しばらく二人で話していると、ラクスとキラが現れた。
「ラクス様……!」
セアはわずかに頬を紅潮させた。
「よかった、二人でお話しできましたのね」
「はい……!」
セアがラクスに向ける目は、憧れの存在を見るそれそのものだった。
以前、“あちらのラクス”に向けていた視線とは違って見える。
「ご気分はいかがですか?」
「あ、あの、もう大丈夫です……! 先ほどドクターの方からも、体力が戻れば通常の生活は送れるって……」
「そうですか! よかったですわ、本当に……!」
「はい、ありがとうございます……!」
セアははにかむようにラクスに応えている。
「アスランは? お加減はいかがですか?」
ラクスの視線がこちらに移った。
「大丈夫だ」
「あなたはいつもそう言うので、あてにはなりませんわね。ね、キラ」
そしてキラへ同意を求める。
ここでようやくアスランは気がついた。セアがキラに会うのは……初めてなのではないだろうか。
「うん、そうだね」
キラは苦笑しながら返答し、ごく自然にセアに歩み寄った。
「本当に体調は大丈夫? ずっと眠っていたから、長い時間起きてたら疲れちゃうんじゃない?」
彼はいつもどおりだった。優しく、セアに声をかける。
が、アスランは戸惑っていた。
二人は少し前、同じ戦場にいた。直接刃を向け合ってはいないとはいえ……、決して仲間とか友軍とかの立場ではなかった。自分とキラのような友でもない。
そういう存在と、セアは初めて対面するのだ。
それに。
キラはセアをどう思っているのか……。
セアの病状を報告してくれているときのキラの表情は、何を思っているのかよくわからなかった。
だが、自分やカガリが初めに抱いたものと
誰にでも平等で、誰しもを慈しむラクスは、あまり気にしていないようだ。
セアの様子からして、彼女はすでにラクスに心を開いているように見える。人見知り……であるはずのセアが、ラクスをまっすぐ見つめている。
だがキラは……。
「あ、あの……」
セアは初対面の相手に対してとる態度をとった。
が、自分が初めて会った時よりはずいぶんと硬さがとれた気がした。
「キラさん……ですよね? ラクス様からお聞きしました……」
ラクスはキラのことを何と言ったのか……、わかるようでわからなかった。
キラがうなずくと、セアは思いきったようにキラを見上げて言った。
「あ、ありがとうございます……!」
キラは少し笑った。
「僕にお礼はいらないよ。君を護ったのはアスランだから」
いたっていつもの物腰だ。
キラのほうには、アスランからセアのことを伝えてある。カガリも説明してくれているだろう。
「い、いえ……」
だが、対してセアは首を振った。
「この艦に……私を受け入れてくださったことだけじゃなくて……」
そして、わずかに躊躇いながらこう言った。
「クレタでの戦闘のとき……、ミネルバを護ってくださいましたよね……?」
さすがに、キラの顔色も変わった。
「あなたがフリーダムで護ってくださらなかったら、帰る場所を失くすところでした。今は……、状況は違うかもしれませんが、あの時のことは……、とても感謝しています……」
セアはうつむきながらも、精一杯の想いを語っているようだった。
一度、キラはラクスと視線を合わせた。そして、こちらを見た。
それから……。
「僕もお礼を言うよ。アスランを助けてくれてありがとう」
キラらしい、柔い表情をしていた。
セアはその顔を見つめ、それから笑った。
そして。
「あの……、これから、いろいろ……お話できますか……?」
そう、恐る恐る尋ねる。
セアはキラと話がしたいと言う。
キラの行動の意味と、キラが目指すものを知りたいのだ。それがよくわかった。
少なくとも、最初からセアはキラの存在を排除しようとしていなかった。
『フリーダムは敵ですか?』
そう、何もかもを知っているような口ぶりで聞いて来た。あのクレタでも。
セアはきっと、キラという存在が何であるのか、ただ知ろうとしているのだ。
「うん、もちろん。たくさん話そう」
キラはそう答えた。セアは嬉しそうに笑った。ラクスもほほ笑んだ。
「君がここに来てくれて、よかった……」
キラもそうつぶやいたから、アスランは心から安堵した。
まるで自分がもう一度彼らに受け入れられたような気がしていた。
しかし、残念ながら穏やかな会話は長くは続かなかった。
キラがおもむろに壁のモニターの電源を入れた。
どうやら、皆で一緒に観たいものがあったらしい。
それは、カガリが声明を発表するオーブの特別番組だった。
オーブ内閣府から、オーブ連合首長国代表首長としてカガリが全世界に発信したのは、プラント最高評議会議長、デュランダルへ向けての声明だった。
途中、プラントの“ラクス”が介入し、演説を始めた。
が、もうその存在をラクスが許すことはなかった。
