見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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わからないこと

 

 アスランはアークエンジェルのデッキで空を眺めていた。

 日はとっくに沈んでいるが、星影は無い。

 

 検査を終えた時、セアがドックでMSの整備を手伝っているとミリアリアに聞かされた。

 少し意外な気がした。

 キラたちが、彼女を仲間として認めたことではない。

 セア自身が一歩足を踏み出したことだ。

 

 ……いや、違う。

 

 “意外”なのではない。単に自分が動揺しているだけだ。

 普段は控え目で従順なセアが強く決心した時に見せる強さを知っている。

 ブリッジで皆に言った言葉に迷いはなかった。

 彼女はこの艦で、この艦のクルーとして、戦おうと決めたのだ。

 そんな彼女に戸惑っているのは自分の方だ。

 「シンたちとも戦う」と決めた彼女に()()()()

 それを、与えてやらねばならないのに。

 セアは……、ドックで()()を見つけるだろうか。キラが案内するだろうか。キラやラクスから、()()をセアに託してはくれないだろうか……。

 そんな情けない感情が浮かぶ。

 

 自分にはまだ、「グレイスに乗ってくれ」とは言えない。

 

 あの機体がセアに相応しいとわかっている。

 レジーナと同型だから適応しやすい……だけではない。

 ナナと同じ意志を持った彼女にこそ相応しい……と。

 セアに乗ってもらいたい気持ちは本物だ。

 が、言い出せないのだ。

 本当にシンたちと戦わせていいのか、まだ迷っている。あの優しい子を再び戦渦に引っ張り出して良いのか、まだ迷っている。ナナの機体を……再び目にすることを、まだ迷っている。

 

「ダメだな……。オレは……」

 

 情けない呟きを、潮風がさらっていった。

 その時。

 

「ここいいたのか。アスラン」

 

 振り返ると、オーブの公服をまとったカガリがいた。

 

「傷に触るぞ。部屋に戻ったほうが良いんじゃないのか?」

「ああ……、大丈夫だ。さっきの検査で、もう問題ないと言われた」

「そんなの嘘だろ。もう少し安静にしてろって言われたんじゃないのか?」

「…………」

 

 二人の間に、少しの沈黙が流れた。

 カガリは手すりのところまで歩いて、両手でそれを掴み、背を大きく逸らした。

 なんとなく、一人分開けて隣に並び、海を眺める。

 カガリには、言うべきことがあった。たったひと言だ。

 が、その言葉に含まれる感情がたくさんありすぎて……、声が出せない。

 

「じゃあ、ちょっと話、聞いてくれるか?」

 

 先に、カガリが言った。

 うなずくしかなかった。本当に情けなくなる。

 

「あのコ……、最初に会った時と、ずいぶん変わったな」

 

 彼女が話し始めたのは、意外にもセアのことだった。

 

「最初は仲間の影に隠れて、積極的に意見を言うようなタイプに見えなかったのに、この間はすごくしっかりと自分の意思を話してくれていた」

 

 アスランは同意しなかった。

 

「本当は……、セアは最初からしっかりと自分の考えを持っていたんだ」

 

 情けないついでに、色々なことを省みる。

 

「オレはつい最近まで気づけなかった。気づこうとしなかった……。ちゃんと、向き合ってこなかったんだ……」

 

 ため息が出た。

 

「もっとちゃんとわかってやれていたら、あんな風に傷つけることもなかった……」

 

 レイに銃口を向けられた時の、セアの真っ青な顔をはっきりと覚えている。

 あれは最悪だった。

 自分のせいで怪我をさせただけじゃない、セアは深く傷ついているはずだ。

 今は気丈に振る舞っていても、いつかはそのことを思い出す。

 それが、本当にいたたまれなかった。

 

「でも、そのおかげで、アスランもセアも、ここにいるんだろ?」

 

 そんなしょうもない反省を聞かされても、カガリは微笑を浮かべてそう言った。

 

「私は嬉しい。こうしてみんなで“同じ夢”を見てるってことが」

 

 とても大人びた笑みだった。

 

