インパルスのコックピット内はまだ熱が籠っていた。ルナマリアが必死で戦った余韻だ。
突然突き付けられた真実と、迫られた選択……。
混乱する中で、もがいて、決心して、戦った残像がここにある。
ナナはインパルスの操縦桿を力いっぱい握りしめた。
ルナマリアが好きだった。
誰にでも意見をはっきり言えて、いつも背筋が伸びていて、メイリンや自分に優しくて……。
セアは心から彼女を頼っていた。仲間をみんな失ってしまった孤独感を、ルナマリアは癒してくれていた。
そして、ナナも……。
やはり彼女が好きだった。ずっと友達でいたかった。
彼女がセアを求めてくれたように、自分もルナマリアに「こちらに来てほしい」と思った……。
だから、きっと……。いつか、また、会おう……。
その想いを希望にして……最後の場所へと向かった。
視線の先の月面から火柱が上がった。
とてつもなく大きい……。
アスランがレクイエムを破壊したのだとわかった。
オーブは撃たれなかった。護ることができた。あの国を、カガリを……。
そして、フリーダムが要塞を破壊していた。すでに要塞を覆っていたシールドは消え、その原型を留めぬほどだった。
戦いの終わりを感じながら、ナナはそこへ向かった。
一瞬、フリーダムにロックオンされた。
だが。
「キラ……! 私……!」
≪え? ナナ? その機体……≫
「ごめん、いろいろあって……」
キラは少し戸惑いつつも、すぐにナナを認識した。
が、当然のことながらその動きにさらに戸惑った。
≪ナナ……、どこへ行くの!?≫
「ちょっと用事があって」
≪ま、まさか……≫
「やらなくちゃならないことがひとつ、残ってるの」
≪ナナ……!≫
「キラ、お願い。あと15分だけ全壊を待って欲しい」
我がままを言っているのはわかっている。一刻も早く戦いを終わらせるには、この要塞を全壊させなければならない。この“プランの象徴”を消し去らなければ、無駄に戦いが長引くのだ。
だが、どうしてもやらなければならないことがあった。
ルナマリアは言っていた。
『あなたがナナなら、やるべきことが残っている』
と。
きっと、前の戦争のときの“でしゃばり”を知っていて言ってくれたのだろう。オーブのことも気遣って。
だが、今の自分にはあの時のような影響力は少しもない。
自分は
この混乱の中に名乗り出ても、多くは信じないだろう。
自分だって信じない。
だから、「やるべきこと」はとても小さなことだ。あの時に比べたら……。
だが、どうしてもやらなければならなかった。
「あそこだ……」
要塞の入り口を見つけた。もう防衛隊の影もない。
そこへ、インパルスを滑り込ませた。
≪ナナ……!≫
すぐにフリーダムが並んだ。
「キラ……?」
≪僕も行くよ……!≫
まだエターナルとアークエンジェルが気がかりだった。抵抗勢力が収まったところは確認していない。アスランやムウたちのことも心配だった。
だが、キラに「戻れ」とは言えなかった。
「ありがとう……」
本当に我がままだ……。
彼に見届けて欲しいと思っている。
セアが大人しくしていたぶん、きっと以前より我がままになっているのだ……。
ナナはそう思って、少し笑った。
要塞の中はすでに煙が充満していた。電気系統はもう機能していない。あちこちで火の手が上がっている。瓦礫で塞がれている通路もあった。
インパルスとフリーダムを並べると、二人はコックピットを出た。
「ナナ、銃は?」
キラが前を行く。
「インパルスの備品を借りて来ちゃった」
ザフトの銃を構えてみせた。もちろん使い方は知っている。
「じゃあ行こう……。中枢部に行くんだよね……?」
キラがナナの意志を確かめる。
「うん」
「場所……、誰かに聞かないと……」
キラは銃を握り直した。
その銃でザフト兵を脅して、中枢部に案内させなければならない……。
が。
「大丈夫。きっとこっち……!」
ナナは無機質な通路を曲がった。
「え? わかるの?」
セアとして……、ザフト兵としてここに来たことなど無い。
だが、わかる。
「似てるからわかる。ヤキン・ドゥーエと……」
かつて侵入した要塞と、ここは同じような造りのようだ。
「ジェネシスを停止させようとした時……?」
あの時の出来事はつい最近のようで、遠い昔のようにも思えた。
「うん、そう」
「アスランと?」
「うん……。アスランのお父さんが、撃たれたところを見た」
「そっか……。そうだったね……」
まだ何人か兵士が残っていた。
が、キラが銃を向けて威嚇しただけで彼らは追っては来なかった。