彼女はキラと共に部屋を去った。そしてしばらくすると、
彼女は
もう、迷いはないようだった。しっかりとモニター越しに人々を見つめ、はっきりとした口調で問いかけた。
戦争を失くすため、平和な世界を創るため、ロゴスを討とうと言うデュランダル議長の言葉は本当に正しいのか。
戦う者も、戦わない者も悪くない。悪いのは全て、「戦わせよう」とする死の商人ロゴス……議長のその言葉は本当だろうか。
そして、こう訴えかけた。
≪我々はデュランダル議長の真の目的を、もっと良く知らねばなりません≫
世界にとっては衝撃的な数分間だっただろう。
が、セアはその映像を見ても、それほど激しく動揺はしていなかった。
そして放送が終了した時、こうつぶやいた。
「ラクス様のおっしゃっていた、『デュランダル議長の真の目的』って、なんなんでしょう……」
もちろん、アスランにも答えはわからなかった。
ラクスがわからないのに、わかり得るはずもない。が、考えねばならないことはわかっていた。
「“それを知ること”が、この戦いの一部なのかもしれないな……」
曖昧な意見だが、きっと間違ってはいない。ラクスもそのつもりでいるはずだ。
セアもうなずいた。
だが。
「あ、あの……」
セアは今さら何かを躊躇っている。
「議長の言葉……なんですが……」
「どうした?」
「あの……」
「セア、なんでも言ってくれ」
迷った末、セアは意を決したように言った。
「“あの事故”がロゴスの仕業じゃないかっていう……議長のお言葉を、どう思いますか?」
脳がうち震えた。
そこに、かつての議長の姿が蘇る。
『プラントとオーブの調査団の報告では、紛れもなく、施設の管理体制の不備による事故でした。が、私は“ロゴス”に仕組まれた可能性を念頭に置いたうえで、もう一度、あの事故を調査するつもりです……! 何故なら、皆を平和な未来へ導かんとしたアスハ大使こそが、“ロゴス”の天敵だったからです……!』
彼は叫んでいた。穏やかな物腰を打ち捨てて、猛々しいほどにそう訴えかけていた。世界に向かって。
世界中に衝撃を与えたあの演説の、その部分だけは考えないようにしていた。
それを考えてしまっては、セアの言う“ナナが歩こうとした道”を探せないと思った。客観的に選べないとわかっていた。
疑心が憎しみへ変わり、議長の言葉をまるごと呑み込んでしまう……と。
だから今、改めてセアに問われ、初めて考えた。
議長の言葉は正か否か。あれは、世間の目に「ロゴスこそが敵である」と映すための偽りの言葉なのか。
それとも、本当にロゴスはナナを……。
「い、嫌なこと聞いちゃって、すみません……」
沈黙を掃うように、セアは言った。
「いや……」
「か、考えたって仕方がないですよね……。誰にも本当のことなんてわからないのに……」
「それでも君は……」
逃げないでいようと思った。今回こそは。
「オレがどう思うのか、知りたいんだろう?」
セアは遠慮がちにうなずいた。
答えが出ないからといって、避けるのではだめだ。どう思うか、どんな意思を持つか、ちゃんと形にしなくてはだめなのだ。
「オレは……」
たとえセアが傷つくことになっても、逃げていてはだめだと思った。
「議長の言うように、ロゴスの仕業か……、本当に事故だったのか……、それとも……」
セアとは、ちゃんと向き合いたかった。
「プラント側が意図的に起こした事故か……、全部、同じだけの可能性を考えている」
「プラント側が……?!」
セアの目が、悲しく揺れた。
「プラントの中には、ナナの存在を良く思わない者だって当然いたはずだ。今も……」
が、彼女も逃げなかった。
「そう……ですね……」
「君たちを巻き込むとは思えないが……」
「でも、もしそういう計画……だったとしたら……」
辛いのはセアのほうだ。もしその“計画”に巻き込まれたのだとしたら、彼女は同胞に殺められそうになったことになる。
そして、実際に友人をたくさん奪われたのだ。
「あの……、当然そういう話も、当時はあったんですよね……?」
「ああ……」
「ナナ様ご自身のメッセージが、オーブや地球の人々を思い留まらせたと聞きました」
「そうだな……」
「だから、プラントとの衝突は回避されたのだと……」
「ああ、そうだ。プラント側も誠実な対応をしてくれたから、あれは“事故”だと……、みんなそれで納得したんだ」
「納得……」
そう告げられて、納得していたはずのセアは、納得いかない目を向けた。
「あなたは……、それでよかったんですか……?」
残酷な問いだった。
「ラクス様や、アスハ代表は……?」
息をするのも億劫になるほどの、強い疲労感をおぼえる。
「ここの……、アークエンジェルの人たちは、それで納得して、前に進めたんですか……?」
だが……。
「進めたよ」
半ばやけっぱちでも、答えられるだけ成長したと思う。
「進まなきゃならなかった。ナナの遺志を継ぐために……」
