見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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変わらぬ関係

 

 きっちり30秒……。

 体感ではたぶんそうだ。

 ミネルバからは律儀にも追撃はなかった。

 が、その30秒が過ぎるなり、すぐに主砲が発射された。

 狙いはアークエンジェル。

 まるでグラディス艦長の意思を告げるような一発だ。

 アークエンジェルもわかっていた。ナナとミネルバとの決別に備えていた。

 ほぼ同時に放たれた両艦の砲撃で、グレイスのモニターは一瞬、目が眩むほど強く光った。

 

「マリューさん、ラクス……」

 

 第一派を回避したアークエンジェルとエターナルに通信を入れる。フリーダムとジャスティスのコックピットにも繋がっている回線だ。

 

「すみません、やっぱりダメでした」

 

 ミネルバからはなおも執拗な攻撃が続いている。

 ナナが報告せずとも、それが答えだった。

 

≪仕方がないわ、ナナ……≫

≪あなたが無事でよかったですわ≫

 

 二人はそう言ってくれた。

 皆、わかっていたのだ。ナナ自身も。

 こんな戦渦の中、戦いの目的を問うことに何の意味も無い。心に迷いが産まれたとしても、ここで立ち止まる者はないのだ。

 誰も声を聞こうとしない。ラクスや自分たちの声じゃない。自分自身の声を……。

 この結果は十分にわかっていた。

 それでも自身の身を危険にさらしてまでミネルバの元へ向かったのは……、アークエンジェルとエターナルの守備をおろそかにしてまでそうしたのは……。

 

「ごめんなさい、ワガママ言って」

 

 ただの我がまま……だった。

 セアの想いにケリをつけるため……。かつて仲間だった彼らに意志を告げるため……。彼らの意思を確かめるため……。

 それらを全部、彼らと戦う前にやっておきたかった。どうにもならないとしても、やらずにいられなかった。

 

≪あなたならそうするとわかっていたわ≫

 

 マリューがそう言った。

 

≪あなたの道は、あなたしか歩めないものですから≫

 

 ラクスも。

 

≪まさか、あの敵前から無事に帰って来るとはね。あんた、ほんとにあの“ナナ”なんだな……!≫

 

 ムウもそう言った。

 彼の軽口に、少し笑う。

 

「ミネルバは全力で来ます」

≪ええ、わかっています≫

「インパルスも、きっとまた来ます」

≪友達……だったのよね?≫

 

 マリューが気遣ってくれている。

 そう……、その友達にも言葉は届かなかった。

 

「大丈夫! また戦います!」

 

 撃つのではなく、戦う……。

 できるのならそうしたかった。

 だが。

 

≪ナナ、あなたはフリーダムとジャスティスの援護に行って≫

 

 マリューからそう指示された。

 

「でも……」

≪本艦もエターナルも大丈夫。十分な防衛体制よ。むしろあちらの守備隊の数が予想より多いの≫

 

 友との戦いを避けようとしてくれているのか……。

 

≪ナナ、今は一刻も早くあれを落とさねばなりません。行ってください!≫

 

 ラクスもそう判断していた。

 ブレる心を制御する。

 そう、今は……何より大切なのは、一刻も早くあの中継ステーションを落とすこと。

 そのために、ミーティアを装着しているフリーダムとジャスティスを護らねばならない。

 

「わかった! ムウさん、ここ、お願いしますね!」

≪誰に言ってるんだよ!≫

 

 ミネルバからの砲撃とMS隊からの攻撃をかわし、グレイスは中継ステーションへ向かった。

 スピードならこの宙域のどの物体よりも勝ると自負している。

 あの大戦後、そういうふうに改良したし、セアもスラスターが最高値になるよう調整していた。

 だから戦火を切り裂くようにして、グレイスはフリーダムとジャスティスの元へ向かう。

 撃って来る者たちは、ラクスの声を聞かなかった者たちだ。聞こえたかもしれないが、心に届かなかった者たちだ。

 グレイスは、容赦なく撃ち返す。

 二機との距離はあっという間に縮んだ。もう目視できるほど。

 が、グフが3機、目の前に立ち塞がった。

 グレイスは初めて足を止められた。

 隊長格の小隊だろうか、見事な連携である。

 

「どいて!」

 

 ナナは叫んだ。

 通信回線のことなど考えていられないから、声は届いているかわからない。

 

「あんなもの、本当に必要だと思ってるの!?」

 

 ライフルを向けた。

 と、スピーカーに男の声が響く。

 

≪黙れ! 亡霊が!!≫

≪大使の亡霊め!≫

≪今さらそんなもので蘇っても……!≫

 

