「……だからさ、レイは最初から知ってたんだと思うんだよね。『プロジェクト・バハローグ』の本当の目的を」
「レイは議長を崇拝していたからな……」
「でも……、“セア的”には、レイに守ってもらって安心できたんだよね。たとえ議長のために私のことを気遣ってくれていたとしても……、あれは全部が全部、嘘じゃなかったと思うんだよな……」
港を歩きながら、アスランとナナはかつての仲間たちの話をしていた。ルナマリア、シン、レイたちのことだ。
途中、ナナは『セア的には』という言葉をよく使った。セアとしての感情は、今もナナの一部にくっきりと刻まれているらしい。
セアには聞けなかったことを、今ナナの口から聞けるのは、アスランにとって不思議な感じがしたが、どこか嬉しかった。
「それにしてもさ、あんなにすんなりとみんなが信じてくれると思わなかったんだけど……」
ナナは話を少し前の出来事に戻した。ものすごく怪訝な顔をしている。
「最初は疑ってた人もたくさんいたけど、結局ほとんど信じてくれてたよね? アスランはどう思う?」
艦を出て港を歩いているのは、オーブから同行しているクサナギに行って来たからだ。
本国のカガリから、『ナナが帰還した』ことをオーブの軍人たちに伝え『これから共に戦う』と宣言してほしいとの要請があったのだ。
ナナは自国の軍人だからこそ、混乱を避けるために公表を控えたいと言ったが、結局は受け入れた。カガリが「軍の士気に関わる」と、代表首長としての立場でうったえかけたのが良かった。
その毅然とした態度に、ナナはあっさりと自身の意思を曲げ、カガリに従った。その時の顔はとても嬉しそうだった。
「全員ではないだろうが、ほとんどは信じたように見えたぞ。カガリが事前に通達していたんだろ?」
「うん、そう。やっぱ代表首長様の言うことはちゃんときかないとね!」
ナナは自身が受け入れられたことよりも、カガリの言葉を皆が信じたことへの喜びを表した。
実際、クサナギのドックで主だったオーブ軍人たちと対面した時、異様な空気を感じた。
皆、カガリからの通達でナナのことは聞いていたはずである。
が、その目で見るまで……、いや、その目で見たとしても、容易に信じられる事ではなかった。
無理もないのだ。
アスランのように、ナナと親しかったのならば、事実を受け入れるのに隔たりはないだろうが、国の外交を担っていた者と軍人の関係では判断材料が少なすぎる。
しかし、最初は疑いの目で登壇するナナを睨んでいた者たちも、ナナの言葉を聞いた瞬間に顔つきが変わった。袖で控えていたアスランは、その場の空気が変わったのを感じたのだ。
姿は変わってしまった。実は生きていたと言われても信じられるはずもない。つい先日記憶が戻ったと言われても、胡散臭い話と感じていただろう。
が……、ナナが壇上で最初の言葉を発した瞬間、ほとんどの人間が、そこにいるのがナナであると実感したのだ。
ナナは“以前と同じ”だった。声の調子も、口調も、視線の動きも、物腰も、選ぶ言葉も……。
彼らにもわかるのだ。祖国を愛する軍人たちであれば、その祖国を背負って導いた人が“誰”なのか。
「まぁとりあえず、『プラントに仇を!』とか言い出す人がいなくて良かった……」
ナナは胸をなでおろした。
恐らくゼロではない。いや、わだかまりを抱えた者は少なくないはずである。アスランの中にも、カガリの中にも、キラやラクスの中にもそれはあるのだ。
が、ナナのスピーチで、皆は同じ方向を向いた。
『オーブが、とか、プラントが、とか、ナチュラルが、とか、コーディネーターが……とかではなく、今は私たちの未来を殺す「デスティニープラン」と戦いましょう』
ナナはそう言った。
物騒な言葉が混ざるのは、ナナのスピーチの特徴だ。
が、それをもったいぶらす涼しげに言うから、心の深いところに響くのだ。
そしていつも必ず、明確な道筋を見せてくれる。迷いが消えるように明快に言ってくれる。
今回もそうだった。
それに……。
『私自身の身に起きたことは、この戦いが終わった後で関係者をとっ捕まえて洗いざらいしゃべってもらいます。この瞳と髪も気に入ってはいるけど……、本人の意向も聞かずに勝手にプロデュースするなんて、酷い人権侵害ですからね!』
彼らの本音にもちゃんと触れた。
本当は、ナナ自身は自分の身に起きたことへの解明にはあまり積極的ではないようだった。
だが、軽い口調で彼らの憤りを表現することで、気持ちを撫でつけられた。
アスランもそうだからわかるのだ。
