『行って来る……!』
威勢よくキラに言ったが、後ろ髪が引かれない訳ではなかった。
デスティニーとレジェンド……シンとレイ。二人との戦いが簡単でないことはよくわかっている。
セアとして、二人とともに戦って来たからわかる。
二人は本当に強かった。操縦技術はもちろん、絶対に相手を駆逐するという意思の強さも……。
たとえキラでも、あの二人から同時に攻め込まれて耐え切れるのか。
放っておけばどんどん増幅する不安を、ナナは懸命に押し込めなければならなかった。
が、すぐに状況は変わった。
背後からデスティニーが追って来たのだ。
レイが行かせたのだ……。
そんな予感がした。
同時に、レイのキラに対する憎悪のようなものを思い出す。彼の感情がなんであれ、彼は明らかにキラに執着しているようだった。
そして、シンも。
彼はグレイスなど視界に入らないかのように、まっすぐジャスティスに向かって行った。
≪裏切り者!≫
そう叫んで。
彼もまた、アスランに執着している。
そう感じて、ナナは歯を食いしばった。
≪ナナ! 先に行け!≫
デスティニーの攻撃を受け止めながら、アスランは言った。
それでも、シンはこちらに何の反応も示さない。
彼の目的はレクイエムへの攻撃を阻止することではなく、もはやジャスティスを倒すこと……アスランを倒すことになっているようだった。
(シン……。なんで……)
シンは最初、アスランを敵視していた。
それは、彼がカガリ・ユラ・アスハを大切に守っていたから。シンが憎む“アスハ”側の人間だったからだ。
その敵意は、彼が“アスラン・ザラ”であると知ってからますます加速した。
“戦後”はどうであれ、アスラン・ザラのMSパイロットとしての功績は、軍の中では密かに伝説のように語られていた。
セアももちろん、そんな“アスラン・ザラ”に憧れていた。
エースを目指していたシンは、特に“アスラン・ザラ”に対する憧れが強かったかもしれない。
それが、よりによって憎むべきアスハを護る
セアも、そんなシンの気持ちはよくわかっていた。
ギスギスとした関係は、アスランが復隊し、ミネルバに乗艦してからしばらく続いたが、ある任務の後に変化が訪れた。ガルナハンでの、ローエングリンゲート突破作戦の時だ。
あの任務で指揮を任されたアスランは、的確に指揮を執って成果をあげただけでなく、シンを認め、尊重した。
シンが戸惑いつつも嬉しそうだったのを、セアは横で見ていた。
シンの中で、アスランはまた尊敬すべき先輩となったのだ。
が、それも長くは続かなかった。
シンが地球軍のインド洋前線基地を破壊した時のことだった。
セアは二人の衝突に胸を痛めた。
地球軍の支配に苦しんでいた島民を救った自分が「正しい」と言うシンに対し、アスランは「力を持つ者なら、その力を自覚しろ」と叱責した。
本当はあの時……セアにはアスランの言葉が響いていた。
だが、セアはどちらに対してもそれを口にすることはなく、シンとアスランの溝は開いて行った。
だが、シンはアスランのことが嫌いなわけではないのだと思う。
憧れていたから、尊敬していたからこそ失望しているのだ。
アスランが自身の理想ではなかったから。認められたかったから、意見の相違が悔しかったのだ。
オーブへの感情に似ている……。
ナナはそう思った。
そしてその全ての感情を、今ここでアスランにぶつけているようだとも思った。
「アスラン……!」
≪ここは大丈夫だ、ナナ! 早くレクイエムを!≫
アスランはきっと、覚悟をしているのだ。
シンの感情を受け止め、薙ぎ払い、“別のもの”を見せること……。
アスランもまたシンを想っているからこそ、今、そうしようとしている。
「わかった!」
ナナが覚悟を決めないわけにはいかなかった。
