6月。一般的には梅雨の季節と呼ばれる月である。
その日も、外は土砂降りの雨が降っている。いや、いたと言うべきか、今は丁度やんでいた。
提督はそんな移り気な天気を尻目に、今日の書類作業を一通り終えていた。デイリー任務も済ませ、漸く一息吐ける様子だ。
「さて、村雨。お茶でも持ってきてくれないか」
提督は今日の秘書官である村雨に、仕事終わりのお茶を頼んだ。しかし、いつもならすぐにはいはーい、と元気の良い返事が返ってくるのだが、村雨からの返事はなかった。
「……?」
不思議がって村雨の方を見ると、何やら作業をしているようだった。ソファーに座り、何かを作っている。
「あ、提督呼んだ? ごめんなさいね」
「いや、いい。それより何をしているんだ?」
気付いた村雨はすぐに謝るが、それよりも提督は村雨が作っていたものに興味があった。
手のひらサイズの白いものは、頭らしきヶ所に顔が書いており、何処かで見たことのあるような帽子をかぶっている。
「てるてる坊主を作ってたのよ。今朝は丁度雨が降っていたでしょ?」
「なるほど」
村雨が見せて来たものは、確かにてるてる坊主だった。
最近、雨の多い時期になって来たので艦娘の間ではてるてる坊主を作ることが流行っていた。
睦月のように姉妹艦に似せたものを作る者もいれば、龍田のようにぐったりとしたてるてる坊主に「潜水艦」と書いて怨念を込める者もいる。
「それは春雨か?」
「ええ。よく分かったわね」
「上手く出来てるからな」
村雨は前者だったようで、自身をよく慕ってくれる妹艦、春雨に似せたてるてる坊主を作っていた。
頬もピンク色に染められていて、とても可愛らしく仕上がっている。
「時雨や夕立達のも作ろうと思ってるのよ」
「それは喜ぶだろうな」
姉妹全員のてるてる坊主が並んだ図を思い浮かべ、提督は微笑ましくなる。
しかし、白露型は雨の名を冠している艦娘なので、雨が降っている今の時期は元気になっているのだ。
普段から雨を眺めては風情に浸っている時雨、雨に当たって気持ちよさそうにはしゃぐ夕立など、反応は違うものの、それぞれ雨を楽しんでいた。
出来れば、彼女達は雨がもう少し降っていて欲しいんじゃないかとも考えたが、提督は胸にしまっておいた。
「そうだ。村雨、間宮でお茶でもしないか?」
外は雲が厚いが、雨はやんでいる。提督は休憩も兼ねて、村雨を間宮に誘った。
「あらあら、提督からデートのお誘いですか? 村雨、ドキドキしちゃうな♪」
「か、からかうな」
「うふふ。ご一緒しますね」
村雨は駆逐艦らしからぬ色気を出して、提督をからかった。
大人っぽい性格もさることながらスタイルもよく、潮や浜風と並び胸が大きい駆逐艦として某空母達に睨まれているとのことである。
顔を赤くする提督に、村雨はコロコロ笑いながら提督の後に付いて行った。
◇◆◇◆
「間宮アイス、美味しかったですね」
「ああ。蒸し暑くなってきたし丁度いい時期だ。……ん?」
「甘味処 間宮」を出た2人。すると、提督は外がまたもや土砂降りの雨になっていることに気付いた。
今度はいつ止むかも分からない。間宮から執務室のある棟までは少し歩くので、濡れるのは避けられないだろう。
「あー、降ってきてますね」
「傘を置いてきてしまった……夕立のように濡れて帰るとするか」
「もう、仕方ないですね」
すると、村雨は持っていたピンク色の傘を開いて提督に差し出した。
「はい。相合傘、しましょ?」
「いいのか?」
「提督一人を雨の中歩かせるわけにも行きませんからね」
「ありがとう、村雨」
傘を提督が持ち、2人は執務室へ戻った。
村雨の傘は当然女性物で、男女2人が入るには少し小さい。なので、必然的に提督と村雨はくっついて歩いた。
「何だか、ドキドキしますね」
「そうだな……」
村雨は悪戯っぽく言うが、提督は実際に緊張していた。村雨のような美少女と並んで歩くことなど、今までない経験だったからだ。
しかも、村雨が腕を組んでくるので胸が当たってしまい、余計に気恥ずかしさが込み上げて来ていた。
「こうしてると、恋人同士みたいですね♪」
「なっ!?」
「なーんて、冗談ですよ♪」
緊張しっぱなしな提督の様子を知ってか知らずか、村雨はペロッと可愛らしく舌を出して冗談を言う。
当人たちはケッコンカッコカリすら行っていないのだが、傍から見ればカップルにしか見えないだろう。憲兵が見れば、それこそ取り締まりものである。
「提督ってばお堅いんですから」
「お前が翻弄してくるだけだろう……」
「こんな職場なんですし、もっと女性に慣れないと」
「女性に慣れるのと、くっついて歩くのとはまた別だろ」
艦娘を指揮する司令官という立場上、提督は女性と会話することにはとうに慣れていた。しかし、腕を組んで歩くことは今までなかった。
「じゃあ、私と一緒に歩くのは嫌ですか?」
「いや、そういう訳じゃ……スマン。気を悪くしたか?」
「いえいえ。提督がそういう方だってことは知ってますから」
「……村雨には敵わないな」
嫌味一つない言い方で提督に接する村雨。大人っぽさと色気に、本当に駆逐艦なのかと内心疑い始める提督だった。
◇◆◇◆
「雨、止んだな」
「本当、すぐ止みましたね」
執務室に着くと、外は雨粒一つ落ちていない状態に戻っていた。
外は変わらず雲で覆われていたので、きっとまた降るのだろう。
「降っては止み、降っては止みか」
「ですね。あ、こういう雨を何ていうか知ってますか?」
唐突な村雨の質問に、提督は首を傾げる。
通り雨じゃないのか? と一瞬口にしそうになったが、それでは捻りがなさすぎると思い留まった。
では、何というのか。答えは一つしかなかった。
「村雨、か?」
「当たりです。知ってたんですか?」
「いや。ただ、バレバレだったぞ」
村雨。目の前にいる彼女の名前の由来だった。
群れ降る雨、ということで本来の言葉は群雨という言葉だったが、いつしか今の村雨になったようだ。
「でも、そんな「村雨」のおかげで村雨と相合傘が出来たから、感謝すべきかな」
「そうですね。「村雨」に感謝してください!」
ドヤ顔で胸を張る村雨に、提督はプッと吹き出して笑う。釣られて、村雨も笑い出した。
外は相変わらずの曇り空だが、晴れ晴れとした彼女に提督は楽しい午後を過ごすことが出来た。
「そういえば、まだ言ってなかったな」
「?」
「進水日、おめでとう。村雨。それと、いつもありがとう」
提督は日ごろの感謝と祝いの言葉を、用意していた花束を一緒に贈った。
全く予想もしていなかったサプライズに、今度は村雨の方が顔を赤くする番であった。
6/20は村雨の進水日。
なので、5分で考えて1時間で書きました。間に合ってよかった。
おめでとう、村雨。