宇宙は懐かしくなかった。
残念ながら、戦闘も懐かしまなかった。
セアが全部を“
ただ少しだけ、グレイスのコックピットは懐かしく感じた。
≪こちらエターナル。わたくしはラクス・クラインです≫
その凛とした声も、ほんの少し懐かしく思えた。
≪中継ステーションを護衛するザフト軍兵士に通告いたします。わたくしたちはこれより、その大量破壊兵器を排除いたします≫
ラクスが通信を開始した。
≪それは戦うために必要なものではありません。あなたがたが守るべきものでもないのです。平和を願う心があるのならば、よくおわかりのはずです!≫
相変わらず、ラクスの声は心地よい。
ナナはそう思った。
≪その身に軍服をまとった誇りがまだあるのならば、道をお開けなさい……!≫
それはきっと彼らも同じなのだ。
この宙域で彼女の声を聞いた者たち……。ザフト軍の兵士たちが戸惑っているのがわかる。
ミーティアを装備したフリーダムとジャスティスが彼らの間をすり抜けて、中継ステーションへ向かった。
「お願い……」
そうつぶやいた。祈りも込めた。
が、敵わぬことを知っていた……。
どれほど「ラクスの声を聞いて欲しい」と願っても、彼らはもう止まらない。軍という枠にはめ込まれて、デュランダル議長が示した道を進め……と号令されている。
それに背くのは困難なことだと、ナナにもわかっている。
だから、何かを振り払うかのように一斉に攻撃を始めた彼らを、ナナは撃つ。
彼らを「正す」とか、そんなおこがましいことではない。
彼らに気づいて欲しかった。
何故、戦うのか。何のために戦っているのか。
目指す未来に立ちはだかる者が現れたら、それとは戦わなければならない……。
そのためにはどうしても力が必要で、残念ながら今はそれを手放すわけにはいかない……。
だけど、その力は絶対に正しく使わなければならない。
正しく使うということは、今願っている未来のために使うこと。憎しみや欲望のためだけじゃなくて、願いのために使うこと……。
そうすれば、その力は“武器”ではなく“翼”になる。誰かを殺すための“武器”じゃなく、未来へはばたくための“翼”になる……。
だからみなさんも、プラントの“武器”ではなく、人々の“翼”であってください。
そう、“彼ら”の前で言った。
偉そうに言ったつもりは無い。願いを込めて言ったつもりだ。
彼らにとって、今自分たちが『目指す未来に立ちはだかる者』なのかもしれない。
が、彼らは『願っている未来』のためにその力を使っているだろうか。本当に、デュランダル議長が示した未来を願っているのだろうか。敵である自分たちを憎んで、怒りで力を振るっているのではないだろうか。
あるいは、『未来のため』など考えないままに……。
そんな戦いは終わらせたかった。
ずっとそうだ。
そうやって、ただ手にした力を使って……、欲望のままに……、あるいは怒りや憎しみで力を使うから戦争は終わらないのだ。
何のために戦うのか……、力を手にした者はその使い方を考えなければならない。
それをちゃんと考えて欲しかった。
だから……。
彼らと戦わねばならない。
自分たちが完全に正しいものであると、彼らに対してそう主張するつもりはない。
だが、彼らは間違っていると思っている。
そして、こちらの想いをひねり潰そうとするのなら、戦わなければならないのだ。
対話をするために。彼らが考える時を得るために。
もしかしたら、どんなに訴えかけても永遠に想いは届かないのかもしれない。
前がそうだった。
先の戦争で、多くの人たちが自分の言葉に共感してくれたと思っていた。
それを広げたくて、『世界特別平和大使』なんて仰々しい役目を引き受けた。
本当は嫌だった。もっと普通の人の立場で想いを伝えたかった。
が、そんなちっぽけなままの声では遠くまで届かないからこそ、役目を負ったはずだった。
だが、言葉はどこにも届いていなかった。願いはひとりよがりな幻想だった。
あれだけ苦しんで生き抜いたからこそ、強く想いを伝えられたと思っていた。皆、それぞれ苦しんだからこそ、共感し合えると思っていた。たくさんの人たちで足並みを揃えて同じ未来を目指せば……、少しずつ願いが叶って行くのだと思っていた。
が……、世界はこうなった。
再び争いは起こり、憎しみが産まれ、恐怖が蔓延している。
自分を素晴らしい人間だとか、凄いことをやっていたとか、立派だったとか、平和の象徴だとか……そんなふうに思ったことなどない。
が、共感はしてくれていると思っていた。
それすらも愚かな奢りだったのだろうかと、今はそう感じる。
結局、声を受け止めたのは自分が知る限り“セア”だけだった。
“セア”が自分の想いに共感してくれた。
あたりまえだ。あたりまえすぎて笑いもしない。セア”は自分自身だったのだから……。
自分の声が、自分にしか聞こえなかっただけだ。
ただの反響だ。何とも共鳴はしなかった。
それはとても虚しい。
戦後、命を削る覚悟で携わってきたひとつひとつのことが、もう戦火に焼き尽されてしまった……。
それでも、いじけているわけにはいかないのだ。
ほんの少しでも、想いを同じくしてくれる仲間たちがいる。
『“別の未来”を知る君たちが、今、小さな火を抱いて其処へ向かえ……』
と義父は言った。
使命をくれたと思っている。
どんなにちっぽけでも、虚しくても、笑われても、鬱陶しく思われても、かき消されても、殺されても……、また繰り返すしかないのだ。
願いを叶えたいのなら、自分ができることをするしかないのだ。何度でも叫ぶしかないのだ。辿り着きたい未来へ、進み続けなければならないのだ。
『小さくても強い火は消えぬと……私たちも信じております』
あの時、マリューは義父にそう応えた。
今もあの言葉を信じている。
小さな火は、あの時から消えていない。
「だって私、生きてたし……!」
向かって来たザクの両足を切断しながら、ナナはつぶやいた。
胸の中の厄介な炎は消えていない。セアの中にも確かに灯っていた。
だから……。
≪ミネルバ、月艦隊とともに戦闘宙域に接近……!≫
そう、ミリアリアからの通信が入った時。
「行きます、艦長……! 行かせてください!」
迷わずそう言った。
こうなることはわかっていた。だから最初から決めていた。
≪ナナ……、でも……!≫
彼らは“仲間”だった。
今は敵でも……、あそこはセアの居場所で、彼らはセアの大切な仲間たちだった。
だからこそ……だ。
『わ、私も戦います……! ミネルバの、みんなと……! 倒すため、殺すためじゃなくて……、わかり合うために……! 何もしなければ、何も変えることができない……! 戦ってでも、歩み寄らなければ、わかり合えない……! そう思うから、私も……、私も戦います!』
あのセアの決意は間違いなく“自分”のものだ。
「無理だとわかってても、やらなくちゃならないことってあるでしょう?」
ブリッジのメインモニターに繋げてそう言った。
マリューと目が合う。
彼女は小さく息をついて、笑った。
≪わかってるわ、ナナ。行って来て≫
また、彼女はこちらの想いを尊重してくれた。
「まぁ、ダメだったらすぐに逃げ帰って来ますから!」
そう言って、通信を切った。
そうして迷わず、ミネルバへ向かった。
艦からインパルスが発進するのがわかった。
シン……じゃない。彼の機体はデスティニーのはずだ。
だとしたら……。
「ルナ……」
まぎれもない懐古の情が、胸の奥底から湧いていた。