見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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同じ答え

 

 居住区の通路を、そわそわと落ち着きない様子で歩いている背に声をかけた。

 

「セア」

 

 彼女はビクンと肩を震わせて振り返った。

 

「あ、キ、キラさん……!」

「『キラ』でいいよ。僕たちはもう友達なんだから」

「あ、は、はい!」

「アスランと一緒じゃなかったの?」

「はい。アスランは検査で……」

「ああ、そうか。そうだったね」

 

 数回言葉を交わしても、彼女はなんだか気まずそうに視線を彷徨わせている。

 

「こんなところで何してたの?」

 

 その問いに、セアは勢いよく頭を下げた。

 

「あ、あの……何かお手伝いできることをと思ったのですが……。か、勝手に出歩いてすみません……!」

 

 ようやく合点がいった。

 彼女はまた気にしているのだ。自身の立場を。

 

「気にしなくていいから」

 

 きっと、根っから純粋で素直な子なのだろう。

 なんだかカガリに似ていた。

 が、まっすぐさの方向性があまりに違い過ぎて、思わず苦笑した。

 

「ブリッジで君が言ってたこと、ちゃんと否定するタイミングがなかったけど、誰もそんなこと思ってないから」

「そ、そんなことって……?」

「君が言ってた、『自分がザフトのスパイって疑われても仕方ない』っていう話」

「あ、ああ……。でもそれは、わかってますから……」

「だから、そうじゃないってこと」

「え?」

 

 キラは丁寧に話した。

 誰もセアを疑ってなどいないこと。むしろアスランを助けてくれて感謝していること。 同じ想いを持ってくれていると信じていること。

 

「でも、やっぱりご迷惑じゃ……」

 

 セアがそう言うのでもう一度苦笑した。今度は違う意味で。

 アスランとカガリが言った通りだと思ったのだ。

 顔立ちはナナに似ているけれど、いろいろな意味で真逆だ……と、二人ともセアについてそう語っていた。

 キラ自身も、話してみて二人が言ったことに納得したのだ。

 

「ラクスが言ってたでしょ? 君がここにいてくれて嬉しいって」

「はい……」

「僕もそういったよね?」

「あ、は、はい……」

「他のみんなも、そう思ってるよ」

 

 確かに“似ている”とは思った。こうして視線を合わせて話していると、それを実感する。

 が、セアの中にナナを探すことはなかった。

 やはり、彼女とナナは違うのだ。

 当然のことながら、ナナに代わり得る人などいないのだから。

 誰だってそうだ。

 ラクスだって……。デュランダル議長の側にいるあの子だって、ラクスにはなれない。どれほど“似せて”いたとしても。

 

「そ、そうですか……」

 

 が、だからこそ……だ。

 彼女がナナに似ていなかったとしても、“ナナと同じ風”を吹かせたことが本当に嬉しかった。

 あの時、ブリッジにはナナが言葉を発した時に吹いたのと同じ風が、確かに吹いていた。

 もちろん、口調は全然違った。セアは迷いながら、恐れながら、選びながら、必死で言葉を紡いだ。

 ナナはそんなことをしない。いつだって迷いなく、まっすぐに、鋭くて優しい言葉を放っていた。

 それでも、風は同じだった。

 あの瞬間、皆が同じ想いでいたのは確かだった。

 記憶を削がれたムウを除いて……。

 ナナと遠く離れたところで生きて来た少女が、ナナとは違う強さで、でもナナのように道を示したことが嬉しかったのだ。

 彼女の中にナナが芽吹いていると……。それを確かに見たのだ。

 だから、アスランも……。

 

「じゃあ、ドックでMSの整備を手伝ってもらおうかな? MSのパイロットだったんだよね?」

「は、はい……。え? い、いいんですか?」

 

 セアはまだ自分が信頼されているという自信が持てないようだった。

 だからこそ、彼女をドックに連れて行こうと思った。

 

「良いに決まってるでしょ、君はもう仲間なんだから」

 

 先に歩き出すと、セアは躊躇いを振り払ってついて来る。

 

「あ、あの、私、なんでもやりますから!」

 

 その口ぶりにまた苦笑して、隣に並んだ。

 セアは大真面目な顔をしていた。

 

「でも、良かった。調子良さそうで」

「あ、はい! おかげさまですっかり元気です!」

 

 セアはようやく笑った。

 

「ドクターが、私が持っていた薬をラボで分析して、投与してくださったみたいなんです」

 

 薬の話はドクターからもアスランからも聞いていた。

 彼女は『“あの事故”でダメージを受けた部分を補強するサプリのようなもの』を服薬していたようだった。

 その薬が十数錠、彼女の制服のポケットに入っていたのは幸運だった。

 それをオーブのラボで分析し、適切な量を投薬し始めてからすぐに、セアは回復したのだ。

 薬はこれからも処方され、セアの健康は保たれることになる。

 