「同じ夢……か……」

「そうだ。ナナが見ていた夢だ」

 

 同じものを見た。

 カガリが言った通りだ。

 今やっと、ナナが見ていた夢を、みんなで見ていると実感できる。ナナが示した道を、皆で歩こうとしているのがわかる。

 「道は違えど」……と、いつもナナは言っていた。「目指す未来が同じであれば」……と。

 だからきっと、離れていても……。

 

「あのコ……、守ってやれよ、アスラン」

 

 アスランが口を開く前に、カガリが言った。

 

「カガリ……」

「あのコはきっと特別なんだ。ナナに似ていなかったとしても、あのコの中にはナナの遺志が受け継がれている気がする……」

 

 カガリが次に言う言葉がわかった。

 

「あの時のセア……、ナナみたいだったよな?」

 

 どういうつもりで、カガリがそう言うのかはわからなかった。

 が、少し寂しげで、嬉しそうで……、とても綺麗な表情をしていた。

 

「あのコは私たちにとって大切な存在なんだ。だから、守ってやれ、アスラン」

 

 同意はまだできない。

 

「私も、もっとあのコと話がしたいから」

 

 また、ため息が出た。さっきとは違うため息だ。

 

「カガリ、オレは……」

 

 ちゃんと、言うべきことを……。

 

 

「オレは、君を……、護りたかった……」

 

 

 カガリのようにスラスラと伝えたかったのだが、言葉が喉に(つか)えた。

 

『あのコを護って。お願い……』

 

 あの願いがまた、瞼の裏に蘇ったのだ。

 

「わかってる、アスラン」

 

 それを、見えないはずのカガリが見ていた。

 

「ナナがそう願ったんだろ?」

 

 不思議と、カガリは笑っている。

 

「だからって……、義務感とかでそうしていたわけじゃない!」

 

 反射的にそう言った。

 

「オレたちにとって君は大切な存在だった。だから……、ナナのためにも、オレ自身のためにも、お前を護ろうと決めたんだ……!」

 

 それしかなかったのは事実だ。

 あの時は、それだけを糧に生きていた。

 ナナに託されたものが無ければ、空っぽだった。

 が……。

 

「それなのにオレは……、君を護れず、傷つけて……、本当に……、本当にすまなかった……」

 

 何ひとつ、できなかった。

 護れず、傷つけて、側に居ることもできず……。

 

「いいんだ、それはもう」

「よくはない……!」

「いいんだ、アスラン。私は大丈夫だ。アスランには十分助けられた」

「いや、オレは何もできなかった……!」

「ナナがいなくなった後、ずっと側にいてくれたじゃないか」

「お前の力にはなれなかった。苦しんでるお前を助けることができなかった……!」

 

 護衛……、ただの護衛だ。他にも何人も居て、代わりの兵士だってなれる護衛だ。

 政治のことには、相談されても首を突っ込まないようにした。自分の意見なんかに惑わされて欲しくはかった。

 対人関係の悩みは聞いたが、人付き合いは自分も得意でないから、通り一遍のアドバイスしかできなかった。

 公務での立ち居振る舞いについては多少の意見をいったが、結局はカガリの考えを尊重すべきと思っていた。

 ナナのことは……、二人であまり話さなかった。

 カガリは昔の話をしてナナを懐かしみたかったかもしれないのに、遠慮させてしまっていた。

 ただ、側にいただけだ。

 ナナが願った「護る」ことではなかった。

 そしてそれは……、ナナの側に居た時も同じだった。

 ナナの助けになどなれていなかったのだ……。

 ナナは側に居て欲しいと言ってくれた。必要だと、言葉にしてくれた。

 ため込んだ愚痴を自分だけに吐き出して、言い終わった後はすっきりとした顔をしていた。

 まとまらない考えを自分の前で無造作に吐き出してから、特に意見も聞かずにそれらをまとめていた。

 それだけで、ナナの側にいる意味はあると思っていた。自分にも存在価値があるのだと……。

 これからもそうして生きて行こうと思っていた。

 が、そうではなかった。

 だんだんと、意味を失った。

 ナナは、自分は大丈夫だからカガリの側に居て欲しいと言うようになった。

 唯一の気がかりがカガリだから……。

 初めは拒んだ。

 まだ自分に価値があると思っていた。

 そう……、ナナにとって唯一無二の存在だと思い上がっていた頃だ。

 が、ナナは願い事を繰り返した。

 喪失感はあった。

 だが、やるべきことをやらねばと前を向いた。

 そのつもりで、ナナが気がかりなことをひとつでも減らしてやろうと思った。

 自分にしかできないのなら、それをやるべきだと自身に言い聞かせた。

 

