「嘘でしょう?!」
ルナマリアはモニターを点けるなり、目に飛び込んできた光景に思わず声をあげた。
「『プロジェクト・バハローグ』って……」
嫌な印象で耳に残るその言葉が、画面に映る人々の口から何度も何度も発せられている。
その言葉を口にしているのはアナウンサーだけではない。コメンテーターやら学者やら、街頭インタビューに答える一般人やら様々だ。
そして。
「プ、プラントが……」
何度も繰り返して流されているのは、プラントの最高評議会の広報官がプロジェクトについて発表している場面だった。
「ど、どういうこと……?!」
ルナマリアの見解では、『プロジェクト・バハローグ』はプラントの前体制にとっての汚点であり、その“真意”が暴かれる前に葬り去りたい事案のはずだった。
特に停戦直後のこの時期にその“真意”が公になれば、戦乱の収束どころかさらなる混乱は免れないと思われた。
軍人としての視点ではない。一般人だってわかることだ。
現にオーブ国民へのインタビューで返って来るのは、プラントやザフトに対する怒りの声ばかりだ。彼らは皆、我が国の愛する指導者を奪われ、利用され、愚弄されたことに怒っている。いや、プラントとザフトを憎んでいる。
≪バハローグ基地の事故発生後、救出に向かった部隊が、開発中MSのコックピット内で奇跡的に生存していた、ナナ・リラ・アスハ世界連合特別平和大使を……前世界連合特別平和大使を救助し……≫
広報官は毅然としつつも明らかに緊張した面持ちで、手元の原稿を読み上げている。
同時に流れるテロップも、心なしか堅苦しい文字に見えた。
≪……状況と、アスハ世界連合特別平和大使の立場と世間に与える影響力を鑑み、評議会としては公表を……即時の公表を控え、デュランダル前議長の判断を仰ぐ形となり……≫
このVTRが流れるのは、ルナマリアがモニターを点けてからもう4度目なのだが、ルナマリアもまた食い入るようにそれを見つめている。
≪以後、デュランダル前議長が『バハローグ基地の事故による生存者は無し』と正式に発表したことから、アスハ大使の救助に関わった関係者らも大使の救命は叶わなかったと認識したものであります≫
広報官はここでひと息つき、眉間の皺を濃くして続けた。
≪デュランダル前議長は事故で犠牲になったアスハ大使他、オーブ、プラント両関係者の方々、ザフト士官学校の生徒らに哀悼の意を示し、オーブや第三国を含む事故調査委員会を立ち上げて全面的に調査に協力するなど、プラントとしての誠意を示してまいりました。また、バハローグ基地において、オーブ首長国連邦代表や世界連合の方々を招いた大規模な追悼式を開き、事故への反省と再生への誓ったのであります≫
さらに彼はやや早口になる。
≪また前議長はプラント内で『プロジェクト・バハローグ』を立ち上げ、推進しました。プロジェクトの主な内容は、基地跡地の再生と慰霊塔の……≫
話が重要な部分に差し掛かった時、部屋のドアが開いた。
シンの部屋のドアだ。
「あ……シン、おはよう」
「ああ……」
ようやく起きて来た彼は、あくびをしながらモニターには目もくれずキッチンに向かう。
「ねぇ、シン!」
呼びかけても、彼は袋から取り出したパンをくわえながらコーヒーを淹れている。
「ちょっと、こっちに来てニュースを見てよ!」
急かしても無駄だった。
彼はいつもどおり、ダイニングの椅子に座る。
「ん? なに?」
「見てよ! プラントが『プロジェクト・バハローグ』の真相を発表してるのよ!」
「『プロジェクト・バハローグ』?」
シンは眠っている間に記憶でも失ったかのように聞き返す。
「もう! 寝ぼけないでよ! ていうか何時だと思ってるの? もうお昼よ!?」
「いや。まだ11時台だし」
「そんなこと言ってる場合じゃないの! ほら!」
ルナマリアが指を指すと、ようやくシンの顔がモニターに向いた。
≪……と、このようにプラント関係者及びザフト内には周知徹底されていたのではありますが、実際のプロジェクトにおける前議長の目的は異なるものとなっておりました≫
どんどん堅苦しさを増していく広報官の表情とは反対に、シンは気だるそうにつぶやいた。
