「私は……、セアのことは愛していたのだがね……」
彼の言葉に、怒りや憎しみとも、憐みとも違う……そう、絶望を感じた。
その瞬間。
「ナナ!!」
キラが叫びながら肩をぶつける様にして、ナナの前に回りこんだ。
「ナナ!!」
同時に誰かが……後ろからナナを引っ張り、かばうように抱きかかえた。
ふたつの声と同時に鳴ったのは……たった一発の銃声だった。
一瞬の沈黙の後、ナナは“彼”を見上げた。
「アスラン……?」
彼がここへ、来てくれた……。
「ナナ……! 大丈夫か?!」
彼はこちらを気づかいながらも、困惑したまま銃を向けていた。
デュランダルの方へ……ではなかった。
だがナナは、まずキラを見上げた。
こちらを背にして立っている。その肩がかすかに震えていた。
ちがう……。
キラが自分をかばって撃たれたのでも、キラがデュランダルを撃ったのでもなかった。
キラの体越しに、ゆっくりとデュランダルが崩れ落ちるのが見えた。
「ギルバート……!」
いつの間にいたのか、タリア・グラディスが彼に駆け寄った。
ちがう……銃は手にしているが、彼女が撃ったのでもない。
ナナは改めて、アスランの視線の先を見た。銃口を向けているその先を。
そこにいたのは。
「レイ……?」
レイが、泣いていた。
もう一度、デュランダルを見る。グラディスに抱えられた彼の胸は、赤く染まっていた。
「やぁ……、タリア……。撃ったのは……君か……?」
彼は絶え絶えに言った。
「いえ……、レイよ……」
その時、天上の一部が爆発して崩れ落ちた。
ナナたちには当たらなかったが、もうこの要塞はいつ崩壊してもおかしくはない状態だ。
戦いの終わりが……近づいていた。
「ギル……! ご……めん……な……さい……!」
レイは割れた床にへたりこみ、だらりと両手を下げて、泣いていた。
「レイ……」
ナナはゆっくりと彼に近づく。アスランはそれを止めなかった。
「でもっ……、セアのっ……“選ぶ”……世界……!!」
レイは心を振り絞るように、泣きながら叫んだ。
「……彼のっ……“明日”……!!」
彼の嗚咽は轟音にかき消されることなく、デュランダルに届いたようだった。
「そう……か……」
グラディスの膝の上、デュランダルは諦めたように……いや、満足げにつぶやいた。
「うう……うぅ……!」
レイは激しく泣いた。
ナナは、そっと彼の肩に触れた。
「レイ……」
彼が自分を“セア”と思っているのか、“ナナ”と思っているのか、どうでもよかった。
「ありがとう。助けてくれて」
肩に乗せた手を振り払われることはなかった。
だが、その肩はとても細く、頼りなく、震えていた。
「レイ……」
彼がどんな想いで、崇拝していたデュランダルを撃ったのか……。
護られたナナも、胸が苦しかった。
だが……。
「レイ、一緒に行こう」
手を差し伸べた。
「私と、一緒に行こう」
レイは激しく首を横に振った。何も言わず、歯を食いしばって。
「大丈夫、レイ」
彼が欲しい言葉などわからなかった。
「セアは知ってたよ」
が、ナナは声をかけ続けた。
「アナタは議長の命令でセアのことを守っていたのかもしれないけど……、でも、アナタはアナタの想いを持ってセアのことを守ってくれてた。それを、セアはちゃんとわかってた」
「う……、セアっ……!」
嗚咽の中、彼はセアを呼んだ。
「レイ、アナタはちゃんと、“アナタ自身”だったよ……、ずっと」
大きな柱が上から降って来た。激しい音を立てて玉座の近くに落ちる。
決して小さくない破片が、ナナとレイのところにも飛んで来た。
「ナナ!」
アスランとキラの心配そうな視線を、背中に感じている。
切羽詰まった状況なのはわかっていた。
が、できるだけゆっくり言った。
「ねぇ、レイ。だから、一緒に行こう。私と」
レイはまた、激しく首を振った。
傍らに膝を付き、頭を撫ぜる。
その時初めて、彼はナナを見た。
いっぱいの涙を溢れさせて、額から血を流して、髪は乱れて、とても歪んでいて……、ひどく幼く見えた。
「レイ……」
ナナは改めて、手を差し伸べた。
「大丈夫……。今度は私が、アナタを守るから」
レイは息を呑んだ。
「だから、一緒に行こう。私と」
「……ナ……ナ……」
彼がそうささやいた瞬間、また頭上で爆発音が鳴った。
振動も激しくなっている。
「グラディス艦長!」
アスランが玉座の二人に駆け寄ろうとする。
脱出の時間はもう多くはなかった。
が……。
「あなたたちは行きなさい」
彼女はアスランに銃を向けた。
「私はこの人の魂を連れて行く」
強くて優しい声だった。
「ラミアス艦長に伝えて……、アスラン」
彼女はアスランに言った。
「子供がいるの。男の子よ……。いつか、会ってやってね……って」
黒い煙が辺りを包み込む中、彼女の視線はナナを向いた。
「セア……、いえ、ナナ……」
一呼吸置いて、彼女は言った。
「レイを……、頼んだわね」
部下というより、子供を思いやるような顔をしている。
「はい……」
ナナは強くうなずいた。
それは、彼女と……そしてデュランダルとの決別の時を意味していた。
「ナナ……!」
アスランとキラが駆け寄った。
ナナはレイを見つめ、もう一度手を伸ばす。
「行こう、レイ。私と一緒に」
レイは……しゃっくりあげながら、その手をとった。
「うぅ……ギル……!」
赤い炎と黒い煙で、もう玉座は見えなかった。
だが……冷たい空気はもう、感じなかった。
「行こう……!」
ナナはレイを抱きかかえ、アスランとキラに言った。
二人は大きくうなずいて、脱出口へ向かった。
誰も、振り返りはしなかった。
レイも……。
その部屋を出てすぐに、大きな塊が崩れ落ち、多くの何かが爆発したのがわかった。