見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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ミーア・キャンベル

 

 月面ダイダロス基地で、ロゴスの盟主ロード・ジブリールが討たれた。

 

 世界が動揺する中、アークエンジェルは宇宙に向けて飛び立った。

 正式に、オーブ軍第二宇宙艦隊所属艦として。

 

 あれ以来、カガリとは特に言葉を交わすこともなかった。

 今、皆に向けて語りかけるカガリの言葉はナナのようだった。

 落ち着いて、毅然と、簡潔に、強く、願いを込めて……。

 かつて皆の心に届いたナナの言葉のようだった。

 だから、何も言わずとも大丈夫だと確信した。

 カガリは国家元首として、自分の足で歩き出した。

 ナナの背を追うのではない。自分自身の歩みをみつけたのだ。

 きっとナナは、今のカガリの姿を見て笑っている。

 アスランはそう思った。

 

 

 

 アークエンジェルの当面の任務は、月面都市コペルニクスでの情報収集活動だった。

 到着するなり、アスランは驚かされることになる。

 ラクスが言い出したのだ。「市街地に出る」と。

 アスランはもちろん「危険だ」と止めた。

 が、ラクスは「大丈夫だ」といって聞かなかった。

 キラも最初は戸惑っていたが、結局ラクスの意を呑んだ。

 

 こうして、ラクスとキラ、そしてセア。四人で市街に繰り出すことになった。

 ラクスは楽しそうだ。それを見てキラは嬉しそうだ。セアも遠慮がちに喜んでいる。

 アスラン自身は気が気ではない。

 ラクスはセアの手を取って、いろいろな店に出たり入ったりした。まるで数年来の友のように、親しげに話しかけていた。

 セアはまだ少し戸惑っている。

 が、表情は明らかに和らいでいた。

 ラクスがあてて見せたワンピースを見て、セアは嬉しそうに笑っている。

 二人して、試着室の方に移動を始めた。慌ててキラと後を追う。

 あまり近づきすぎても彼女らに意見を求められるし、離れていては護れない。微妙な距離間で「護衛」をするのは少し疲れた。

 カーテンを開けたラクスを見て、セアが手を叩いて喜ぶ。その姿は、兵士ではない普通の女の子のようだ。

 今度はラクスが試着室へセアを押し込める。

 ふと思った。

 ラクスはひょっとして、セアのためを思って連れ出したのだろうか……。

 

「大丈夫だよ、アスラン」

 

 隣でキラが言った。

 

「僕もラクスも大丈夫。だから、ひとりで頑張ったりしなくていいから」

 

 今朝からやきもきしっぱなしの自分を見かねてそう言ったのだろう。

 

「ああ。わかっている」

 

 アスラン自身、バギーで出た瞬間から一刻も艦に戻りたかったのだが、今はこの状況を受け入れざるを得ないと諦めかけていた。

 

「まぁ、セア! とっても良くお似合いですわ!」

 

 試着室から出て来たセアを、ラクスがほめちぎる。

 セアは顔を赤らめ、カーテンの影に隠れようとする。

 着ている白のワンピースは、確かに良く似合っていた。軍服かパイロットスーツしか見たことがなかったら、新鮮に感じるのかもしれなかった。

 

「女の子って、ほんとに洋服が好きだよね」

 

 二人の少女の様子を見て、キラが苦笑した。

 洋服だけじゃない。もうすでにアクセサリーショップや本屋、雑貨屋を回っている。

 次はおそらくカフェに行くとでも言い出すのだろう。

 女の子と出歩いたことなど無い。

 が、常識的な範囲では彼女らの興味と行動を理解しているつもりだった。

 

 そういえば、ナナとは一度もこんなふうに出かけたことはなかった。

 当然、『世界連合特別平和大使』が気軽にショッピングなどできるわけはない。

 ナナが持っていた私服は知っているが、ワンピースなど、あまり女の子らしい恰好はしていなかった。

 誰かとファッションの話をしているところも聞いたことがない。

 ナナはどんなものが好みだったのだろうか。

 今ここにいたら、どんなものを手に取って、どんな顔をするのだろうか……。

 