 そうやって正当化したつもりでいたとき……、ナナが死んだ。

 

 だから続けるしかなかった。

 ナナの願いを叶えなければ……と。

 そしてまた、無意味な自分を繰り返したのだ。

 だから……。

 そんな自分が嫌で、嫌で、嫌で……、戦争を止めようとプラントへ行った。

 戦渦を終わらせたくてザフトに入った。

 その選択は、結局カガリを傷つけた。

 それでも、やはり……。

 

「だが、オレは……、アークエンジェルで行く……」

 

 何もできなかった自分には戻りたくなかった。

 今度こそ本当に、自分の力で、想いで、カガリを護りたかった。

 戦争を終わらせて、議長の野望を止めて、カガリを護って、ナナの願いを叶えたかった……。

 

「そうすることでしか君を護れないと……、今はそう思う……」

 

 胸のあたりが押し潰されるように痛んだ。体中の傷が痛み出した。最初に言おうとした言葉は言い切ったのに、まだ苦しかった。

 苦しむのはわかっていた。

 カガリと道を違えるのは、ナナとの約束を破ることだ。

 あれほどすがった最期の約束だったのに。ナナに対して何もできなかった自分が、唯一やれることだったのに。

 見る夢は同じでも進む道が違うのは、ナナが望んだことではないだろう。

 だが、自分が行く道はもう変えられない。

 キラやラクスとともに、アークエンジェルで戦う……それが、今の自分にもできることなのだ。

 カガリの側にいても、何もできることはないと知ってしまった。

 たとえナナが望んでも、ナナが望んだ道を進めないという矛盾を知ってしまった。

 どちらを選ぶのか、答えは簡単だった。

 ナナが示したのではない。

 自分の力、命、想い……、それらとちゃんと向き合った時、答えが出たのだ。

 決意に葛藤がまとわりつかないとは限らない。その決意で誰かが傷つくこともある。

 だからこうして、苦しむことはわかっていた。

 

「本当にすまない、カガリ……。だが、いつか、わかって欲しい……」

 

 せめてカガリが苦しまないよう、勝手な台詞を吐いた。

 

「わかってる、アスラン」

 

 が、カガリは静かにうなずいた。

 まるで最初から、こちらの言葉を全て知っていたかのように。

 

「カガリ……」

 

 何故、カガリがこんなふうに柔い表情でいられるのかわからなかった。

 彼女は責めるべきだ。

 何も……、何もできなかったのに……。

 

「だから、これからはあのコを守ってやってくれ」

 

 彼女はそう言うべきではない。

 彼女を護れなかったことと、これからセアを護ることは、「だから」で結びつくものではないのだ。

 

「私はもう大丈夫だ。自分のやるべきことはわかっている。はっきりと、自分の道が見えているから」

 

 強がりなんかじゃない。カガリは本当に強くなった。

 それがわかる。

 自分の立場、やるべきこと、進むべき道、本当に、全部見えているようだった。

 そして、カガリは言った。

 

 

「アスラン、もうナナの願いに囚われて生きなくて良い」

 

 

 苦しみの果てに告げた決意が、潮風に乗って飛んで行くようだった。

 

「とらわれて……?」

「私を護れっていうナナの願いだ。それはもう十分果たしてもらった。私はもう、アスランに護られなくても自分の足で歩いて行ける。ちゃんと道が見えているから」

「カガリ……」

 

 何かを奪い取られる感覚。

 が、カガリは寂しげに笑ってこう言った。

 

 

