ミネルバのブリッジは一瞬、奇妙な静寂に包まれた。
数十秒前に発進したインパルスが、最前線に辿り着く前に動きを止めたのだ。
そこは最前線でないといっても、周囲ではあのアークエンジェルから発信したムラサメ隊とザフトのMSが激しく交戦している宙域だ。
その真っただ中で、インパルスは立ち尽くしていた。
が、艦長であるタリアも、副長であるアーサーも、インパルスの不自然な様子より、彼女が対峙する相手に驚愕した。
ザフトの兵士ならばほとんどの者が知っている。
先の大戦を生き抜いた機体……、オーブの理念を体現したMS……、そう、インパルスが対峙しているのはあの『グレイス』だった。
グレイスを操っていた者のことは、もちろん誰もが知っている。“彼女”がどうなったかも。
だから、もう
ルナマリアは明らかに動揺している……。
同じ衝撃を受けたタリア・グラディスは、いち早く我に返った。
すぐに、メイリンにインパルスに通信を入れるよう命ずる。
が、ルナマリアからの反応がない。妹の声も、今の姉には届かなかった。
このままでは、どうなるかわかりきっている。
いくらルナマリアの腕が確かとて……、インパルスの性能がグレイスを凌ぐとて……、あんなに無防備な様では、結果はわかり切っている。
タリアは再びメイリンに命じた。インパルスの通信回線を強制的にブリッジに繋ぐように……と。
そして、聞こえてきた。
インパルスのスピーカー音が。ルナマリアが聞いている声が。
≪私は、ナナ≫
グレイスのパイロットの声がブリッジに響いた瞬間、そこに奇妙な静寂が訪れた。
≪私はナナだよ、ルナ。ずっとセアだったけど、ナナに戻ったの≫
そう聞こえた。
「は? え? ええ?!」
取り乱すアーサーを一喝し、タリアは声に集中する。
≪あの事故の後、私は“セア”に替えられた≫
≪私が飲んでた薬、知ってるでしょう?≫
≪あれね、髪の色と目の色を変える作用がある薬だったんだって≫
その声を聞いたことがある。
当然、セアによく似ていた。
だが確かに、彼女が名乗る人物の声にも似ているような気がした。
いや、むしろ今は口調のせいかセアというより、まさにその人物のそれだ。
そこにいる誰もが、一度は世界特別平和大使の演説を聞いたことがある。
あの事故が起こるまで、彼女の声は毎日のように色々なところから聞こえて来た。
街頭モニター、ショッピングモールのスクリーン、個人のタブレット……、彼女の様子を報じるニュースは、あらゆる端末を通して流れていたのだ。
だから、彼女の声は知っている。
そして今、グレイスのパイロットのそれは確かに似ている……。
軽やかな口調も……。
だが。
≪私をセアに替えること。そして、ザフト兵として戦わせること……。それが、『プロジェクト・バハローグ』の本当の目的だったみたい≫
そんな映画の脚本のような話を聞かされても、素直に“彼女”だと信じることはできなかった。
「か、艦長……!?」
アーサーは動揺を隠さない。他のクルーも互いに顔を見合わせている。
まさに、グレイスのパイロットの思うつぼだ。
が、信じられるわけがないとわかっていても、タリアはグレイスに対する撃墜命令を下せずにいた。
相手も宙で止まっている。恰好の的なのだ。今のうちに数機のMSで囲めば、いくらグレイスに乗るほどの腕前でも回避は難しいだろう。
それでも、はっきりとその命令を口にできない。
その訳は……。
(ギルバート……まさか……)
彼に対する感情……。
それが今、黒い渦を巻いている。
『プロジェクト・バハローグ』を立ち上げる際、彼から直接話を聞いていた。
あの痛ましい事故からプラントを立ち直らせるための計画。
それは現地の緑地化や慰霊碑の建立などではない。二度とあのような事故が起こらないよう、管理体制を一から見直し、新たなマニュアルを作ることでもない。多くの若者を失った悲しみを乗り越え、彼らの意志を継ぐ優秀な若者たちを育てるプロジェクトを立ち上げること……でもない。
『復活の女神だよ……』
彼が少し熱っぽくそう言ったのを、はっきりと覚えている。
『彼女はきっと、我々を救う存在となるだろう……』
