転生者がトレーナーとしててえてえを拝みたい話 作:Siranui
ゴールデンウィークも後1日なので流石に更新速度は遅くなると思います。
アニメ最終回前、どういう結末になるのか楽しみで不安です。
05/06追記
琥珀石様
誤字脱字報告ありがとうございます。
最初から最後まで同じ間違いしていてそれを全部直して頂きました……お手数お掛け致します……
その日の練習は覚えている。 放課後の準備運動が終わりいつも通り走ろうとした時であった。 ブルボンさんがコース練習する と名前も分からないが同じように練習をしようとしていた娘達が騒いでいたの。
ミホノブルボン……無敗の三冠ウマ娘、ジュニア王者、スプリンターであると思われた無謀な挑戦者が一人のトレーナーに導かれて努力を重ねた結果、掴み取った栄光。
色々な噂が絶えないトレーナーとその愛バがコースを走ると、更に言えばその娘達は何回か練習に参加したことがあるらしく、其の度に簡単ではあるが助言を貰えると聞いた私はその日何故かほんの少しの興味と気まぐれでそちらに向かい、シニア級になったばかりとは言えどんな走りが見れるのか また助言とはどの程度の精度なのかやトレーナーがまだ専属として居ない私にとって、他人から見た走り方の助言は必要かもしれないと。
指導、でなく助言であったことも私の背を押す要因になったのかもしれない。 助言内容が私に合うか合わないかは自分で決めれば良いだけなのだから……
そのトレーナーはまだ体が本格化を迎えていないから とメイクデビュー前の私達は1,600mまでがゴールと設定された。 構わない、それまで自分はどれくらい食らい付けるのかを知りたいだけだから。
ゲート枠は外側、 枠 番と後ろ側でレースをするのなら内側で挟まれ、下がれずにズルズルと走らされるよりは斜走にならない様に落ち着いて内側に寄せられる外側の方が気分的には楽だ。 内側が良いのは逃げ~先行の最短コースを先頭に駆けだしたい娘達。 ブルボンさんは丁度中央枠4番。 有利でもなく不利でもない、そもそもこのレースの中で唯一のシニア級……それともう一人、クラスは分からないが異様に落ち着いている娘が居る。
大体のウマ娘はゲート内という狭い空間に慣れず、練習で徐々に慣れて落ち着いてゆく。 その為にパドックからゲートインまで落ち着いており、ゲート内でも周囲を見渡したり集中力を失わないウマ娘はそれなりに経験を積んでいることが多い。
(マークするのはあの二人で良い、他の娘達は十分追い抜ける)
無敗の三冠バを追い抜かせるなんて思うほど自惚れてはいない。 しかし相手は3,200m、私は1,600mと走る距離は半分以下。 それならばスパートの位置もスタミナ配分もこちらの方が有利、追い抜けなくとも距離は詰められるはず……どこまで通用するのか試してみる価値はある。
金属が擦れる音と共にゲートが開かれる。 飛び出しは十分良かったのだが他の娘が出遅れ逆に前目に付けすぎている。 少し速度を落として後ろ目につけないとバ群に巻き込まれるか大外を走らざるを得なくなる。 落ち着いて下がりつつ先頭を見据えて……
見据えて? 今ブルボンさんは何処に居る? 集団の先頭には既に見えない。 目線を前に向けるとその更に先、大逃げ、いや暴走と言える速度で加速し距離を広げていく。
追いつけない そんなこと分かり切っていることだろうが、私と彼女ではまだ積み上げてきた練習量が違う。 だがそれでもあの速度で3,200mを走り切る気なのかと思わされてしまう。
前に行け、もっと速度を上げないと差し切れない。 前に出てはいけない、只無駄に消耗するだけだ。 最初から彼女に追いつくつもりは無かっただろう。 勝負にならないことは分かっていた筈だ。
駄目だ、前に行け 勝たなければならない 走れ、走れ、ハシレ ハシレナカッタアノコノタメニモ
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「はあっ……はあっ……」
情けない、無様だ、全く自分自身の強みを生かせずにただズルズルと前に出て無駄にスタミナを削り、何もできずにゴールしただけだ。 追い抜けると思っていた同期達はどうだ? あのマークするべきだと思っていた青鹿毛のウマ娘がどうなった? それすらも分からない。
駄目だ、こんな調子じゃあの娘に報いれない。 もっともっと練習しなければ、そうでなければ何の為に……あの娘が譲ってくれた、私が今生きていることの意味が……
「大丈夫かい?」
誰かの声に思考が中断される。 目線だけ上げてみるとタオルの山が目に入った……え、なに?
