「レクイエム……破壊したんじゃなかったんだな……」
「これで残っていた連合の戦力もほぼ全滅ね……」
モニターに映し出される噴煙。月の表面から立ち昇るそれは、宇宙空間でもはっきりと形を留めている。まるで、悲鳴を上げるように。
ムウとマリューの声に、キラは奥歯を噛みしめていた。ラクスも唇を引き結ぶ。アスランも、両の拳を握りしめ言った。
「あれの破壊力もジェネシスに劣らない……。中継点の配置次第で地球のどこでも自在に狙える」
ジェネシスには思い入れがある。いい意味と、悪い意味で……。
ナナは……、ひどく冷めた瞳でモニターを見つめながらつぶやいた。
「次はオーブでしょうね」
ナナの言葉に、背筋を冷たいものが伝った。
そう……、ジェネシスの時もそうだった。
次はオーブが撃たれる……と。圧倒的な力で排除されるのだと……。
何故、こうも歴史は繰り返されるのか。
あの時の絶望感を知る皆もうつむいた。憤りと恐怖を共有し、沈黙が流れた。
と……。
「私は……」
ナナが口を開いた。
「まだ自分自身も、みんなにとっても、不安定な状態なのはわかってる」
それは意外にも、個人的なこと。
「ここのみんなにも、オーブのみんなにも、『これからも一緒に戦う』って言ったけど、これからどんなふうに何をすればいいのかは具体的じゃなかった。ちゃんとした意志はあったけど、すごく曖昧な伝え方をしてたよね……」
が、その言葉はブリッジに染み渡るようだ。
「でも今、ごちゃごちゃ考える前に、はっきりした目的が決まったと思う」
そして、全員が欲しいものをナナは示した。
「アレを壊す」
簡潔に。
「ナナ……」
ラクスが笑んだ。
そう……、絶望してなどいられないのだ。自分たちはまだ戦わねばならない。先へ進まなければならない。
その道を、ナナが示してくれた。
「行こう。みんなで」
ナナも笑んだ。
「従わねば死を……っていうんなら。どっちにしても、このままだと世界が終わる」
決して楽しい船出ではなかった。
が、皆晴れやかな顔でうなずいた。
「マリューさん、オーブに連絡を。それと、すぐに発進準備を始めましょう」
ナナが言った。
そして実感した。ここは、このアークエンジェルは、やはり『ナナの翼』……なのだと。
「エターナルにも連絡を入れてください。彼らと合流します。ラクス、そっちの戦力はどのくらい?」
「お味方くださる方もたくさんいらっしゃいますので……」
ナナとラクスはこれからのことを話し始めた。極めて重要な内容ではあったが、二人の声は日常会話のトーンのままだった。
先の戦争のときと同じ光景だ。
あれをまた繰り返してしまっている絶望感はまだあったが、それと同じくいら、変わらぬ二人の姿に安堵もしている。
キラも同じ想いなのか、口の端が少し上がっていた。
二人で顔を見合わせた。
互いにほっとした様に息をついて、それから、互いの瞳に灯る決意を確かめ合った。
「ムウさんも、私みたいに記憶が戻ればいいのにね」
「だからさぁ、オレはべつに記憶喪失じゃないって。あんたたちが勝手にその“ムウ”ってやつだと思い込んでるだけだろ?」
「わかる! わかりますよ、そういうふうにしか考えられないのも。なんたって私は『経験者』ですから……!」
機体の整備、そしてエターナルへの移送準備をするため、ナナ、キラ、ムウ、アスランの四人はドックに向かっていた。
その途中、ナナはムウと話している。
「だってさ、ちゃんとした自分の記憶があるんですよね?」
「オレはネオ・ロアノークとして真面目に生きてきた記憶があるんだ」
「真面目かはわかんないけどね」
「言うねぇお前さん……。この間までとは大違いだ。ほんっとに“別人”だったんだな」
なかなか際どい話題である。
二人は軽い調子で話しているが、聞いているアスランは内心冷や汗をかいていた。
アスランは横目でキラを見た。
彼の顔色は悪い。もちろん、自分も同じく青ざめていることを自覚している。
「しっかし、あんたがあの『世界特別平和大使』のナナ・リラ・アスハだったとはなぁ……」
「“ネオ”さんは私にどんな印象を?」
「たいした人物だとは思ってたよ。若い身空で国を背負って、世界を背負って、戦後の混乱を鎮めとしてるのはみんなわかってた。連合の連中もさ」
「ふーん」
「でもどこかで、あんたの言う『未来』は理想でしかないって思ってたな。いくら最前線で戦い、生き抜いたとはいえ、まだ子供みたいなコに何がわかる……ってな」
「まぁ、それが大半のオトナたちの意見でしょうね」
「そうそう、そういう冷めた感じがあったから、オレは逆にあんたの言葉を聞いたんだ」
「“逆に”ってどういう意味?」
