ザクやグフ、MSの大群はまずエターナルへ矛先を向けた。
アークエンジェルはミネルバに任せ、MS隊はエターナルを落とす作戦のようだった。
キラは一時、エターナルの防衛にまわらざるを得なかった。
イザークとディアッカも、彼とともにエターナルへ向かった。
≪あれはザフトの艦だ!≫
なかばやけくそのように、イザークはそう叫んでいた。
苦し紛れのその“言い訳”が嬉しくて、ナナは笑った。
が、想いに浸っている余裕はない。
要塞から出て来た中で最も強力なMS、デスティニーとレジェンドが、まっすぐこちらへ向かって来ていた。
「シン、レイ!」
誰よりも早く、ナナは口を開いた。
「ここを通して!」
シンが息を呑む。
“セア”と、そしてアスランが生きていると聞いてはいたのだろうが、自身で手を下した以上、驚きを隠せないようだった。
が、レイは違った。
≪やはり……生きていたのか、“お前”は……!≫
彼は低い声でそう言った。
セアが良く知っている……冷静な、どこか冷めたような声ではない。
≪蘇って、邪魔をしようと言うのか……!≫
存分に憎しみを滲ませた声である。
「レイ……、やっぱりアナタは
そんな彼に、予感をぶつける。
≪そうか……≫
彼はますます静かに怒りと憎しみをくゆらすようにつぶやいた。
≪本当に“蘇った”んだな……≫
彼は全てを知っていた。
デュランダルに近しい……というより、特別な絆があった彼は、『プロジェクト・バハローグ』の真の目的を聞かされていたのだろう。
そして恐らく、デュランダルはレイを“セア”の監視役として側に置いたのだ。
“セア”が記憶を取り戻す兆候があれば知らせを……いや、それはきっとドクター・リューグナーも役目を追っていたに違いない。彼にしかできない任務があったはずだ。
それはきっと……。
「ねぇ、レイ。あなたは“セア”がデュランダル議長の『復活の女神』になるよう、サポートする役目だったんだよね?」
セアの精神や記憶を監視することの他に、セアがMSのパイロットとして“ナナのように”戦場で戦えるようにサポートすること。側で励まし、護り……、デュランダルが欲する『復活の女神』となるよう、戦友として支えること。そしていつか、こんなふうな戦場で“敵”を混乱させ、戦意を奪い、ザフトを勝利に導く『女神』の出現を演出すること。
きっとそれが、彼に与えられた役目だったのだ。
“敵”とは……、彼の望みに反発するであろうオーブと、存在し続けている可能性があったアークエンジェルを想定していたに違いない。
デュランダルは全て予想していたのだ。いや、恐れていたのだ。
≪…………≫
レイは答えなかった。
代わりにシンが叫んだ。
≪は? どういうことだよ! 『セアが』って……、な、なに言ってんだよセア!≫
今度はナナが黙った。
レイの答えが欲しかった。
どういうつもりでセアの側にいたのか……。決して他人と関わることを好まない孤独な少年が、何故セアに親切にしてくれていたのか。
レイの口から聞きたかった。
もちろん、あの時の言葉は覚えている。
『議長の“復活の女神”でないお前など、何の価値もない!! お前が“復活の女神”でないのなら、議長にとって危険な存在でしかない! オレがここで排除する……!』
彼はそう言った。本気だった。
崇拝するデュランダル議長の思い通りにならないなら、自らの手で排除する……と。
あの時のセアの失望も、はっきりと胸に刻まれている……。
だが、
たとえそれが、「デュランダルのためだから」とか、「任務だったから」とか、そんな言葉だったとしても。
≪この場でお前はアークエンジェルの者たちにその姿を晒し、ヤツらを混乱させるはずだった……! オーブも……! キラ・ヤマトも……!≫
レイは押し殺すような声で言った。
「キラ・ヤマト」の名が、彼の口からスラリと零れたのに、ナナは違和感を覚えた。
≪お前はその姿で戦場を支配することができたはずなんだ! ヤツらを惑わせ、戦意を奪い……、あの“不幸な事故”から奇跡の復活を遂げたお前が、ザフトを勝利に導く女神となるはずだったのだ!≫
彼の言葉は答えではなかった。
ただの憎しみと、少しの後悔だ。
≪レ、レイ! なに言ってんだよ!?≫