大丈夫。アスランの信念は、シンの怒りに燃え尽くされたりはしない。
ナナは操縦桿を握りしめ、グフやザクをかき分けてレクイエムへ向かった。
だが……。
≪セア!!!≫
グレイスを、後方からビームが襲った。
デスティニーではなかった。
≪行かせないわよ! セア!≫
インパルス……ルナマリアだ。
「ルナ……」
グレイスに破壊されたパーツをすっかり取り換えたインパルスが、再びグレイスに襲い掛かる。
彼女に構っている暇はない。一刻も早くレクイエムへ……。
そう思っても、彼女もまた執拗だった。
向かい来るザクに応戦しながら、後方からのインパルスの攻撃を避ける。
彼女に追いつかれるのは必然だった。
「ルナ!」
≪セア!≫
グレイスとインパルス、2機のビームサーベルがぶつかり合った。
明らかな殺意を感じた。
先ほど投げかけた言葉は、彼女には届かなかったのだ。
いや……、届いたうえで、彼女は
≪あんたが本当は“アスハ大使”だったとしても……!≫
ルナマリアは言った。
≪セアとして帰って来てよ!!≫
それは……初めて聞く彼女の想いだった。
「ルナ……」
≪私はあんたがうらやましかった……! パイロットとしての腕は私と変わらないのに、“あの事故”の生還者だからって特別扱いされて……! 『プロジェクト・バハローグ』のおかげで議長に守られて。新型のレジーナまで任されて……。私はずっと、『なんであんたが』って悔しかった……!≫
インパルスは、無駄だらけの動きで攻めて来る。
≪事故のせいで仲間をみんな失って……、自分も大怪我をして、あんたが大変だったってわかってるのに……、私は、あんたがうらやましかった! そんな自分が、私は嫌いだったの!≫
グレイスが避けるのは容易かった。
≪あんたはすごく気が小さかったけど、優しくていい子だったから……、私が守らなきゃって思った。あんたが懐いてくるから、助けてあげたかった。だけどやっぱり、レジーナは私の方が相応しいと思ったし、もっと私の方が評価されるべきだと思ってた……!≫
が、ナナ自身は彼女の言葉に囚われていた。
≪だけど突然戦争が始まって……。戦場であんたはいつも冷静だった。私たちは何度もあんたに助けられた……。いつもは私たちの後ろに隠れてるくせに、あんたはすごく……、すごく強かった……!≫
乱れた剣筋を受け止めるのはたやすい。
だが……。
≪だから私は、なんであんたが戦場で冷静でいられるのか、怖くないのかって聞きたかった。でも、私が怖がってることを気づかれたくなくて聞けなかった……!≫
グレイスのライフルは撃てなかった。
≪他にも話したいことはたくさんあったの! オーブやプラントのこととか、あんたが“ナナ”に似てるって言われて嫌じゃないのかとか、シンのこととか、アスランのこととか……!≫
右手のビームサーベルで受け止めた隙に、左手のライフルでがら空きのインパルスの胴体を撃つのは容易だったのに。
≪それなのに……、それなのに……! あんたは突然いなくなった! アスランと!!≫
ルナマリアの想いを……涙を、全部を受け止めなければならないと思った。
≪そのまま……シンに撃たれたって……! 急にそんなこと聞かされた私がどう思ったかあんたにわかる?≫
息が切れた。
攻撃は安易なのに、ぶつけられる想いは重たかった。
≪しかも……! 生きてたってわかった瞬間、あんたはあんたじゃなくなってたなんて……! 最初からあんたはあんたじゃなかったなんて……! そんなのっ……!≫
ナナはカラカラに乾いた唇を噛みしめた。
言葉を探した。
さっきはあれほどすらすらと流れ出た彼女への言葉が、今はひとつも見つからない。
≪あんたが今は“ナナ”だっていうなら……≫
ルナマリアは息をついた。
インパルスが後退する。
≪さっきの……、あなたの言葉は……理解できます……≫
