見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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運命

「それで……、体調はどうなんだ……?」

 

 渡した水を素直に飲んだナナに、アスランは恐る恐る尋ねた。

 

「うん、大丈夫! 怪我とかじゃないし」

「だが……」

「さっきはあの護り石を見た瞬間に、頭の中が混乱してショートしちゃった感じかな。“セア”の中に一気に“私”の記憶が流れ込んじゃって……、ってわかんないよね?」

「いや、なんとなく……」

 

 アスランはベッドに腰かけるナナの隣に座った。

 

「寝てる間にだいぶ整理したから、もう大丈夫だよ!」

 

 ナナは笑った。以前と同じように。

 

「記憶はちゃんと戻ったのか? 全部……」

 

 だが、不安はぬぐえなかった。

 

「まだ曖昧な感じはするけど、たぶん……」

 

 ナナは顎に手を当てて考えた。

 そして。

 

「都合の悪いことは忘れちゃったままだけど、大事なことは全部思い出した!」

 

 冗談めかしてそう言った。

 髪の色が違っても、瞳の色が違っても、どこをどう見てもナナだった。

 

「もとどおり、“前の”私だよ」

 

 不思議だった。つい先ほどまでは“セア”だった。あれほど強く、『ナナではない』と感じていたのに……。

 

「じゃあ、“セア”のことは……」

 

 彼女への慕情ははっきりと存在した。

 が、それは隠すべきものではなかった。何故なら、彼女もナナの一部なのだから。

 

「ああ、ええとね……」

 

 だから、ナナも一生懸命に考えて答える。

 

「なんていうか……、別人格……とも違うし……」

 

 セアからもらったものは少なくない。ちゃんとお別れがしたかった。ナナとの再会をより強く実感するためにも。

 

「夢……かな」

「夢……?」

「そう。夢をみてた感じ……!」

 

 ナナの手が、自然とアスランの手に伸びた。

 

「ほら、夢をみてるときって、自分視点なんだけどちょっと違ってたりするでしょう? 行動とか、発言とか。……わかる?」

「ああ……少し……」

「私は“セア”になってる夢をみてた……。そんな感じかな」

 

 ナナは指を絡めながら言った。

 

「“セア”のことは全部覚えてる。だから……、ミネルバのことも、全部」

 

 もちろん、あの艦でのことは記憶に新しい。アスランの記憶は全て繋がっている。

 だから、よけいに不思議な感じだ。

 

「“初めて”……、会った時のこともか……?」

 

 試すように聞いた。

 セアの記憶は……、セアだった頃のナナは、自分をどう思っていたのか知りたかった。

 が、少し怖かった。

 

「ええと……、あ、うん。覚えてる。アスランとカガリが、ミネルバに乗って来たんだよね」

 

 ナナは頭の中の引き出しを探して開けるように……、少し考えてそう答えた。その引き出しは重くはないようだった。

 そして。

 

「あの時の“私”はアナタに怯えてた……。今思うと、本当に……申し訳ないことをしたと思う……」

 

 “セア”のことを「私」と言って、指に力を込めた。

 

「いや、仕方がない……」

 

 あの時の感情を思い出してうつむいた。

 その横顔を、ナナは覗き込んだ。

 

「アスランは、“セア”にも優しかったよね」

 

 今度はナナのほうが試しているのだろうか……。

 

「“セア”は……、他とは違っていたからな……」

 

 ナナには誤魔化しが通用しない。

 それがよくわかっている……、いや、よく覚えているから、素直に話す。

 

「他って? シンたちとは違うってこと?」

「ああ……。“セア”はちゃんと自分の考えを持っていた。そして、自分の想いと違うものに流されず、ちゃんと自分の道を進もうとしていた……」

「たしかに、アークエンジェルやフリーダムが現れた時、“セア”は敵だと思わなかった。“ナナ”の記憶なんて全くなかったのに」

「本当に……全く無かったのか?」

「なかったよ、全然。だから……あの時だけじゃなく、“セア”の意志は“ナナ”とは関係なく、“セア”自身が作り出したもの」

 

