ブリッジは歓喜に沸いた。
誰もがナナとの再会を喜んだ。
つい先ほどまで“セア”だったと混乱する者は誰もいなかった。そこにいるのがまぎれもなくナナであると、皆、すぐに確信したのだ。
歓喜の渦はなかなか解かれなかった。
皆が泣いていた。ラクスでさえも。
その様子を、アスランは渦の外から見守っていた。
しばらくして、キラが隣に並んだ。
「ほんとに、よかったね……アスラン」
彼も涙ぐんでいる。
「ああ……」
「ナナはもう、どこにも行かないんだよね……?」
何故か彼はそう問うが、当たり前のように答えた。
「ああ、もうどこにも行かない」
キラは「よかった」と胸をなでおろし、目をこすった。
そして。
「でも……、なんで、こんなこと……」
彼のつぶやきに同調するように、喜びの中に憤りが湧いた。どうしてこんな……、誰がこんな……。
が、ナナはひとしきり挨拶を済ませると、穏やかにこう言った。
「今、それは重要じゃないの。大切なのは、今この瞬間から“私”がどうするか……だから」
ひとりひとりの目を見て。
一気に場がシンと静まった。
皆、戸惑っていたのではない。ここにいるのがナナだと……改めて実感したのだと、アスランにはわかっていた。
「ええ……、そうですわね。今は……」
ラクスが涙を拭いながら同意した。
真実を知っていた彼女も、ナナとの本当の再会に、珍しく感情を抑えられないようだった。
「では、公表は……」
「今はしません」
マリューの問いに、ナナはあっさりと答えた。
「私もそれなりに知られた名前だと思うので……、私が生きてたってことが知られると、今の情勢がさらに混乱するだけだと思うんです」
まるで、本当に気にしていないように……。
「そうでしょう? ほら、私も一応『世界平和大使』なんて堅苦しい肩書があったわけだし。それが“暗殺”だったとか、“暗殺未遂”だとか、プラントの“計画”だったとか憶測が流れたら、今プラントに味方してる人たちも混乱するよね? 地球もどうなるかわからないし、オーブだって国内が分断される恐れもある」
だが、皆の表情は曇った。
アスランには、彼らの気持ちが良くわかった。
だが、ナナの意思を変えられないことも良くわかっている。
「だけど私は、みんなと一緒に、普通に戦います」
ナナは皆を見回し、そう宣言した。
「見た目はちょっと変わっちゃったけど……」
少し笑って。
「“セア”みたいにおとなしくていいコじゃないし、聞き分けも悪いと思うけど、これからも一緒に戦いたい」
肩をすくめる仕草は懐かしかった。皆もそう感じたのか、ほっと息をついたのがわかる。
「だから、これからもよろしくお願いします!」
ナナは勢いよく頭を下げた。
少し前、同じ場所で同じように「一緒に戦いたい」と言った少女……。あの時と同じ姿だが、今は違う響きだった。
「ナナ……、では、モビルスーツに……?」
「あ、はい。戦うべき時が来れば、レジーナ……じゃなかった、グレイスで出ます」
「ナナ……?」
自機を「レジーナ」と言ったナナに、ラクスが不安気に寄り添った。
「ごめん、大丈夫! ときどき記憶が錯綜することがある感じで……、でも大丈夫だから。フラッシュバックっていうの? ああいうのにはならなそうな感じ」
「本当に、大丈夫なのですか……?」
「大丈夫! ちゃんと
キラがこちらを見た。
アスランにだってナナの脳の状態のことはわからないが、安心させるようにうなずいてみせた。ナナがそう望んでいるのだけはわかっているからだ。
「でも、ドクター・シュルスの診察は受けてちょうだいね」
「あ、はいそうします」
「それと、薬のこともちゃんと聞いておいて」
「薬? ああ、私が持って来たやつね。やっぱり問題あったの?」
「そ、その髪と目に作用するって話だったけど……」
「詳しいことはオーブのラボでもまだわからないらしいの。ただ、成分の解析はできたから、同じ薬の生成は可能になったそうよ。ただ……、その薬を投与するまであなたは意識が戻らなかったから、もしかしたらこれからもその薬が必要なのかもしれないわ……」
マリューとミリアリアが、かわるがわるナナを案じている。
薬……と聞いて、アスランの脳裏に、ケースを握りしめて立つセアの姿が容易に蘇った。
あれを渡していたのはドクター・リューグナーだ。彼女も何かを知っていたのだろうか……。
「なるほどね。でもまぁ、こっちのドクターが薬を作れるなら問題ないですね」
ナナもあの女医の顔ははっきりと思い浮かんだはずなのに、こちらの懸念をよそに軽く受け流した。
「ナナ、体調に異変があったらすぐに知らせてください」
その彼女へ、ラクスが真剣な眼差しで言った。
「わたくしたちはもう二度と、あなたを失うわけにはいかないのです」