「なーんだ。全部バラしちゃうんだ……」
さほど興味がないといった様子で、ひたすらパンにかじりついている。
≪前議長の目的は、前述の奇跡的に事故から生還した士官候補生を回復させ、エース級のパイロットとし、最新鋭の機体を与え、重要な任務に就かせることにありました。“彼女”を戦場に送り出し、『復活の女神』として振る舞わせることで兵の士気を高めようとし、またプラント内部の支持を得ようと目論んだのです≫
ルナマリアは小さくため息をつき、シンが同じ気持ちになってくれるのを諦めてモニターに向き直った。
≪しかしながら……さらに、前議長は重要な真実を隠しておりました……≫
広報官は初めて言いよどんだ。その額にはうっすらと汗が滲んでいるように見える。
すでにこの映像を3回見ているルナマリアには、彼が次に何を言うのか当然わかっているのだが、それでもやはり、また身構えた。
≪その唯一生還した士官候補生こそが……、実際は亡くなったとされていたアスハ大使であったのです≫
会見場がどよめいた。そして、静まり返った。
≪前議長はアスハ大使が事故の影響から記憶喪失状態であることを利用し、自身が生来プラントの人間であると洗脳して、遺伝子研究から作られた薬物によって外見を変え、『セア・アナスタシス』という“ザフト兵”を作り上げました……≫
ルナマリアも4度目の悪寒を覚えた。
≪前議長の真の目的……つまり『プロジェクト・バハローグ』の本当の目的は、ザフト兵となったアスハ大使を戦場に送り込み、その似て非なる姿をさらさせることで、敵軍……主にオーブ軍に混乱を生じさせ、戦局を優位に運ぼうというものだったのです≫
「へぇ。あいつが言ってことは間違ってなかったんだ……」
「そ、そうだけど……」
≪これは……≫
広報官がひとつ咳ばらいをした。
それで、ルナマリアはコーヒーをすするシンからモニターへと視線を戻す。
≪デュランダル前議長の独断で行われたことであり、ごく一部の側近しか知らされることはありませんでした……≫
彼は懸命に平静を保とうとしながら、そう言いきった。
≪アスハ大使については……≫
そしてまたひとつ咳ばらいをし、続けた。
≪前議長の目論み通り、『セア・アナスタシス』というザフト兵としてMSのパイロットとなり、先の戦争では最前線で戦闘を行いました……≫
会場が再び奇妙な沈黙に包まれる。
そこに漂う緊張感やいかばかりか……ルナマリアは胃が収縮するのを感じていた。
≪しかしながら、アスハ大使は戦渦の中、ご自身で洗脳を解かれ、戦争終盤にはオーブに戻られました。そして前議長が宣言した『デスティニープラン』に対抗すべく、立ち上がられたのです……≫
簡潔すぎる説明だ。
だが、それ以上、今のプラント側から言えることは無い。
≪我々、現プラント最高評議会は、前議長の『プロジェクト・バハローグ』を完全なる過ちと認め、故人となった前議長の責任を明らかとし、関係者を追及していく所存です。また、アスハ大使ご本人と、そのご家族。またオーブ国民の皆さまには……深く、お詫びを申し上げる次第です≫
額に汗を滲ませ、わずかに顔を紅潮させた広報官は、演台から一歩下がって深々と頭を下げた。
フラッシュの光が最高潮に達した。
彼はそのまま、光を浴びながらステージから去って行った。
質疑応答は無い。
沈黙からざわめきが生まれ、最後は怒声や悲鳴に変わって行った。
「なーんだ。これだけか」
シンが平淡な声でつぶやいた。
画面はすぐにニューススタジオに切り替わり、キャスターらが難しい顔で言葉を交わし始める。
そして、スタジオのモニターには“生前”のナナの映像が映し出された。
≪洗脳とは……。こんなことが許されるのでしょうか?!≫
≪明らかな人権侵害です!≫
≪謝罪をしたところで許されるようなことではありません! 世界にどれほどの影響力のあるお方を奪ったか……! プラントの罪は重いでしょう……!≫
≪罪はとことん追及されるべきです!!≫
その映像を背景に、コメンテーターたちの意見交換が白熱していく。
