それから数日が経った。
意識を取り戻したのは、アスランが先だった。
彼は、一緒にいた少女の名を『セア』と言った。ザフトのMSのパイロットで、同じくデュランダル議長の言葉に疑問を持ったから一緒に来たのだと。
アスランは彼女に「助けられた」とも言っていた。
そして、彼女は“ナナ”に憧れ、“ナナ”の言葉を信じている……と。このアークエンジェルを“ナナの翼”と言い、この艦でならナナの目指したものが見られるのでは……と、そう言ったらしい。
アスランの話は直接ではなくキラとカガリから聞いた。
二人も“真実”を知らない。
カガリはすでに“セア”に会っているから、動揺はない。
キラも……、初めはかすかにうろたえていたが、すでに“別人”と割り切っているようだ。
が、ミリアリアの心は震えた。
“ナナ”である少女が己の言葉と存在価値を忘れ、新たに“ナナ”に憧れる……。“ナナ”の遺志を受け継ごうとしている……。
それを、二人のようにただ好意的にとらえることなどできなかった。
そして、カガリは彼女の身の上も話した。
“あの事故”に巻き込まれ、生き残ったひとりだという。
目の前が真っ暗になった。
間違いない……。
ドクター・シュルスが明かした真実に、間違いはないのだ。
それだけじゃない。
“あの事故”を機に“セア”はつくられた。
利用したのか、たまたまそうなったのか、あるいは最初から仕組まれていたのか……。
それを考えると、胸に抱える秘密の重さに耐えられなかった。
が、真実を口にするのも怖かった。
もしこのまま“ナナ”が目覚めなかったら……。
そうやって“セア”を語るアスランは……、カガリは……。
マリューの苦悩を目の当たりにしているからだけじゃない。自身も彼らのように辛いのだ。
幸い、キラはこちらの様子がおかしいのを『ナナに似た少女に会って動揺している』ととらえてくれていた。
あながち嘘ではないから、否定することもなかった。
ミリアリアは“彼女”の病室をよく訪れていた。
少しの期待と、怖れと、罪悪感を抱えて、少女の顔を眺めていた。
少女は目覚めなかった。
まるで、こちらの覚悟が足りないのを知っているかのように。
ドクターは寝る間も惜しんであの薬の研究に没頭している。
ラボに協力を依頼したくても、真実を明かせない以上、ひとりで進めるしかないようだった。
ミリアリアもひとりで進めたことがある。
もちろん艦長の許可はとった。リスクを伴うからである。
そうまでしてやったことは、ジャーナリスト仲間に連絡をとることだった。
ジャーナリストの卵になったとき、仲間はたくさんできた。
駆け出しの若者からベテランまで、戦後で情勢が混乱していたから、盛んに互いの情報を交換し合った。
もちろん、他者に探らせないネタはある。
が、それよりも情報によって世界を鎮めたいと願うジャーナリストはたくさんいたのである。
彼……シーカーもその一人だった。
30そこそこの男で、ジャーナリズムの世界ではまだまだ駆け出しといったところだ。
プラント出身でコーディネーターだったが、ジャーナリストらしく物事を客観的にとらえる男で、ナチュラルとの間に壁を作らないタイプだった。
そんな彼が追っていたのは、世界連合特別平和大使……ナナだった。
彼はもともとゴシップ担当だったようだが、あの戦争で価値観が変わったと言っていた。
大切なのは世界で起きていることを人々が正しく知ること。そのためには正しい情報が必要だということ。
それを学んだという。
だから情報で世界を変えられるかもしれない……と、社会派に転身した。
そして、平和への願いを実直に世界に発信し続ける少女、ナナに強く感銘を受けたという。
だから、戦後はずっとナナの取材を続けていた。
もちろん、あの視察にも同行していたのだ。
もっとも、マスコミが軍施設の敷地内に入ることは許されなかったから、あの事故のときは現場から離れたところにいて助かった。
事故直後、プラント側から報道規制が敷かれ、彼は誰とも連絡をとることができなかった。