「ナナの願い……、あれは、私が言わせてしまったことだから……」

 

 

 初めて、カガリは目を伏せた。

 

「え……?」

 

 胸の塊がぐるぐると回転するようだった。

 

「私のせいなんだ、アスラン」

 

 カガリは気を取り直したように顔を上げ、笑った。

 今度のは強がりだ。

 この変化がどういうことなのかわからない。

 

「何を言っている? ナナは本当に、お前のことを心配していたんだ……」

 

 まるで防衛本能が働いたかのように、ありきたりな言葉が口から出る。

 

「ああ、それはわかっている。だけど……あの時、あのプラントへの視察の時……、ナナがアスランを連れて行かなかったのは私のせいだ」

「何を……」

 

 カガリは密やかに歯を食いしばった。

 ここで「もう何も言わなくていい」と言えるほど、アスランは大人になれはしなかった。

 

「私が……、ナナに言ったんだ。いつもの喧嘩だったのに、私はすごく苛々していて……。なんでもできるナナに嫉妬して、噛みついて、自分の無力さに絶望していて……、それで、思わず言ってしまった……」

 

 

 「何を?」と聞きたい本能と、「聞くべきではない」という本能がぶつかり合った。

 混乱した脳に、カガリの言葉が入り込む。

 

 

「世界や国民からの支持も、議員からの信頼も、“アスラン”も持ってて……、ずるいっ……て」

 

 

 一瞬、拍子抜けした。

 それがナナを変える原因になるとは思えなかったのだ。

 だが。

 

 

「私は全部欲しかった。支持も信頼も、“アスラン”も……」

 

 

 その言葉は胸を刺した。

 

「あの時のナナも、今のアスランと同じ顔をしていた……」

 

 カガリの口元が歪んだ。

 懸命に表情を保とうとしているのが分かった。

 だが、アスランの身体からはどんどん力が抜けて行くようだった。

 

「私のその言葉のせいで、ナナは……、ナナはアスランを“避ける”ようになったんだ。あれ以来、ナナはお前に私の護衛に付くように言うようになっただろう?」

 

 ナナの拒絶を思い出し、首元が冷たくなる。

 

「私のためとか、私に遠慮してとか、私を傷つけないようにとか……、そう思ったんだと思う。そういうナナもどうかと思うけど、でも……ナナにそうさせたのは私なんだ……」

 

 軽い口調で話していても、カガリの声はかすかに震え出す。

 

「ナナは私のことを本当の妹以上に想ってくれていた……。心配したり、気を使ったり、いろいろ面倒みたり……、ずいぶん過保護だとは思ったけど、私もそれに甘えてナナに頼り切っていた。その果ての我儘だ……。本当に情けない……」

 

 だが、彼女は止めなかった。

 自分はまだ、聞きたいのか聞きたくないのかわからなかった。

 

「私があんなことを言わなければ、アスランはずっとナナの側にいられたんだ。“あの時”も……、ナナを護れたかもしれない……。あんなに大きな事故だったから、もしかしたらそうはならなかったかもしれない。二人で一緒に……なんてことは絶対に思わなかったけど、でも、少なくともアスランが今まで抱えてきた後悔や絶望は無かったと思う」

 

 カガリは拳を強く握りしめていた。

 必死で……、必死で想いを言葉にしているのだ。自分を()()()()ために……。

 

「あの時ナナの側にいられなかったことを、アスランがずっと後悔しているのを知っていたのに、私は黙っていた。私のせいってことを、ずっと黙っていたんだ……。だから、謝るのは私のほうだ」

 

 だが、こびりついた後悔や絶望は、風に流れては行かなかった。

 

「アスラン、本当に……、本当にすまない……!」

 

 とうとう、膝をついた。

 

「アスラン……!」

 

 考える力も、想う力も削がれていくようだ。

 

「アスラン、本当にすまない! ナナにも、謝っても謝り切れない……! 今さら、本当に……!」

 

 カガリも隣に膝を付いた。

 先ほどまでの穏やかな口調を捨て、必死に謝罪を繰り返す。

 

