見果てぬ宇宙(そら)の夢   作:亜空@UZUHA

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業火

「レイ、大丈夫……!」

 

 

 ナナはレイに声をかけ続けた。

 彼に未来を見て欲しかった。

 デュランダルに示されただけの自分、未来、想いだけじゃなく……、これからは自分自身で全てをつかみ取って欲しかった。夢や、希望や、意志や、道を。

 だから、しっかりと彼の肩を抱いて走った。

 重くはない。通路はもう重力制御装置が壊れかけ、跳ねるように走ることができた。

 前方はキラが誘導してくれている。後方でアスランが守ってくれている。

 大丈夫。

 みんなと一緒に、新しい道を見つけよう……。

 

「レイ……大丈夫だから……!」

 

 彼はかすかに言った。

 

 

「ごめ……ん……セア……!」

 

 

 彼の囁きに、胸が詰まった。

 だから、返す言葉は無かった。ぐったりとした彼を抱えて、懸命に足を動かすしかなかった。

 通路の壁は崩れ、ところどころ天井は墜ち、照明もほとんど点いてはいない。

 だが、かろうじて人が通れる状態を保っている。

 

「ナナ、こっち!」

 

 闇の中でも、キラの瞳が光るのが見える。

 声は要塞があげる断末魔の轟音でよく聞こえないが、彼に強く導かれているのを感じていた。

 

「アスラン……!」

 

 肩越しに振り返る。

 すぐ後ろで彼の瞳も光った。

 

「大丈夫だ!」

 

 レイも、徐々に呼吸を整えつつある。その視線もキラの背を追っているはずだった。

 

「ナナ……!」

 

 キラが角を曲がった。

 ナナも覚えている。曲がった先にはエレベーターがある。この状態でも、きっとまだ動いているはずだ。

 ダメなら軸を伝って……。

 帰ろう……。

 強く思った。

 マリューのもとへ、ムウのもとへ、ミリアリアのもとへ、アークエンジェルへ……。ラクスのもとへ、カガリのもとへ、オーブへ……。

 懐かしい……オーブの海が見たかった。

 レイにも見せてあげよう。あの綺麗な海を。白い砂浜で、彼は好きなことをすればいい。

 

「ごめんね、二人とも。巻き込んじゃって」

 

 なんだか前向きな気持ちになって、そう言った。自嘲ではなく、少し楽しくなったのだ。

 ここを抜け出せば帰れる。

 この先も、やるべきことはたくさんある……こんな黄泉がえりの自分にも。

 カガリをたくさん助けよう。なんなら、死んだまま、陰で支えるというのも面白い。都市伝説になったりして……。

 そう思うと、絶望ではなく希望が胸を占めていた。

 

「いや、うん。急にザフトのMSで現れた時はびっくりしたけど……」

 

 キラは笑いながら言った。

 

「炎上する要塞に飛び込んで行ったと聞いて焦ったが……」

 

 アスランは呆れながら言った。

 

「お前らしいんじゃないか?」

 

 言葉の端が嬉しそうで、キラも苦笑したのがわかったので、ナナも嬉しかった。

 

「大丈夫!」

 

 ナナはレイに言い続けた言葉を言う。

 そして、溢れそうな想いを。

 

「私、今、ものすごく帰りたいから……!」

 

 帰りたいから帰れる。

 根拠のない言葉に、またアスランは呆れたようなため息をついた。

 

 その時……。

 

 すぐ前の左の壁……、キラと自分らの間の壁が突然爆発した。

 といっても、爆風や炎に巻きこまれるほどではない。壁が割れて、それから崩れて、向こう側から赤い火が吹き出した程度だ。

 急いですり抜ければ通れる……。

 それは、頭でわかっていた。

 あの炎が通路を埋め尽くす前に進まねば。キラの方へ、レイと、アスランと。

 わかっていた。

 が、脳内にそれとは別の思考が産まれる。

 いや……、蘇る。

 思考というより記憶。感覚、感情……。

 爆音と、熱風と、闇に映える赤。

 

 

「あ……」

 

 

 その再生を許してはいけないとわかっているのに、抗えない。

 

「……うっ……」

 

 抗おうとすると頭痛に襲われる。足が動かない。

 目が、目の前の光景でなく、“あの時”を見ようと意思に反して閉じてしまう。

 

「ナナ!!」

 

 駆け寄ったアスランの声が、酷く遠くに聞こえる。

 

『ナナ様!!』

『ナナ様!!』

 

 ここにいるはずのない人たちの声が、アスランの声に被る。

 

「ナナ!」

 

 彼が肩に触れたのがわかる。

 が、その手からすり抜けるように膝から崩れた。

 

「ナナ!? どうした!?」

 