彼が個人的にミリアリアに連絡をくれたのは、事故から3日後のことだ。
その時、彼は言ったのだ。
事故の真相を突き止める……と。
ミリアリアは彼に、自分が先の戦争で「アークエンジェルのCICだった」とは明かしていない。
が、彼から情報を得るために「ナナとは個人的な知り合いだった」と言った。
つまりは、こちらからナナのプライベートな情報を渡す代わりに、調査の結果を教えて欲しいと……。
以来、彼とは時々連絡を取り合っていた。
もちろん、プラントのガードは固く、彼はなかなか成果を得られなかった。
が、彼は初めから疑っていた。
あの事故は、ただの不幸な事故ではないのでは……と。
いわゆる「世界連合特別平和大使暗殺説」というものだ。
正直、聞きたくはなかったが、ジャーナリストとして彼の説も客観的に聞き入れる使命感もあった。
それも、ジャーナリストの職に就くことを、ナナが後押ししてくれたからだ……。
そのシーカーに、しばらくぶりに暗号通話で連絡をとって、調査の進捗を聞いた。
当然、こちらも身を斬る覚悟で……だ。
情報は喉から手が出るほど欲しかった。
彼はまず、アークエンジェル発進以来、こちらと連絡がつかない状況だったことに憤慨した。
言い換えれば、話したい情報があったのだ……。
その情報を得るため、ミリアリアは大枚をはたいた。
無論、金ではない。ある情報を売ったのだ。
それは、『自分がアークエンジェルのCICである』ということ……。
この戦争が終わったらいくらでもインタビューを受けると約束した。
ナナのため。自分たちのため。そのくらいの犠牲はいとわなかった。
彼はしばし絶句した。
値踏みしていたのではない。こちらの予想外の正体に驚いていたようだった。
アークエンジェルの現状を聞かれたが、それには答えなかった。今後の動きについても、いっさい話さなかった。
が、彼は情報をくれた。
それほどに、アークエンジェルの内情には興味があったし、そもそも自身の手持ちの情報を言いたかったように思う。
彼は言った。
『あれはただの事故だった』
と。
ミリアリアは落胆した。
一歩も前進できなかったのだ。
が、彼はこう続けた。
『その後のプラントが立てた「プロジェクト・バハローク」には、公表されていない極秘のプロジェクトがあったらしい』
ミリアリアの方は合点がいった。
それこそがきっと証拠になる……。
『その極秘プロジェクトに携わっていたであろう元研究員と接触ができそうだ。彼は議会や軍の待遇に不満があるから、もしかしたら買収できるかもしれない。自分の全財産をつぎ込むつもりだ』
彼はそうも言った。
大きな手掛かりだ。胸が痛みながらも逸った。
通信は予め設定されていた5分で切れた。
おかげでこちらのことは探られなかったが、向こうの動きも聞き足りなかった。もっとプラントの様子なども聞いておけばよかった。
が、ナナのことで頭がいっぱいで、情勢に関しては二の次だった。
とにかく、事実が欲しかった。ナナが目覚めた時、ちゃんと話せる事実を……。
今それに一番近いのは自分だという自覚がある。
この時のためにジャーナリストを目指したのかもしれないとさえ思う。
きっと事実がどうであれ、ナナは受け入れるだろう。
どんなに過酷なものでも、ナナは……。
「ナナ……」
思わずつぶやいた。
少女はピクリとも動かなかった。
その日、ドクターは彼女にある薬を投与した。
彼女が持っていた薬だ。彼女を彼女じゃなくする劇薬だ。
ずいぶんとためらっていた。
ミリアリアも抵抗があった。
が、それでも投与を決めたのは、成分の分析を終えて完ぺきに同じものを精製できるようになったことと、彼女が身体的ダメージは軽微なのにも関わらず、いっこうに意識が戻らなかったからであった。
艦長とドクターが熟慮の末に下したこの決断は、良くも悪くも前進であった。
投薬の二日後……、少女はついに目を覚ました。
祈るような気持ちで、だが逃げたくもあって……、そんな情けない状態で
彼女が自分に向ける目は、知らない人を見る目だった。