夏の匂いが残る風が吹く森に大樹の根元で本を読む一人のエルフの少女がいた。幼いながらに将来を期待される端正な顔立ちをしている。鳥のさえずりと風が木々を揺らす音だけが聞こえる中、少女が本のページをめくる無機質な音が周囲に小さく広がる。エルフの少女はエルフの中でも特に容姿が優れている、王族の『ハイエルフ』であった。近づいてくる者は、自分の権力欲しさに媚びを売ってくる者、また、ハイエルフにお近づきになったと周囲に自慢するために近づいてくる者ばかりであった。しかも、最近はやたらと見合いの話が挙がって来ているのだ。まだ十にも満たない、子供と呼べる自分に自分より遥かに年上の男から縁談が来るのだ、少女からすれば、自分の親とほぼ同じ歳の婚約者など冗談ではない。今日も縁談のことで両親と喧嘩してしまった。両親は「この縁談は家のためでもあり、お前のためでもあるんだよ」と言っていたが、本当は両親側の意見だけで政略結婚を進めていることを知っていた。そのことも両親に怒鳴り散らし、部屋から本を持ち出し飛び出していったのだ。ページをめくるたびに瞳から涙が溢れてくる。本を読んでいる時だけは辛く苦しい現実から目を背けることが出来る。少女は生まれてから里から出たことがない。そもそも、両親が里から出すことを嫌がっていたからだ。故に、少女にとって本だけが自分と外の世界を繋げることが出来るただ一つの方法だった。しかし、今はページをめくる指が震えて涙のせいで文字が歪み、まるで「お前と私たちでは住んでいる世界が違うのだ」とこちらを嘲笑っているかのように思えた。そう思うと、更に胸が苦しくなり、頭がぼぅ、となり、何も考えられなくなってくる。今まで我慢していた声が整った小さな口を歪めながら漏れ出してくる。ここには自分を助けてくれる人はいない、家族すら味方かどうか怪しい。本を側に投げ出し、膝を抱えて声を抑えながら泣き始めた。「誰か、助けて・・・」と思いながら。
その時
「何泣いてんだ、お前?」
自分が腰掛けている大樹の上から、自分と同じか少し年上ぐらいの女の声が聞こえた。自分しかこの場に居ないと思っていた少女は、大きくビクリと体を揺らして勢いよく上を見上げると、そこには・・・
体に大蛇を巻きつけ、その大蛇に頭から齧り付いているエルフの少女が片手で大樹の枝にぶら下がっていた。
「うぎゃああああああああああああああ!⁉︎」
「うるせぇ」ビシッ
「ガッ⁉︎」
これが人生で初めてデコピンを喰らったハイエルフの少女 『リヴェリア・リヨス・アルーヴ』と本日の昼食である大蛇を喰らっていたハイエルフの少女『アレミア・ウアリス・ファーミスト』の出会いであった。
のちにリヴェリアは、己の弟子と娘同然に育ててきた金髪の少女にこう語ったという。
「あの時森に行かなければ、姉様と出会っていなければ・・・今、私はオラリオにはいなかっただろう。姉様・・・アレミア姉様には、本当に感謝の言葉しかないよ」
時は現在に戻る
「お久しぶりです、アレミア姉様」
「おう、久しぶりだなぁ、リヴェリア」
ベルが酒場から飛び出していった後、ロキ・ファミリアのテーブルから二人の人物が私の座っているカウンター席に近づいてきた。一人はロキ・ファミリア幹部、レベル5の【剣姫】、『アイズ・ヴァレンシュタイン』。もう一人は同ファミリアの副団長、レベル6の【
「アイズとレフィーヤ・・・、ファミリアの者から報告を受けた時は信じられませんでしたが、本当にオラリオに来ていたとは驚きましたよ」
「・・・リヴェリア、知り合いなの?」
「あぁ、前に話しただろう?私の『恩人』だ」
リヴェリアは隣にいるアイズに柔らかな笑みを浮かべながらそう語る。『恩人』とか・・・そんな大したことした覚えはないんだがなぁ
「よせよ、リヴェリア。こっちが恥ずかしくなる。それにしても、随分と背が伸びたなぁ、最後に会ったのが結構前だしそりゃ当然か!」
