また、オーブが戦場となった。
呑気に寝てなどいられなかった。
アスランは点滴の管を引きちぎり、部屋を出た。
身体のあちこちが軋んでいる。少し歩いただけなのに、息が乱れる。
が、進まなければならなかった。
いや……。どこへ向かうというのか……。
静かな通路に立ちすくむ。
こんな自分にできることなど、あるのだろうか。
ナナの導きの光を見失い、再び友を傷つけて、カガリも護れず、セアまで巻き込んで……。こんな自分が、どこへ行こうというのか。
彷徨いながら、隣の部屋の扉を開けた。
かすかな電子音が規則正しく鳴るだけのその部屋に、一人の少女が寝かされていた。自分と同じように、点滴を繋がれている。
雷鳴の中、暗い海に沈んでから、セアに会うのは初めてだった。
容態はキラやカガリから聞いていた。そう大きな怪我はしていなかったが、全身を強く打ってショック状態だった、と。心肺機能は安定しているが、脳波が不安定で、まだ目を覚まさないのだと……。
「セア……」
聞いていた通り、少し熱があるようで、頬が赤い。
呼吸も早い。
「セア……、すまない……、本当に……」
この少女には、何の罪もない。助けられ、あげく巻き込んで、傷つけてしまった。
罪悪感などというありきたりな表現では足りない。
彼女が再び目を覚ました時、何と言っていいかわからない。
やっぱり無責任に謝って、薄っぺらな礼を言うことしかできないのだろう。
ナナならば、何と言うだろうか。
ナナは、こんな自分に何と言うだろうか。
答えを知ろうとした時のクセだ。しかし久しく封じていたクセだ。
そうしていたのは、答えを求める資格がなかったからだ。
ナナに問いかけられるような自分ではなかった。
もう、ずっとそうだ。
ナナはきっと、困って目を逸らす。あれほどにまっすぐな視線を、そっと逸らすのだ。
声は聞こえてこなかった。
ナナはこんな自分に答えなどくれない。
ただ……。
「セア、目を……覚ましてくれ……」
セアには笑っていて欲しかった。
怯えた表情を取り去った時の笑顔は、とても綺麗だったから。
自分がそれを与えられたらいい。
が、傷つけておいてそんな無責任な想いは持てない。
誰かがセアを護って欲しい。
それも、果てしなく無責任だ……。
結局、迷いの中にいるのだ。
深くて暗い、迷いの道。ナナが示したはずの光は、いつのまにか見えなくなっている。
情けない。消えてしまいたいほど……。
と、その時。
「……う……」
セアがかすかに身じろいだ。
「セア?!」
触れるのは躊躇った。
代わりに2度、3度、名を呼ぶ。
「アス……ラン……?」
セアは薄く目を開いた。
視線はおぼつかない。が、こちらを認識していた。
「セア、すまない……! でも、大丈夫だ、ここは……!」
支離滅裂だった。
何を話せばいいのかなどと、考えていた自分が愚かだった。結局、何の整理もついていないのだ。
「アスラン……」
「セア、すまない、君を巻き込んで……」
「よかった……、アスラン、無事……で……」
それなのに、セアはこんな自分の情けない姿を見て、笑ってくれる。
「ここ……」
「アークエンジェルだ。わかるか? オレたちは助けられたんだ」
「アークエンジェル」の単語に、セアは朧げに反応した。
「アーク……エンジェル……?」
「ああ、そうだ。今、この艦はオーブにいる」
「オーブ……」
そして、「オーブ」にも。
「セア、大丈夫だ。君のことは……」
安心させたいのは当然だった。だが、続く言葉は言い訳のように思えた。
が、その言葉は遮られた。
『全クルーに通達。本艦はこれより出航します』
マリューの声が聞こえたのだ。
「出航……?」
意識が少しはっきりしてきたのか、セアの耳もそれを捉えたようだった。
「セア、実は……」
アスランは、言葉を選びながら現状を説明した。
しばらく眠っていたセアには、理解が難しいことはわかっている。だが、起こったこと、起きていることを、簡潔にまとめて伝えた。
「……じゃあ、オーブは……」
セアが最初に気にしたのは、オーブのことだった。
「ああ……、また、戦場になっている……」
長いまつ毛の奥から、探るような視線を向けられる。
ナナとは違う色の瞳。
この期に及んで、そう感じてしまう自分に嫌気がさした。
「この艦も……戦う……?」
小さくうなずいた。
そう……、この艦はこれから戦場に出るのだ。
「オーブを……護るの……?」
単純な問いだ。その答えもまた単純なことだ。
「ああ……、そうだ……」
複雑なのは、アスラン自身のちっぽけな心だ。
自分だけ、すべきことを見つけられない。
いや……、それが本当にすべきことなのか、わからなくなっている。
「アスラン……」
そんな自分を、セアは虚ろな目で、だが、まっすぐに見つめて言った。
「行って……」
「え……?」
少し、笑って。
「行って……、アスラン……」
“答え”を与えられたと、思うことはできなかった。
が。
「進んで……、前……に……」
これは、「背中を押す」とか「励ます」とか、そういう類のものではなかった。
「アナタが……、思うように……、進んで……」
これは……、これは……。
「セア……」
これは確かな“導き”だ。
まるで……。
「きっと……、大丈夫……」
セアはそうささやくと、目を閉じた。
すぐにゆっくりとした寝息が聞こえた。とても穏やかな顔をしている。
「セア、君は……」
何かが見えていたのだろうか……。
“彼女”のように……。
そっと指先に触れた。細くて、柔くて、懐かしかった。
ひどく泣きたくなった。胸が収縮したように痛んだ。
が、そのおかげでわかった。
まだ、自分の中にある“核”の存在を。
「行くよ……」
勝手につぶやいた。
静かに眠るセアと、瞼裏のナナに……。
部屋を出た。
向かう先はブリッジ。
もう、迷わなかった。