泣いていた。
泣くしかできなかった。
ただアスランにしがみついて。
彼とともに、ジャスティスでそこを脱出しても……そこが崩壊する様を見ることも無かった。
言葉も行動も、何も思いつかなかった。
やはり、あの時とは違う。自分は変わってしまった。弱くなってしまった。
情けなくて、また泣いた。
「ナナ……」
それなのに、アスランはやけに穏やかな声で言った。
「よく、がんばったな」
ヘルメット越しに、頭を撫でてくれる。
彼を見上げた。
「アスラン……」
彼も、少しもモニターを見てはいなかった。
何故だかとても落ち着いていて、優しい顔でこちらを見つめている。
「私はっ……」
その瞳を見た瞬間、胸に詰っていたものが弾け散った。
「何もできなかった……!」
彼の腕の中で思い切り叫んだ。
「ルナがっ……! ルナが……『あなたが“ナナ”なら』……『戦争を終わらせて』って……言ってくれたのに……!」
後悔をぶつけても何もならないとわかっているのに。
「私はっ……“壊す”だけで……何も終わらせることができなかった……!」
彼の優しい目が懐かしくて、腕の中が温かくて、とても居心地が悪かったから……。
「デュランダル議長も……グラディス艦長も……レイもっ……!」
振り払うように叫んだ。
「誰もっ……助けられなかった……!」
頭の隅ではわかっていた。一部は冷静だったから。
アスランは少し困って、それでも言葉を選びながら、ゆっくりと慰めてくれるだろう。こちらが納得するように、言い聞かせてくれるだろう。また、前を向けるような言葉をくれるのだろう。
わかっていても、吐き出さずにはいられなかった。
「私は弱くなった……! あの時とは変わっちゃった……!」
己の無力さを、哀れに嘆かずにはいられなかった。
「もう……、どこに進んだらいいのか……わからない……!」
呆れられてもよかった。嫌われてもかまわなかった。
そう思うくらい、疲れ切ってしまっていた。
「わからないっ……!」
これがただの甘えだとわかっていても、どんなに情けなくとも、あふれ出す絶望は止まらなかった。
ただアスランにそれをぶつけながら、両手はしっかりとしがみつき、彼がくれる優しい言葉を投げ返す準備をしている。
そんな自分が大キライでも、止められなかった。
「ナナ……」
穏やかな声に、身構えた。
が。
「それでも、明日は来る」
彼がくれたのは慰めではなかった。
「どんなに苦しくても、迷っても、もがいても……それでも明日は来る。それが、オレたちがこの戦いで勝ち取ったものだ」
明日……その単語が、やけに懐かしく耳に響いた。
「オレは、どんなに明日が辛くとも……お前と一緒にそこにいられるのが嬉しい」
彼はそう言って笑った。
絶望の中で場違いに咲く花のようだった。
「アスラン……」
「ナナ……」
その花をながめていると、強く抱きしめられた。
「また明日もお前と一緒にいられる……。オレはそれが嬉しいんだ」
そしてもう一度そう言って、
「レイがくれた明日だ……」
最後に小さく強くささやいた。
「レイが……くれた……」
口内でその言葉を繰り返した。
それで思い出すことができた。
『ギル……! ご……めん……な……さい……!』
レイが泣きながら言ったこと。
『でもっ……、“セア”のっ……選ぶ……世界……!!』
彼が望んだことを。
「レイは……」
つぶやきを促すように、アスランはゆっくりと背中をさすってくれた。
「自分で“明日”を選びたかった……。そんな世界を望んだ……」
「ああ……。そうだな……」
ため息のような同意は、確かに力になった。
「私は……まだ……、選べないけど……」
途切れ途切れで頼りないが、絶望に埋もれた想いをやっと見つけられた気がした。
「でも……」
それを確信して、ヘルメットを取る。
悲しみと迷いの粒が、いくつも薄暗い空間に舞った。
「明日を生きることができる」
アスランは二人の間に漂う粒たちを振り払うこともなく、降り始めた雨を感じるかのように、そっと手を差し出した。
「レイが……明日をくれたから」
また、思い出した。
『だから明日が欲しいんだ。どんなに苦しくても、辛くても、変わらない世界なんて嫌なんだ……!』
キラの想いだ。優しいキラの叫びだ。
ちゃんと残っている。何もかも。
「アスラン……!」
違う涙が溢れたが、今度はそれを手で拭った。
「私も……」