「ねぇ、アスラン」

 

 そんなことを考えていると、ついにラクスに話しかけられた。

 

「え?」

「とっても良くお似合いですわよね?」

 

 どうやら、セアのワンピースについて意見を求められているらしい。

 

「あ、ああ……」

 

 セアはラクスの影に隠れながらも、答えを待っているようだ。

 

「と、とても似合っている……」

 

 ぎこちない答えに、二人の少女は顔を見合わせて笑う。

 どういう意味かはわからなかったが、それ以上追及はされなかったので、ほっと胸をなでおろした。

 

「ふふ……」

 

 隣で笑うキラも、数分後にはまったく同じ目に遭うことになる。

 次々と衣装を披露するラクスに対し、「いいと思う」しか言わなかった彼は珍しくラクスに憤慨された。

 セアも呆れたような目でキラを見ている。

 

「セア……、こ、こう言う時は何て言ったらいいんだ……?」

 

 こっそりと聞いたつもりが、セアは通常の声量で答える。

 

「ここのフリルが可愛いとか、色が綺麗でいいねとか、さっきのほうが似合ってるとか、ちゃんとした意見を言うべきです!」

 

 思いのほかはっきりとした意見に、当然聞こえていたラクスも乗じる。

 

「そうですわ。これではまるで、『なんでも良い』みたいではないですか……!」

 

 キラ側の立場のアスランは、キラと顔を見合わせて取り繕う笑いを浮かべるしかなかった。

 気まずさはあったが、それを見て二人の少女が笑ってくれたから良かった。

 が、その時。

 足元で突然ハロが飛び跳ねた。

 ラクスの「ピンクちゃん」ではない。ミーアが持っていた赤いハロだった。

 

「これは、ミーアの……!」

 

 一瞬にして緊張が走った。

 ただのショッピングは警戒すべき外出へと戻った。

 

「キラ……」

「うん。近くには誰もいないみたい……」

 

 ラクスとセアを背に、辺りを警戒する。

 と、ラクスがつぶやいた。

 

「メッセージが……」

 

 ハロがメッセージカードを携えていたのだ。

 そこにはこう書かれていた。

 

『ラクス様、私を助けて! 殺される! ……ミーア』

 

 ご丁寧に手書きの地図まで添えられている。

 

「これって……、思いっきり罠ですよね……?」

 

 セアが乾いた声でつぶやいた。

 彼女の意見は正しい。キラも同意した。

 が、ラクスはまたも驚きの発言をする。

 罠だとわかったうえで、この示された場所へ自ら行くというのだ。

 もちろん止めた。

 今度こそ命が危ない。無理矢理にでも艦に返したかった。

 が、キラはまたもラクスの意思に従った。

 彼は誰よりもラクスの身を案じているはずだ。

 が、困り果てつつも、ラクスの意思を変えられないとわかっているのだろう。

 そして結局、アスランもラクスを翻意するのを諦めた。

 こういう周りが何を言っても自分の意思を貫き通す人には、とっくに慣れている……。

 

「セア、巻き込んですまない……」

 

 店を出る時、セアに言った。

 今はもう仲間とはいえ、こういう展開には不慣れだろうと思ったのだ。

 が、セアは表情を硬くしながらもこう答えた。

 

「い、いえ! 私は、だ、大丈夫です! みんなでラクス様をお守りしましょう……!」

 

 その姿に、ほんの少しだけ気が軽くなった。

 

 

 

 ミーアが指定したのは、屋外の古典的な円形劇場だった。

 そこは静寂に包まれていて、陰謀が隠されているようには見えなかった。

 最大限の警戒をしつつ、建物の影から舞台、客席の方をうかがう。

 と、ミーアの姿が確かにそこにあった。

 それを確認すると、肩越しにセアに言った。

 

「セア、いいか、危険を感じたら迷わず撃てよ」

 

 銃を構える姿は様になっている。

 ミネルバでも訓練を怠らなかったことを、アスランは知っていた。

 