声はかすかに震えたが、かまわなかった。
「オレたちに残されたのはナナの遺志だけだった。だから……、進むしかなかった」
セアの目は見られなかった。
が、あの時、感情をまるめて引き出しに押し込んで鍵をかけたことは、間違いではなかったと思う。
カガリも、ラクスも、キラも、マリューも、みんなそうした。
それを、ナナが望んだのだから。
「それで……」
セアはまだ、答えを欲しがった。
「そうやって懸命に進んだのに、今になって、あれがロゴスの計画だったかも……って言われて、ロゴスを疑う気持ちはありませんか?」
「どう思うか」ではなく、今度は「ロゴスを疑わないのか」と聞いてきた。
「あるよ……、もちろん……」
「君はどう思う?」なんて、卑怯な台詞が浮かんだが、きちんと飲み込んだ。
「議長が言い出すまでは考えなかったがな……」
考えないようにしたのではなく、本当に考えなかった。あの事故に『ロゴス』という存在が関わっていることは。
あの時のアスランは、不幸な事故であるという“ナナの遺志”の影に、“プラントの意図”を追いやった。
セアに言った通り、そうするしかなかった。
カガリたちもそうだ。みんなそう……。プラントを疑いながらも、それかみ砕くしかなかった。
だから、他の可能性など考えることはなかったのだ。
「実際にロゴスの動向を見てきて、議長の考えが正しいのかもしれないと思うことはある」
自分の口から出た言葉なのに、他人の言葉のように聞こえた。
セアは。
「そう……ですか……」
肯定も否定もしなかった。
ただ、問いを重ねた。
「苦しく……ないですか?」
「え……?」
「今さら……、あんなことを言われて……」
ここでやっと、アスランは問いを返した。
「君は、辛くないのか?」
セアはまた、肯定も否定もせずに、床を見つめた。
「私は……」
たっぷりと考えて、セアは言った。
「私は、平気です……」
それは、こちらを安心させるような強がりではなかった。
「本当か?」
意地悪く確かめても、セアはこう答える。
「私は、あの事故のこと……、あまり考えないようにしてきました。辛かったことから逃げてきたのかもしれませんが……、私も、前に進まなくてはならなかったので……」
前向きな逃避だと……。それを愚かに思うことはなく、むしろ大いに共感できた。
いや、まったく一緒だった。
事故の原因は、単純に施設内の配線のショートだった。火種が燃料庫に引火して、隔壁閉鎖システムがダウンして、ナナたちが見学中だった技術センターまで誘爆した……と。
プラント側の調査委員会はそう公式に発表した。小さなミスと不運がいくつも重なったのだと……。
それを信じるしかなかった。自分らも、そしてセアも。
「今さらあの事故がロゴスの仕業かもしれないと言われても、私は……、それほど、動揺はしていません」
セアは自分の中身を確認するように、ひと言ひと言をしっかりと述べた。
「考えることから逃げているのも、もちろんあるかもしれませんが……、私……」
その目は、ちゃんとこちらを向いていた。
「何かを憎むことが怖いので」
その目を見つめ、言葉を聞いたとき、急に腑に落ちた。
唐突に、セアという人がどんな人かわかった気がした。
「って、どっちにしろ逃げてますよね……! 私……」
頬を赤らめてうつむく彼女に、すぐに何かを言うことはできなかった。
「あの、す、すみません……」
困ったように唇を噛む姿は、情けなくも愚かでもない。弱さをさらけ出しながらも、その目は真っ直ぐ前を向いている。進むことに怯えながらも、歩むことをやめない。怖くても、手を伸ばす。
そうやって、何かを探し続ける姿は……、ナナによく似ている。
「セア」
不思議な感情が湧いた。
「逃げることが、間違いじゃない時もある。オレたちはザフトから逃げて来たが、後悔はしていないんだろう? 今は」
「は、はい……」
どう表現したらよいだろうか。
「オレは……君はここで、このアークエンジェルに来て、“ナナの翼”を手に入れたと思っている」
「え……?!」
この少女に、ナナの道を歩んで欲しいと願う気持ちを。
「話してみるといい。ラクスやキラや艦長やミリアリア……ここのクルーたちと。たくさん話をして、君が目指す道を行けばいい」
「アスラン……」
セアがそれを叶えるのを、側で護りたいと思う気持ちを。
「わ、私……」
「君ならできる」
きっぱりと言い切った。
セアはたっぷり時間をかけて、アスランの言葉を呑み込んだ。
そして。
「ありがとうございます……!」
綺麗に笑った。
進む者は美しい……。いつかの想いが、アスランの胸に蘇った。
だが、セアに仲間たちとゆっくり過ごす時間は与えられなかった。
しばらくして、宇宙で騒乱が起こったのだ。
宇宙に上がったジブリールが引き金を引いた。
軌道間全方位戦略砲『レクイエム』の引き金を。