 ナナは初めて、この戦場においてこの機体がどれほど異質なものであるかを思い知った。

 グレイスは……、まさに『亡霊』なのだ。

 そのコックピットに居座るのが、かつてのパイロットであると知る敵はここに無い。ミネルバのブリッジと、ルナマリアだけである。

 いや、彼らはまだ知らされていないのだ。

 当然だ。

 真実を告げられれば、彼らは少なからず惑うだろう。死んだはずの人間が、目の前に“かつての姿”で現れては……。

 

「どうせ亡霊かもしれないけど……!」

 

 かといって、今ここで名乗る気はない。彼らを気づかっている場合でもない。

 ナナはスラスターを全開にする準備をしながらライフルを構えた。

 3対1……だが、グレイスのスピードなら相手の攻撃を交わしながら撃てるはずだった。

 その時。

 

≪過去の亡霊が!!≫

 

 背後からもMSが迫る。

 

≪貴様は誰だ!? 何故そんなものに乗っている!?≫

 

 が、攻撃はしなかった。されることもなかった。

 それは……知っている声だったのだ。

 が、その声に気を取られた瞬間、目の前の三機から同時にドラウプニル(4連装ビームガン)が放たれる。

 とっさにスラスターを逆噴射して射線上から避けた。

 ビームはひとつも当たらなかった。

 が、それだけではなかった。

 背後から来たMSが、2機……()()()()()()()()をあっという間に戦闘不能に陥れたのだ。

 手足をもぎ取られたグフたちに目もくれず、背後から正面に回り込んだのは白い『グフイグナイテッド』だった。そしてその隣に、黒灰色の『ブレイズザクファントム』が並ぶ。

 

≪貴様! 何者だ!?≫

≪別にいいじゃん、誰だって……≫

≪貴様、その機体に乗ることの意味をわかっているのか!?≫

≪だから……、あいつらの仲間なんだから問題ないだろって……≫

 

 懐かしさがこみ上げた。

 

≪貴様……!≫

 

 彼がもう一度怒鳴った瞬間、

 

「イザーク! ディアッカ!」

 

 ナナは叫んでいた。

 モニターを解放し、互いの姿をそこに映し出す。

 

「ひさしぶり!」

 

 目が合って、一瞬、二人は黙った。

 

「また助けてくれてありがとう!」

 

 先に口を開いたのはディアッカだった。

 

≪お、お前……? え……? な、なんなんだ……?≫

 

 混乱している。

 ナナはこの切羽詰まった状況の中、何から話せば良いかとっさに考えを巡らせた。

 できれば以前のように二人と一緒に戦いたい。そのためには、自分がナナであると信じてもらいたい。

 だが……そんなに簡単なことではない。

 

≪な、なんのつもりだ!?≫

 

 イザークがそう言い、こちらに攻撃の体制をとる。

 

≪お、おいイザーク≫

≪お前は誰だ!? 何故“そんな姿”をしている!?≫

 

 怒っている……。

 そう思った。

 いや、彼はだいたいいつも怒っている。先の戦争中も、戦後に会って話したときも、彼は怒っていた。

 ついでに、アスランのことも怒っていた。アスランも、彼はいつも怒っていたと言っていた。

 でも、それでも……、今回もまた助けてくれた。

 彼は変わらない。

 

「ぷっ……!」

 

 噴き出したナナに対し、イザークはさらに憤る。

 

≪貴様! 何がおかしい……!!≫

 

 今、彼が怒っているのは、“ナナ”を思ってのことだ。

 彼とは戦友のような関係だと思っている。

 向こうもきっとそうだ。

 だから、その戦友の機体に“そっくりさん”が乗っているのが気に食わないのだ。

 彼の気持ちはよくわかる。

 いや、わかりやすい。

 なんとなく、素直じゃないところは自分に似ているから……。

 

「私はナナだよ、イザーク、ディアッカ」

 

 彼は変わらない。

 だから、大丈夫だと思った。

 

≪は、はぁ!?≫

≪ふ、ふざけるな! あいつは……≫

 

 彼は「死んだ」とは口にしなかった。

 そんなところもよくわかっている。

 

「私自身も信じられないけど、あの事故の後、デュランダル議長の『計画』によって別人にされてたの」

≪べ、別人って……?!≫

≪貴様、何を言って……≫

「『プロジェクト・バハローグ』」

 

 その名を口にすると、二人は息を呑んだ。

 

「二人ともザフトの兵士なら知ってるでしょう?」

≪な、何故貴様がその名を……≫

「私がその、『プロジェクト・バハローグ』の主人公のセア・アナスタシスだったの」

≪は? どういうことだよ?!≫

「少し前まで私はミネルバに乗艦してたの。レジーナのパイロットとして」

≪あ、あのレジーナの……?!≫

「でも、とにかくナナに戻ったから」

≪も、もどったって……≫

 

 二人は混乱している。

 が、イザークのグフイグナイテッドの攻撃体勢は曖昧に解かれた。

 

「ねぇ、今ここで詳しく説明してる時間はないから、二人とも一緒に来て!」

 