「ただ熱っぽく理想を語るだけじゃなく、絶望も知ってるって感じだな……。その二面性が見えたから、あんたに興味を持った」
「へぇ、二面性ね。初めて言われた」
「正直、半々ってとこだったぜ? あんたの言葉を信じてみたいと思う気持ちと、ただの理想でしかないだろうって気持ちは」
「半々って、けっこう良い評価じゃない?」
ナナは笑う。
だが、こちらは同調しかねた。
一度、キラと顔を見合わせる。彼も迷っているのだ、この会話を止めるべきか否か……。
「あんたはあの時のあんたに戻ったのか?」
結論を出せぬうち、ムウは核心を突いた。
「戻りましたよ。カンペキに。でも、セアだったこともちゃんと脳と心は覚えてる」
ナナは簡単にそこを明かす。
「そっか。じゃあ、オレたちと戦ったことも覚えてるんだな?」
「そ、その話は……」
さすがに声が出た。
今から共に戦おうとしている者同士が敵同士だった時のことを語るのは、良いこととは思えなかった。
ムウは探るような目でナナを見て、ナナは挑戦を受けるような視線を返している。
「ナナ、ムウさん……!」
キラも焦ったように加勢した。
が、
「覚えてますよ? あのディンの隊長機に乗ってた人でしょ?」
「あんたはレジーナって機体に乗ってたな。オレたちが盗り損ねた」
「そうそう! アナタは大泥棒でしたね!」
二人は普通の思い出話を語るように話す。
「あれから何度も交戦しましたね」
「したな。何度も」
「お互いしつっこいくらいにね」
「そうだな」
そのやり取りはまるで、“ナナとムウ”が話しているようだ。
「ガイアの子……」
「ああ、ステラか」
「そう。あの子たちと、何度も戦った」
「そういや、そっちのボウズがステラを返してくれたな」
「シンでしょ? あの時はシンの暴走のせいで、私は胃に穴が開きそうで……」
「たしかに、青臭くて面白いヤツだったな。無茶なことしたあげく、『死ぬような世界とは遠い、優しくてあったかい世界へ返すと約束しろ』……と言われたよ」
「でも、あなたは戦わせた」
かすかに空気が張り詰めた。
が、今度は止められなかった。
「あの子たちは、戦うことでしか生きられなかったからな」
こんなに胃が痛むのに、ナナもムウも、どちらもはぐらかそうとはしなかった。
「エクステンデットってやつ?」
「ああ……。ガイアのステラ、アビスのアウル、カオスのスティング……。彼らはエクステンデットだった。オレは彼ら3人を率いて戦う立場だったんだ」
「ステラは戦いたかったの?」
「というより、戦うことでしか生かされなかった。肉体が改造されちまってたから、特別な治療と薬が必要だったし、それらは全部、軍のために戦うためのものだった」
「もしかして記憶も?」
「ああ。眠るたび、リセットされるようになっていた」
「じゃあ、シンのこと……」
「少しは残ってたと思うぜ。そう信じたい……、複雑な親心ってやつかな」
「親心か……」
アスランにとっても、あまり聞きたくない話だった。
シンがステラという少女に対して特別な感情があるのを知っていたし、彼が彼女を連れ出した時のことも覚えている。もちろん、あの三機と何度も交戦したことも……。
その、今掘り返さなくても良い過去を、二人は淀みなく明かし合う。
「私は、ベルリンでカオスを撃った」
「そうか。あいつら、みんなやられちまったのか」
「撃たなきゃこっちが死んでたし、あなたたちには仲間を殺された……」
「戦争の因果ってやつか……。けど、そうやって敵対し合ったオレたちが、今は仲間として戦おうとしている」
「おかしい?」
ナナが問う。
ムウは答えた。
「いや……。おかしいのは、ここの連中がオレを別人の名前で呼ぶことと、あんたがつい先日まで別人にされてたってことだな」
「そうですね……!」
そうして、二人で笑っている。
もう、二人にしかない波長があるとしか思えなかった。
「ほら……、ナナとムウさんは最初の頃から気が合ってたから……」
「ああ、そうだったな……」
同じことを思ったのか、キラが小声で言った。
キラが言う「最初の頃」。その頃にナナが
ナナとキラ、両方から
出会った頃から軍人らしからぬ柔軟な態度をとるムウは、ナナのよき理解者だったようだ。
「それで、何か思い出すようなことはないんですか? 違和感とか」
「いや……。ないな」
「仕方ないですね、私も全く無かったし」
「ただ……」
少しだけ、ムウが真面目な顔でつぶやいた。
「一瞬だけ、デジャブみたいな感覚にならないこともないような……」
それはアスランも初耳だった。
「そうなんですか!?」
ナナも驚く。