「アスラン! ナナが苦しんだのも、お前が苦しんだもの、全部私のせいだったんだ……! 本当に……」

 

 ズキンと額の奥が疼いた。

 

「アスラン!」

 

 思わずそこを抑えると、カガリが肩に手を置いた。

 冷たい手だ。細くて小さい手。ナナが必死で護ろうとした手……。

 

「オレは……」

 

 この手を振り払う気はない。むしろ、まだ護りたいと思っている。

 気力を振り絞り、心の深淵に向き合った。

 カガリは悪くないのだ。

 ナナも悪くない。

 ナナの意見に背いて、無理やりにでも側にいられなかった自分が悪いのか……。

 いや、それでナナが喜んだとは思えない。

 ナナはカガリを案じていた。

 自分ならばそれを軽くできると言っていた。

 自分も、それだけがナナの力になれる方法だと思っていた。

 それが間違いだったのか……。

 いや、そもそも……。

 

「オレは……、ナナに必要とされていたのか……?」

 

 愚かな呟きが全てだった。

 知りたかったのだ。本当にそうだったのか。

 ずっと、心の中のナナに聞けずにいた。

 そうだったと思いたかったから、必死でナナの最期の願いを叶えようとしていた。

 

「当たり前だ……!」

 

 カガリの5本の指が肩に食い込んだ。

 

「ナナは……、アスランにだけは弱いところを見せていた! アスランの前では素直に笑ってた! 三人で食事している時、楽しかったんだ……! 本当の家族みたいで……。それを……、壊したのは私だ……!」

 

 カガリの涙が、デッキの床に浸み込むのが見えた時、ナナの笑顔が蘇った。

 急に、感情が撫でつけられた気がした。

 カガリの言葉を信じることはまだできない。

 カガリはそう言ってくれるのはわかっていた。

 カガリだけじゃない。キラもラクスも……周りにいるのは優しい人間ばかりだから、きっとそう言ってくれる。

 だが、真実はわからない。

 ナナに聞くしかないのだ。

 そして、聞くことは……、もうできない。

 

「カガリ……、ありがとう……」

 

 カガリの手を取った。

 

「アスラン……?」

 

 真実はわからないという真実……。

 今さら理解して、逆に後悔や絶望の輪郭がはっきりと見えた。

 わからないまま生きるしかないのだ。

 

「オレももう、大丈夫だ……」

 

 答えを作り出すのは自分しかいない。自分で真実を決めるしかない。

 ナナに必要とされていたのか、そうではないのか……。

 

「アスラン……」

「ずっと知りたかったこと……、それと、その答えはわからないことがわかった……。それだけで、すっきりした気がするよ……」

「アスラン、それじゃあお前の気持ちは何も……!」

「いいんだ、今はこれで。どうせわからないなら、正しく生きて……、答えを探し続けるだけだ」

 

 カガリの指が、かすかに震えた。

 

「だからもう、お互いに後悔するのは止めないか?」

 

 その指を、強く握る。

 

「お前は悪くない。ナナも悪くない。オレも悪くない……。誰も、悪くないんだ」

「それは……」

「今は前に進むしかない」

「わかっているが……」

「カガリ……」

 

 うつむくカガリに、今言える精一杯の言葉を。

 

 

「ナナもきっとそうする」

 

 

 たったひとつの真実は、カガリを上向かせた。

 

「いつか一緒にイーリスに行こう、カガリ」

「アスラン……」

「イーリスに行くってことは、プラントと和平が成立するってことだ……。そうなるようにお互い全力を尽くそう。そして本当にそうなったら……、イーリスで、ナナのことを話そう。ナナに聞きたいことも、言いたいこともたくさんある。二人で、ちゃんとナナの話をしたことはなかっただろう?」

 

 同じ未来がもう一つ。

 

「ああ……、そうだな……」

 

 また綺麗な涙をこぼしたカガリを、アスランはそっと抱きしめた。

 

「大丈夫だ。オレたちは同じ夢を見ている……」

 

 カガリは小さくうなずいた。

 二人に触れた風は、悲しくて、愛しかった。

 

 

 

 

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