寸前まで失せると思った命……。
それが実在することに、ルナマリアは明らかに動揺していた。
が、彼女はすぐに我に返った。
≪セア!≫
インパルスは盾を向けたまま迫って来た。そしてグレイスの身体にそのまま体当たりする。
「ぐっ……!」
衝撃で脳や内臓が揺れた。
インパルスはそのままグレイスを押し込む。懸命にスラスターを操作するが、逃れられない。
別の警告音が鳴った。
背後に障害物……月だ。
≪セア……!≫
グレイスはインパルスによって月面に叩きつけられた。
≪ナナ!!≫
アスランの声も聞こえた。
が、その息づかいから、彼もまた必死でシンと戦っていることがわかった。
≪セア……お願いよ……≫
グレイスを組み強いたまま、ルナマリアは言った。
≪戻って来て……!≫
ナナは答えなかった。
ここにはもう、セアはいないのだ。ナナの中にしかいないのだ。もう、ルナマリアがセアと話すことはできないのだ。
≪戻って来ないなら……! 今、ここで、私が……!≫
ライフルの切っ先が、メインモニター全面に映った。
「ルナ、お願い……」
請うのは命ではなく……、
「行かせて、レクイエムへ……」
この意志を全うしたい想いと……、
「オーブを護らせて……」
オーブの未来だった。
「ルナ……」
またモニター越しに見つめ合う。アラートでなく、ルナマリアの息づかいだけが耳に響いた。
その時。
≪ナナ!≫
ジャスティスがデスティニーを振り切って、こちらへ来ようとしていた。
とっさにナナは叫んだ。
「逃げてルナ!」
≪え……?!≫
ルナマリアはジャスティスに向かって構えようとした。
が、ナナは言った。
「アスランには敵わない! 早く逃げて!」
どうしてそう言ったのかナナ自身もわからない。
アスランを止めれば良いことはわかっていた。が、彼が止まるはずはないと思ったのだ。
こんな状況で自分が死ぬのを、彼は黙って見ていることはしないだろう。
だからきっと、咄嗟にルナマリアに逃げるように言ったのだ……。彼女も撃たれて欲しくないから……。
が、
「待って、アスラン!」
インパルスの動きは鈍かった。
だからアスランにそう叫んだ。
≪ナナ……!?≫
そのわずかな間で、デスティニーがジャスティスに追いついた。
デスティニーの背後からの攻撃を、ジャスティスは身をよじってかわす。そして改めて、アスランとシンの激しい戦いを目の当たりにすることになった。
≪なんであんたが! あんたなんかに!!≫
≪シン、もうやめろ! 過去に囚われたまま戦うのはもうやめるんだ!≫
シンの行き場の定まらない怒りと、アスランの想いが伝わって来る。
≪こんなふうに戦っても、何も戻りはしないんだ!≫
どういう想いでアスランがシンにそう言っているのか、よくわかった。
≪な、なにを……!?≫
≪それなのに、お前は“未来”まで殺すのか!?≫
また、泣きたくなった。
やはり、“以前のナナ”より弱くなってしまったのだろうか……。
≪お前が欲しかったのは、本当にそんな力なのか!?≫
シンは息を呑んだ。
きっと、アスランの言葉で思い知ったのだ。己が欲していた力に、迷いがあるということを。
「ルナ!」
同じく二人の熱に中てられていたルナマリアに、ナナは早口で声をかけた。
「お願い、どいて!」
≪な、なにを……!≫
「お願い……!」
こみ上げる衝動が強すぎて、うまく話せない。
≪あ、あなたはこのまま拘束を……!≫
「お願い! あの二人を止めたいの!」
≪え……?≫
単純な想いだ。
アスランにもシンにもルナマリアにも、もうこれ以上傷ついて欲しくない。
たとえ無力でもやらなければならない。進み続ける……それが“自分”だから……。
「どいてルナ!」
インパルスにライフルを向けた。
反射的に、向こうの銃口も突き付け直される。
と。
≪だけどっ……、だけど……!!≫
シンは迷いを振り払うように、アスランに向かって行った。
「アスラン、シン!!」
ナナは地べたに背を付けたまま叫んだ。
もう何度目かの無力感で眼がくらみそうだった。
だが……、急にメインモニターが明るくなった。
そして。
≪シン! アスラン! 二人とももうやめて!≫
ナナの台詞を誰かが叫んだ。ルナマリアだ……。
ジャスティスとデスティニーを捉えていたサイドモニターに、インパルスが現れる。
そのまま、インパルスはデスティニーの前に立ちはだかった。
「ルナ!」
≪ルナマリア!?≫
ここにいる誰もがその光景を目にしているはずだった。
当然シンも。目の前の標的を阻む存在が何であるか、知っているはずだった。
だが、シンは止まらなかった。
≪うわぁーっ! ステラ! マユ!≫
彼はそう叫び、そのまま真っ直ぐに、
≪やめろー!!!≫
ビーム砲をインパルスに向けて放った。
「ルナ!!」
何故わからないのか。何故止まらないのか。
ナナには半分だけ理解ができた。
だからこそ、悲しくて腹立たしかった。
きっと、アスランも同じ想いだ……。
唇を噛みしめながら身体を起こしたが、間に合うはずもなかった。
だが、ジャスティスは動いた。
咄嗟にインパルスの前に出て、シールドでビーム砲を受け止めた。
≪シン!!≫
そして身体を反転させて勢いをつけ、ビームサーベルを振り下ろした。
デスティニーは咄嗟にシールドで止めたが、ジャスティスの威力が勝った。デスティニーの腕が押し切られ、爆発する。
さらにジャスティスは素早い身のこなしでデスティニーの足を蹴り飛ばし、破壊した。