ナナがため息をつく間に、シンが叫んだ。
レイは彼にも答えなかった。
そして。
≪セア・アナスタシス……。いや、ナナ・リラ・アスハ……。お前はギルにとって邪魔な存在だ。この場でオレが排除する……!≫
彼は攻撃の体勢をとった。
≪よせ、レイ!≫
≪はぁ?! 『ナナ』って……!? なんでセアに……≫
アスランとシンが同時に声をあげた。
≪シン……≫
ここで初めて、レイがシンに向き合った。
≪目の前にいるのは、お前が憎む“アスハ”だ≫
≪え……? だ、だってセアは……≫
≪セア・アナスタシスの本当の名は、ナナ・リラ・アスハだ≫
淡々と言うレイと困惑するシンの間に入ったのはアスランだった。
≪シン! デュランダル議長は、あの事故に巻き込まれたナナを……
シンは絶句した。
≪シン! そんなことをするような人間を信じられるのか? そんな人間が示す未来でいいのか?!≫
彼に対し、アスランはそう続けた。
シンの視線がこちらを向いた。
≪セア……、本当……なのか?≫
己の名を名乗るのに、これほど心が痛んだことはない。
「本当だよ、シン。私は、ナナ。ナナ・リラ・アスハ」
≪セア……、ナナ……、アスハ……≫
彼の瞳に浮かんだのは……。
≪アスハ……!≫
陰鬱とした憎しみだった。
≪シン、よせ!≫
≪シン、“アスハ”はオレたちの成し遂げようとしている平和な世界への道を阻もうとしている! “アスハ”がまた、お前の大切なものを傷つけようとしている!≫
≪アスハが……!≫
≪もうやめろレイ! シンも! ナナはお前を傷つけたりしない! お前だってわかってるだろう!? ナナの言葉に『救われるかもしれない』と思ったと……、お前はそう言っていたはずだ!≫
≪違う! “アスハ”はお前を救うことなど無い。オレたちが目指すものを邪魔する敵だ! シン、思い出せ! 議長の前で決心したことを……! 議長の示す未来を、オレたちで作るんだ! 邪魔をする敵は倒さねばならない!≫
会話は混沌としていた。
ナナはひどく泣きたくなった。
レイはシンを己が進む道に引きずり込もうとしている。アスランはシンを別の道に導こうとしている。シンは迷っている。決めかねている。
全部わかる。
わかっているのに、何もできない自分がもどかしかった。
「シン……!」
ナナはシンにまっすぐな視線を向けた。
≪セア……≫
モニター越しに、見つめ合う。
「セアだったときに、思っていたことがある……」
視覚で捉える姿と、聴覚で捉える声音の相違に、彼は戸惑っている。
が、気遣うことなくナナは言った。
「アナタは……、本当はオーブが好きなんだよね?」
≪なっ……≫
「大好きなオーブが理念や理想を見失っちゃったから……、アナタは好きな気持ちを怒りや憎みに変えちゃったんだよね?」
≪ち、ちが……≫
「本当は、オーブを護りたいんだよね?」
シンがそう思っていること……セアは知っていた。
オーブが大好きだからこそ、オーブで暮らした日々が幸せだったからこそ、それを奪われた悲しみと捻じ曲げられた悔しさを、怒りと憎しみに変えるしかなかったのだ。
≪敵の言葉に惑わされるな、シン! あれはオーブの魔女だ!≫
レイがついに動いた。
≪ナナ、さがれ!≫
グレイスをかばうように、ジャスティスが前に出る。
「シン!」
それでもナナは続けた。
「お願い! オーブを撃たせたくないの! だから行かせて!!」
最後の願いにしては陳腐だった。
だが、ナナは心の底から叫んだ。
≪な、なんで……!≫
「シン……! オーブを撃たせないで!」
≪くそ……!!≫
願いは届くはずもなかった。
シンの身体からほとばしる怒り……それがデスティニーと一体化したようだった。
≪シン! やめろ!≫
≪そうだ、シン! 邪魔者と裏切り者はオレたちの手で排除するんだ!≫
≪うわぁぁ!!!≫
身体じゅうが切り裂かれるような感覚で、2機の攻撃を受け止めるジャスティスの背を見ていた。
ついに、かつて仲間だった彼らとの戦いが始まってしまった。
撃ちたくない、だが決して撃たれるわけにはいかない。早く彼らを倒してレクイエムを破壊しなければオーブが、世界が……。
アスランと、想いは同じ。それがけが救いだった。
すぐに回り込んできたレジェンドの攻撃を盾で防ぐ。
