見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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どっちだったとしても

 

 インパルスが見えた。

 ナナはまっすぐにそれへと向かって行く。インパルスもまた、こちらへと向かって来た。

 もちろん、インパルスの通信チャンネルは知っている。だからすぐに声をかけた。

 

「ルナ……!」

 

 耳元で、息を呑む音……。

 

≪え……? そ、その声……≫

 

 二機は戦場で不自然に止まった。

 

「ルナ、久しぶり」

 

 ナナはモニターも繋げた。

 ヘルメット越しに、ルナマリアと視線を合わす。

 

≪な、なんで!? セア……!? セアなの!?≫

 

 彼女は目を見開き、驚きの声をあげた。

 

≪い、生きてたの?! セア……!≫

 

 インパルスから放たれていた闘気が消えた気がした。

 

≪なんで……、なんであんたが『グレイス』に……?!≫

 

 だが……。

 

「違うの、ルナ」

 

 ナナはヘルメットをとった。

 

≪ちょ、ちょっと……!≫

 

 ルナマリアはなおも激しく動揺をする。

 その彼女に、

 

 

「私は、ナナ」

 

 

 そう告げた。

 

 

≪……え……?≫

 

 

 ややあって、ルナマリアは口を開く。

 

≪な、何言ってるのよセア! あんたは……!≫

 

 だが、それ以上まともな言葉は続かない。目と耳から入り込む情報を持て余し、ただただこちらを凝視している。

 

「私はナナだよ、ルナ。ずっとセアだったけど、ナナに戻ったの」

≪も、戻った……?≫

 

 モニターとスピーカーから、彼女の困惑が伝わる。

 

「あの事故の後、私は“セア”に替えられた」

≪か、替えられた……って……≫

「私が飲んでた薬、知ってるでしょう?」

≪え、ええ……≫

「あれね、髪の色と目の色を変える作用がある薬だったんだって」

≪えっ……?!≫

 

 

 ほんの少し、彼女の瞳に迷いが浮かんだ。

 

「私をセアに替えること。そしてザフト兵として戦わせること……。それが『プロジェクト・バハローグ』の本当の目的だったみたい」

≪そ、そんな……≫

 

 だが、簡単にこちらの話を信じるはずもなかった。

 

≪なに言ってるの?! だ、だいたい何の目的でそんな……≫

「こうやって、“敵”を混乱させるためじゃない?」

≪て、敵……って……≫

「見事に『逆効果』になっちゃったようだけどね。こういうのって『本末転倒』って言うんだよね?」

 

 自身の中に産まれた迷いに抗う彼女に、残酷な皮肉を突きつけた。

 

≪そ、そのしゃべり方……、あんた……本当にっ……?≫

 

 インパルスがわずかに後退した。

 無理もない。

 彼女の知らないセアと、彼女の知っているナナ。その両方が目の前にいるのだ。

 

「信じなくてもいいよ、ルナ。私だって信じがたいんだから。アナタが急にこんなこと言われても、信じられないことくらいわかってる」

 

 ナナは、ゆっくりとインパルスにライフルを向けた。

 反射的に、インパルスも同じ恰好をする。

 

「セアでもナナでも……、どっちだったとしても、私たちは今こうして銃を突きつけ合ってる」

 

 彼女に、銃口と現実を突きつける。

 

≪う、裏切り者……!≫

 

 ルナマリアは思い出したように叫んだ。

 

≪だったら……、どっちにしたってあんたは“敵”よ……!≫

 

 セアでもナナでも、彼女にとっては敵なのだ。

 セアはザフトを裏切った。そしてナナの国オーブはプラントの敵である。

 それも全部わかっている。

 

「それじゃあ、私たちは今ここで殺し合わなきゃね」

≪え……?≫

 

 当たり前のことを言った。

 が、ルナマリアは戸惑う。

 

「だってそうでしょう? 敵だっていうんだから」

≪…………≫

 

 迷っている。

 それは己の信念に反するからなのか、友を撃ちたくないからなのか、それとも……この戦いに疑問を感じているからなのか……、それはナナにはわからなかった。

 

「私はアナタを撃ちたくない」

 

 だが、今その真実を問いただす時間はない。

 

「アナタは大切な友だちだから」

 

 だから、想いを差し出す。

 

「“私”がレジーナのパイロットに選ばれた時、怯んでた私に『自信を持て』って言ってくれたよね」

 

 セアが、ちゃんと彼女に伝えたかったことを。

 

「ミネルバに配属されて、急に戦争が始まった時も、ぐずぐずしてた“私”をずっと励まし続けてくれたよね」

 

 今も胸にある想いを。

 

「“私”は嬉しかった。アナタのように、ちゃんと自分の考えをはっきり言えて、勇気があって、かっこよくて……、そんな人が友達になってくれたのが……。いつも側にいてくれたのが、すごく嬉しかった」

≪……セア……≫

 

 黙って聞いていた彼女が、その名をつぶやいた。

 

「アナタがいたから戦えた」

 

 彼女はうつむいた。そして低い声で言った。

 

≪だから……撃ちたくないって言うの……?≫

 

 その震える言葉を、待っていた。

 

≪あんたが私を裏切って“敵”になったんじゃない……! 勝手な事ばかり言わないでよ……!≫

 

 怒りの瞳がこちらを向いた。

 瞬間、言った。

 

「だったらアナタが私を撃つ?」

 

 一瞬だけ息を止め、彼女は答えた。

 