その時に初めて、あの事故で生き残った士官候補生がいることを聞いた。
そして彼は、“彼女”のことを珍しく愛おしそうに語り、いずれ自分に預けると言ったのだ。
それが、セア・アナスタシスだった。
彼は言った。
『プロジェクト・バハローグの真の目的は、セアを兵士として蘇らせ、我々を救い、導く存在とすることだよ』
彼にしては拙い理想だと思った。
彼のことは良く知っている。こんな“不確かなこと”を語るような人間ではなかったはずだ。
その時点では、その“セア”という不幸にして幸いにも生き残った少女が、ザフトの軍学校に復帰するかもわからなかった。
が、彼はあらゆる支援をすると言った。
セア自身の意思は、彼の口からは語られなかった。
だが、もしセアが崇高な理念をもって軍学校に復帰を果たし、無事にザフト兵の一員になったとしても、彼の言う『復活の女神』のような存在になり得るのかは甚だ疑問だった。
タリア自身の軍籍は長い。
だから戦場がどんなところか良く知っているし、どんな人間が生き残るかも知っている。そして、どんなパイロットが活躍するのかも……。
だいたい、彼女にMSパイロットの適正があるのかも不明なのだ。『復活の女神』というほどの活躍を期待するのなら、それなりの腕前でなければ名を轟かす前に撃ち落とされる可能性もある。
しかし、ギルバートは己のプロジェクトに自信を持っていた。
『彼女はきっと、我々を救う存在となるだろう……』
そう繰り返す彼は、まるで予言者だった。
懸念はあった。
だが、最高評議会の議長へと昇りつめた彼の言葉を信じざるを得なかった……。
そして数か月後、その“女神”は本当に目の前に現れた。
新造艦ミネルバの着艦式のことだった。
セア・アナスタシスは内気な少女だった。MSのパイロットはおろか、兵士にも見えないほど。
背筋をまっすぐに伸ばして隣に立つルナマリア・ホークのほうが、よっぽど『我々を救う女神』になり得ると思った。
たしかに見た目からは想像できなかったほど、MSのパイロットとしての腕は申し分がなかった。
コックピットに入れば落ち着きをみせ、こちらの指示に的確に従った。訓練とはいえ、まるで往年の戦士のように冷静だった。
それで一定の安心感は得られたが、数字の上では、同じくミネルバに配属されたレイやシン、ルナマリアにはかなわなかった。
それでも、ギルバートは彼女に新型MS『レジーナ』を与えたのだ。
『レジーナこそが、彼女が操るのにふさわしい機体だ。あれは彼女のために開発したといっても過言ではないのだよ』
何の根拠があったのか知らないが、彼はそう言っていた。
そして彼の言う通り、レジーナは彼女に合っていた。
レジーナは風を切るように戦場を飛んだ。
アーモリーワンの一件で思いがけず戦闘に巻き込まれてからも、レジーナは躍動した。
シンとともに強奪犯と戦い、奪還できなかったにせよ、初陣を無傷で生還した。
その後、幾度も戦果を積み重ねた。
シンほどの目覚ましい活躍ではなかったが、彼女はいつも冷静に戦場に出て行って、与えられた仕事を片付けていた。
なにより、決して経験の浅い兵士に託すべきでない任務がほとんどだったにもかかわらず、レジーナは一度も戦闘不能状態に陥ることはなかった。
だが、タリアはそれでも、ギルバートの言葉に違和感を抱いていた。
たしかにセアは、予想を裏切る活躍をみせている。決して勇敢ではないが、出撃の際に怯える腰抜けでもない。あの悲惨な事故から、よくこれほどの成長を遂げたものだと感心している。
が、彼が期待を懸ける存在にしては“足りない”のだ。
シンのようにエース級の活躍をするでもない。レイのほうが戦場でうまく立ち回っている。ルナマリアのようにはっきりと意見を言わない。
やはり、『我々を救う復活の女神』にしては物足りないのだ。
ずっと抱き続けてきた違和感……。
その正体が、今、わかろうとしているのかもしれない。
「か、か、艦長! あのセアですか?! あのセアが、た、大使だったってことですか?!」
アーサーの声が裏返る。
「いいから黙って、アーサー!」
それでもなお、信じがたいことが起きている。