「わ、わかってます……!」

 

 緊張の面持ちながらもセアはしっかりとうなずいた。

 

「キラ……!」

 

 合図を送り、彼がしっかりとラクスを護っているのを確かめてから、アスランは舞台に進み出た。

 

「ア、 アスラン?!」

 

 ミーアはすぐにこちらを見つけた。

 

「あなた生きて……、生きてたの?!」

 

 そして、驚きで目を見開く。

 彼女は今まで、自分が「死んだ」と聞かされていたのだろう。

 

「止まれ!」

 

 駆け寄ろうとしたミーアに、やむを得ず銃を向けた。

 今の彼女は“敵”なのだ。ラクスを護るためには、できることは全てやらねばならない。

 

「ミーア、これが罠だということはわかっている。だが、最後のチャンスを与えに来た……!」

 

 が、ミーアも助けたかった。

 彼女を憐れんでいる。

 何故ならば、自分も彼女のようになっていたかもしれない。

 シンは今も……。

 様々な感情が浮かんだ。

 

「ミーアさん、はじめまして」

 

 そこにラクスが進み出た。

 自分にも、キラにも、セアにも緊張が走ったが、ラクスはゆったりとした口調でミーアに話しかける。

 

「お手紙には『助けて』とありました。では、わたくしと一緒にまいりましょう?」

 

 ミーアは“本物”のラクスを前に激しく動揺していた。

 いや、彼女の中で何かが崩壊していくようだった。

 

「“ラクス”は私よ!! 私だわ!!」

 

 彼女は唐突に叫んだ。

 

「ミーア、落ち着け。大丈夫だ……! ゆっくりこっちへ……」

 

 アスランは彼女との距離を詰め、手を差し伸べた。

 

「私がラクスだわ! だってそうでしょ……?!」

 

 が、ミーアは後ずさる。

 

「声も、顔も同じなんだから……! 私がラクスで何が悪いの?!」

 

 興奮したミーアが銃口をこちらに向けた。

 その瞬間、アスランは一発、それに向けて撃った。

 ミーアの手から銃が吹き飛ぶ。

 

「もうやめるんだ! 君は……」

 

 これからどんな扱いを受けるか本当はわかっているはずなのに、今までの“自分”にすがっている。

 そんな彼女を憐れだと思ったから、どうにかしてやりたかった。

 

「名が欲しいのなら差し上げますわ」

 

 ラクスが隣に並んだ。

 

「でも、それでもあなたとわたくしは違う人間です。それは変わりませんわ」

 

 そう告げられて、ミーアは力を失い、その場に膝を付く。

 ラクスは優しく語りかけた。

 

「人は誰も、自分以外にはなれないのです。でも、だからあなたもわたくしも“ここ”にいるのでしょう?」

 

 ミーアはラクスを見上げた。

 その目には、大粒の涙が浮かんでいる。

 

「だから出会えるのでしょう? 誰かと、そして自分に……」

 

 ラクスはきっと、「ミーア」が現れた瞬間から、彼女にこう言いたかったのだ。彼女に会ってこう話したかったのだ。

 銃を構えながら、優しくも強い声を聞き、アスランはそう思った。

 

「あなたの夢はあなたのものですわ。ですから自分のためにそれを歌ってください。誰かのためじゃなく。自分の夢を人に使われてはいけません」

 

 両の瞳から涙が流れ落ちると同時に、ミーアはうなだれた。

 きっとラクスの言葉は伝わった。ミーアの「ミーア」である部分に……。

 そう思った瞬間。

 おもむろに、上空でトリィが鳴いた。

 反射的に向いたその方角には、光る銃口……。

 

「ラクス……!」

 

 ラクスの肩を抱いて前方に跳んだ。

 同時に、石が砕ける音がした。

 スイッチが入った。

 軍人として訓練を積んだ日々の経験が身体の細胞に蘇る。

 ラクスを走らせ、キラの元へ。

 すぐ後ろで何度も石が跳ねる音がした。

 彼女がキラの腕に護られるやいなや、とって返す。

 ミーアを見捨てるわけにはいかなかった。

 うずくまる彼女を無理やり引っ張り起こして、建物に走り込む。

 足元を銃弾がかすめた。

 が、どうにか狙撃手の死角に入った。

 