 ナナはきっぱりとそう言った。セアは別の人間……であるかのように。

 

「根底の部分が、ナナだったからじゃないのか?」

 

 本当はあまり聞きたくなかった。

 が、相手がナナである以上、逃げることはできなかった。

 

「どうかな……。でも、“セア”にとって“ナナ”は別人で、本当の憧れだった……。その話、アスランにも何度もしてたよね?」

 

 ナナは逃げない。

 だから、自分も目を背けない。

 

「プラントの軍人家系で育って、当たり前のようにザフトの士官学校に入って、“ナナ”の講演を聞いて、それからすぐあの事故に遭って……、っていう“セア”の記憶も、ちゃんと私の中に残ってる。なんで“それ”があるのかはわからないけど……」

 

 思い出そうとして頭痛がしたのか、ナナは左手でこめかみをさすった。

 

「ナナ……」

 

 話を止めようとしたが、ナナは続けた。

 

「そのセアが……」

 

 どこか遠いところを見つめるように。

 

「アナタに出逢って、戦っていくうちに“ナナ”の理想に惹かれて行って、“ナナ”の道を進みたいって意志を持って……、アナタと一緒にここへ来た……」

 

 言葉と指先に、少し熱を持つ。

 

「それって……」

 

 その瞳がこちらを見上げる。

 

 

「なんか、“運命”とかっていうやつみたいじゃない?」

 

 

 きらりと光った瞳の奥の瞬きは、ひどく懐かしかった。

 久しぶりに笑った。

 

「ねぇ、アスラン!」

 

 ナナは肩をぶつけて同意をうながす。

 

「ああ……」

 

 そうだな、とかろうじて答えると、ナナはアスランの肩に頭を乗せてつぶやいた。

 

「“復活の女神”として作られた“セア”が、“ナナ”の意志を持って、アスランと思いを同じくして、アスランと一緒にアークエンジェルに帰って来るなんて、“運命”としか思えないよ……」

 

 同意はした。

 が、アスランは笑いを引っ込めた。

 

「『作られた』……って……」

 

 ナナが全てを語ることを恐れた原因だ……。

 

「そうなるまでに何があったか、覚えているのか……?」

 

 忘れていた怒りがこみ上げた。

 

「誰がお前にこんなことを……!」

 

 ナナは視線でそれを制した。ナナの瞳の中にも、同じ怒りが確かにあるのがわかった。

 だが、ナナは敢えて通常通りの口調で言った。

 

「わかんない。でも、『プロジェクト・バハローグ』は確かに存在していたんだし、それの責任者はデュランダル議長でしょう? ってことは、デュランダル議長の意思が働いてたってことで間違いないわけだよね。今思うと、レイも何か知ってそうだったし」

 

 アスランの中で、恐ろしく熱いモノと、異様に冷たいものがぶつかり合っている。

 

「あの事故のことは全然思い出せない……。士官学校での講演の後、施設に見学に行ったところまでは覚えてるんだけど……。“セア”の記憶と混ざっちゃってるのかな……」

 

 ナナは再び、こめかみをさすった。

 

「ナナ、無理に思い出そうとしなくていい……」

 

 アスランは繋いでいないほうの手で、そこを撫ぜる。

 こんな話の最中でも、ナナは嬉しそうに笑った。

 

「でも、議長の目的が謎だよね? どういうつもりで私を“別人”にして、ザフトにしたのかな? 新型MSを与えて、新造艦のミネルバに配属して」

 

 その疑問を考えるのも億劫だった。

 

「最初は偶然だったかもしれないけど、わざわざアスランを同じ艦に乗せて……。もしかして、アスランを動揺させるため? いじめ?」

 

 ナナは軽い口調で話すが、アスランはちらつくデュランダル議長の残像のせいで気分が悪かった。

 