余りにも突然過ぎて返答できずに居ると、タオルの山から一枚差し出される。 受け取っていいのか少し躊躇うが、差し出されると言うことは受け取っていいと言うことかしら。
大丈夫よ と答えながらタオルを受けとる。 ふわふわ度は70……くらいかしら。 大量に手配しているのだから汗を拭ければいいだろうと雑多な量産品かと思いきや顔を包み込む柔らかさ、香る柔軟剤に太陽の温かさ……一息つくのには十分過ぎるものだ。
ほうっ と息を吐くと適度に冷やされたペットボトルが差し出される。 そこまでして貰うことは無いと断ろうとしたが、経費で落ちるから遠慮しなくていい と押し付ける様に渡される。
「辛いかもしれないけど柔軟はしっかりとね、足のケアは忘れずに」
「……言われなくても分かっているわ」
「ん、例えそうだとしても声を掛けるのが責任者の仕事だからね。 悪く思わないで欲しいな」
それじゃあまた と 私から離れ、他の娘達にも同じ様にタオルとペットボトルを配っていく。 その際必ず一人一人の顔色を見ながら声掛けをしているところから体調確認も兼ねているのだろう……
じゃあ何故私の所に一番最初に来たのか、彼から見てそれほど私は消耗していたということなのだろうか……いや、私の周囲には誰も居ないからかもしれない。
今声を掛けている娘達は何人かグループで参加していた様で、走った後でもお互いに声を掛けたりしていた。 どこかに異常や不調があった場合に救助を呼んだり、代わりに声を出してもらうことが出来る。 自分で気が付かない体調悪化……例えば顔色が悪い、発汗が酷い等の表面上の不調も第三者から確認できる。
私にはそれが無い だから責任者である彼が真っ先に声を掛けて確認してきた……と言うこと。
余計な気遣い と一蹴することも出来るけど……いや、これまでも一人で出来ていたのだ。 これからも一人で出来る……余計なモノには頼らない。 私は一人で背負わなければならないのだから……
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第四コーナーを回って先頭はミホノブルボン! ミホノブルボン!! 後続を突き放す! 後ろの娘達は誰も追いつけない!!
二番手はアドマイヤベガ、必死に食らいつくがドンドン差が開いていく! 今一着でゴールイン!! 大差、大差であります! この娘に勝てる娘は居るのか!?
息が荒い、幾ら呼吸をしても肺の苦しさが収まらない。 膝に手をつき倒れ込むことだけは防ぐ、これ以上無様な姿はさらせない。
追い付けない、どんなに脚に力を込めても、どんなに歯を食いしばって駆けても……あの背に迫ることが出来ない。
これが私の限界なの? 私は一体何の為に生きているの? また何も出来ないまま……
『お姉ちゃん』
ビクンッ と身体がはねる。 走ったのとは別の意味で呼吸が乱れ、浅く口から洩れる様な吐息が続く。 目線の先にターフの上に立つ何も履いて居ない足が見える。
あ……あっ……声にならない、漏れ出すような音しか喉から出てこない。
『大丈夫? お姉ちゃん、私ね……』
ごめんね、情けないお姉ちゃんで。 貴方に生かして貰えたのに、貴方に何も出来なくて……
妹が何かを話している、でも……ごめんなさい。 ごめんね、お姉ちゃんもっと頑張るから……
「……夢……」
目に映るのは見慣れた天井で、ベッドの上で私は眠っていた。 身を起こすと頬に何かが伝って……ああ、泣いていたのね。 本当に泣きたいのは私ではないというのに……
声を出してないことだけは幸い、同室のカレンさんに迷惑はかけられないのだから……時間はまだ4時、でももう一度眠れる気分ではなかった。
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放課後、いつも通りグラウンドへ向かおうとしたところカレンさんに捕まってしまった。 どうやら野外ステージで生徒会がライブを行うので一緒に見に行こう ということ……
アヤベさんにも気分転換は必要ですよ と強引に手を取ってこうして野外ステージの観客席へと連れて来られてしまったのだけど……
「だって見ていたデータって奴も、今日は休んだ方がいいって書いてあったじゃないですかぁ」
「……それはそうだけど」
「カレンが誘わなかったら、無視してアヤベさんまた走ってたでしょ」
「そんなことは……」
「もーう、歩いていく方向も、持ってた道具もカレン知ってるんですからね」
「……」
もうどちらにしろここまで来てしまったのだから今更立ち去る訳にもいかない。 周りの席は既に満席に近く席を立って動くには遅すぎるし、カレンさんが我儘を言い始めると宥めるのも手間だし、周囲に迷惑もかける……
仕方ない、練習は後回しにして長めに取ればいい。 カレンさんには悪いけど、助言は助言でそれに従うかは私が決めること……頑張れる時に頑張らない者は、努力している者には決して勝てない。
腰を落ち着けると、カレンさんが笑ってステージへと視線を向ける。 見るからには何かしらを学ばなければならない……そういえばライブをするって、一体何をするのかしら?