「キラ!」

 

 暗がりの中、全員の無事を確認する。

 キラはしっかりとラクスを抱き、セアは真っ青な顔をして銃を握りしめていた。

 

「アスラン、こっち!!」

 

 予め決めていた脱出経路はキラとラクスがいる方だ。

 そちらへ行くには舞台への入り口を通り抜ける必要がある。つまり、死角がない数メートル間を駆け抜けねばならない。

 

「何人いるんだ?! 知ってるか?!」

「わかんない! サラしか!」

 

 ミーアに問うが、半分パニック状態の彼女は首を大きく左右に振るばかりだ。

 すでに弾丸は複数の方向から飛んで来ている。

 鼻先で石が飛び散った。

 とにかく数を減らさなければ、身動きが取れなかった。

 

「オレが出て数を減らす!」

 

 ミーアを引き剥がしてそう叫ぶと、

 

「え、援護します!」

 

 セアが応えた。

 彼女と、そしてキラの弾丸が幕となる間、アスランは舞台に躍り出た。

 黒服の男が数名、客席に散らばっている。

 舞台の影に隠れながら、一人ずつ狙いを定めて撃つ。

 キラも撃った。セアも。

 が、彼らの方へ男が手りゅう弾を投げた。

 

「走って……!」

 

 キラの声と同時に、一帯が光る。

 そして、爆音。

 

「みんな……!」

 

 肝が冷えた。

 が。

 

「だ、大丈夫です……!!」

 

 セアがそう言うなり、再び銃を構えた。

 ホッとしたのも束の間、こちらにも銃弾が降り注ぐ。

 向こうの銃器は長距離用だ。ならば、近づいて撃つしかなかった。

 アスランはセアの横顔を確認すると、舞台の影から跳躍した。

 こちらを狙った男を撃つ。

 着地と同時にまた撃つ。

 ついに、残るは女ひとりになったとき、女はラクスたちに向けて手りゅう弾を投げた。

 アスランの位置からはどうすることもできなかった。

 だが、キラとセアが撃った弾がそれに命中した。

 軌道は変わり、投げた本人へ返される。

 女が避ける間もなく、爆発が起こった。

 そして、静寂が訪れた。

 

「大丈夫か?」

 

 急いで皆のところへ戻る。

 全員、無事のようだった。

 

「わたくしたちは大丈夫です」

 

 ラクスは真っ青な顔で震えているミーアの身体を支えていた。

 

「セアも……」

「あ、は、はい! 大丈夫です……! あ、アスランは……?」

「オレも無事だ」

 

 セアもまだ張り詰めた表情だったが、怪我はないようだった。

 互いの無事を確認している間に、アカツキが現れた。

 キラが急いでラクスを避難させようと、降ろされたアカツキの手にラクスを誘導する。

 

「さぁ、君も」

 

 そして、キラはミーアも乗るように促した。

 差し伸べられた手に戸惑うミーアに

 

「一緒にまいりましょう、ミーアさん」

 

 ラクスも声をかける。

 

「で、でも……」

 

 ミーアが戸惑いながらラクスを見た時。

 

「危ない!!!」

 

 彼女は突然ラクスに向かって走った。

 同時に銃声が響く。

 次の瞬間目にしたのは、紅い飛沫が舞う中で倒れ込むミーアの姿だった。

 

「ミーアさん!!」

 

 ラクスが叫んだ。

 心を押し殺し、アスランは銃を放った者を撃った。

 キラもほとんど同時に撃った。

 二人の銃弾は、あの女に当たった。

 

「ミーア!」

 

 女が倒れるのも見届けず、アスランはミーアに駆け寄った。

 

「私の歌……、命……、どうか……、忘れないで……」

 

 ラクスの腕の中、ミーアは一枚の写真を彼女に手渡した。

 