≪う、撃つわよ……!≫

「何のために?」

≪敵だからに決まってるでしょう?!≫

「なんで私はアナタの敵なの?」

≪な、なに言って……?!≫

 

 苦しみながら撃ち合う、アスランとキラを思い出した。

 だが、ナナの決意は揺るがなかった。

 

「ねぇ、ルナ。アナタは今、何のために戦ってるの?」

≪なに……って……≫

「軍のため? プラントのため? 命令だから?」

≪そ、そうよ……! 私は軍人なんだから! 軍の命令を遂行するために……≫

「それが本当にアナタの意思なの?」

≪そうよ……そうに決まってるじゃない……!≫

 

 ルナマリアのことは良く知っている。

 セアとして、彼女の側にいた。本当に彼女に憧れ、感謝していた。護られてもいた。ずっと頼りにしていた。

 だから、彼女が勇敢な“戦士”であることも知っている。

 

「じゃあアナタは……、この戦いの先に待つ未来に希望が持てるの?」

≪え……?≫

 

 ナナは改めて、インパルスの眼前に銃口を向ける。

 

「アナタが戦って勝ち取ろうとしてる未来……。それは本当にアナタ自身が望むものなの?」

 

 ルナマリアは答えなかった。

 彼女は勇敢な戦士であるが、聡明な少女でもある。だから、答えはまだ出ていないのだ。

 

「デュランダル議長が示す『デスティニープラン』……。遺伝子によって産まれる前からなんでもかんでも決められた人間が生きる世界……。アナタはそんな世界になって欲しいの?」

 

 迷っている彼女を大いに揺さぶる。

 心は痛んだ。

 だが、まだどうしても、ほんの少しの可能性に懸けたかった。

 

 

≪そ、それが……、こんなふうに戦わなくて良い世界なら……!≫

 

 

 少しの沈黙の後、彼女はそう答えを出した。

 

「そう……」

 

 失望はしなかった。

 むしろ、ルナマリアという少女の意思の形が見られて嬉しかった。

 が、

 

「だったら、やっぱり私たちは“敵”同士だね……今は」

 

 グレイスのもう一方の手で、ビームサーベルを抜いた。

 

≪そ、そうよ……! セアでもナナでも! あんたはザフトの敵……!≫

 

 ルナマリアは意志を掲げた。

 

≪あんたが私に適うわけないでしょう……!?≫

 

 同時に……迷いも見せた。戦いたくない心が、掲げた意志を鈍らせている。

 

≪私だってあんたを撃ちたくない……! たとえナナでも……。だから、投降しなさい!≫

 

 ナナはじっと、ルナマリアの目を見つめた。

 

≪セアの腕は知ってる……! 確かにレジーナに乗ってた時はエース級だったけど……。でも私だって同じくらい新型のパイロットに相応しかった……!≫

 

 虚勢の言葉ではない。

 

≪ナナの腕は……記録でしか知らないけど……、でも、今のあんたがナナなら……≫

 

 本当に、どうにかして戦闘を回避しようとしているのだ。

 

「私はナチュラルだから? 自分に適うはずないって?」

 

 だから、その道を断った。

 

「だけど、私は撃たれるわけにはいかない」

 

 ビームサーベルも、いつでも目の前のモノを薙ぎ払えるように構える。

 

「『デスティニープラン』の世界を望まない者たちを、こうやって排除しようとするアナタたちには、絶対に負けるわけにはいかない」

≪……っ……≫

 

 彼女は言葉を呑み込んだ。

 インパルスのライフルが、揺れた。

 

「力で支配しようとするものと、私たちは戦う」

 

 一拍おいて、ビームサーベルを振りかざした。

 

≪だからって……!≫

 

 インパルスも、想い出したようにライフルの銃口を上げた。

 

≪自分たちが正しいみたいに言わないでよ……!!≫

 

 彼女は叫んだ。

 それは怒りというより、まるで()()()のようだった。

 そして、

 

≪私は戦う! 争いのない世界のために……!≫

 

 再び意思を掲げ、ついにライフルの引き金を引いた。

 荒々しいが、射線は乱れていた。

 グレイスはそれを難なく避けた。ライフルは使わなかった。

 彼女の迷いも、自尊心も、未来も奪う火など必要ない。

 彼女に知って欲しいのは、優しい灯だ。

 インパルスの銃口はグレイスを追った。

 何度も撃った。

 が、かすることもなかった。

 ナナはもう何も言わなかった。

 両の奥歯を噛みしめて、グレイスを反転させた。そしてまっすぐにインパルスへ向かって行った。

 彼女は怯んだ。引き金を引く手を止めた。

 グレイスは、インパルスの鼻先で身をひるがえし、インパルスの背後にまわった。

 ルナマリアに対応する間は与えなかった。

 ビームサーベルで右の腕を斬り、ライフルで左の腕を撃ち抜いた。そのまま足元に潜り込み、両足をビームサーベルで切断した。

 戦闘能力を失わせるまで、ほんの一瞬だった。

 自分が強いわけではない。

 確かに、動きは身体に染みついている。

 が、ナナには当然それを喜ぶこともなければ、悲しむこともなかった。

 

「ルナ、大丈夫」

 

 バランスを失ったインパルスを、グレイスは抱きかかえた。

 

「アナタにはまだ、未来がある」

 

 モニターを見た。

 ルナマリアは肩で大きく息をしている。

 こちらを見て何か言おうとしたようだったが、スピーカーから声は聴こえなかった。

 

「まだ、選べるから」

 

 そう言って、ナナはインパルスを抱えたまま、ミネルバへと向かった。

 

 

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