皆の声を代弁するように、強く。
「うん、わかってる……」
ナナはそれを受け止めるよう、ひと息置いて答えた。
「私だって、もう二度とみんなと離れたくないから」
また、安堵の空気が流れた。
となりでキラが息をついたのがわかる。とても心地良かった。
その時。ブリッジにコール音が鳴った。
アラートではない。
ミリアリアがモニターを操作する。
「あ、オ、オーブから……! カガリさんからよ……!」
彼女は泣きはらした赤い眼でナナを見た。
「オーブには知らせを送っておいたの。黙っていることはできなくて」
マリューが申し訳なさそうに言った。
「カガリさん、ショックを受けていて……。落ち着いたらこちらに連絡すると言っていたわ」
心配そうな彼女らに、ナナはにこりと笑ってうなずいた。
そして。
「モニターに出して、ミリ」
「ミリ」と呼ばれ、ミリアリアは一瞬目を瞬いた。フラッシュバックしたのは彼女の方なのだろう……。
が、彼女はすぐにテキパキとスイッチを操作した。
メインモニターに、カガリの顔が映し出される。
酷く取り乱したのを懸命に抑え込んだのだろう。後ろ髪が少し乱れたままだった。きっと、いつものように激しく髪を掻きむしったに違いない。
≪ナナは……、あ、いや、あの……、あのコの意識は……?!≫
逸る言葉は、すぐに遮られた。
「カガリ」
≪え……≫
大きな瞳に、その姿を捉える。
≪ナナ……!?≫
怖れと期待が入り混じった顔で、その姿を凝視している。
「“私”だよ。わかる?」
ナナの声は優しかった。
≪ナナ……? ナナなんだな……!?≫
モニターにつかみかからんばかりの勢いで、カガリは叫んだ。
≪お、お前っ、ナナなんだな?!≫
「うん。ナナだよ、カガリ」
久しぶりに聞く、姉の声……だ。
「ごめんね、カガリ。アナタをひとりで戦わせて。ひとりで苦しませてごめんね」
カガリは唇を引き結んだ。
セアとナナ……今、彼女の中で融合させているのだ。
≪ナナ……、わ、私は……。すまない、ナナ……、お前のこと……!≫
「いいの、カガリ」
≪オーブだって……、オーブがこんなっ……!!≫
「大丈夫、カガリ」
静かな涙をこぼすカガリに、ナナは言う。
「オーブにはアナタがいる」
≪ナナ……≫
「私たちも、こっちで戦う」
変わらぬ姉の声を、カガリは唇を噛みしめて聞いている。
「ねぇ、カガリ」
こちらまで安心するような、優しい姉の声。
「離れていても、想いはひとつ……でしょ?」
≪う……≫
「もう一度、二人でがんばろう。みんなと一緒に」
≪う、うん……!≫
カガリは袖で涙を拭った。
≪こ、こっちのことは任せてくれ……! ナナ!≫
強くなった……そう思った。
今のカガリには、強い意志、深い想い、それに加えて確かな自信があるように見えた。
「じゃあ、カガリ。通信が探知されたら危ないからもう切るけど……」
≪あ、ナナ! ナナ……、ほ、ほんとうに、もう大丈夫なんだな……!?≫
「うん、大丈夫だよ」
≪本当か? 本当なんだよな……!?≫
「大丈夫だってば……。あ……」
何度でも確かめたがるカガリの気持ちは良くわかった。
が、ナナは視線を外して隣にいたラクスの腕を引っ張った。
「ねぇ、ラクスからも言ってやってよ」
そして。
「アスラン、キラもこっち来て」
こちらに手招きする。
キラと二人でナナの側に立つと、カガリの真剣な目が合った。
≪アスラン、キラ、ラクス……! ナナは大丈夫なんだよな!?≫
必死の想いだ。よくわかる。
「カガリさん。こちらにいるのは、間違いなくナナですわ。そして、これからもナナはわたくしたちとともにあります」
ラクスが静かに答えると。
「大丈夫だよ、カガリ。ナナは前と同じ。元気だよ……!」
キラが完結に言う。
「カガリ」
最後にアスランが言った。
「ナナは……、もう大丈夫だ」
それだけを。
が、カガリの表情が変わった。
≪そうか……よかった……≫
「カガリ」
ナナが彼女に言う。先ほどより強い声で。
「私たちはもう一度、ちゃんと再会しなくちゃならない」
再会という言葉が胸に響いた。
「だから……、必ずオーブに帰るから、アナタはオーブで待ってて……」
空気が優しくなった。
ナナが抱くカガリへの愛おしい想い、オーブへの懐古の情、それが滲んでいるのだ。
≪ああ、待ってる……! 待ってるから、必ずみんなで帰って来い……!≫
ナナは答えなかった。小さな笑みを返した。とびきり綺麗な。
そして、ミリアリアに合図した。彼女は小さくうなずいて、スイッチを押した。
暗くなったモニターに向かって、ナナが誰にも聞こえないくらいの声でつぶやいた。
「よかった……」
その姿に、ナナはきっとセアの奥で眠っている時でも、ずっとカガリのことを心配していたのではないかと……そう思った。