「最終的には……戦場でオーブやカガリやキラやアスランを混乱させるためかな? 私を利用しようとするなんてそのくらいしか思いつかない」

「ナナ……」

 

 もうやめてくれと言おうとして、ズキンと頭の奥が痛んだ。

 今度はナナがアスランの頭を撫ぜた。

 

「アスラン、ごめん……、嫌な話で」

「お前は辛くないのか……? 腹は立たないのか……?」

「うーん……」

 

 意外にも、ナナは考え込んだ。

 

「ナナ……?」

 

 数百日……、人生を狂わされ、惑わされ、容姿まで変えられて、怒りがないはずはなかった。憎んで良いはずだった。

 が。

 

「今はどうでもいいかな」

 

 ナナはそう答えた。

 

「ど、どうでも……」

「だって、今ここで考えたってしかたないし」

 

 強がっているのではない。本心だ。

 

「私には“セア”の記憶が残ってるの。体験したことも全部。だから、今世界がどうなってるか、オーブがどうなってるか、この艦がどんな状況なのか、ちゃんとわかってる」

「ナナ……」

 

 以前と同じ、勝気な笑みを浮かべる。

 

「だから、“そんなこと”より、これからどうするかが重要でしょ?」

 

 同じだった。

 常に前に進む足。進むべき道を見定める目。人を導く声。心を熱くする想い。

 

「アスランと話したおかげで脳みそがだいぶ落ち着いたから、そろそろブリッジに行こうか。ラクスたちと“それ”を話し合わなくちゃならないしね」

 

 ナナは立ち上がり、うーんと伸びをした。

 

「みんな心配してくれてるだろうし……。っていうか、“どっち”が目を覚ますか賭けてたりして」

「ナナ……!」

「わかってる、不謹慎だってこと! だけど、なんか懐かしくてさ。みんなに会えるのが嬉しい……! 毎日会ってたのにね!」

「…………」

 

 呆れたのと安心したのとで、思わずため息が出た。

 本当に以前のナナだ。こういう笑えない冗談を言うところも、周囲への想いをさらけ出すところも。

 

「セアのふりしてネタばらしとか……」

「ナナ……!」

「……は、さすがに趣味悪いからやらない!」

「あたりまえだ……。頼むから、普通に“再会”してくれ……」

「うん、わかってる」

 

 脱力した。

 が。

 

「アスランは、大丈夫……?」

 

 冗談を引っ込め、ナナは真剣な目で問う。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 大丈夫、ナナがナナでいる。目の前で、触れられる距離で、笑っている。

 アスラン自身も、ブリッジの面々がどういう反応をするのか期待する気持ちが湧いた。

 本当はもう少しだけこうしてナナといたかったが、彼らのことを思うと、そろそろ行かねばならなかった。

 

「じゃあ、最後に聞いていい?」

「なんだ?」

 

 立ち上がろうとした時、ナナが目の前に立って顔を近づけた。

 そして、ズルイ顔でこう言った。

 

 

「セアのこと、好きだった?」

 

 

 問われた瞬間、息が止まった。

 やはり……、ナナは逃がしてはくれなかった。

 

「オレは……」

 

 セアに対する感情とは向き合った。だからそれをちゃんとした言葉にして伝えるだけだ。

 

「セアに救われていたんだ」

 

 セアへの想いを語って、ナナが何を思うかわからなかった。

 が話す以外の選択肢は無かった。ナナに誤魔化しは通じないのだから。

 

「セアの中で、ナナの言葉が生きていた。ナナが撒いた種が、セアの中で芽吹いていた。セアと話して、それを知って……、オレは救われていた」

 

 ナナは静かに瞬きしながら聞いている。

 

「ナナが遺したものがちゃんとあると知って、きっとナナも救われているだろうと思って……、そう思うとオレが救われた」

 

 その目を見た。

 

「だから、オレは……」

 

 セアの色、ナナの光。

 

「セアを護りたいと思ったんだ」

 