ナナ自身が言った通り、“セアだった頃”は、ナナの記憶は全く無かったらしい。だから、このムウの反応にはナナが一番驚いているのだろう。
「いやぁ、なんていうか……。スカイグラスパーで出て被弾して、この艦に着艦するときだったかな。前にもこんなことがあったような……っていう。まぁ、錯覚に似たようなもんだ」
「それって、フラッシュバックとかいうやつじゃなくて?」
「そんな劇的なもんじゃないよ。あんたらがあんまりオレを知ってるヤツみたいに言うから、洗脳され始めてんのかな」
「洗脳かぁ……」
そして、よりによってエレベーターに乗り込んだとき、ナナは重要なことをつぶやいた。
「その、エクステンデットに施してたような『記憶の操作』が、私たちもされたんだとしたら」
誰に問うでもない、つぶやきだった。
が、狭い空間は凍り付いた。
「ナナ……!」
ナナは、今はそれを考えないようにしようと言っていたはずだ。なにより、アスランにとって嫌な話題だった。
が、ナナは笑みを浮かべて続けた。
「アナタが証明したんですよ、ムウさん。そういう技術がすでに存在していることを」
ムウの顔色も一瞬、顔色が変わったように見えた。
だが、彼もナナに調子を合わせる。
「それはそうなんだろうけどねぇ……」
「“ネオ”の記憶は鮮明なんですか?」
「ああ、当然だ。あんたはどうなんだ?」
「私も、“セア”の記憶には違和感がなくて、完全に自分自身の記憶としてありましたよ。ただ……」
ムウよりも、こちらが息を呑む。隣のキラもだ。
「今となっては穴だらけで不完全ですけど」
「どういう意味だ?」
アスランはとうとう口を挟んだ。ナナ自身のことに対して黙ってはいられない。
「たとえば……、子供の頃に毎日のように遊んでいた近所の公園の名前は“知ってる”のに、そこで誰と何をして遊んだかまでは思い出せない。父や母が戦死したことは“わかってる”のに、セレモニーのことは思い出せない」
ナナはこちらを見て話してくれた。
「ようするに、膨大な情報を擦り込んで“記憶”を植え付けたことは成功したけど、実体験や感情を絡めた“思い出”までは埋め込めなかった……」
「思い出……」
「そう。上っ面の記憶……というか“情報”だけがあるって感じかな」
ここで、エレベーターはドックに着いた。
「でも、それでも“セア”の時は違和感がないんだよねぇ。不思議なことに」
ナナはため息交じりに言った。
「だから仕方ないですよ。ムウさんが“ネオ”であろうとし続けることは」
「だからオレはなぁ……」
二人が先にエレベーターを降りた。
アスランはキラともう一度顔を見合わせ、二人に続く。
「ま、何はともあれ……」
ドック内の喧騒の中、ナナは透き通るような声で言った。
「これからムウさんじゃなくてもムウさんのように一緒に戦ってくれるなら、よろしくお願いしますね!」
その爽快さに、“ネオ”も面食らったことだろう。
「あ、ああ、こちらこそ……」
「ていうか、カガリからアカツキを託されたんですよね? 壊さないで下さいよ!」
ムウは肩をすくめて、こちらを振り返った。
「前のほうが可愛げがあって良かったんじゃないの?」
冗談であることは明確だ。
アスランは苦笑したが、キラは慌てたように手を交差した。
「そ、そんなこと……!」
その親友の生真面目な姿に、苦笑を重ねた。ムウの言葉にスネたような顔をしてみせていたナナも笑った。
そして、
「ムウさん。ネオでもいいけど。記憶を操作されちゃった者どうし、仲良くしましょ!」
ムウにそう言った。
もう彼は、「自分は違う」とは言わなかった。否定の代わりに、ナナに向かっておどけた感じで敬礼した。
ナナは笑って、グレイスの元へ走って行った。
きっとムウなりのけじめだったのだろう。アークエンジェルが正式にオーブ軍の艦体に組み込まれた時、彼は「一佐」に任官されたと聞いている。
もしナナも正式にオーブの人間に戻ったなら……言い方はおかしいが……また役職に就くことがあるのなら、おそらく彼の上司になるだろう。それがわかっての、あの敬礼なのだと思った。
「さぁてと。オレたちの指揮官殿に怒られないように、アカツキの整備にまいりますかね」
ムウはそう言って、アカツキの方へ去った。
「ムウさんはムウさんのままだね」
キラがつぶやいた。
ムウの性格は大きく変えられていない。ナナは……セアとは大きく違っていた。
「そうだな……」
考えても仕方がない。ただ、今はここにいる皆が仲間であることが大切なのだ。
きっとナナもそう思っている。
「オレたちも、ナナにどやされる前に行くか」
「うん!」
戦いの時は近づいている。
が、アスランの心は不思議と落ち着いていた。