ナナとの再会の喜びをゆっくりと噛みしめている間は無かった。
だがそれは逆に、再びナナとの別れを不安に思う間も無かったということになる。
どちらにせよ、再び情勢が動いた。
「ジブリール死亡」の発表後、沈黙を続けていたデュランダル議長が、まるでナナが目覚めるのを待っていたかのようにある計画を発表したのだ。
『デスティニープラン』……彼はそう言った。
その内容を具体的に示し、実行を宣言した。
プランはおおむねラクスが予想したとおりだった。
遺伝子操作によって産まれて来る者の運命を予め決めてしまう……。
己の運命を受け入れ、初めの設計どおりに生きるから、抗って苦しむことはない。ひとりひとり、設計に適した役割が決められるので、誰かと競うこともない。競わないから争わない。そうして争いのない世界を創る……。
もちろん、世界は混乱した。
アークエンジェルに入って来る情報は、どれも危ういものだった。
オーブはいちはやく、プランの導入を拒否した。無論、カガリに迷いはない。
が……、追随したのはスカンジナビア王国のみだった。
≪思った通り、世界の反応は緩慢なものだな≫
モニターには、エターナルのバルトフェルドの憂鬱な顔が映されていた。
少し前、彼は“ナナ”の姿を見て、少年のような顔を見せた。
いつものひょうひょうとした表情から、少年のように嬉しそうな顔、そして今はめったに見せない陰鬱な表情へと変わっている。
ナナ復活の歓喜から、すぐに『デスティニープラン』の話題へと移らざるを得なかった。
「思った通りというより、思った以上に……じゃない?」
「プランが『よくわからない』ってのが本音だろ?」
「あれだけ聞くと、本当に良いことばかりにしか聞こえないものね」
マリューとムウもいつもより声の調子を低くしている。
「不安がなくなる。だから戦争が起きない。そうやってみんなが幸福になれる……なんて」
マリューがそう呟いたとき、キラが口を開いた。
「議長は世界から信用されていますからね、今は……」
アスランは苛立ちを感じた。いや、ずっと感じていたのだ。
隣で静かに周囲の様子を見守っているナナ……。その瞳は本来の彼女の色ではない。
彼女をこんなふうにしたのは誰なのか。誰が自分たちを惑わしたのか……。
いくら世界が彼を信じ、崇めても、もう嫌になるくらい彼の本性を知ってしまっている。
「だが、議長がプランの提示だけで終わらせるはずがない……」
憎しみを込めぬよう、できるだけ冷静に言った。
ナナの瞳が、こちらを向いたのがわかった。
≪ヤツは導入、実行……まで言ってるからな≫
バルトフェルドがため息をつくように同意した。キラも、マリューもうなずいた。
皆、同じ危機感を持っているのだ。
「オーブは?」
この話題になってから初めてナナが口を開いた。
「すでに防衛体制に入ってるわ。議会でプランの拒否が採択されるのは間違いないもの」
ミリアリが答える。
ナナは安堵した……というより、誇らしげな顔をした。場違いではあったが、その想いはよく理解できた。
「強引に来られたら、オーブは戦うしかないものね……」
マリューが厳しい言葉をつぶやく。
アスランはうつむいた。キラもだ。
戦いたくない、戦わなくて良い世界を、みんなで目指していたはずだった。たとえ道を違っても、戦いを終わらせるために同じ方向を向いて歩いていたはずだった。
ナナを失っても……。
それでもなお、再び「戦うしかない」状況に陥っている。
それは、大いに虚無感を膨らませた。
が。
「戦うしかない……か」
キラは息を吐くように言った。
「向こうだってそう思ってるんだよね。『これなら戦うしかない』って……。結局、僕たちは戦いを重ねていく……」
彼は胸に巣食うものを、ちゃんと言葉にしようとしていた。
「プランも嫌だけど、こんなことも……、本当はもう終わりにしたいのに……」
まるで、アスランの心をそのまま写すように。
「でも……」
重くなった空気に風を吹き込むように、ラクスが言った。