 どうしたかなんて……わからない……。

 目の前で爆発が起こった。予期せぬ爆発だ。

 少し前まで、皆で和やかに話していた。

 オーブの同行者も気心の知れた者たちばかりだし、案内役のプラントの議員やザフトの軍人も親切だった。

 さっきまで自分なんかの講演を真剣に聞いてくれていた士官学校の子たちは、追いかけて来て上の通路からこちらをうかがっていた。

 年の変わらない彼らから尊敬なんてされても居心地は悪かったが、興味を持ってもらえるのは嬉しかった。

 少なくとも、心を通わせる可能性があるということだから。

 彼らの好奇の目を浴びながら、この施設を見学していた。

 軍の施設に迎えられたということもまた、オーブとプラント、そして世界がわかり合うための大きな前進だと思った。

 とても立派な施設だった。

 造っているのは武器だが、嫌な気持ちにはならなかった。

 オーブの軍事力だって強大だ。

 お互い、未だ武器を捨てるに至らない現状はわかっている。

 それでも互いに取り決めをし、軍縮に向けての話し合いが進んでいるのも確かだ。

 たとえこの招待がパフォーマンスであって、地下では最新兵器を製造していたとしても、今はもう、ここに並ぶ兵器を見て、『これであのナチュラルどもを……』と言う者はいない。

 

 これは大きな一歩だ……。

 

 そう思ったとき。

 十数メートル先の壁が突然爆発した。

 壁板が飛び散り、頭から振って来る。黒い煙と赤い炎が、ぽっかり空いた穴から噴き出した。

 上階の通路から多くの悲鳴が聞こえる。

 

『ナナ様!!』

 

 オーブの者たちがすぐにナナを囲んだ。

 ザフト兵たちは議員らを護ったが、こちらも守ってくれていた。

 護衛がすぐさまナナの肩を抱える。

 ザフト兵がすぐに脱出路を指示するが、そちらからも爆発が起こった。

 皆、蒼白だった。

 ザフト兵も、プラントの議員も……。

 上階の通路からは多くの悲鳴が聞こえていた。

 

『あ、あのコたちを……!』

 

 彼らの方を向こうとしたが、護衛に抑え込まれた。

 そうされなくても、黒い煙で視界は塞がれていた。

 

『けほっ……! けほっ……!』

 

 気道が煙に蹂躙される。熱風で全身が焼かれるようだ。

 

『こちらへ!!』

 

 懸命に誘導しようとするが、周囲はあっという間に瓦礫と炎に包まれた。

 そう、うろうろしている時間はなかった。

 ひときわ大きな音がした。爆音ではなく、生徒たちがいた通路が崩れ落ちた音だった。

 

『みんな……!』

 

 叫ぼうとしても声が出ない。息が苦しい。目が開かない。

 

『ナナ様……!』

 

 急に一方に引っ張られた、

 その方向に人の流れができる。

 

『大使、こちらへ!』

 

 手を引いたのは議員のひとりだ。

 

『あなたをお守りせねば……!』

 

 初老の彼はそう言って、周りのザフト兵に指示をする。

 と……、彼らはMSの試作機のコックピットを開けた。先ほど見せてもらったばかりの、組み立て前の胴体パーツだ。

 そこに、ナナは押し込められた。

 

『え……?!』

 

 振り返った時、すすと涙でぐちゃぐちゃの顔がいくつもこちらを向いていた。

 

『み、みんな……!』

 

 出ようとしたが、伸ばした手は振り払われた。

 

『こんなことになってしまって申し訳ありません……!』

『どうか、どうにか……、生き延びてください!』

『ナナ様! 必ず我らがお守りします……!』

 

 そんな声が聞こえた。

 どういう意味が問おうとしたとき、コックピットが閉じられた。

 拳で打った。

 が、開くわけもない。

 無理矢理心を落ち着かせ、周りを見回す。

 人ひとりが動けるだけの狭い空間。慣れているその場所で、ナナは手を動かした。

 

『必ず我らがお守りします』

 

 そう叫んだ古参の護衛隊長の声が脳内に響いて、手が震える。

 懸命にパネルを操作する……、が、電源は入らない。手探りでハッチを手動で開けるハンドルを探し、両手で思い切り回すが扉はびくともしなかった。

 

『みんな……!』

 

 焦りと恐怖と不安で呼吸が乱れる。

 それを整えようとするが、ここも酸素が薄くなってきた。

 起動もしないカタマリに、シールドなどない。

 酸素を無駄にするだけだと予感していたが、ドンドンと扉を叩いて叫んだ。

 何度も、何度も……。

 彼らはここに自分を押し込めてどうするつもりか……。あの火の海から逃れられるのか。

 爆発音はここにも絶えず聞こえてきている。振動も……。

 もう、ここは崩壊するのだ。きっと燃料か何かに引火して施設じゅう誘爆を起こしている。

 あのコたちは大丈夫だろうか……。自分たちよりは出口に近かったから、逃げてくれただろうか……。

 

 

 

 どのくらい経ったのか……。

 

 数分……、いや、数十分……、数時間か……。

 

 

 

