見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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第4章 復活編
祈り


 

 アスランの温もりはとても懐かしかった。

 肌が、脳が、細胞が、心が……、彼を覚えていた。

 瞳の色は変わってしまったけれど、そこに映るアスランの眼差しに変わりはなかった。髪の色は変わってしまったけれど、アスランは変わらぬ仕草でそれを撫でてくれた。

 セアの記憶はある。

 セアが見たものも、触れたものも、出会った者も、抱いた想いも……全部“自分のもの”として残っている。

 それらは通りすがりに手にしたようなものではなかった。

 セアとして懸命に生きていたから、セアの記憶はどれも深く刻まれている。

 だから、アスランと交わした言葉を覚えている。アスランに抱いた想いも覚えている。

 全部、大切なものだ。

 アスランはそうでもないかもしれないが、ナナにとっては大切だった。

 たとえ今の自分とは違っていても、それは確かに自分の一部だから。

 たとえばこう考える。

 セアはもうひとりの自分なのだ。()()()()()に育たなかった自分……。

 セアは、おくゆかしさとか、遠慮とか、気遣いとか、そういうものを身につけて育った自分だ。

 ()()()()()に意地を張って育たなかったら……、もしかしたら“セア”だったかもしれない。

 きっと、みんなは笑って否定する。

 セアは180度違っている。生まれ変わりでもしない限り共通点はないだろう……と。

 カガリあたりははっきりと言葉にして言い切るだろう。

 が、ナナ自身、今はすんなりとセアを受け入れている。

 自分の一部として。もうひとりの自分として。

 

 だが……、そんなセアだった自分を通り越してでも、はっきりと想い出すことがある。

 それは平和への渇望であり、未来を奪う者への反発であり、そして……アスランのぬくもりだ。

 セアでは得られなかったもの。セアが知らなかったもの。

 それらを全部、取り戻した。

 全部を取り戻して、セアまで手に入れて……何故だか前の自分よりも強くなった気分だ。

 

 だから、進もう。

 そう思った。

 迷いなんてなかった。

 ちゃんと、セアが進む方向を決めていた。みんなが、変わらず一緒にいてくれた。アスランが、全部を受け止めてくれた。

 あとは、自分の足で走り出すだけ。

 

「久しぶり……」

 

 グレイスの操縦桿を握って、思わずそうつぶやいた。

 

 大丈夫……。セアが完ぺきに調整している。

 セアはレジーナと同じように調整したつもりだが、そもそもレジーナのほうをグレイスに合わせていたのだ。

 だから、大丈夫。変わらず、戦える。いや、ずっと、戦っている。

 

「行こう、グレイス……また、一緒に……」

 

 もう一度つぶやいて、ナナは発進シークエンスを開始した。

 

 

≪グレイス、発進スタンバイ……!≫

「了解!」

 

 コックピットの上部モニターに、ミリアリアの顔が映し出される。

 

≪ナナ……気をつけて……!≫

 

 彼女もなんだか前よりずっと強くなったよう見える。

 いや、彼女は変わらないのかもしれない。前から強かったから。

 だからそう見えるのは、自分が彼女を前よりずっと頼りにしているからだと、ナナは思った。

 

「なんか、懐かしいね、ミリ」

≪え……?≫

 

 グレイスをカタパルトまで移動させながら、ミリアリアの顔を見つめる。

 

「前の戦争の時も、こうやって出撃するたびに、ミリアリアが声をかけてくれてたでしょう?」

≪え、ええ、そうね……≫

 

 彼女は少し戸惑った。

 こんな発進の間際にする話ではないのかもしれない。

 が、ナナは感情を言葉にしたかった。

 

「私はずっと、アナタの声に勇気をもらってた」

≪ナナ……≫

「それを今、想い出したから」

 

 最初は気持ちなんて通っていなかった。彼女は自分を恐れていたし、反発していた。

 自分も彼女に心を開かなかった。

 だが、そんな頃からも、彼女の声は自分を励ましてくれていた。まるで自身が出撃するかのような怖れを浮かべた瞳でいて、それでも懸命に、冷静で機敏なナビゲーションをしてくれた。

 そして、その声には祈りが込められていた。

 絶対に道を切り開いて「帰って来て」……と。

 「護って欲しい」だけじゃない。「帰って来て」と、そう願ってくれていた。

 気のせいでも思い込みでもないはずだ。

 その証拠に、冷静沈着だった自分の心が、発進と同時に奮い立つのがわかっていた。ナビゲーション中のやりとりだけでも、彼女と“仲間”になれていた気がした。

 今もそうだ。彼女の祈りを感じる。

 時を経て、彼女とは世間で言う“親友”と呼べる関係になった。

 だからいっそう、彼女の心を感じるのだ。

 

≪ナナ……、絶対に帰って来てよ!≫

 

 彼女も感じたのだろうか。いっそう強い視線をよこした。

 

≪もう、勝手にどこかへ行っちゃうのはナシだからね!≫

「うん、わかってる!」

 

 その視線にも口調にも、よけいに懐かしさを覚える。

 

「またミリに会えてよかった!」

 

 素直に言うと、ミリアリアの瞳が潤んだ。

 

「ありがとう。アークエンジェルに戻って来てくれて」

 

 彼女は唇を噛んだ。

 そして、怒ったように言う。

 

≪今度帰って来なかったら絶交だからね!≫

「それは困る! せっかくできた“親友”なのに……! また友達いなくなっちゃうじゃない!」

≪だから、絶対戻って来て!≫

 

 ナナはうなずいた。

 

「またケーキ食べに行こうね!」

 

 そう言うと、ミリアリアは目元をこすってこう返した。

 

≪仕方ない……。また付き合ってあげるわよ、あんたのお忍びスイーツツアー……≫

 

 以前、ミリアリアを誘ってケーキやらパイやらの有名店を“はしご”したことがあった。

 もちろんナナの顔は世界中に知られてしまっていたので、“お忍び”という形で、細心の注意を払いながらの街歩きだった。

 当然、ミリアリアは気が気ではなかったらしい。なんとしてもナナを護らなくては……と必死だったようだ。

 そう……、この間のラクスとセアのような感じだったのだ。

 だが、また付き合ってくれると彼女は言う。

 ナナはぼんやりとした未来に、一枚のくっきりとした光景を描いた。

 ふいに消えて、不意に戻っても、変わらずいてくれた親友。また……、いや、もっと輝く時間(とき)を過ごしたい。

 

≪ナナ、絶対に帰って来て……! お願い……!≫

 

 ミリアリアはそうささやいた。小さな声音でも強い祈りだった。

 誰かの祈りが力になる……。

 そう実感した。

 体中に巡っていくミリアリアの祈りを感じて、大きくうなずいた。

 薄っぺらい約束は言わなかった。

 だが、この想いは強く真っ直ぐなものだと知って欲しかった。

 ミリアリアは笑ってくれた。

 きっとまた会える。

 そう思った。

 この艦を護って、自身も生き残って、みんなで未来を見よう……。

 そう思った。

 

≪グレイス、カタパルト接続。システムオールグリーン。発進どうぞ!≫

「ナナ・リラ・アスハ……、グレイス、発進します!」

 

 これは二人の戦い。みんなの戦い。

 一緒に戦う……。

 恐れなど一点も無かった。

 ナナはかつてのどの出撃よりも強い力を感じながら、宇宙へと飛び出した。

 

 

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