今はルナマリアが感じているものが、たったひとつの手がかりだった。
≪う、裏切り者……!≫
彼女はそう叫んだ。
≪だったら……、どっちにしたってあんたは“敵”よ……!≫
やはり、彼女は強い。自分ら指揮官よりも決断は早かった。
が、“ナナ”と名乗る者は言うのだ。
≪私はアナタを撃ちたくない。アナタは大切な友だちだから≫
ルナマリアをかどわかす言葉を言うのだ。
≪ねぇ、ルナ。アナタは今、何のために戦ってるの?≫
それは間違いなく、“ナナ”の言葉だ。
停戦後、ときに鋭い言葉で平和の尊さをうったえていた彼女の言葉……。
あの時と同じように、胸にチクリと突き刺さる。
そして、同じ力で反発もする。
それが世界というもの。人が人である以上仕方のないことだ。あなたの理想は共感できても叶うはずがないと思っている……と。
≪アナタが戦って勝ち取ろうとしてる未来……。それは本当にアナタ自身が望むものなの?≫
アーサーがこちらを向いた。
苛立ちが増す。
が、無理もない。ナナの言葉は我々の痛いところを突いている。
≪デュランダル議長が示す『デスティニープラン』……。遺伝子によって産まれる前からなんでもかんでも決められた人間が生きる世界……、アナタはそんな世界になって欲しいの?≫
誰も言わない、プランについての是非。
こんなふうに、“他者”に突きつけられるなど思いもよらなかった。
それを間近でぶつけられたルナマリアに同情した。
同時に、指揮官として次の行動を起こせずにいる己に怒りを覚えた。
指示を送る前に、ルナマリアは戦闘の意思を掲げた。
そう……、アレはザフトの敵。今は戦うしかないのだ。いや、戦って当然なのだ。
ルナマリアのいうとおり、本当にセアだったとしても彼女は脱走兵だ。ナナだったとしても、プラントの敵対国家に所属しているのだ。
≪『デスティニープラン』の世界を望まない者たちを、こうやって排除しようとするアナタたちには、絶対に負けるわけにはいかない≫
ナナの言葉は強かった。
≪力で支配しようとするものと、私たちは戦う≫
そして、セアと同じように静かだった。
それに対して、ルナマリアは勇敢に戦った。
いや、戦おうとした。
彼女の援護を……と言った時にはもう、インパルスの両腕と両足は無かった。
「お姉ちゃん!?」
メイリンが叫んだ。アーサーもふらついている。
タリアはモニターを凝視した。
が……、予測していたものを見ることはなかった。
インパルスはそれ以上、破壊されなかった。
それどころか、戦闘不能になったその機体を、グレイスは大切そうに抱えて……こちらへと向かって来たのだ。
「え……? え……?」
またもアーサーは右往左往する。
その間、タリアは迅速に考えを巡らせた。
“彼女”は何をしようとしているのか。ルナマリアを人質に、停戦させようとでもいうのか。
が、戦渦が広がり切っている今、そんなことが不可能なことくらい“彼女”ならわかっているはずだ。
ならば……。
「艦長! こちらへ来ます……!」
少し遅れて、アーサーが言う。
「攻撃はしないで! MS隊にもそう通達を!」
そう命じると、メイリンが慌ててMS隊と交信する。
ゆっくり……、不自然なほど緩やかに、グレイスは近づいて来た。
そして……。
≪グラディス艦長≫
ブリッジに直接通信が入る。
メインモニターにも、彼女の姿が映った。
「セア……!?」
半分わかっていたくせに、アーサーもメイリンも他のクルーたちも、素っ頓狂な声をあげた。
それは確かにセアだった。
ヘルメットをとっているからよく顔が見える。
何より、“彼女”はブリッジへの通信回線を知っていた。
≪みなさん、お久しぶりです≫
“彼女”は……演説でよく見せていた涼しげな笑みを浮かべていた。
≪勝手に出て行っちゃってごめんなさい。本当にご迷惑をお掛けしました≫
視線がしっかりと合っている。
外見はセアなのに、瞳の強さが増している。
「話は聞かせてもらったわ」
干からびたような喉を無理在りこじ開けて、タリアは言った。
≪そうですか≫
彼女はそれだけ言って、また少し笑った。
「それで、目的は何? ルナマリアを人質にでもしようと言うの?」
