターを呼ぼう……!」

 

 張り詰めた空気に耐え切れず、キラはそう言った。カガリの顔を、見ていられなかった。

 その時、扉が開いた。

 

「あ……」

 

 入って来たのはドクターだ。

 彼はカガリを見るなり息を呑んだ。

 無理もない。カガリのこんな顔を……、カガリじゃなくとも、若い女性のこんな顔を見て、冷静でいられるわけがない。

 

「カ、カガリ様……」

 

 ドア口で突っ立っている彼に、キラが言った。

 

「今、あのコの意識が戻りそうなんです……」

 

 我ながらひどく味気ない台詞だと思った。

 目を覚ましそうだという喜びや安堵を、含めることができなかったのだ。

 

「え……?!」

 

 ドクターの目が大きく見開いた。

 そして、カガリと少女を見比べる。

 

「ドクター……」

 

 その視線に気づいたカガリが、彼をうながした。

 やけにぎくしゃくした動きで、彼は少女に歩み寄る。

 が、結局、少女は目を覚まさなかった。それ以上、動くことを諦めたかのように、再び眠り続けた。

 

「意識は戻らないのか?」

 

 カガリは己を取り戻しつつあった。

 

「え、あ、は、はい……、まだ……」

 

 ドクターの答えは要領を得なかったが、どうにか説明を始めた。

 

「ア、アスランさんが言うには、このコはいつも薬を身につけていて、定期的に服薬していたようで……。その薬の分析を今進めています……。成分がわかれば投与して……、そうすれば回復の見込みが……あるかと……」

 

 遠慮しているのか……。

 ドクターは視線を逸らしながらそう言った。

 

「そうか」

 

 カガリもそれ以上言わなかった。

 そして。

 

「よろしくたのむ……」

 

 そう言い残し、部屋を出た。

 キラは、モニターを見つめるドクターと、眠る少女とに目をやって、それから部屋を出た。

 カガリの後は追わなかった。

 彼女はアスランの部屋に行かなかった。

 

 キラも、ドックへと足を向けた。

 

 

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