 セアの記憶が残っているとナナは言う。

 が、アスランの中にもそれはある。

 セアの言葉も、涙も、うつむき加減の仕草も、強い叫びも……、全部が刻まれている。

 

「うん」

 

 ナナはうなずいた。嬉しそうだった。

 

「私も同じ」

 

 そして、彼女も逃げずに話してくれた。

 

「アスランなら、“ナナ”の道を歩けると思った。自分が進みたい方向を教えてくれると思った。だから、一緒にいたかった」

 

 ナナから聞くセアの想いは、なんだか懐かしかった。

 

「セアはちゃんと伝えたよね?」

 

 そう……、セアはちゃんと言ってくれていた。

 いなくなる前に、ちゃんと。

 

「やっぱりこれって……」

 

 うなずくと、ナナは笑いながら言った。

 

「“運命”なんじゃない?」

 

 大そうな言葉でも、不思議と心に馴染んだ気がした。

 

「わかってるよ、アスラン」

 

 ナナの声が大人びていた。

 

「アナタがどんな想いで、あの石をセアにあげようとしたのか。私はちゃんとわかってるから」

 

 護りたいと思った。セアの意志を。ナナの遺志を。

 それは、ナナのため、自分のため。

 ナナを護れなかったから……。ナナのぶんも生きて欲しいから……。もう大切な人を失いたくないから……。

 ナナは「わかっている」と言うが、アスラン自身はよくわかっていなかった。

 護りたい、護らなくてはと思ったのは、一種の衝動に近かった。いろんな感情が混ぜ合わさっていた。

 

「アスランは、セアとナナを想ってくれてたよね……?」

 

 だが、ナナは不思議と全部を受け止めている。

 

「だから、“私”は……、アナタの想いに引き戻されたんだと思ってる」

「オレの……?」

 

 ポケットから石を取り出した。相変わらず、綺麗な光をたたえている。

 

「それを見た瞬間、私は“あの時”を思い出した。母からそれをもらった時じゃなく、それをアナタにあげた時のこと……」

 

 あの、奇跡の出会いを……。

 

「あの時のアナタとの想い出が、私の記憶に落とされてた蓋をこじ開けた」

 

 ナナに誘われるように、目を閉じた。そして、あの瞬間を再生した。

 潮風、波の音、“敵じゃない”が、“敵の恰好”をしたナナ……。大切な護り石を、首にかけてくれた。

 

『戦争が終わったらさ……。できればキラも私たちも死なないで……ラクスも交えて4人で逢えたらいいね』

 

 再会を願う矛盾……。

 あの瞬間、アスランの心は明らかに別の色に染められた。

 

「ナナ」

 

 目を開いて、石を差し出す。

 

「これを……」

 

 あの時、ナナがくれた感情。そして、セアに渡そうとした時の感情。

 全部を込めて、差し出した。

 ナナは黙ってそれを受け取った。懐かしそうに眺める。

 そして。

 

「はい、アスラン」

 

 あの時と同じ恰好をする。

 

「ナナ……」

「これからもアナタがこの石に護ってもらって」

「だが、それは……」

「これには、私と、セアと、アスランの想いが全部詰まってるから、ちゃんと護ってくれるよ!」

 

 ナナは笑った。そのまま、首を傾けるよううながす。

 アスランは、あの時と同じように、ぎこちなくそうした。

 

「大丈夫!」

 

 首にかけながら、ナナは言った。

 

 

「私は大丈夫だよ、アスラン。アナタが護ってくれるから!」

 

 

 衝動的に抱きしめた。

 返せる言葉はない。

 

「大丈夫、アスラン……。私はもうどこへも行かない……」

 

 ナナは小さくささやいた。

 

「ナナ……、オレがずっと側にいる……」

 

 アスランも誓った。

 あの時よりずっと近くなった二人の距離に安堵していた。

 

 きっと、ナナも……。

 

 その証拠に、ナナは強くしがみついて、長く息をついた。

 

 

 

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