「えぇ、正直貴女はオラリオには興味がないと思っていたので、私がオラリオにいる限りもう会えないものと思っていました」
「まぁ、暇潰しがてら適当に金でも稼ごうかと思ってよぉ。あと、興味が湧いたヤツがいてな、そいつを手助けしたくなった」
リヴェリアと話し込んでいると、アイズが「あの・・・」とこちらを伺っていた。リヴェリアも「あぁ、すまない」とアイズの背中を押して私の前へ誘導する。
「あの・・・この前は、私たちのせいで、本当にごめんなさい・・・」
「私からも謝罪させて頂きたい。本当に申し訳ありませんでした」
アイズに続いてリヴェリアも頭を下げ私に謝罪する。先日のミノタウロスが五階層まで昇ってきたことに対する謝罪だろう。こちらの様子を伺っていたロキ・ファミリアの連中がアイズ達が見知らぬエルフに頭を下げている瞬間を目にするとかなり驚いていた(エルフは特に)。
「ありゃ事故なんだろ?それにダンジョンじゃ何が起こっても自己責任だ。お前らには何の非もねぇ。それに、私はそれなりに楽しかったしな」
「はい、そのこともあるのですが・・・」
「・・・さっきの、あの子のこと・・・」
あの子?あぁ、ベルか。アイズ達も先程のプチ騒動を見ていたのだろう。まぁ、自分のファミリアの連中が馬鹿にしていた冒険者がこの場にいるとは思わなかったのだろう。
「本当に申し訳ありません、アレミア姉様。私がもう少し・・・いえ、初めからあの駄狼の口にチキンでも詰めておけば、このような・・・!本当に情けないっ」
「まぁそうだよなぁ。大手のファミリアがこんなことやってたんじゃ、それこそ『冒険者の恥晒し』だろうなぁ〜?」
店内へ響くように少し大きめで大袈裟な声を上げる。私の声を聞いたロキ・ファミリアの比較的まともそうな連中は反省しているのかテーブルへ視線を落としている。だが、ほとんどの者は私を恨みがましい視線を向けている。しかし、私の発言に反論出来ないのか黙ったままこちらを睨んでいる。おぉ、怖っ。カウンターに肘をつきながら魚料理に舌鼓を打っていると、額に青筋を浮かべた狼人のベートがこちらに肩を怒らせながら詰め寄ってきた。
「おい!弱小ファミリアの分際で俺たちに意見しようってのか、あぁ⁉︎」
「やめろ、ベート!何度言えば分かる⁉︎」
「うるせぇんだよババァ!こんな雑魚に言われてばかりでいられる訳ねぇだろうが!」
リヴェリアの制止も聞かずにズカズカと近づいてくる。顔を真っ赤にして、相当ご立腹な様子だ。
「図体がでかいだけのデクの棒が‼︎俺達に楯突くんじゃねぇ!」
「へぇ、ミノタウロスもろくに倒せないくせに、よくそんな威張れるな。どんだけ面の皮厚いんだよ、お前のファミリアは全員こんなんなのか」
「あぁ⁉︎てめぇ、喧嘩売ってんのか⁉︎俺が誰か知っててやってんのか!」
「知らんなぁ〜?お前みたいに他のやつ貶して女誘う軟弱者の冒険者なんざ」
「・・・っ!てめぇっ!」
私の煽りに我慢の限界がきたのかベートは私の顔面に向かって拳を振るってくる。リヴェリアやアイズ、ロキ・ファミリアの冒険者たちは大きく目を見開き、リヴェリアはベートを止めようと動き出した。しかし、私はベートの拳を額スレスレで受け止めてそのまま腕を捻り上げ、床に押し付けるような形で力を込める。
「ぐっ、クソッ!離しやがれ!」
「おいおいおい、元気がいいな。だがな、ここは酒場だぞ?飯を食って酒を飲むとこだぞ?喧嘩したいなら他所でやれや。そんな事も分かんねぇのか大手の冒険者ってのはよぉ」
更にベートを潰すように腕へ力を込めていく。余裕がなくなってきたのか、ベートの顔から汗が吹き出している。リヴェリアは「はあ、だから言ったのだがな・・・」と額の押さえながら呟いた。ファミリアの連中は先程とは違う意味で驚きの表情を見せている。私が勝つとは思わなかったんだろうなぁ。そんな事を思っているとテーブルの方から小柄な冒険者が歩み寄ってきた。