当然だ。命が惜しければ、機能を失くした要塞など捨てて一刻も早く脱出したほうがいい。
「キラ、こっち」
彼らにかまわず、ナナはエレベーターへとキラを引き入れた。
だんだんと要塞の深部へ向かっているのが分かる。“彼”に近づいているのが分かる。
重力制御装置が壊れかけた通路を駆け抜け、迷うことなく扉を開けた。
その部屋は薄暗かったが、おそろしく天上が高く、広いのがわかった。すでに役目を終えてはいるが、壁面に多くの機器が並んでいることから、司令室であったことがうかがえる。
その中心部に、ステージのような空間があるのが見えた。
そしてその“玉座”に、彼はいた。
「デュランダル議長……」
彼はゆったりと、そこに腰かけこちらを見ていた。
「やぁ、セア。そして……キラ君……」
彼は知っている者の名と、知らないはずの名を呼んだ。
キラはナナの前に出て、銃を向けた。同時に、デュランダルも立ち上がり片手で銃を構える。
「議長……」
ナナは手を下ろしていた。
キラに並んで、ただ問いかけた。
「“私”がわかりますか?」
抽象的な問いに驚きもせず、彼はつぶやいた。
「そうか……。君は“彼女”か……」
何故だか嬉しそうな顔をしている。
それに苛立ったようにキラが叫んだ。
「あなたはっ……、何故“ナナ”にこんなことを……!?」
キラは代わりに怒ってくれているのだと思った。
ナナ自身、今、彼を目の前にして怒りは無かった。問いたかったことも、それではなかった。
「君たちももう知っているのではないか? 『プロジェクト・バハローグ』の真の計画……。それこそが私の目的だったのだよ」
「ナナをっ……! 利用することですか?」
「そうだよ。このような戦場でね」
「どうしてそんなこと……!?」
「君たちが怖かったからだよ」
「こ、怖かった……?」
デュランダルは口元に笑みを浮かべながら語る。
「先の戦争で力を示したのは誰だっただろう? 互いにぶつかり合っていた地球連合とザフトではなかった。オーブと、エターナル、アークエンジェル……そう、
キラが銃を握り直したのがわかった。
ナナ自身はどんどん心が冷めていくのを感じていた。
「そして戦後、人々が耳を傾けた声は、ナナ……君の声だった。地球だけじゃなく、プラントじゅうにもその声は響いていた。無論、我々もザフトの兵たちもその声を聞いていた。彼女の理想を皆で共有し、実現しようと努力し続ければ、いつかは平和な世界になるのだと……私自身もそう思っていたよ」
「だ、だったら何故……!?」
「だから、怖かったのだ」
「…………」
「ナナの言葉は、大勢の人間を惑わせた」
「惑わせた……!?」
「そうだろう? 人間の“構造”そのものを変えない限り、争いは無くならない。真の平和など訪れないのだ。それを、ナナの言葉によって人々は忘れようとしていた」
デュランダルは目を細め、薄く笑った。
「で、でも、ナナは……!」
「たしかにナナは素晴らしかった。平和を願う言葉は簡潔で、心地よく、だが辛辣で、清々しかった。人々が本気で彼女の意志の元に集い、心を合わせて平和への道を歩む……、そんな光景が想像できた」
「だ、だったら……!」
「だが、本当にそれで真の平和に辿り着けるのか?」
「…………」
「人は争う生き物だ。君もわかっているのではないのか?」
キラは言葉を探していた。
その間に、デュランダルは鋭い目でナナを見た。
「ナナ……、君も、本当はわかっているのではないかな?」
今度はナナが薄く笑った。
「だから?」
ナナの声に、キラがわずかに肩を揺らす。
「だから、“人間の構造”を最初から変えてしまおうと思ったんですか?」
「ああ、そうだよ。根本を変えなければ人間は変わらない。世界は変わらないのだよ」
「それで、遺伝子操作をして、産まれる前から運命を決めてしまおうと?」
「そうだ。とてもわかり易いプランんだと思うがね」
「ええ、わかり易いです」
「そうだろう? 今を生きる人間たちにもわかってもらえると思うのだが、どうだろう」
「あなたのプランを受け入れる人もいるでしょうね、今は」
「ナナ……!?」
キラが肩越しにこちらを見た。
「それでも、君たちは破壊するのかい?」
何故だろう。怒りは湧かない。
「やめたまえ。せっかくここまできたのに」
彼は狂乱しているのではなかった。
「ここで止まってしまえば、世界はまた混迷の闇へと逆戻りだ」
心の底から自身のプランが正しいものだと信じているのだ。
「私の言っていることは真実だよ」