「もっと……、ちゃんと……、お会い……、できていた……ら……」

 

 ミーアの瞳がこちらを向いた。

 とても綺麗な瞳だった。

 が、光を失っていくのがわかった。

 

「ミーア!」

「早くアークエンジェルに!! ムウさん!!」

 

 キラがアカツキに呼びかけるが……。

 

「ごめん……な……さ……」

 

 ミーアの言葉は途中で切れた。

 

「ミーアさん!」

「ミーア!」

 

 アスランが呼びかけても、ラクスが揺さぶっても、彼女は目を開けなかった。

 偽りの世界に放り込まれた歌姫は、命を閉じてしまった。

 最期に真実を見つけて。

 

「くそっ!!」

 

 悔しかった。

 彼女が捕らわれている場所から救い出せなかった自分を悔いた。

 ミーアの存在に困惑していたのは事実だ。

 が、彼女が悪かったわけではない。

 彼女は純粋だった。

 彼女が欲しがったものも、やりたかったことも、間違いではなかったのだ。

 それなのに、救ってやれなかった……。

 流れる涙は、冷たい石を黒く染めた。黒い染みが広がるのに合わせて、力が抜けて行くようだった。

 

「アスラン、ここから離れよう……」

 

 だが、いつまでもここで情けなく泣き崩れているわけにはいかなかった。

 

「ラクス、君はアカツキですぐにアークエンジェルへ」

 

 最初にキラが動いた。

 

「この子はバギーでちゃんと連れて帰るから」

 

 すすり泣きながらミーアを抱きしめるラクスの肩に手を置いて、キラは言った。

 

「あ、あの……」

 

 その時、頭上からもうひとつ、涙声が降った。

 

「キラもラクス様と一緒に行ってください。私はこの方とアスランと、バギーで戻ります」

 

 震えてはいるが、しっかりとした言葉だ。

 

「でも……」

「大丈夫です、はやくラクス様と……!」

 

 セアはそう言うと、アスランの肩に手をかけた。

 

「アスラン、行きましょう……!」

 

 その手もまだ震えているのがわかる。

 

「ラクス様も行ってください! こ、この方は私が……」

 

 うつむいていても、セアがどんな顔をしているのかわかった。ポロポロと涙をこぼしながら、きっとラクスに笑顔を向けているのだ。

 アスランは乱暴に袖で顔を拭った。

 本当に、こんなところに立ち止まっているわけにはいかなかった。

 

「行ってくれ、キラ。オレたちはバギーで戻る」

 

 キラの方は向けなかった。ラクスも。

 ラクスから引き剥がすようにしてミーアを抱き上げ、脱出経路に向かう。

 ミーアの身体にはまだ温もりがあった。

 が、心臓はもう動いていない。

 そこには穴がひとつ開いていて、紅い液体がにじみ出ている。

 後ろで、キラがラクスを促す声が聞こえた。そして、こちらに駆け寄るセアの足音も。

 セアはアスランを追い越し、先行して様子をうかがう。

 曲がり角で銃を構え、人の気配がないか確認しながら進む姿を、アスランはぼんやりと眺めていた。

 彼女が訓練を受けた軍人でよかった……。

 いや、彼女がいてくれてよかった……。

 そんな感情に気づいたが、自分が情けなくなるだけだった。

 ミーアの重さより、自分の胸の重さに耐えきれなかった。

 

「アスラン、バギーは無事です……!」

 

 セアはてきぱきと後部座席のドアを開ける。

 ミーアを乗せようとすると、

 

「私が運転しますから、そのまま乗っていてください……!」

 

 そう言って、運転席に滑り込む。

 彼女が自分自身を奮い立たせているのはわかっていた。

 未だ恐怖の余韻が残る心を無理やり抑え込んで、自分を助けようとしてくれていることも。

 だが、今は彼女の強さに甘えることしかできなかった。

 

「すまない……セア……」

 

 そのつぶやきは、彼女に届かなかった。

 流れて行く景色を眺めながら、ミーアが冷たくなっていくのを感じていた。

 

 

 

 

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