「すまない、ベートを離してもらえるかな?そちらもこれ以上騒ぎを大きくしたくないのでは?」
「ん?おぉ、話が分かりそうなヤツがきたな。そっちのファミリアの団長か」
「あぁ。お察しの通り、僕はロキ・ファミリアの団長、『フィン・ディムナ』だ。君がリヴェリアの恩人かい?話はリヴェリアから聞いているよ」
フィンの紹介を聞きながらベートを押さえ付けている腕を離す。ベートは息を切らしながらこちらを睨んでいる。
「うちの団員が無礼を働いてしまってすまなかった。先日のダンジョンの件も含めて謝罪させてほしい」
「私はそこまで被害に遭ってないから別に必要ないぜ」
「しかし、君の団員を傷つけてしまったのは事実だ。彼にも正式に謝罪させてほしいんだ」
そう言ってフィンは私に頭を下げた。テーブルの方から「団長⁉︎」と驚愕の声が上がる。
「ファミリアの長が簡単に頭なんか下げんなよ。ダンジョンの件は事故だし、そこの狼人の罵りもある程度は的を射ているからな」
「だが、僕たちにもメンツってものがある。どうか、ここは僕の顔を立てては貰えないだろうか」
なかなか引き下がらないフィン。結構、強情だなぁコイツ・・・。
「まぁ、ここでの話はやめようぜ。騒ぎが大きくなっちまったし、私はうちの団長を回収してから帰るわ。女将さーん、お勘定!」
「ん?アレミア姉様が団長ではないのですか?」
リヴェリアが心底不思議そうに聞いてくる。まぁ、初見じゃ私が団長だと思っちまうわな。
「いや?さっきの走っていったヤツ・・・、ベルが団長だぜ。ベルの方がファミリアに入団したのが早かったからな。最近できたファミリアだから、私とベルの二人だけなんだよ。色んなファミリア回って全部ダメで、ようやく入団できたんだよなぁ」
懐かし〜と思っているとリヴェリアが震え出した。え?どした、リヴェリア?
「・・・アレミア姉様。もしかして、ロキ・ファミリアのホームにもいらしてましたか?」
「あぁ。オラリオに着いて初日で入団試験を受けに行ったけど、門前払い喰らったわ。『貴様のような汚らしい格好の者など、我がロキ・ファミリアに相応しくない!」とか言われてな」
「・・・その者の特徴を詳しく教えて頂けますか?こちらで厳しく『指導』いたしますので・・・!」
うっわ、エルフがしちゃいけない顔してるぅ〜。ほら、溢れ出た怒気で周りの奴ら縮み上がってるぞ。なんか「私がその場に居れば、今頃アレミア姉様と同じファミリアだったのに・・・っ!」とかなり悔しそうな顔をしている。心なしかフィンが少し引いている気がする。昔はこんな感じじゃなかったのになぁ・・・。
「うちは基本的に余程のことがない限り、誰でも入団試験を受けさせる決まりなんだけどね。本当にすまない」
「別にいいよ。最終的に今のファミリアでも満足してるしな!それじゃ、そろそろ行くわ。お互いに暇な時に昔話でもしようぜ、リヴェリア」
そう言って私は昔のようにリヴェリアの頭を少し乱暴に撫でてやる。リヴェリアの顔が恥ずかしさのせいか耳まで赤くなっていく。おっと、テーブルの方からちまちまと殺気のような視線が飛んでくる。早々に退散するとしよう。女将さんにお代を払い、店を出ようとする。
「あぁ、言い忘れてた。ロキ・ファミリア諸君、いつまでもその玉座に胡座をかいていられると思わないことだな。うちの団長は必ず強くなる。テメェらがぐうたらしてる隙に追い抜かされねぇようになぁ。じゃあな」