「今は戦うしかありません。わたくしたちも」
一滴の迷いも浸み込まない声で。
「夢をみる。未来を望む。それは全ての命に与えられた生きていくための力で、正当な権利です」
彼女は皆を見回した。
「何を得ようとも、夢と未来を封じられてしまったら、わたくしたちはすでに滅びたものと同じ……。ただ存在しているだけのモノとなります。全ての命は未来を得るために戦うものです。戦ってよいものです」
その視線は、ナナで止まった。
「だからわたくしたちも、また戦わねばなりません。今を生きる命として……。わたくしたちを滅ぼそうとするもの……。“死の世界”を目指す者たちと……」
その言葉に、アスランの虚無の中から決意が首をもたげた。
いつもそうだ。ラクスの言葉には戦うための力がある。それを受け取って、足を踏み出すことができるのだ。
皆そうだった。キラも、マリューも、ムウも、ミリアリアも、ノイマンも……、皆の瞳に決意が灯る。彼らは己の道を見定めたかのように、力強くうなずいた。
ナナは……。
「ラクス……」
ナナだけは、柔く笑んだ。
「やっぱり、アナタの言葉はすごく心地良い」
「ナナ……」
「なんか、心の中に優しい風が吹く気がするの」
皆はラクスの言葉で決意を固くしたというのに、ナナは「優しい風」と、まるで反対のことを言う。
が、ラクスの表情も和らいだ。
「ナナ、あなたの言葉も聞かせてください」
「え?」
「わたくしたちはずっと、あなたの言葉を待っていました」
皆の視線がナナを向く。いや、ナナを突き刺す。
そのくらい、どれも熱が籠っていた。
自分ももちろんその一人だと、アスランも自覚していた。
「私は……、原稿がないとまともなこと言えないから……!」
用意した原稿などほとんど読まずに、世界に向けて堂々とスピーチをしていたくせに、ナナは謙遜した。
そして。
「全部、ラクスが言ったことに同感なんだけど……、なんていうのかな……」
ナナは自分なりの言い回しを探していた。
そして。
「今生きてる誰もが、『好きな人』『好きなもの』『欲しいもの』『やりたいこと』……何かひとつくらいはあるはずなんだよね」
軽やかな口調は、眩暈がするほど懐かしい。
「議長の言う世界になったら、それらが全部奪われるってことだと思う。だって……、議長が創ろうとしてる世界は、産まれる前から全部を決められちゃうんだよね? どんな人を好きになって、何に興味を持って、何を成し遂げるのかを……。ってことは、そうじゃない“今生きてる私たち”は、その世界にとって邪魔な存在なんだよね?」
アスランは、ナナの声を全身で浴びるように聞いていた。
「だからこれからは……、従わなければ排除される『過渡期』になる。ていうか、きっと議長の中ではもう始まってる」
その、残酷な言葉も。
「私は……奪われたくないから戦う」
明快な言葉も。
「戦って、生き抜いて……、今、議長の魔法にかかってる人たちの頬っぺたをひっぱたいてやらないと、本当にラクスの言う“死の世界”になっちゃう」
全細胞に染み渡る……。
「だから……、私は戦います」
光が灯った気がした。
ラクスが力を、ナナが光を……、二人が与えてくれたのだ。
「うん。戦おう、みんなで」
最初に同意したのはキラだった。
そして皆もそれぞれ決意を口にする。モニター越しのバルトフェルドも、いつものひょうひょうとした顔つきに戻っていた。
「じゃあさっそくグレイスの機嫌でもうかがいにいこうかな。あれは私が戦うための力だから……!」
力という言葉も、もう危うくはなかった。
「それじゃあ、ドックに行ってきます! あ、マードックさんたちにちゃんと説明しないと……。あの人、なかなか信じてくれなさそう……」
「オレも行く」
「僕も行くよ」
「アスラン、キラ、ありがとう!」
ナナがブリッジの扉を開ける時、視界の端にラクスがほっと息をつくのが見えた。
彼女がどれほど、ナナの存在を支えにしているか、改めてわかった気がした。