「アスランのおかげで、搬入も搬出も全部うまくいったよ、ありがとう!」
ザフトから届いた支援物資を積んだエターナルのシャトルが、クサナギのデッキから飛び去った。
ナナはほっとしたというよりも上機嫌の様子で、アスランに笑いかけた。
アスランはほっとした。
自分の作成した計画表の出来が良かったからというわけではない。
「またお願いすることがあると思うけど、よろしくね」
ナナが自分を頼ってくれるようになったからでもない。
ナナの顔色が、昨日よりは確実に良くなっているのが目に見えてわかるからである。
そのことには、エターナルから直接物資を受け取りに来たキラも、同じくアークエンジェルから来たディアッカも気づいたのか、二人とも安堵しているように見えた。
アスランは、慌ただしくブリッジに戻るナナを見送ると、己の右手を見下ろした。
あの日……、ナナが眠りについてどのくらい時間が経ったのか。
アスランも椅子にもたれながらうとうととしていた。
疲れていたわけではない。
ただ、ナナの寝息と、ナナが眠っているという事実に対する安堵が、心地よい眠気を誘っていたのだ。
が、その穏やかな空気が、突如破られる。
そうしたのは、眠っていたはずのナナだった。
心地よかったナナの寝息が急に乱れたことに、アスランは敏感に反応した。
「ん……」
ただの寝返り……ではなかった。
明らかにナナの呼吸は乱れ、苦しげに身体を動かしている。
「ナナ?」
アスランは反射的にベッドへ駆け寄った。
案の定、薄闇でもわかるほど、ナナの額にはうっすらと汗が滲み出し、眉根はきつく寄せられていた。
「ナナ」
これがナナの言っていた恐怖か……と、今さらながらアスランはその意味を知る。
『「もしあの時、核がひとつでもプラントに落ちていたら……」とか……』
ナナは言っていた。
『「もし、ジェネシスの破壊があと少し遅かったら……」とか……』
眠れない、眠りたくない本当の理由を。
少女のように恥じらいながら、大人のように憂いながら。
『「もしあの時、アスランを死なせてたら……」とか……そんなことばっかり頭の中に浮かんじゃうから、今は立ち止まりたくないの……』
眠っていても、ナナの脳は休まない。
“怖い”ものを見て、苦しんでいる。
「ナナ」
できるだけ冷静に、アスランはナナを揺り起こした。
「ナナ」
肩に手を置いて何度か名前を呼ぶと、ナナは怯えたように瞳を見開いた。
「ナナ」
「アスラン……」
幸い、ナナはすぐに自分を認識してくれた。
薄暗い部屋の中を一瞬で見回して、そして自分を取り戻す。
あんなにも、心は乱れていたはずなのに。
「私……夢……見てて……」
ナナの視線は天井へと向けられた。
悪夢から目を逸らすように。そして、自分の視線からも逃れるように。
だから、アスランは努めて静かに言った。
「ナナ、大丈夫だ」
少し迷い、だがナナの瞳はゆっくりとアスランを見つめる。
口元に笑みを浮かべて、なだめるように、アスランはささやいた。
「オレはここにいる」
その言葉に、どんな効果があるのか、正直まだわからなかった。
だが、ナナが眠る前、この悪夢への恐怖を口にしたときに、アスランが贈れる言葉はそれしかなかったのだ。
「オレが側に居る」
ナナは、地球軍の核攻撃によって、プラントが全滅する光景を夢に見ていたのかもしれない。
ジェネシスが地球に向けて発射され、あの碧い星が無残に焼かれる光景を見ていたのかもしれない。
だが……それらをかき消す力はなかった。
『プラントは無事だった』『地球は焼かれなかった』『オーブは美しいままだ』。 そう自分が言い聞かせても、彼女の心には届かない気がした。
だから、ナナが恐れていたひとつに対する答えを囁くしかなかったのだ。
たとえそれがどんなに、小さな結果だったとしても。
「アスラン……」
ナナは掠れた声でつぶやき、大きく息を吐いた。
そして、毛布の下から手を差し出した。
「まだ……居てくれたんだ」
ナナは笑った。
その壊れそうな笑みに、説明のつかない怖れを抱き、アスランはとっさにナナの手を強く握りしめた。
「……側に居ると、約束したろう」
わずかな力で、ナナが握り返したのがわかる。
「よかった……」
言いながら、ナナは再び瞼を閉じた。
どれだけ恐ろしい夢を見せられて覚醒しても、またすぐにまどろんでしまうほど、ナナの疲労は溜まるだけ溜まっていたのだ。
アスランは、慣れない行動と台詞に戸惑い、早くなる鼓動を懸命に抑えつけ、次の言葉を探した。
が、やはり見つからなかった。
この言葉以外、見つからなかった。
「大丈夫だ。オレが……側に居る」
通り一遍の台詞しかなくとも、ナナの手はもう一度小さく握り返して来た。
その口元に、かすかな笑みが見える。
「眠れそうか?」
アスランも落ち着きを取り戻して問うと、ナナはうなずいた。
そして。
「もう少し……こうしてて……」
そうつぶやかれた願いに、アスランは答えなかった。
ありったけの温もりを手に集中させるようにして、ナナの手を握りしめた。
その時のことを、ナナは覚えていないのかもしれない。
目覚めたナナは何も言わなかったし、アスランからも触れなかった。
それはつまり、深い眠りを妨げるほどの悪夢を忘れたことになるから、それでよかった。
その方が良かった。
ナナが自分を本当に必要としてくれていたのか、それとも、悪夢から揺り起こす誰かが必要だっただけなのか、それはまだわからない。
ただ誰かの温もりが欲しかっただけなのかもしれない。
自分がナナの心を落ち着かせたという実感もあまりない。
が、それでもアスランは黙って右手を握りしめた。
そこにはまだ、少し汗ばんでいながらも冷たいナナの手の感触が残っている。
この日のことは、自分の中だけに刻んでおこう……そう思うと、自然と笑みがこぼれた。