似ている……。
点滴をうたれ、いくつもの管を繋げられた少女を見て、改めて想いが零れた。
キサカがシャトルからアークエンジェルに運び入れた2台のストレッチャー。その2台目に乗っていたのが彼女だった。
慌ただしく通路を駆け抜ける間に、彼女を見て心臓が止まりかけた。
似ている……、ナナに……。
どうして?
そう思った。
脳の片隅ではわかっている。
ナナは……死んでしまった。髪の色が違うではないか。だいたい、どうしてザフトのアスランと……。
カガリがきっぱりと「ナナとは別人だ」と言ってくれたからまだ良かった。
彼女の言葉が無ければフラフラと心が彷徨っていただろうし、彼女の言葉は誰のそれより真実に近かった。
が……、本当に似ている……。
肌の色、まつ毛の長さ、鼻の高さ、唇の形、顎のライン……。
そっと手で頭部を隠せば、どこをどう見ても“ナナ”だった。
『そいつはナナじゃない……! そいつは……、ナナに似ているが、まったくの別人なんだ……!』
敢えてカガリの声……、“叫び”を思い出した。
カガリは彼女に会ったことがある。そのカガリが、彼女はナナでないとはっきり断言している。
それに……。
アスランも何も言っていなかった。
あの孤島でナナの話なんてしていなかったし、彼に“迷い”があるのなら、キラに告げないはずはなかった。
だから、このコはナナではないのだ。
そう……、わかっている。初めから。もう、とっくにナナはいないのだ。
ミリアリアは、そっと少女の右手を見た。
その手の甲……。ナナにはあったはずの、親指の付け根のホクロはなかった。
ほら、やっぱり別人だ……。あまりに苦しい状況が続いているから、ナナが恋しくなっていたのだ。「似ている」「同じ」と、錯覚しているだけだ。
そう思うと、安心した。
同時に、胸が痛んだ。
こんなにも痛みを伴う安堵があるだろうか……。
そう思ってため息をついた。
と……。
「ん……」
少女が身じろいだ。
「…………!」
呼びかけようとした声が、途中でしぼんだ。
彼女の名は知っている。
「セア」だ。カガリが教えてくれた。
そう、呼んであげればよかった。
「う……」
が、うっすらと目を開けるのを、黙って見ていることしかできなかった。
「あ……」
思わず声を漏らした。
瞼の隙間から見えた瞳の色は、ナナのそれとは違っていた。
良かった……。
そう思った。
いや、やはり……。やはり、痛みを伴う安堵だ。
少女は視線を彷徨わせ、ややあってから、身動き取れずにいるミリアリアを捉えた。
「あ……え……と……」
何を言うべきかまだ答えを知らなかった。
「あなたは無事だった」「もう大丈夫」「ここはアークエンジェル」「アスランも無事」……。
言うべきことはある。
が、どれも声にならない。
そんな、突っ立ったままの自分に……。
「久しぶり……」
彼女は言った。
「ミリ……」
ドクンと心臓が跳ねた。
直後、全身が冷たくなる。
「え……?」
少女はかすかに笑って、満足そうな顔のまま再び眠りについた。
「え……?」
呆けたように、何度かつぶやいた。
「な、何て……言ったの……?」
やっと聞き返しても、彼女はもう答えない。
「ね、ねぇ……!」
揺さぶり起こしたいのに、逆に後ずさった。
ごくりと唾を呑み込んだ。
わかっている。
これをつぶやいても、この少女は目覚めないことを。そしてとても恐ろしく、とても意味のないつぶやきということを。
が、涙と同時につぶやきはこぼれ出る。
「……ナナ……?」
わかっている。
無意味なことだ。
が。
「……ナナ……なの……?」
ザフトの子が自分を知っているはずがない。
「ナナなの……?!」
「ミリ」……だなんて、ナナが親しげに呼んでくれた呼び方……。
「うそ……」
信じられない。信じてはだめだ。
「うそでしょ……?」
何かが真正面からぶつかり合って、内側が壊れそうだった。
「そんな……そんなはず……」
酷く疲れた。力が入らなかった。
「そんなはず……ないよね……?」
その場に座り込んだ。
少女の顔は見えない。
見たい。
見たくない。
見られない……。
「ナナ……!!」
心の中のナナに向かって叫んだ。
そこにいるの?
ここにいるの?
ナナは笑っていて答えない。
とめどなく溢れていた涙を拭った。
立ち上がって深呼吸する。
少女を見た。
さっきの一瞬のできごとが夢だったかのように、彼女は静かに眠っている。
また涙がこぼれそうになるのを、奥歯を噛みしめて堪えた。
なかったことにはできない。が、気軽に口にできることではない。かといって、ひとりで抱え込めるほど強くない。
どうすれば良いか考えた。そして、やはり真実を知るしかなかった。
それは怖い。とても。
が、ナナのためには、ちゃんとするべきだと思った。
マリューに話そう。
彼女を苦しめることになっても。ムウのことで苦しんでいる彼女を、さらに追い詰めることになっても……。
そう決めた時、立ち上がってからずいぶんと時間が経っていた。
もういちど、少女を見つめる。
そして、喉がふさがれるような痛みを振り切るように部屋を出た。
足元がふらついた。
が、通路で突っ立っているわけにはいかない。
マリューのいるブリッジへ……、いや、士官室に呼び出そう。
そう、どうにか気を奮い立たせたとき。
「ミリアリア、大丈夫?」
人影など視界に入らなかった。
が、すぐそこにキラが立っていた。
「キ、キラ……」
気管がすぼまった。
「だ……大丈夫……」
どうにか吐き出した。
いっそ、キラに話そうかと思った。今、自分の身に起きたことを。そして、ある予感を。
だが、思いとどまった。
キラをこの混乱の渦に巻き込みたくなかった。
彼が優しいことはよく知っている。ただの学友だった頃とは違うのだ。彼の中の“ナナ”の存在がいかに大きいかも知っている。
だから。
「君も少し休んで。あのコには僕がついてるから」
彼がそう言った時、
「だ、大丈夫よ! あ、あのコも容態は安定してて……、ね、眠ってるだけだから……!」
すぐにそう返した。
引きつった顔は隠せなかったろうが、あの出来事に気づくはずはない。
曖昧な表情を残し、急いでその場を立ち去った。
背中に、キラの視線を感じたが、振り返らずに角を曲がった。
息はつかなかった。
「真実」が何であれ……。彼もきっと苦しむのだと思った。