そして。
『というより、私を護って犠牲になったみなさんのためにも、必ずあの時の真実を暴きます』
関係者のことも気遣った。
一瞬の沈黙の後、皆は一斉に手を叩いた。歓喜ではなく、決意の意を拍手で表していた。
「みんなは大丈夫だよね? アスラン」
ただの同行者のつもりだった。
が、今は意見を求められている。
「ああ。オーブは人が強い」
曖昧な返答だとは思わなかった。
数隻規模の艦隊、数千の軍人たちを「みんな」と表現できるナナになら、伝わるに決まっているのだ。
「そうだね!」
ナナは嬉しそうに笑った。
「よかった。アスランに一緒に来てもらって」
そして、そう言った。
素直に喜びを実感できなかった。
まだ、「ナナに必要とされている」ことを信じられない不甲斐なさ……。
が、そんな自分を、ナナは心配してくれる。
「ねぇ、ところで、怪我はどうなの? まだ完治はしてないでしょう? ちゃんとドクター・シュルスに診てもらってる?」
もうひとり、“ナナの真実”を知っていた人物、ドクター・シュルスはナナの意識が戻ってから入念な検査をした。
もう大丈夫だからと笑って済ませようとするナナに、脳波計を繋げたり、血液を何本分か採ったり、視力や聴力の検査までした。
ナナは彼の動揺や懸念を理解したから付き合ってはいたが、検査結果に関してはまったくの無頓着であった。
だから、実は先ほどこっそりと彼に呼び出された。ナナがドックにいる時だ。
「ナナは本当にナナか」「精神状態は安定しているか」など、検査結果もろくに伝えないうち、側にいる自分が感じることを聞きたがった。
アスランももちろん彼の気持ちが良くわかるから、思うままを率直に話した。
特に有効だったのは「無理をしている様子はない」という台詞だった。これは、言葉にしてみて改めて自分にとっても有効だと感じた。
ナナはよく、無理をするから……。
その様子がないことは、側にいる者として救いだった。
が、このことはナナには言わないでおこうと思った。
「オレはもう大丈夫だ。それより、お前はどうなんだ? 体調は?」
「無理をしている様子はない」ことはわかっている。それが強がりだと見抜けないようでは、ナナの側にいる資格はない。
が、それでも、やはり心配はあった。
「うーん……」
ナナははぐらかしたりせず、素直に考えた。
「記憶は? もう錯綜することはないのか?」
石を見て倒れた時は、セアの意識にナナの記憶が入り込んだ……そう理解しているし、ナナ自身もそう言っていた。
ナナはセアのことを流暢に語るが、あれが二度と起こらない保証はないのだ。
もし、今のナナの意識にセアの記憶が混ざり込んで混乱したら……。もし、ナナのかつての記憶とセアの記憶が混同したら……。
そんなことまで考えてしまう。
だが、ナナはほんの少し考えた末にニコリと笑って言った。
「ときどき自分の以前の記憶なのかセアの記憶なのか、どっちかわからなくなることが一瞬だけあるんだけど……、でも、さっきみたいにセアの記憶を言葉にして話してたら、自然と頭の中で整理ができるみたい」
本人にしかわからない苦しみと解決方法である。
が、それをこの短期間でまとめてみせたのは、やはり“ナナ”であると思わざるを得なかった。
「だから、アスランにとってはフクザツだと思うけど、セアの話、これからも聞いてくれる?」
こちらへの気遣いは不要だった。
セアへの複雑な感情を覚えるより先に、ナナへの想いが募るのだから。
「ああ。オレのことは特効薬とでも思って好きなように使ってくれ」
冗談めかして言った。
それにしても、特効薬だなんて少し奢り過ぎだ。
が、ナナは声をあげて笑った。
「特効薬……! そうだね! そのとおりだね! 好く効く……。“この症状”に好く効く薬ね……!」
そう……ナナだけに効く薬。それになれればいい。
「じゃあアスラン、すぐに服薬できるよう、いつでも側にいてね!」
コペルニクスの殺風景な港が、輝いて見えたといっても過言ではない。そのくらい、幸福が心を満たしていた。
二人で笑いながら、アークエンジェルへのタラップを渡った。
これからどんな戦いが待っていようとも、もう二度とナナを失わぬよう護り抜こう……。
そう思った。
……その戦いは、遠い未来の話ではなかった。
アークエンジェルへ戻った二人は、それぞれの機体整備に取り掛かったとたん、ブリッジに呼び出される。
地球連合軍の月面基地アルザッヘルが、あの『レクイエム』によって撃たれたのだ。