ドクターが真っ青な顔をして、セアの身体にいくつもの装置を付けていく。
それを、反対側の壁に備え付けられたベッドに腰かけ、ぼーっと眺めていた。
キラとラクスが飛び込んで来て、隣に座った。
キラが肩を揺さぶりながら何か言うが、よく聞こえない。
『……母さん……の……』
セアのささやきが、耳から離れない。
『私……、アスラン……に……』
あんなに微かなささやきが。
『島……で……』
それでもはっきりと聞こえたささやきが。
『アスランに……あげ……た……』
何度も、何度も脳内で繰り返す。
あの瞬間に、目が合った。
セアの瞳の奥で何かが煌めいた。
何かが……。
「アスラン!」
キラの声が、セアの何十回目かのささやきを遮った。
「キ……ラ……」
「とりあえずこれ飲んで!」
水を差し出される。
ああ……、あの時と同じだ。ナナが死んだと聞かされた時……。
こんなにも混乱した頭でも、それが容易に蘇る。
あの時もぐちゃぐちゃのはずだったのに。
「キラ……」
だが、あの時と違うのは……。
「キラ……! セアが……!」
あの時は恐ろしく凍てついていた心が、今は熱く滾っていることだ。
「セアが! 石を……!」
「アスラン?」
「ナナのっ、石をっ……!!」
掴みかかる勢いで、キラの肩を掴んだ。
彼の手から、水のボトルが床に落ちる。
「ナナの石をっ……!」
言葉にならない。
あの瞬間のことを、なんと説明すれば良いのか……。
「アスラン、落ち着いて!」
今のこの感情を、どう説明すればよいのか……。
「アスラン」
落ちたボトルを拾い上げ、名を呼んだのはラクスだった。
「アスラン、ゆっくり……、お話してください」
アスランの内部の騒乱とはそぐわぬ、低く静かな声だった。
「ラクス……」
そう……、キラも戸惑うほどの。
「何があったのですか?」
ラクスは……目の前に膝を付き、優しくこちらを見上げる。
だがその瞳には影があった。
暗い暗い影……。
それを見つけたおかげで一瞬、感情が停止した。
「石を……」
「石……?」
「ナナの護り石を……、セアに……、オレは、セアに渡したんだ……」
言葉の順序など考えられなかった。とにかく、浮かんだ単語を吐き出した。
「セアを……護るから……。生きて……」
「護りたかったのですね、セアを」
それでもラクスはわかってくれた。
「石を見て……、セアが……、セアは……」
「セアは、何か言ったのですか?」
セアのささやきを、ひとつずつ、ここに零す。
「それは……、母さんの……。私がアスランに……。島で……、あげた……」
「……え?」
驚いたのはキラだった。
「どういうこと……?」
ラクスは悲しげに目を伏せた。
「ラクス……?」
違和感があった。キラもそれを感じたのだろうか。
「ラクス、何か知ってるの?」
代わりにそう言った彼の声は震えている。肩を掴む彼の手に力がこもった。
「アスラン……」
ラクスは目を伏せた。
「ラクス……!」
突き上げる予感が喉を締め付けた。
彼女に聞かなければならないことがあるのに、声にはならない。
「ラクス!」
キラが代わりに促した。
ラクスは、言った……。
「あの方は、ナナです……」
石が煌めいた瞬間に悟ったこと……。
それをラクスの口から聞かされても、脳には届かなかった。
ラクスが何故、これほど確信を持ってきっぱりと告げるのか……。
彼女の言葉を信じて良いのか……。
何故、彼女は今それを言うのか……。
「あの方はナナなのです、アスラン……」
二度目に差し出された“真実”も、すんなりと飲み込むことはできなかった。
「ラ、ラクス……、本当、なのっ?!」
息せき切ったように、キラが言う。
「あの方のフィジカルデータは、ナナのものと一致しているのです」
反射的に顔を上げ、装置を動かしているドクターを見た。
彼の背が、ビクンと跳ねたように見えた。
「ほ、本当……なの……?!」
同じものをキラも見たのだろうか。恐る恐る、確かめる。
ラクスは息をつくように答えた。
「はい。間違いありません……」
胸の奥から何かがせり上がった。
「どうして……!?」
言葉にならないうちに、キラが叫んだ。
「私が、この事実を明かさないことを決めたの……」
戸口から声がした。
反射的にそちを向くと、マリューが神妙な面持ちで立っていた。その影にはミリアリアもいる。
二人を凝視した。
「マリューさん、どうして……!?」
キラは彼女に向かって言う。
キラが全て先回りしてくれているおかげで、アスランの心はまだ砕け散らずにいられた。
「ごめんなさい……」
マリューはこちらに向かって頭を下げた。
そして声を震わし、言った。
「本人だとわかっているのに……、その人に記憶がないのは、辛いからっ……!」
ムウ・ラ・フラガのことだと、こんな頭でもすぐにわかった。
が……。
わかるはずもないのだ。
何故、こんな……。
「最初から、あのコは……、セアはナナだったってことですか……?!」
またキラが言ってくれた。
「ずっと、あのコは……ナナだったってことですか?!」
ズキンと、心臓が痛んだ。
答えがどちらでも、収まりはしない痛みだ……。
「私……」
ずっとマリューの隣でうつむいていたミリアリアが、初めて口を開いた。
「私、聞いたの……」
消え入りそうな声で……。
「“そのコ”がここに運ばれたとき、一瞬だけ目を覚まして……」
涙をこぼしながら、彼女は言った。
「『久しぶり……、ミリ……』って……!!」