最後は一瞬で片がついた。
デスティニーは推力を失い、背後から月面に落ちた。
≪シン……!≫
インパルスがそこへ向かった。
「アスラン!」
ナナはすぐ、彼に声をかけた。
≪ナナ……≫
「アスラン……!」
彼が、落ちたシンの姿を見て何を想うのか……考えると胸が痛かった。
≪ナナ、大丈夫か……?!≫
が、優しい彼はこんな時でもこちらを気づかってくれる。
「うん、大丈夫」
ナナは敢えて、彼を気づかわなかった。
そして、言った。
「ごめん、ちょっと寄り道しすぎたせいでこんなんなっちゃって、一緒に行けないけど……」
不格好なグレイの機体のまま。
「行って、アスラン」
≪ナナ……≫
「お願い、オーブを、世界を守って……!」
アスランは大きくうなずいた。
大丈夫、何も心配ないというような顔で。
≪ナナ、アークエンジェルに艦を寄せてもらって、ちゃんと帰還してくれ……!≫
「うん、わかってる!」
≪ナナ……≫
「大丈夫。また“後で”……!」
≪……ああ……! 後で……!≫
最後までこちらの心配をして、彼は最後の決戦の地へ向かって行った。
一緒に行きたかった。この手でオーブを護りたかった。戦うのは嫌いだが、もうここで終わりなんて嫌だった。
そう思ったが仕方がない。
もう力は尽きた。ここで、仲間たちの戦いを見守るしかなかった。
そっとため息をついたとき、グレイスのサイドモニターに、インパルスのコックピットから降りてデスティニーへと駆けつけるルナマリアの姿が映し出されているのを見た。
「ルナ……」
身体が勝手に動いた。
今しがた息をついたはずなのに、ナナはすぐにコックピットを開け、外へ飛び出した。
武器は持たない。
ただ、ルナマリアとシンに会いたかった。
「ルナ……!」
彼女はシンをデスティニーのコックピットから引っ張り出そうとしていた。
それを手伝う。
彼女は気を失っているシンに何度も呼びかけたが、ナナには何も言わなかった。
二人で彼を月面に下ろした。パイロットスーツがあちこち焦げているが、ちゃんと息をしている。
≪シン……!≫
ルナマリアは彼を膝に乗せ、何度も呼びかけた。
が、シンは目覚めない。まるで悪夢にうなされているかのように、苦しげな顔をしている。
「シン……」
ナナは彼の脈をとった。
少し早いが、力強さは失っていない。
彼は大丈夫、そう思って安堵したが、それをルナマリアに言うことができなかった。
「ルナ……」
彼女はとても大切そうにシンを抱いていた。
少しだけ「よかった」と思った。
もう、二人はこの戦渦から逃れることができたのだ。二人の戦いはもう終わったのだ。
≪シンは大丈夫よ……、セア。いえ……ナナ≫
ふいに、ルナマリアが顔をあげた。
その瞳に、敵意は無かった。
「ルナ……」
≪私も大丈夫……。それにもう、あなたを連れ戻そうなんて言わないし……≫
急に大人びたような彼女に、ナナは少し戸惑った。
≪だから……≫
彼女は鼻をすすりながら、小さく笑った。
≪あなたはもう行って……!≫
「え……?」
何もかもを見透かしたような目だ。
≪あなたが“ナナ”なら……、あなたにはまだやるべきことがあるでしょう?≫
彼女はそう言った。
≪私たちの戦いはもう終わったけど……、あなたはまだ終われない……≫
ナナの心を知っているかのように。
≪残念だけど、あなたがナナ・リラ・アスハなら、ここで救助を待ってる場合じゃないでしょ?≫
かつて共に過ごしたときのように、ルナマリアは勝気な笑みをよこす。
「ルナ……」
≪インパルス、使っていいから≫
「え……?!」
≪大丈夫。シンを救助している隙に奪われたって言うから平気!≫
「で、でも……」
ナナが戸惑っていると、ルナは怒ったような顔をした。
≪あなたは“ナナ”なのよね?≫
反射的にうなずく。
すると、
≪だったら……、ちゃんとこの戦争を終わらせて……!≫
彼女はそう言った。なかばケンカごしに。
「ルナ……」
≪言ったでしょう? 私、“アスハ大使”にはちょっと憧れてたの! だから、イメージ壊さないでよね!≫
本当の別れだ。
彼女の強さと優しさに、それを実感した。
胸の痛みに任せて、ルナマリアを抱きしめる。
「ルナ……!」
≪私、さっきはいろいろ言ったけど、セアとは本当に友達だと思ってた……!≫
「うん、セアも……!」
≪本当に、もう一度話がしたかったの……!≫
「ルナ……」
瞳を合わせた。
ヘルメットどうしが当たってコツンと鳴った。
涙はこらえきれなかった。ルナマリアも泣いていた。
「セアはあなたのことが好きだった。すごく頼りにしていた。そして……、“私”もあなたが大好き……!」
想いを込めた。
「だから……、きっとまた会おう……!」
泣き崩れながら、ルナマリアは何度もうなずいた。
「きっと……。シンとルナとレイとアスランと……、みんなで話そう……!」
ナナはそう言って、立ち上がった。
そして開けっぱなしのインパルスのコックピットに滑り込んだ。
ミネルバにいたときから、基本的な操縦方法は知っている。だからすぐに起動させて、モニターを拡大表示した。
ルナマリアがこちらを見ていた。
彼女は小さく笑った。
それを見届けて、ナナは飛び立った。
『私たちの戦いはもう終わったけど……、あなたはまだ終われない……』
その言葉は呪いのようで力だった。
『ちゃんとこの戦争を終わらせて……!』
そしてその言葉は約束……だった。