 ナナはグレイスを反転させた。

 

≪お、おい!≫

≪ま、待て!≫

 

 彼らはまだ信じていない。

 だが背を向けられる。

 

「一緒に戦ってくれるんでしょ? だったら一緒に来て!」

 

 再び全速力でフリーダムとジャスティスの方へ向かった。

 もちろん、背後から撃たれることはなかった。そしてすぐに、二人はついて来てくれた。

 

≪その偉そうなしゃべり方……、まさか本当にナナなのか……?≫

 

 ディアッカが言った。

 

≪あの『プロジェクト』のセア・アナスタシスがナナだっただと……!? そんなもの信じられるわけなかろう……≫

 

 イザークは否定の言葉を口にする。

 

≪でもさぁ、見た目もちょっと違うだけだし、なんたってあの偉そうな……≫

≪たしかに! このオレにあんなに偉そうな態度をとるのはアイツ意外にはない……!≫

≪だったら信じるのかよ……≫

≪信じられるか!≫

 

 二人はそう言い合っていた。

 だが、グレイスの後をついて来ていた。そしてグレイスが道を阻まれると、また援護をしてくれた。

 

「ねぇ、二人ともそんなふうに思ってたの? 私、偉そうにしてたつもりないんだけど。ひどくない?」

≪偉そうっつーか、物怖じしないっつーか、有無を言わさねぇっつーか……≫

 

 ディアッカはそう答えた。

 “ナナ”に対する答えだった。

 

「ディアッカは大概、優柔不断だったよね。変わってないんじゃない?」

≪お前なぁ……≫

 

 ここで“ナナ”を証明するものはあった。

 ディアッカにはアークエンジェルで共に過ごした時のことを語ればいい。イザークには停戦後に会談した艦の名でも言えばいい。

 “セア”が知らないはずの、共通の記憶を零せばいいのだ。

 だが、ナナは敢えてそうしないことにした。

 

≪お、お前があのナナだというなら……!≫

 

 だから、イザークがそれを求める前に、ナナは言った。

 

 

「私がセアでもナナでも、意志は同じ。目的は一緒なの」

 

 

 モニター越しに、二人を見る。

 

「“私”が誰だとしても、デュランダル議長の示す未来は絶対に叶えさせない。この戦いも早く終わらせたいと思っている。あの無意味な兵器を破壊したい。オーブを撃たせたくないと思ってる……!」

 

 彼らに告げる意志は、ナナのものでもセアのものでもあり、誰のものでもない。

 ただ、想いを同じくする者たちと、共に戦うものである。

 

「そのために、命を懸けて戦う。それが“私”」

 

 二人はしばし押し黙った。

 だが、再びフリーダムとジャスティスの背が見えた時……イザークはつぶやいた。

 

≪貴様が誰であろうと……≫

 

 鋭い視線がこちらを向く。

 もうそれは、探るようなものではなかった。

 

≪行ってやる! 一緒に……!≫

「イザーク……!」

アスラン(アイツ)にもひとこと言ってやらんと気が済まん……!≫

 

 彼がそう付け足すと、ディアッカが苦笑した。

 本当に懐かしかった。

 

「行こう、一緒に!」

 

 二人とともに進む。

 ここは戦場なのに、心が軽かった。

 そして3機は、すぐにフリーダムとジャスティスに追いついた。

 

「アスラン、キラ!」

 

 彼らに取り付こうとするMSを、二人とともに撃ち落とす。

 

≪ナナ……!≫

 

 ナナはこみ上げる喜びを抑えつけながら言った。

 

「アスラン、“友だち”連れて来た!」

 

 アスランが状況を把握するより先に、やはりイザークが怒鳴った。

 

≪貴様! またこんなところで何をやっている!≫

≪イザーク……!?≫

 

 アスランが驚きの声をあげる。

 

≪もういいだろ? そんなことは……≫

≪ディアッカ!?≫

≪それより早くやることやっちまおうぜ!≫

≪そうそう、感動の再会はまたあとで、ね!≫

≪貴様が言うな! オレはまだ貴様を認めたわけじゃ……!≫

≪あーはいはい……≫

≪なっ……!≫

≪だからやっちまおうって……≫

 

 ディアッカと視線を合わせて苦笑し合った。

 何も変わっていないやりとりが懐かしかった。

 そして、()()へ戻って来たのだという実感が増した。

 

「キラ、四時の方向から突破しよう!」

 

 ナナはまだ何か叫んでいるイザークと戸惑うアスランをよそに、キラにそう言った。

 そしてすぐにグレイスを四時の方角へ向ける。ディアッカのザクも並んだ。

 一拍置いて、イザークのグフとアスランのジャスティスも、すぐにグレイスたちが切り開いた道をついて来た。

 破壊すべき中継ステーションは、もう目の前だった。

 

 

 

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