≪そもそもこのプラントの発表は事実なのでしょうか?≫
≪一部報道で、停戦直後から『アスハ大使が戦場に現れた』という情報が出ていましたが……≫
≪オーブ側からは何の発表もありません≫
冷静な者が静かに言うが、スタジオの空気は変わらなかった。
≪これが事実でないのなら、それこそオーブ国民どころか世界中の怒りが爆発するでしょう!≫
≪あのアスハ大使を利用されたんですよ? 前議長の独断という説明はありましたが、納得できるわけないでしょう!≫
平和を訴えるナナの顔。
対照的に、怒りに満ちたコメンテーターたちの顔。
「ね、ねぇ、シン……」
先ほどから全身に纏わりつく“嫌な予感”をシンと共有したくて、ルナマリアはシンを向いた。
「これじゃあ、またすぐに戦争だね」
彼は冷たくそう言った。
「ちょ、ちょっと……!」
「だってそうじゃないか。オーブが怒るのは無理もない。前議長はそれだけのことをしたんだから」
「そ、そうだけど……」
シンは真っ当なことを言っている。
それは頭ではわかっている。
が、どうも引っかかるのだ。
せっかくラクス・クラインの呼びかけで停戦状態にあるオーブとプラントが、これではあっという間に戦争に逆戻りだ。
今度はオーブに進攻する理由がある。
かといって、プラントもただ首を垂れてやられるわけにはいかないだろう。『前議長』を盾にして、正当な防衛体制をとるはずだ。
だが、そうとわかっていてプラントは何故このタイミングで『プロジェクト・バハローグ』の真相を公表したのか。何の解決策も打ち出さず、明らかにオーブや世界を焚き付けるようなやり方で……。
まさか、プラントは停戦に同意していないのだろうか……。
≪あ、えー、ここで今入ってきた情報です!≫
急にキャスターが慌ただしくタブレットを手に取った。
≪本日17時より、オーブ首長国連邦代表、カガリ・ユラ・アスハ氏が会見を行うとの情報が入って来ました。繰り返します……≫
チラリとシンを見た。
「カガリ・ユラ・アスハ」の名に不快感を示す様子はない。
≪プラントの突然の発表を受け、アスハ代表は何を語るのでしょうか≫
≪アスハ大使が現在どのような状態にあられるのかも気になりますが、そのあたりも明かされるのでしょうか……≫
≪最悪の場合、プラントに宣戦布告……という可能性もありますか?≫
≪それは何とも……。オーブもまだ戦力が著しく低下している状態ですから……≫
「ねぇ、本当に戦争になると思う?」
コーヒーを飲み干したシンに、ルナマリアは聞いた。
ここで議論しても仕方のないことだが、シンの思いだけは聞いておきたかったのだ。
「さぁ……」
「『さぁ』って……」
「わかるわけないじゃん、オレたちに」
いつも以上にぶっきらぼうな答えだ。
が。
「けど、アイツがこの状況を黙って見てるわけないんじゃない?」
空になったマグカップを手に、シンはシンクへと向かった。
その背中を見て、ルナマリアはようやく納得した。
「そうよね……。“ナナ”本人が……誰よりも戦争は避けたいはずだもんね……」
そうつぶやいてモニターに目を向けると、画面いっぱいに“生前”のナナが凛とした表情で演説を行っていた。
きっと、彼女は今も戦っているはずだ。この現実と……。
なんとか戦争を止めようと、怒り狂うオーブの連中をなだめ、説得していることだろう。
自身の傷ついた心は後回しにして……。
「セア……」
なんとなくそう口にしたその時、インターホンが鳴った。
「え? 誰?」
ナナに宛がわれたこのマンションに住み始めて一週間。ここを訪れたのは、2度ほどナナが差し入れを持って来てくれただけだった。
もちろん、オーブに知り合いはいない。しかも、このマンションに元ザフト兵の自分たちがいることは極秘にされているはずだった。
「は、はーい」
シンがまだマグカップの後始末をしているので、仕方なくモニターに向かった。
と……。
「え? ナナ!?」
ニュースの中にいる人物が、インターホンのモニターに映し出されている。
≪やっほー、ルナ! ケーキ買って来たんだけどお茶しない?≫
彼女は普通に友達の家を訪れたかのように、普通に笑っていた。