≪ナナ!≫
「大丈夫……!」
アスランはかばおうとしてくれるが、彼に対するシンの攻撃は執拗だった。
≪裏切り者! アンタなんか! アンタなんか!!≫
行き場のない感情をアスランにぶつけているようだ。
そしてレイは……。
≪お前はオレが排除する! ギルの邪魔はさせない!!≫
あの時とは違い、自らの手でセア・アナスタシスの存在を消そうとしている。『プロジェクト・バハローグ』そのものを無かったことにしようとしている。
「レイ!」
言いたいことはまだたくさんあった。
だが、ドラグーン・システムを巧みに操る彼に対し、何かを話す余裕はなかった。
≪ナナ! くそっ……!≫
ジャスティスとどんどん離されていく。
対ドラグーン・システムのシミュレーションはしてきた。それでも全神経を集中させて攻撃を避け続けるのが精いっぱいだった。
レクイエムとの距離も開いていく。
このままでは……。
≪消えろ、セア・アナスタシス。そして、ナナ・リラ・アスハ!≫
レジェンドのビームライフルが至近距離で放たれた。グレイスの盾は一瞬で使い物にならなくなった。
そして防備を失ったグレイスに向けて、レジェンドのドラグーンが一斉に発射した。
≪ナナ!!≫
アスランの声が聞こえた。
視界は光に包まれた。
オーブが撃たれる……。
死への悲しみでなく、オーブを護れなかった悲しみに歯を食いしばった。
が、身体が炎に包まれることはなかった。
二度目の死は訪れなかった。
≪ナナ! 大丈夫!?≫
目の前に、フリーダムがいた。
フリーダムのビームシールドが、レジェンドの攻撃を防いでくれていた。
「キラ……」
≪ナナ!≫
キラはナナの身体にまとわりつくレイの殺意をかき消すように叫んだ。
≪僕たちはもう二度と、君を失うわけにはいかないんだ!!≫
同時に、フリーダムはグレイスとレジェンドを引き離すように、レジェンドに向かって行った。
「キラ……」
≪キラ・ヤマト……!≫
また、レイの口からキラの名が当たり前のように出て来た。
それは自分に向けられたのとは違う種の憎しみ……のように思えた。
そしてレイは、ナナの存在を忘れたかのように、キラにそれをぶつけ始めた。
≪ナナは行って!≫
それを受け止めながら、キラは言う。
≪アスランも……!≫
ようやく息をついたナナは、すばやく周囲の状況を確認する。
MS隊がエターナルを取り囲んでいる。それをイザークやヒルダたちドムトルーパー隊が必死に守っている。ミネルバはアークエンジェルを執拗に追っていた。アークエンジェルもアカツキとともに懸命に応戦している。
どちらの艦も危うい状況であることはひと目でわかった。
だが、キラは言う。
≪アークエンジェルも行ってください! ここは僕とエターナルで抑えます! あとは全てレクイエムへ!≫
とてもまっすぐな声で。
≪え……と、め、命令です……!≫
そして戸惑いながら、言い慣れない言葉を……。
それだけに、彼の覚悟が伝わった。
≪でも、それではエターナルが……!≫
マリューは言う。
エターナルはたちまち唯一の大きな的となり、敵に取り囲まれて危険な状況になるだろう。
だが。
≪この艦よりもオーブです≫
キラと同じ覚悟を持ったラクスが言った。
≪オーブはデュランダル議長のプランに対する最後の砦です。失えば世界は飲み込まれる……。絶対に守らなくてはなりません! だから行ってください、ナナ、アスラン、ラミアス艦長≫
涙が滲んだ。
セアだって、コックピットで泣いたことはなかった。
が、ナナはそれを堪えることができなかった。
大切な国……オーブを、みんなが守ろうとしていることが嬉しかった。みんなと同じ想いでいることが嬉しかった。また、みんなと戦えることが嬉しかった。
「行こう! アスラン、マリューさん!」
すぐにグレイスのエンジンをフル回転させた。
撃ち合うレジェンドとフリーダムの横を、風のごとくすり抜ける。
「キラ、行って来る!」
≪うん……!≫
そしてデスティニーに一発、ビームを撃ちこんだ。
そのわずかな隙に、ジャスティスはデスティニーを蹴り飛ばし、すぐに体勢を立て直してグレイスに続いた。
レクイエムまであと少し……。
間に合え……と、心の中で叫んだ。