ナナはため息を付くように言った。
「そうなのかもしれませんね……」
彼に同意した。
確かに今、彼のプランを実行すれば、歴史は変わるだろう。
これからは、人類の歴史の中に“混迷の闇”とやらは記されないのかもしれない。逆に自分たちがプランを破壊すれば、彼の言うように再び“混迷の闇”が繰り返されるのかもしれない。
だが……。
「でも……」
自身の本能は抗っている。人として生きる自分は拒絶している。
今、共に戦っている仲間たちは皆そうなのだ。
ナチュラルもコーディネーターも、プラントも地球もオーブも関係なく、意志を重ねているのだ。
「私たちは、その“混迷の闇”にならない道を、“選んで”生きて行くことができるはずです」
デュランダルの目が鋭くなった。初めて苛立ちを表していた。
「自分の意思を持ち、願い、望み、道を選ぶ。それが“生きる”ということだと思いませんか?」
デュランダルは鼻を鳴らした。そして大げさに感心した口調で言う。
「本当に……、君の言葉は魔法のようだよ。
彼の視線はとても鋭く冷たい。
「だが君は知っている。自分の示す道が、人々にとって苦しく困難な道だということを。それを知りつつも、君は彼らを棘の道に誘い込もうとしているのでないのかな? そこにいる、キラ・ヤマト君も」
「違う……!」
キラは叫んだ。
「僕はナナに教えてもらったんだ。苦しくても戦って“生きる”ことの意味を……!」
それは今までくれた言葉の中で、一番うれしい言葉だった。
「だから、一緒に戦うんだ……!」
そう……、一緒に。
キラも自分に教えてくれた。一緒に戦うことの意味を。
目の前の男はそれを知らない。
だから今、たったひとりでここにいる……。
「だが、人々は苦しい道など誰も進んで選びはしない。人々は戦うことを忘れ、また繰り返す。『こんなことはもう二度としない』と、『こんな世界にはしない』と、言える者などいるのかね? 誰にも言えはしないだろう。君たちにも……、むろんラクス・クラインにも。誰も何もわかりはしないのだから」
「でも、僕たちは知っている……! 『わかっていける』ことも、『変わっていけること』も知っている! だから“明日”が欲しいんだ。どんなに苦しくても、辛くても、変わらない世界なんて嫌なんだ……!」
「傲慢だね。さすがは最高のコーディネーターだ」
「傲慢なのはあなただ! 僕はただの……ひとりの人間だ! みんなとどこも変わらない。ラクスも……! ナナは、ずっと……最初からずっとそう言ってくれた! だからあなたを撃たなきゃならないんだ! それを知っているから……!」
「だが、君たちの言う世界と私の示す世界。皆はどちらを望むのかな?」
デュランダルは冷たく笑った。キラの熱をかき消すように。
「今ここで私を撃って、再び混迷する世界を、君たちはどうにかできるというのかい?」
「覚悟はある……!」
間髪入れず、キラはそう答えた。
ナナは、一歩進み出た。
「あなたの言う『選べない世界』は、人にとって『死の世界』です。たとえ世界が混迷しても、『死の世界』になるくらいなら……、私は壊します」
「そうか……」
銃口が、まっすぐこちらを向いた。
それを受け入れるように、ナナはさらに進み出た。
「ナナ……!?」
キラの前に立つ。キラの銃口をふさぐようにして。
「議長……」
彼に銃は向けない。
「今すぐに、プランを撤回してください」
これが最後の“やるべきこと”だと思っていた。
「すでに決着はつきました。あとはあなたがプランの撤回を示すだけで、世界はあなたの言う“混迷”から少し遠ざかるはずです」
たとえ、志が交わることはなくても。
「私を撃ちに来たのではないのかな?」
「あなたを撃ちたくはありません」
「君の意志はそんなものか?」
「あなたは私の命を救ってくれました。それには感謝していますから」
「ナナ……! さがって……!」
背後で、キラが不安げに息を揺らしている。
だが、ナナはまっすぐにデュランダルを見つめて言った。
「なによりミネルバのみんな……、シンやルナマリア、レイと出会わせてくれたことには、本当に感謝していますから」
デュランダルは肩をピクリと動かした。
そして最後の最後に、つまらないことを言った。
「私は……、セアのことは愛していたのだがね……」
「ナナ!!」
キラが叫びながら肩をぶつける様にして、ナナの前に回りこんだ。
「ナナ!!」
同時に誰かが……後ろからナナを引っ張り、かばうように抱きかかえた。
ふたつの声と同時に、一発の銃声が鳴った……。