油断すれば侮られる……。
かつて、名だたる権力者が感じてきたであろう圧力が、彼女から発せられているのがわかる。
≪まさか≫
彼女は笑って言った。
≪ルナを収容してください≫
そして、インパルスをミネルバのデッキに向けてそっと押し出した。
≪バイバイ、ルナ。また会えたらいいね≫
そう声をかけながら。
「お姉ちゃん……!」
「ハッチ開けて! インパルスを回収するように言って!」
「は、はい……!」
メイリンとのやり取りも、慌ただしくなる。
「それで……、この戦闘宙域であなたはどうするつもり?」
たとえ“彼女”だったとしても……主導権を握らせるわけにはいかない。
いや、“彼女”だったらなおのこと、奪われるまえに確保せねばならない。
≪艦長とお話がしたくて≫
「ルナマリアに言ったこと?」
≪はい≫
「だったら、答えはルナマリアと一緒よ、当然でしょう?」
≪そうですね……≫
毅然と撥ね付けているのはこちらの方だ。
が、じわりと追い詰められる感覚になる。
アーサーなどは息を止めているかと思うほど硬直して、モニターを凝視している。
たしかに……ナナだ……。あの……ナナだ……。
言葉を交わしてタリアはそう直感した。
視線、声音、そして言葉……、世界が良く知っているナナだ。
でなければ、こんなに若い少女がこれほどの威圧感を出せるわけがない。戦渦の中、こんなに穏やかなたたずまいでいられるはずがない。
見た目は良く知っているセアだ。
それだけに、違いを強く感じる。
≪本当に、デュランダル議長が示した未来のために戦うんですか?≫
来た……、彼女の
「ええ、そうよ。当たり前でしょう? 我々はザフトなんだから。私たちを裏切った“あなた”とはわかり合えないわ」
≪そうですね……≫
「あなたが“セアに替えられたナナ”だというのなら、いつから“ナナ”に戻ったの?」
≪少し前です。コペルニクスで“ニセモノノラクス”が
この艦にいるときに“兆候”があったわけではなさそうだ。
ということはあの脱走はセア自身の意思だったか、セアがアスランにかどわかされたか……。
いや、それよりも……。
「ニセモノノラクス……?」
≪ええ、ご存知でしょう? デュランダル議長がラクスの言葉を利用するために、ニセモノを作り出して、ラクス・クラインとして活動させていたことを≫
小さな悲鳴が、いくつもブリッジ内にあがった。
≪彼女はそちらに始末されました……。どなたのご意向か、ご存知ですよね?≫
穏やかな口調だが鋭い牙だ。視線は氷のように冷たい。
≪私もそうです……。私には、デュランダル議長が“今いる誰か”の運命も、“これから産まれて来る人”の運命も、全てを支配しようとしているように思えてなりません≫
ブリッジ内は完全に凍り付いた。
今まで聞いた彼女のどの演説よりも、ここには直接的に響いている。
≪本当に、“そのため”に戦うんですか? あなた方は≫
一度、彼女とゆっくり話してみたい……。
頭の片隅でそう思った。
が、許されることではない。
今は、クルーたちの命、軍の命運をこの手に握っているのだ。
「当然でしょう? 我々はザフトなのよ」
同じ言葉を繰り返す。
言い聞かせるのだ、自分と、クルーたちに。
それでも、
≪でも、アナタなら正しい道を選べると……、私はそう思っています、グラディス艦長≫
ナナはこちらを惑わす。
「正しい道ってなんなの? あなたの価値観を押し付けないで。これは戦争なのよ?」
≪わかっています……≫
ナナは初めて悲しげに目を伏せた。
≪じゃあ、やっぱり……戦います?≫
そして、笑った。
一瞬、言葉を失った。
何もかもを捨て去って、傷つき果てた女の笑みのように見えたのだ。
一度、立ち止まって考えてみたかった。
この戦いの意味……。
己の心が割り切れていないことは最初からわかっている。
ここのところずっとそうだ。ギルバートの考えにも、最高評議会の意向にも、ずっと疑問を持ち続けている。
が、今さらここで立ち止まることはできない。
プラントのためじゃない。軍のためじゃない。ギルバートのためでもない。仲間のためでも、自分のためでもない……。
だったら何のために……?
