見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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煌めき

 

 アークエンジェルの艦内で、ミーアを送る会が開かれた。

 簡素だったが大半のクルーが参列し、厳かで優しい式だった。

 ミーアのことは何も知らなかった。何も聞かなかった自分が悪かったと、アスランは自身を責めた。

 が、彼女は日記を残していた。

 そこには、彼女の想いの全てが記されていた。

 ただの“いきさつ”だけじゃなく、自分が感じたこと、思ったこと、願ったこと……それらが、飾り気のない実直な言葉で綴られていた。

 胸が痛かった。

 ラクスもずっと泣いていた。

 誰もを魅了する微笑みか、決意の表情しか見たことがなかったアスランは、彼女の涙を見て胸の痛みが強まるのを感じていた。

 

 

 

 自由時間。

 食堂にも自室にもドックにもメディカルルームにもセアの姿はなかった。

 なんとなく予感がしてデッキに出た。

 そこにはちゃんと、セアの姿があった。

 コペルニクスの港は殺風景だったが、少しは風を感じることができるから、ここではないかと思ったのだ。

 彼女に、言いたいことがあった。

 彼女のためじゃない。

 自分のために……、自分がこの先も進むために、言わなければならないことがあった。

 

「セア……」

 

 まだ距離がある状態で話しかけると、セアは驚いたように振り返った。

 

「アスラン……?」

 

 セアの目は少し赤かった。

 まだミーアのことを考えていたのだろう。

 それに、銃撃戦などという恐らく訓練でもしないような状況に巻き込まれた恐怖感まだ、その身体に残っているはずだった。

 だが。

 

「アスラン、大丈夫……ですか……?」

 

 彼女は先にそう言った。

 彼女もまた、こちらを気づかってくれていた。

 

「あ、あの……」

 

 少し離れて立ち止まると、セアは意を決したようにこう言った。

 

「ミーアさんのこと……、私でよければ、お話聞きます……!」

 

 真剣な眼差しを、思わず見つめ返した。

 

「セア……」

「ミーアさんとは……、親しかったんですよね? お二人でいるの、お見かけしました。あの時は本物のラクス様だと思ってましたけど……。でも、だから、アスランも辛いですよね……? 悲しいですよね……?」

 

 ミーアとは何度か会っただけだ。一度もちゃんと彼女に向き合ったことはなかった。

 が、セアは案じてくれている。

 

「だから……、何か話したいことがあれば、私が聞きます……!」

 

 この艦で、ミーアと自分を知るのはセアだけだ。

 だから、そう言ってくれているのだろう。

 

「そんなことくらいしか……、私にはできませんけど……」

 

 自分もキツい状況で、セアはこんなにも優しい。

 自身で決めた道とはいえ、この先が不安なのはセアの方なのに。

 避けられない戦闘が起こったら、彼女はきっとグレイスで出るだろう……。

 その時撃たねばならない相手が何になるのか、今はまだわからない。

 もしかしたら、ミネルバと対峙するかも知れない。シンやルナマリア、レイを排除しなければならない時が来るかもしれない。

 かしこいセアが、それをわかっていないはずはない。実は勇敢な彼女に、覚悟がないはずもない。

 彼女に言おうとしてここまで持って来た言葉が、喉の奥で膨らんだ。

 

「アスラン……?」

 

 沈黙を拒絶ととったのか、セアの瞳が悲しげに揺れた。

 

「違うんだ……」

 

 それをできるだけ静かに否定する。

 

「違う……?」

「たしかにミーアのことで、オレは後悔している……。オレはミーアになにもしてやれなかった。ちゃんと向き合ってやれば良かった。“あそこ”からオレが救い出せていれば……。悔やんでも……悔やみきれない……」

 

 セアの瞳の悲しい色が濃くなった。

 その優しさに向けて、精一杯、心を吐き出す。

 

「だからオレは……、君に、言わなくちゃならないことがある……」

「私に……?」

 

 一歩……、距離を詰める。

 港の風が、セアの髪を揺らした。

 ナナとは違う色。瞳の色も。オーブの軍服も、ナナが身につけていた公服とは少し違う。

 

「セア……」

 

 名乗る名も、違う。

 それでも……。

 いや。

 だから……。

 

 

「オレは君を護る」

 

 

 だから、決意した。

 

「もう誰も失いたくない……。君を失いたくない。君を傷つけたくない。君を……護りたいんだ……」

 

 想いを全て言葉にしてさらけ出した。

 揺るぎない決意だった。

 ミーアを救えなかった自分の、カガリを護れなかった自分の、ナナを失った自分の……。

 今さらで、今度こそ、の決意。

 

「アスラン……」

 

 セアは、うつむいた。

 それでよかった。

 これは一方的な決意だ。

 行き場を失った想いを、彼女に押し付けていることもわかっている。

 彼女を護ることで、過去の自分を救おうというのではない。

 彼女を護ることでしか、先へ進めないとわかっている。

 そう、これは……自分勝手な決意。

 右手をポケットに入れた。

 小さくて、固くて、少し冷たいそれを、握りしめる。

 が、それを取り出す前に、セアが言った。

 

