鎮守府の朝は早い。
日が上る少し前、提督は布団の中で未だスヤスヤと眠っていた。勿論時計は置いてあるが、アラームが鳴る気配はない。
最近、彼は目覚まし時計をセットしないようにしている。何故なら、こんな規則的な音しか鳴らさないものよりも強力な目覚ましがあるからだ。
「提督―っ!」
その時、提督室のドアがノックもなしに勢いよく開かれた。
元気よく中に入ってきたのは、黒いセーラー服の少女だった。ショートカットの茶髪に、チャームポイントの赤いカチューシャが実に女の子らしいが、スカートの裾から見える砲門や背負った大きな煙突等から普通の少女じゃないことが伺える。
「白露、一番に起床しました! だから提督も起きてー!」
白露型の一番艦、白露は彼の秘書官を務める艦娘だった。
白露は人差し指を天高く掲げる一番のポーズを取った後、提督の掛け布団を引き剥がした。
「んん……おはよ、白露」
「はい! おはようございます!」
まだ寝ぼけ眼のまま、提督が朝の挨拶をかわすと、白露は高いテンションを維持したまま敬礼した。
ここまで元気な少女が起こしに来てくれるのだ。目覚まし時計より遥かに目覚めがよかった。
◇◆◇◆
白露は「一番」であることに並々ならぬ拘りを持っている。
朝起きるのも、ご飯を食べ終わるのも、敵船を発見するのも、攻撃を仕掛けるのも。
「まいどありー♪」
改造を受けてから、白露自身の性能も上がり、ますます活躍に磨きがかかっていた。
左手に装備した連装高角砲で敵軽巡洋艦を轟沈させ、今日もMVPを取って帰って来たのだ。
「ただいまー! 提督ー、私が一番だよー!」
「おう、お疲れ様」
海域から帰還した後も、白露は一番活躍したことを自慢してくる。
一番艦だから、という理由だろうが、とにかく白露は一番になることが好きだった。
戦果を自慢することは旗艦であっても、他の艦にとって面白くないことである。
しかし、今回の任務に同伴した艦達も白露の性格は知ってるので、寧ろ微笑ましく眺めていた。
「んじゃあ、最初は白露と木曾が入渠してこい。戦艦達はその後な」
「はーい!」
「仕方ねぇな」
ただし、活躍したとはいえ白露は小破状態まで被弾していた。疲れを取る為、軽巡洋艦の木曾と共に入渠ドックへ向かい、他の艦は自室で待機ということになった。
「あ、村雨は残ってくれ。少し話がある」
「はい?」
提督は唯一ノーダメージだった駆逐艦、村雨を部屋に残す。
他の艦が出ていくと、村雨はニヤニヤとしながら提督に近付く。
「それで、私に何の相談かしら?」
駆逐艦の中では、体の凹凸の目立つ身体付きである村雨は、艶のある声色で提督に尋ねてくる。
その色香に提督はやや頬を染めつつ、咳払いをして気を取り直した。
「いや、白露のことについてなんだ」
「あぁ、なるほど」
提督が用件を伝えると、村雨はパッと態度を変えて納得した。
村雨は白露型の三番艦。つまり、白露の姉妹なのだ。但し、性格は圧倒的に姉より大人なのだが。
提督は、前々から白露の性格について気になっていた。一番を目指す意欲は結構なのだが、あまり誇張しすぎれば、当然誰かから反感を買う。それが出撃の際の戦果ならば尚更だ。
今は比較的落ち着いた性格の艦達で艦隊を組んでいるが、今後入ってくる艦娘次第では隊に亀裂を生むかもしれない。
「俺が一度、ビシッと言ってやるべきなんだろうけど……」
提督としても、部下の不手際は叱るべきだ。しかし、彼は白露が一番を取った時の気持ちのいい笑顔を見ていると、とても叱ってやる気分にはなれなかった。
悩む提督に、村雨はさっきまでのふざけた態度と別に、落ち着いた女性らしく話し出した。
「白露は一番が好きなだけであって、一番だから他人を見下したり、誰かを出し抜こうだなんて考えてはいませんよ?」
村雨の言葉に、提督も大きく頷く。
白露が一番を取った時に、随伴艦を馬鹿にしたり見下す態度を取ったことは今までなかった。寧ろ、一番を取る以外では白露型の長女らしく他の艦を気にしたりする程だ。
だから、今まで誰も文句を言わなかったのだろう。
「今だって皆と上手くやれてますし、大丈夫ですよ」
「そうか……」
村雨はそう言い残して、自分の部屋に戻って行った。
姉妹艦のお墨付きを貰いはしたが、提督は少しばかりの不安を残していた。
◇◆◇◆
「一番風呂、もらいましたー!」
入渠を終えた白露は肌に艶を戻し、提督室に戻って来た。
今日はもう出撃もないので、これから秘書艦の仕事を務めるのだ。
本部から来た書類を眺めていた提督は、風呂も一番かと苦笑しながら秘書を迎え入れる。
「よーし、まずは今日の報告書を作んないとね!」
「白露、少しいいか?」
張り切る白露に、提督は何気なく声を掛けた。
作業しながらでいい、と付け加えたので、2人は仕事をこなしながら話すことになった。
「白露は、何で一番に拘るんだ?」
提督は、白露を鎮守府に迎えてからずっと抱いていた疑問を口にした。
決して文句があるわけではない。この娘はどうして一番になりたがるんだろう、という純粋な疑問だった。
白露は一瞬だけ報告書を書く手を止め、すぐに満面の笑顔で答え始めた。
「だって、一番は格好いいじゃないですか。こんなに多くの優秀な艦がいる中で自分が一番ですよ? それだけで、自分はすごいんだってやる気が出るんですよ」
白露の言う通り、この鎮守府には既に多くの艦娘が所属している。駆逐艦から戦艦まで幅広く、それぞれの特性を任務に活かしている。
そんな艦娘達の中の一番ならば、確かにすごいだろう。
「もしも今が一番じゃなくても、次は一番になろうって目指して、もっとやる気を出せる。一番は明日の活力なんですよ」
常に一番を目指す白露ならではの熱い言葉だった。
これは戦場に身を置く艦娘だからこそ、明日を行き抜く為の活力を出そうという心の現れも含んでいるのかもしれない。
純粋に一番を目指すだけの白露が、提督には眩しく見えた。これなら、自分の心配も無用の長物だと思えるくらいに。
「そっか。一番はすごいな」
「そうですよ! だから、提督も頑張って一番目指そうよ!」
提督が気付くと、白露は目をキラキラと輝かせて天高くを指差していた。
今の白露は戦意高揚状態に近いのかもしれない。
「提督は皆を指揮する提督なんだから、当然一番だよね!」
「ははっ、そうだな。白露に負けないよう、一番を目指すか」
子供のようにはしゃぐ白露に、提督は同じように天を指差した。
何の一番を目指すのかはよく分かってはいないが、一番のポーズを取るだけで元気が湧いてくるような気がしていた。
「ってな訳で、一番に仕事終わりな」
「あーっ、ズルい!」
白露と話している内に、提督は手を休めなかったので資材確認と新しい航路の確認資料をまとめ終えていた。
一緒に一番を目指すと言っていた白露は先に仕事を終えた提督に文句を言いつつ、残った報告書を急いで書き上げたのだった。
白露ちゃんマジ一番