 目の前が暗くなり、ナナはシートに倒れ込んだ。

 頭をぶつけたが、体勢を立て直す力が残っていなかった。

 もう、吸える空気はない。

 身体が熱い。汗も出ない。

 この空間も、何かが当たって徐々に歪められている。

 このまま何かに押しつぶされて圧死するのか、炎に包まれ焼死するのか、酸欠で窒息死するのか……。

 はっきりと、死を意識した。

 あの時と同じだ。

 グレイスで、大気圏で焼かれそうになりながら、地球に落ちる時……。

 あれからたくさん、苦しいことはあった。けれど、幸せなこともあった。

 

 キラと友達になれた。ラクスと知り合うことができた。

 二人ともっと話がしたかった。もっともっと、二人の幸せそうな笑顔を見ていたかった。

 カガリ……これから立派な代表首長になって、オーブを守って欲しい。

 側で支えられなくてごめん。あなたの姉でよかった。仲良くしてくれてありがとう……。

 

 アスラン……。

 ありがとう……。

 

 ごめん……。

 

 

 

「ナナ!」

 

 “彼”が大きく肩を揺さぶった。

 

「レイ、立てるか? キラのところへ走れ……!」

 

 わかっている。彼はここにいる。

 彼と、永遠の別れをせずに済んだのだ。

 あの瞬間の押し潰されそうな真っ黒い後悔を、消し去るチャンスをもらったのだ。

 わかっているが……。

 

「みん……な! みんなは?! みんなが……!」

 

 頭と心のほとんどは、“あの時”に持って行かれている。

 

「ナナ、大丈夫だ! みんな大丈夫だから……!」

 

 力強い腕で抱きかかえられる。

 

「セア……!」

 

 レイも……心配してくれている。

 

「大丈夫だ、レイ。行くぞ!」

 

 アスランは彼を促した。

 自分も走らなくてはいけないのに。わかっているのに、身体が動かない。

 

「こっち! 早く!!」

 

 キラがエレベーターの扉を開けて、手を差し伸べている。

 あの手をみんなで掴まなければならないのに……。

 アスランは走った。

 ナナは彼に抱えられ、宙に浮いたまま……。

 二人は一緒に飛んだ。

 同時に、背後の天井が爆発した。

 

「ナナ! アスラン!!」

 

 キラの悲鳴が聞こえた。

 アスランとともに後ろから突き飛ばされて、割れた床に倒れ込む。

 

「レイ……!?」

 

 アスランが振り返りざまそう叫んだ。

 瞬間、呪縛が解けたように身体が動いた。

 

「レイ!?」

 

 ナナは見た。

 今まで居た場所が、瓦礫の山になっている。上からは炎が噴き出し、千切れたケーブルは火花を散らしていた。

 その下に、レイはいた。

 

「レイ……!!!」

 

 今になって身体が動いた。

 アスランの腕をすり抜け、駆け寄る。

 彼の肩から下が、鉄の塊で見えなくなっていた……。

 

「レイ! 待ってて! 今引っ張り出すから……!」

 

 びくともしない塊を押し上げながら叫んだ。

 が……。

 

「セ……ア……」

 

 レイは、かすかな空気を押し出すように言った。

 

「行っ……て……」

「レイ!」

 

 聞きたくなかった。

 

「大丈夫、すぐ助ける……!」

 

 こんな声……。

 

「生き……て……、“ナナ”……」

 

 彼の目はもう、何も映さない。

 

「アスラン、お願い! レイを……!」

 

 彼を振り返った。

 が、彼は見たこともないほど悲しそうな顔でただ立ち尽くしていた。

 

「ナナ……生き……て……」

 

 レイの声は、要塞の悲鳴にかき消されそうだった。

 

「人……が……、選……ぶ……世界っ……まも……」

「レイ!!!」

 

 彼の頬に触れた。

 が、手がすり抜けてしまいそうで怖かった。

 

「ア……ス……ラン……」

「レイ……」

 

 彼はささやくように、アスランに言った。

 

「ナナ……を……」

 

 そして、

 

「わかった……」

 

 アスランはそう答えた。

 瞬間、ナナの身体はふわりと浮いた。

 また、アスランに抱き上げられたのだ。

 

「レイ!」

 

 彼を呼んだ。

 もう応えはない。

 

「アスラン、レイを!!」

 

 ナナの声も、誰も聞いてはくれない。

 

「レイ……!」

 

 彼の姿は、すぐに炎と煙に包まれて……見えなくなった。

 

「キラ!」

「アスラン、乗って!」

 

 エレベーターの扉が閉まった。

 ぎこちない動きで、だがすぐに下へ動き出す。まるで、地獄へと落ちていくようだった。

 

「レイ……!」

 

 ナナは泣いた。

 こんなところで泣いてはいられないのだとわかっていても、悲しかった。

 彼に、何もしてあげられなかったことが悔しかった。彼が、自分とアスランを助けてくれたのだとわかってしまっているから、悲しかった。

 

「ナナ……」

 

 アスランは何も言わず、抱きしめてくれた。キラも頭を撫ぜてくれた。

 だがどうしても……、アスランにしがみついて泣くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

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