「アスランがかばってくれたので、怪我はほとんどしてませんし……」

 

 セアは目を伏せた。複雑な感情が見てとれる。

 が、キラはアスランのことを良く知っていた。

 相手が誰であれ、アスランは全力で守るだろう。それが、心を通わせた者であれば命をも懸けるだろう。

 

「あ、押します!」

 

 キラがエレベーターの前で立ち止まると、セアは素早く動いた。

 

「えーと、ドックは……」

 

 乗り込んでからも、パネルからすぐにドックへのボタンを見つけ出した。いかにも訓練された兵士らしい行動だ。

 しかし彼女はそのまま沈黙した。パネルでもなく足元を見つめたままだ。

 やはりドックに行くのを躊躇っているのだろうか。

 ドックで整備を手伝うということは、この艦の核に触れるということだ。この艦の要であるMSのデータを閲覧し、操作することになるのだから。

 キラはもちろん、セアにはそうして欲しいと思っていた。

 彼女に言った通り、もう友であり仲間なのだから、共に戦って欲しかった。欲した力を与えてあげたかった。

 当然、彼女がこの艦へ来てから一度も「ザフトのスパイ」などと疑ったことはない。

 だが、やはり彼女自身は気が引けるのだろうか。正規の訓練を受けて来た兵士だけに、自分の存在がどれほど異端であるかと気にしているのだろうか。

 が。

 

「あの……」

 

 駆動音の中、セアは口を開いた。

 

「や、やっぱり……、ご迷惑じゃないですか?」

 

 しかしそれは、キラが憂慮していたことではなかった。

 

「私の……、この……、顔……」

「え?」

「不快……ではないですか……?」

 

 エレベーターはドックに着いた。

 

「あの、自分で言うのはとてもおこがましいのですが……、その……、ナナ様に似てると、色々な方から言われていて……」

 

 扉は空いたが、二人とも動かなかった。

 

「こちらの艦の方々は、不快になるのではないかと……」

 

 彼女自身が不快なのだろうか……。そう思った。

 「ナナに似ている」と、これまで何度も言われ続けて来たのだろう。

 それが嬉しかったのか嫌だったのか、キラにはわからない。

 たとえばここで、ミリアリアやマリューが見せた動揺を受け、彼女が気に病むことがあるのであれば、彼女にとって苦しいことになりはしないだろうか。

 

「あ、あの、でも、こちらの、ナナ様と親しくされていた方々にとっては、こんな顔、『似てる』なんて思いませんよね? すみません、自意識過剰で……!」

 

 閉口しているととったのか、セアは取り繕うように笑いながら「開」のボタンを勢いよく押した。

 

「ど、どうぞ……」

 

 降りるように促す彼女と目が合った。

 瞳の色は違う。視線の強さも。声は似ている。口調は全く違う。肌の色は似ている。髪の色は違う。目、鼻、唇、形は似ている。言葉は……、違うようで似ている。

 キラは彼女に出会って初めて混乱した。

 “議長のラクス”のように完全なる疑似でない。ネオと名乗るムウのように、非完全な本物でもない。

 セアはセア……。

 ただ、ナナに似ていて、ナナに憧れて、ナナのように歩む少女だ。

 偶然か、必然か、彼女との出会いに戸惑うのは当然だ。

 アスランやカガリが初めて彼女に会った時、どんな気持ちだったかを、今さらキラは理解した。

 

「あ、あの……、キラさ……、キラ……?」

 

 が……、それでも答えは変わらなかった。

 

「あ、うん、ごめん……」

 

 エレベーターを降りて、喧騒の中に身を浸す。

 続いて降りたセアを見つめた。

 

「あの……」

 

 不安げなセアの目を見ても、答えは変わらない。それはラクスがはっきりと告げていた。

 自分も口下手だから、本当に上手に言葉に表せないタイプだから、先ほど言ったその言葉をもう一度繰り返すだけだ。

 

「一緒に戦おう、セア」

 

 セアはふたつ瞬きした。

 

「君がここにいてくれて嬉しいって、本当に僕たち、そう思ってるから」

 

 遠くからマードックが叫んだ。

 

「おーいキラ! さっさと手伝え!!」

「はい! 今行きます!」

 

 他のクルーたちも、こちらを見つける。

 すぐにざわめきが起こった。

 

「行こう、セア」

 

 視線を集めているセアを促した。

 クルーたちの気持ちも、セアの気持ちも良くわかっていた。

 セアはひとつ、深呼吸した。

 そして、顔を上げて言った。

 

「はい!」

 

 とても晴れやかな顔をしていた。

 きっと、彼女がここにいることを、ナナも喜んでいるだろうと思った。

 

 

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