そう捨て台詞を残し『豊穣の女主人』を後にする。しかし、向かう先は私たちのホームではなくダンジョンである。ベルは馬鹿にされても他人のせいにせず、自分のせいだと思うタイプだ。きっとあの馬鹿団長は少しでも現在より強くなろうとダンジョンへ向かうだろう。そう見越して私はベルに短刀を預けたのだ。メインストリートを進んでいると少し雨が降ってきた。バベルの前まで来たところで雨足が強くなってきた。ダンジョンへ侵入し、ベルの姿を探す。しかし、三階層まで探してもベルの姿は見えない。更に下へ潜り、五階層にも居なかった。オイオイ、こりゃエイナに叱られるぞ。そして、六階層。そこでようやくベルの姿を発見した。己の血かモンスターの血か判別がつかないほどに血に塗れ、私が持たせた短刀と自前のナイフでモンスターへ切りかかっているが、やはり安物だったせいか刃がボロボロになっている。ベルは私が来たことに気づかぬまま、一心不乱に武器を振り回している。この調子ならもう少し様子を見ていてもいいかもしれない。そう思い、しばらくベルの戦いを静観することに決めた。初めて戦うモンスター『ウォーシャドウ』にもビビらず向かって行っている。どれくらい眺めていたか分からないが、そんな中ベルのナイフが折れた。だが、ベルは倒したウォーシャドウのドロップアイテムの爪を拾い上げ、モンスターに構えている。ほぉ、よく考えたな。しばらくベルの戦いを眺めているとモンスターの流れが止まった。そして、ベルも相当疲れているのか、膝をついて倒れそうになる。咄嗟にベルの元に駆け寄り抱きとめる。ここでやっとベルは私の存在に気づいたようだ。
「うっ・・・アレ、ミアさん?・・・なん、で、ここに・・・?」
「迎えに来たんだよバカ野郎。ほら、おぶってやるから」
ベルの肩を抱き、そのままベルを背負う。ダンジョンの帰り道で襲って来たモンスター共を蹴り殺しながら歩く。
「ごめん、なさい・・・アレミアさん、僕のせいで、アレミアさんまで馬鹿にされて・・・」
「いいんだよ、あんなの。私は気にしてねぇから」
その会話が終わる頃にはダンジョンの出口まで着いており、日が昇っている。かなり長い時間ダンジョンに潜っていたようだ。あー、ヘスティア、めっちゃ心配してんだろうなぁ。
ベルを背負い直して、私たちのホームへと足を進める。それにしてもコイツ軽いなぁ、オイ。ちゃんと飯食ってんのか?メインストリートを逸れて裏路地を進むとようやくホームが見えてきた。玄関先を見ているとヘスティアが段差に腰掛けているのが見えた。
「おーい、ヘスティア!今帰ったぜー。ついでにベルも」
「わー!アレミア君!ベル君!一体どこに行ってたんだい⁉︎と、言うか!ベル君のその怪我はなんなんだい⁉︎」
「ちょっと・・・ダンジョンに、潜って、ました・・・すいません」
「うぇぇ⁉︎一晩中かい⁉︎何を考えているんだ君たちは⁉︎なぜ、そんな無茶したんだい⁉︎」
ベルのボロボロの姿を見てヘスティアは顔を青くしてあたふたしている。
「まぁ、色々あってな。あまり聞かないでやってくれ」
「・・・すいません、神様・・・」
「・・・はぁ、わかったよ。今は聞かないでおくよ。ほら、早くホームに入りな。風邪をひいてしまうからね」
ヘスティアは私たちの心情を察してか何も聞かないでくれた。ベルを部屋まで運び、ベッドに寝かせる。
「とりあえず!明日はよく休むこと!これは絶対だからね、ベル君!」
「はい、ごめんなさい、神様、アレミアさん」
ベッド寝かせた途端にベルは眠そうに瞳が閉じていく。
「神様、アレミアさん・・・」
「ん?なんだい、ベル君」
「・・・」
眠る寸前、ベルはうわ言のように呟いた。次の言葉を私とヘスティアは静かに待った。
「・・・僕、強くなりたいです」
その言葉の後、ベルは糸が切れたように眠りついた。その顔だけ見れば、年相応の少年の顔つきをした寝顔だ。ヘスティアはベルの寝顔を眺めながら、微笑んだ。
「・・・うん、みんなで強くなろう」
こうして、私のちょっと長い一日が終わり、新たな『今日』が始まった。
後半駆け足気味でしたかね?