『アナタは今、何のために戦ってるの?』
『軍のため? プラントのため? 命令だから?』
『それが本当にアナタの意思なの?』
ルナマリアに彼女は言った。
みんな、彼女のように何のために戦うのか、その時々で考えられるわけじゃない。
軍のため、プラントのためと思うのは当然だ。命令に従うのも義務だ。
彼女のように、いつでも意志を強く掲げて生きられる者などそうそういないのだ。
だが、今ここで、立ち止まるのはやはり違う気がした。今まで生きてきた自分に背く気がして、不快だった。
惑う皆をなんとかしなければならなかった。
だから……。
「ヘルメットを装着しなさい、“セア”」
心を決めた。
何も定まっていなくとも、決めたのだ。
≪グラディス艦長……≫
「30秒だけあげるわ」
“彼女”と決別を……。“彼女の意思”との決別を……。
「早く……、我々の前から消えてちょうだい……!」
彼女は現れるべきではなかった。少なくともここには。
彼女がナナだというのなら、いや、セアだったとしても、フリーダムやジャスティスとともに、ステーション1の破壊活動へ行ってくれればよかったのだ。
≪わかりました……≫
彼女は静かに言った。
その顔に浮かぶのは、失望ではなかった。
≪30秒、ありがとうございます≫
わかっていたのだ、彼女には……。
「セアだったあなたへの、せめてものはなむけよ」
こんな戦渦の真っただ中で、“敵”を逃がすことは愚かだとわかっている。アーサーたちがどう思うかも……。
だが、今ここで“彼女”を撃つのは、答えも出せずに戦う自分に負けることのような気がした。
≪みなさん……≫
そんな葛藤をよそに、彼女は穏やかに笑う。
それは敵対する者に向けるような表情では決してない。
≪乗艦中、大変お世話になりました≫
セアへの思慕が、ブリッジに漂う。
≪どうか、みんな無事で……!≫
が、それは切り捨てた。
彼女がヘルメットをかぶった瞬間に。
いや……、彼女から切って捨ててくれたのだ。
彼女はグレイスを反転させ、綺麗な身のこなしで去って行った。
「セア……」
メイリンがつぶやいた。
仲間との二度目の別れは奇妙な感覚だろう。
だが、いつまでも何かを考えたり、何かに浸っていることはできない。ここは戦場で、自分たちは兵士なのだ。
「アーサー、30秒経ったわね?」
「え……?」
「30経ったでしょう?」
「あ、は、はい……!」
遥か彼方へ去りゆく彼女を視線で追いながら、
「MS隊に戦闘再開の指示を。それと、ルナマリアにも出られるようなら準備するように言ってちょうだい!」
そう命じた。
クルーたちにはまだ、動揺がある。
が、進まねばならなかった。
とにかく生き残れ……。生き残ればもしかしたら……、彼女の声をもう一度聞けるかもしれない。もう一度、彼女と話すことができるかもしれない。
だからとにかく生き残れ……。
そう強く思った。