歪んでいるかもしれない。が、ちゃんと笑っていると思った。
「アナタと明日を生きられて嬉しい……!」
何故なら、アスランも綺麗に笑ったから。
「ナナ……」
「一緒に生きよう、アスラン。どんなに苦しくても辛くても、二人で選んで、進もう……!」
返事は無かった。
応えは強くて優しい温もりだった。
それは絶望をそっと払ってくれた。
「ありがとう……アスラン……」
そうつぶやいて、深呼吸をした。何度も、何度も。力を取り戻すように。
アスランは黙って、身体を支えてくれていた。
「よし……!」
もう一度、涙を拭った。アスランの手もそうしてくれた。
「進み方がわからないなら……」
その手をつかんで言った。
「とりあえず、思いついたことを片っ端からやっていこうかな……!」
アスランは一瞬だけ驚いた顔をして、また笑った。
「ナナらしいな」
「でしょ?」
胸はまだ締め付けられるように痛かった。情けなく震えてもいた。
が、清々しい風が吹いているようだった。
「じゃあ……まず……」
もう一度だけ深呼吸をして、周りを見回した。
コックピットのモニターには、壊れゆくレクイエムとあの基地が映し出されていた。
ズキンと痛む胸を抑えて、フリーダムとの通信スイッチをONにした。
≪ナナ、アスラン、大丈夫!?≫
ずっと心配してくれていたのだろう。すぐさまキラの声が響く。
「ごめん、キラ。もう大丈夫」
モニターも繋がった。
腫れた瞼ははっきりとフリーダムのモニターにも映し出されているだろう。
が、かまわなかった。
「キラ、ラクスに伝えて」
今はただ、初めに“思いついたこと”を口にすればいい。
「『戦争を終わらせて』って」
キラはかすかに驚いた顔をした。アスランは黙っている。
「私はまだ『死んでる』から、
ややあって、キラはうなずいた。
「先に戻ってて。私たちはちょっと寄り道して帰るから」
それを確認してから続けると、キラはまた少し驚いたが、すぐに「わかった」と言ってくれた。
そして。
≪じゃあ、あとでね。二人とも≫
短い約束の言葉を残し、エターナルの方へ去って行った。
「アスラン」
今度はアスランを向いた。
彼の視線はずっと何かを待っていたかのように、こちらを向いていた。
「寄り道って、あそこか?」
「うん、そう。助けなきゃ」
「ああ……そうだな」
アスランは小さく笑って、すぐに操縦桿を握った。
「まぁ、ルナはともかく、シンは素直に来てくれるかわからないけどね」
「そうだな」
軽口をたたくと、彼も同意した。
「でもよかった。またみんなで話ができる……!」
まだ、明日の色は見えなかった。
「レイのことも、ちゃんと伝えないと……」
レイの名を口にすると、涙が溢れる。
「ああ……」
それでも、希望があった。
「アスラン……」
彼と“また”共に生きられる喜びも。
「また、一緒にいてね」
「もう二度と、離れない」
不確かな明日の中で、確かな約束も。
「ぜったいね」
「ぜったいだ」
こんなに広い宇宙の片隅でみる、小さな夢も……。
「ルナ! シン!」
不毛な地で崩壊する基地を茫然と眺める二人を見つけた時、ナナは叫んだ。
シンが泣いているのがわかった。ルナも……。
「大丈夫……。また一緒に進めるから……」
コックピットからは聞こえるはずもないのにそう言った。
アスランが同意するように、腰を支える手に力を込めた。
そして、ジャスティスの手を二人に差し伸べた。
困惑した二人は顔を見合わせ、こちらを見上げ、また顔を見合わせた。
二人の顔を見て、色々な思いが駆け巡った。アスランもそうだ。きっと二人も……。
少しの時間が流れた後、シンは灰色に朽ちたデスティニーをみやった。そして、ジャスティスの手に足をかけた。
「シン……」
彼はすぐにルナマリアの手を引いた。
彼らが覚悟を決めたようにそこに落ち着いたのを見て、アスランはそっと反対の手を傘にした。
そしてその地を飛び立った。
そこでようやく、ナナはコックピットの外部スピーカーをONにした。
「ルナ、シン……!」
ジャスティスの指の隙間から、二人がこちらを見上げた。
まだ戸惑っている。シンの目には諦めと猜疑がある。
だが。
「また、みんなで話そう!」
思ったままを言った。
「みんなで明日を生きよう……!」
その時、シンの表情が少しだけ変わった気がした。
ヘルメットとモニター越しではっきりとはわからない。
が。
≪あした……≫
彼がそうつぶやいた気がした。