見本となるとMake debut! とか私達が最初に学ぶ基礎中の基礎か、目指すべき頂 NEXT FRONTIERか……
『位置について よーい ドン!』
……はっ?? えっ、今のは夢? それとも白昼夢?? 勝負服で踊るルドルフさんとグルーヴさんの中央で踊るブルボンさんのトレーナー……
それが下手だったり、踊りに恥ずかしさが混ざっているのならば呆れればいいのだが彼は笑顔で歌い、共に踊る二人と完璧に合わせている……
あ、やっぱり君の愛バがじゃなくて俺の愛バが! なんだ。それでその部分で客席の一部を指さしてその周囲が大盛り上がり……いえ、あれ掛かってるんじゃないかしら……
……嘘でしょう、カレンさんいつの間に手拍子とか振り付け覚えているの? アンコールって叫ばないと? 待って、私はもう練習に行きたい……
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後日、あのトレーナーさんから時間がある時にトレーナー室に来て欲しいと連絡があった。 時間はいつでもよいとのことなのでその日の放課後に向かう と返信し今に至る。
コンコン、とノックを二回すると開いてるのでどうぞ と返事があったのでドアを開け室内に入る。 どうやら彼一人しか居ないらしく、デスクに置かれたパソコンで作業をしていたのか画面の向こう側から彼がこちらを覗いているところであった。
私が来たことを知ると人の良さそうな笑みを浮かべる……いや、実際良い人なのだろう。 雰囲気がほんわかとしてる。
「やあアドマイヤベガさん、まあとりあえず掛けて下さいな」
立ち上がり、歓迎する様に応接用のソファを勧められるので指示通り腰をかける。 壁際の鍵付きスチール書庫を漁り、彼が手に持ってきたものはA4サイズの紙ファイルで纏められたものだった。
「……見ても?」
「うん、少なくとも参考にはなる筈だよ」
目次からして細かい、何を鍛えたいのか、自分がどう走りたいのか、外部から見て何処に弱点があるのか、それを克服するには、対策は、怪我をしない為には何に気を付けるべきか……
まるで担当トレーナーの様にきめ細かい指摘が羅列している。 データも何処から持ってきたのか、過去の追い込みバと比較したグラフ等が並んでいる。
「何故?」
「うん?」
「何故ここまでしてくれるの? 私は貴方の担当バでは無いのに」
そうだ、私は彼の担当では無い。 それなのに何故ここまで考えたトレーニングメニューを出してくれるのか。 その時間があるならブルボンさん達に時間を使うべきで、幾らデータが欲しいと言ったからと言ってここまでする必要があるのか。
……あんな無様な走りをした私に、そんな価値は……
「何か難しい事を考えているみたいだけど」
ファイルを読む為に目線を落としていたので気が付かなかったが、彼の手が頭に乗せられる。 少しゴツゴツしているが、温かく優しい撫で方。
「生徒を助けるのに理由が必要なのか? 伸ばした手を取り、その娘に全力を尽くすのは大人の使命だ。 勝手にやってることを君がそんな気負う必要は無い」
……止めて欲しい、私に優しさはいらない。 それは全部妹が受け取れるはずだったものだから。 私は独りで頑張らないといけない、そうでなければあの娘に申し訳が立たないから……
「……余計なこと」
「そりゃ勝手にやってることだからね」
読んでみたら分かる、これは一人でも出来る様に調整されているものだ。 本当ならもっといい手段が彼は考えられる。 最後の最後に書かれている、もし他の人とトレーニングを行うならの注釈 それがいい例。
私は……分からない、目の前の人が、分からない。
「ごめんなさい、もう行くわ」
「また何かあったら来てくれ、遠慮しなくていいからね」
手の温もりが離れる、もう私には関係のない……
「ああ、それとこれも助言なんだけど……これだけは聞いて欲しい」
「……何?」
扉に手をかけたところで声をかけられる。 わざわざ聞いて欲しいって……
「資料にも書いてあるけど少し姿勢が傾いている。 今の内ならまだ脚部への負担は軽いだろうけどこれからレースに出るのならばその負担は計り知れない。 今の内にケアだけでなく何かしら対策を考えて……長く走りたいのなら」
次回は少し戻って6話、再度トレーナー視点の予定です。