懸命になにかをなだめるように、彼女は言った。
≪私には……、議長の言う『デスティニープラン』が正しいことなのかどうかなんてわからない……! あなたが言うように、本当は少しだけ、恐ろしいことなのかもしれないって思ってる……!≫
ナナも息を吐いた。
が、互いに攻撃態勢を解くわけにはいかなかった。
≪だけど“今”決められるわけないでしょう? 私はザフトの軍人で、仲間も……シンもレイもあなたたちと戦ってる! 戦うしかないじゃない……!≫
インパルスは、ビームサーベルの切っ先をグレイスのコックピットに突きつけた。
≪アスハ大使のことは憧れてたし、言葉はきっと正しいってわかってるけど……、だけど私は……≫
ルナマリアはすすり泣きながら言った。
≪ナナじゃなく“セア”に戻ってほしいの……! 友達だったセアともう一度話がしたいから! “セア”に戻って来てほしいの……!≫
彼女がセアのことをこんなふうに想ってくれていたなんて……。
セアもナナも、知らなかった。
≪だから私は……! ザフトやプラントのためじゃなく……、“セアを取り戻す戦い”をすることにしたの!!≫
そして、彼女の本当の強さも知らなかった。
「ルナ……」
モニター越しに“友”を見つめた。
側でジャスティスとデスティニーが激しい戦闘を繰り広げているせいか、映像は少し乱れている。
が、彼女の瞳に決意の火が灯っているのがはっきりとわかった。
「ありがとう……、ルナ。そんなふうにセアを想ってくれて」
干からびた喉をこじ開ける。
「だけど、私はナナだよ……」
気圧されるわけにはいかないのだ。
彼女の想いが嬉しくても、もう、戻ることはできない。
「それでもアナタと友達でいたいけど……。でも今は、私の国を護るためにレクイエムを破壊しに行かなきゃならない……! アナタを倒して……!」
ルナマリアが決意を示してくれたように、自分もそれを示す。
まっすぐな気持ちで。
≪私はセアを取り戻す……!≫
「ルナ!」
もう一度、二人はぶつかり合った。
グレイスに盾はもう無い。ビームサーベルの攻撃は同じくビームサーベルで受け止めるしかない。
はっきりと決意を口にしたルナマリアは、先ほどとうって変わって的確な攻撃を仕掛けて来た。全神経を集中させなければ、一瞬で落とされてしまうほど……。
が、こういう状況は幾度も経験してきた。このグレイスで。
いや、子供の頃からシミュレーターで。
腕はほぼ互角。グレイスがインパルスより上回るのはスピードだ。
だとしたら……。
ナナはグレイスを加速させ、いっきにインパルスの間合いに入り込んだ。頭部目掛けてビームサーベルを振り下ろす。
インパルスはさすがの身のこなしで、それを盾で受け止めた。そしてすぐに、ビームサーベルで反撃してくる。
そこを、もう一度グレイスを加速させた。今度は後ろに飛び退りながら、身体をひねって攻撃を避ける。
ビームがわずかにグレイスの肩口をかすめたが、ナナは歯を食いしばって衝撃に耐えた。そして体勢を崩したまま、インパルスにライフルを向ける。
当然、インパルスは再び盾を構えた。
動きは早い。だが……。
グレイスはライフルを発射させると同時に、インパルスに急接近した。そしてそのままインパルスを通り越し、素早く背後へと回り込んだ。がら空きのインパルスの背にビームサーベルを振りかざす。
頭部を斬首すれば、メインモニターが死んでまともな戦闘ができなくなるはずだ。
ナナは息を止めてそうした。
≪え……!?≫
小さな悲鳴が聞こえる。
が、かまわずビームサーベルを振り抜いた。
だが……。
「え……」
今度はナナがつぶやいた。
グレイスの剣は空を切った。
何も切らなかった。
気づけば、コックピットにはパワー残量ゼロを知らせるアラートが鳴り響いていた。