ラクスとの再会は唐突だった。
アークエンジェルに「エターナル発進」の知らせが届いたのである。
宇宙の片隅でじっと息を潜めていたはずのあの艦が……。ラクスの艦が、ついにザフトに発見された……と。
キラは久方ぶりに、背筋が凍るほどの恐怖を覚えた。
ラクスを失うことなど考えられなかった。遠く離れた海の底で、ただその時を待つことなどできなかった。
が、今はどうすることもできなかった。
情勢が混乱を極める今、オーブとアークエンジェルから離れるわけになどいかない。
カガリの側を離れることなど……。
背中を押したのはアスランだった。
ラクスを失っては全てが終わりだ……と、そう言って。
優先事項を決めることは難しい。だが、彼の言葉を聞いた瞬間に決まった。
皆の強力を得て、キラは飛んだ。
暗い宇宙に向けて、ラクスの姿を思い描いて。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
キラが発ってから、事態は最悪の方向に傾いた。
ヘブンズベースから脱出したジブリールが、オーブ国内に潜伏していることがわかったのだ。
彼を受け入れたのはセイラン家だった。
そしてそれは、すでにザフトにも知られたという。
こうして、ザフトの刃がオーブに向けられることが決定的となった。
ザフトからの身柄引き渡し要請に対し、オーブはあろうことかこう答えた。
『ジブリールはいない』と。
政治家も軍人も、誰一人として騙されることのない浅はかな嘘である。
そんな声明を出したのは、現オーブの代表……ユウナ・ロマ・セイランだった。
ザフトは憤慨した。いや、その答えを待ち構えていたかのように、すぐに戦闘が始まった。
再び、オーブは焼かれようとしていた。
カガリはすぐさま戦場へ向かおうとした。
ストライクルージュはキラに貸している。
アークエンジェルには
だから、スカイグラスパーを奪ってでも行こうとした。
しかしマリューに止められてしまった。
今、カガリが出て行ってもどうにもならない。たとえアークエンジェルに乗艦しているタケミカズチのムラサメ隊を率いても……と。
ザフトの戦力は厚く、オーブ側は統制が執れずにまともな防衛戦にもなっていない。
オーブの力が発揮できない今、国を護るためにはアークエンジェルが出て行くしかない。
一刻も早く修理を終えて、皆で……。
マリューは状況をそう判断していた。
もちろん、カガリもわかっていた。
が、オーブを護るため、一秒でもじっとしてなどいられなかったのだ。
とうとうカガリは皆の同意を待たず、アークエンジェルのブリッジを飛び出そうとした。
その時、入れ違いに入って来た者とぶつかった。壁のようなそれは、キサカだった。
「待て、カガリ」
彼は両肩をつかんで止めた。
カガリはその手をめいっぱい振りほどく。
が、逃れられない。
「いいから一緒に来るんだ!」
「嫌だ! 私いく! このままじっとしているくらいなら、国と一緒に焼かれた方がマシだ!」
「それでは困るから来いと言っているんだ」
「うるさい、放せ!!」
血を滾らせたカガリには、キサカの落ち着き払った態度が腹立たしかった。
キサカとともに現れたエリカもだ。
「行く前にウズミ様の言葉を聞いてほしいの」
彼女は言った。
落ち着いてはいるが、二人はどこか真剣な眼差しだった。でなければ、はやる気持ちを懸命に押し込めてついて行ったりはしなかった。
ジリジリと焼かれそうな気を抑えながら、二人の後に続いた。
連れて来られたのは、閉鎖されて久しい古い施設だ。それも、秘密通路を通ってしか行けない地下の隔離ドックだった。
当然、カガリは来たことがなかった。
二人はしっかりと閉ざされた扉の前で、こう告げた。
「ウズミ様からこれを預かっている」
「あなたに託したものよ」
扉の前の碑石に、こう書いてあった。
『この扉 開かれる日の来ぬことを切に願う』
ウズミの願いに反し、扉は開かれた。
エリカがドック内の照明を灯す。薄暗い洞窟のようなそこは、一気に明るくなった。
明るいなどというものではない。目が眩むほどに眩しくなったのだ。
目の前に、巨大な光の塊があった。
「これは……」
言葉の通り、それは黄金に輝いている。
「モ、モビルスーツ……?!」
そう認識すると同時に、ドック内にウズミの言葉が響いた。
“力”はただ“力”。多く望むのも愚かだが、むやみと厭うのもまた愚かなことである。
これは護るための“剣”だと。必要ならば、これをとれ。己の定めた成すべきことを成すためならば……と。
それは父の遺言だった。深い愛情に満ちた声だった。
胸が熱くなった。
争いの元だからと、力を忌み嫌っていた自分を思い出した。
今、オーブがこうなってみて思い知る。
力が無ければ何もできない。護りたくても護れない。
なんと無力……。
こんな自分を、父はずっと前から知っていたのだ。いつか自分が力を欲する日がくると知っていて、こんなふうに与えてくれたのだ。
「お父様っ……!」
眩しかった。父の想いが。
「カガリ、『アカツキ』に乗るか?」
キサカが問う。
答えは決まっていた。
その名の通り、夜明けを染める存在になりたい。心からそう思った。
カガリは涙を止めると、『アカツキ』のコックピットに身を沈めた。
と、起動スイッチにメモが張り付けられていた。
閉ざされていた空間にある物にしては相応しくない新しさだ。
内容は……起動方法や操縦方法などではない。戦い方のコツでもない。
せっかちそうな字でこう書かれている。
『あなたが護りたいもののために この力を使ってください』
ナナの字だ。
ナナは知っていたのだ。この『アカツキ』の存在を。知っていて黙っていたのだ。
今日の、この時のために。
さっき止めた涙がまた溢れた。
申し訳ないと思った。
ナナにも何度も反発した。
あの戦争の後、軍縮を訴える自分にずっと反対し続けるナナを理解できなかった。
あれほど傷ついて、失って、戦争の残酷さを誰より知ったナナなのに。その戦争の火種である力を、ナナは捨てようとはしなかった。
あまり話さないようにしてはいたが、モルゲンレーテ社にもよく顔を出していたようだった。
まだ力は必要だと……そう言うナナのことが、よくわらかなった。
『戦いの無い世界を、私たちは知らない。だから、どうやって進むべきか、誰も知らない』
いつか、ナナは言っていた。
机を叩いて、書類をまき散らして、ナナに抗議した夜のことだ。
『知らないから、間違うこともある。進む道は知っていても、踏み外すこともある』
大人びた口調で、窓の外の星を見上げながら、ナナは言った。
『それを正すために使うのは、言葉であって欲しいけど……力を向けられれば力で抗うしかない』
あの時は、自分とナナの意見は平行線だと思っていた。いくら崇高と思えるナナの意思でも、これだけは自分が正しいと思っていた。
が、自分が愚かだった。無知だった。理想を追い求めすぎて、必要なものが見えなくなっていた。
ナナはわかっていたのに。父の理念を、本当に理解していたのに。何度も、教えようとしてくれていたのに……。
「ナナ……、お父様……!」
後悔は後でいくらでもしよう。
ナナの言葉を、綺麗に折り畳んで懐にしまった。
深呼吸して、操縦桿を握り直した。
二人に護られている。心から尊敬する二人に力をもらった。
だから、絶対に守りたかった。
愛する国を。
愛する皆を。
二人が愛した、この国を。