「それは……、私が……」

 

 酷く苦しげに。

 

「ナナ様に……、似ているから……、ですか……?」

 

 途切れ途切れに零れた問いに、一瞬だけ戸惑った。

 だが、答えは自分の中にちゃんと存在していた。

 

「それは違う」

 

 もうずっと前から、この答えを知っていた。

 

「オレが君を護りたいのは、君が君だからだ」

 

 セアがこちらを向いた。

 不安げで、探るような、弱い光だ。

 アスランはもう一度、ポケットの中のものを握りしめた。

 

「オレにとって、ナナはまだ……、これからもずっと、大切な存在であり続けるだろう。だが、そんなナナの意志を君が見せてくれて嬉しかった。君が自分自身で、ナナの目指した道を歩こうとしてくれたことが嬉しかった。そんな君の姿に、オレは救われていた……。君のおかげで進む道が見えた。君が照らしてくれたんだ。だから、オレは君を護りたい」

 

 伝わらなくてもいいと思った。

 最初から、()()()()()の勝手な決意なのだから。

 セアが何を思おうと、変えられる言葉は持ち合わせていない。

 ただ、セアには……。

 

「生きて欲しい、セア……、君は……」

 

 そう……、生きていて欲しいと、心の底から思ったから。

 

「アスラン……」

「君には生きていて欲しいんだ……」

 

 ミーアの亡骸を前に、そう、強く思ったから。

 

「ただの……、オレの勝手な願い……なんだ」

 

 わずかに自嘲が零れ出た。

 セアが困っているのに、一方的に想いを押し付けている。

 そして、“それ”を押し付ける……。

 

「セア、これを……」

 

 ポケットから、“それ”を取り出した。

 手のひらに乗せると、“それ”はキラリと光った。

 

「それは……」

「これは、護り石だ」

「お守り……ですか?」

「ああ……、何度もオレを護ってくれた」

 

 碧く、優しい石だ。

 

「ナナが、オレにくれたものだ……」

 

 これを、セアに託したかった。

 この石に宿る強くて美しい意志が、セアを護ってくれるように……。

 

「そ、そんな大切なもの……!」

 

 セアは首を振った。

 が、決意は変わらない。

 今は、どうしてもセアに生きて欲しい。護られて欲しい。

 

「いいんだ、セア。ナナの意志とオレの想いが、お前を護る……」

 

 セアはじっと、こちらの目を見た。

 ありったけの想いを込めて見つめ返す。

 こちらが本気なのだと、彼女は悟ったようだった。

 

「アスラン……」

 

 セアは唇を引き結び、大きく瞬いた。

 ナナの意志を自分の想いを受け入れてくれたのだ。

 安堵した。

 ナナもきっと、安堵してくれていると思えた。

 

「セア……」

 

 彼女の首にかけようと、ひもで輪をつくる。

 碧い石が宙に揺れ、またキラリと光った。

 その時。

 

「そ……れ……」

 

 セアが息を呑んだ。

 

「セア?」

「それ……は……」

 

 震えている。

 急に呼吸を乱している。

 

「セア、どうし……」

 

 セアの肩に触れた。

 が、彼女の視線は石をまっすぐに見つめたまま動かない。

 

「セア?」

 

 軽く揺さぶった。

 すでに、彼女の喉から苦しげな呼吸音が聞こえる。

 

「セア!」

 

 呼びかけには反応しないまま、セアは石を持つ腕をつかんだ。

 指先は震えているが、物凄い力だ。

 

「セア、どうしたんだ?!」

 

 ヒューヒューと空気を漏らしながら、彼女はつぶやいた。

 

 

 

「……母さ……の……」

 

 

 

 耳を疑った。

 いや、よく聞き取れなかったのだ。

 

「え……?」

「私……、アスラン……に……」

 

 何かが、脳で、胸で、勢いよく渦巻いた。

 

 

「島……で……」

 

 

 身体が一気に冷えた。

 

 

「島……?」

 

 

 鼓動が高鳴り、耳が遠くなった。

 だが、はっきりと聞こえた。

 

 

「アスランに……あげ……た……」

 

 

 セアはそう言った。

 そう言って、糸が切れたかのように四肢の力を失った。

 

 

 

「ナナ!!!」

 

 

 

 思わず、そう叫んだ。

 

「ナナ……ナナ、ナナなのか?!」

 

 舌がもつれてうまく話せない。

 全身が震える。

 内側が沸騰するような、凍結するような、いたたまれない感覚に襲われる。

 

「ナナ?! ナナなのか!?」

 

 蒼白の頬に手を当てても、彼女はピクリとも動かなかった。

 はやる気持ちとは裏腹に、身体は少しも動かない。

 

「ナナ……!? セア……!? 目を開けてくれ!!!」

 

 どちらの名を呼んでも、その少女は応えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

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