白露型といっしょ   作:雲色の銀

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給食係といっしょ

「司令官、おはようございます」

 

 執務室の扉が2回軽く叩かれ、開かれる。と、同時に少女の挨拶が聞こえてきた。

 少女はピンクのサイドポニーを揺らし、柔らかな笑顔で提督の前までやってくる。しかし、白くて細い手には女の子が持つのに似合わないような厳ついバケツを持っていた。

 朝早く起き、朝刊を読んでいた提督は少し寝惚けた頭で彼女の存在を思い出していた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 今夏に行われた大規模作戦にて、提督は無事にAL方面の陽動とMI諸島の攻略を成功させた。その報奨として、鎮守府に新たな艦娘達が配属となったのだ。

 その内の1人こそ、現在提督の目の前にいる少女で、白露型の5番艦である春雨だった。

 

「姉さん達、お久しぶりです!」

「久しぶりね、春雨!」

「元気だった?」

 

 春雨が鎮守府に来た時には、白露型の4人で盛大に歓迎した。遅れて来た妹だっただけに、今回の配属がとても嬉しかったようだ。

 特に3番艦の村雨や4番艦の夕立とは仲が良く、艦だった頃には五月雨を含めた4人で第2駆逐隊として活躍していたという。

 

「あれ、五月雨はまだいないんですか?」

「五月雨は涼風と一緒に長距離遠征中だよ」

 

 現在、鎮守府にいる白露型は7人。残りの2人はこの時は遠征に出ており、生憎姉妹達と春雨を迎えることが出来なかった。

 後に帰ってきた2人を入れて、この日は朝まで歓迎パーティーを開いていたようだった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 こうしてやって来た春雨は、来たばかりの鎮守府に慣れてもらう為、暫く秘書艦に付いてもらうことになったのだ。

 因みに、持っているバケツは補給物資用で、かつて春雨がよく輸送任務を請け負っていたことから持っているとのことである。かなりの強度を持っているので、鈍器として使えるのではと、提督は一瞬思ってしまった。

 

「おはよう、春雨。もう鎮守府には慣れたか?」

「はい、おかげさまで。司令官や姉さん達が優しくしてくれるので、すぐ慣れちゃいました、はい」

 

 春雨が来て1週間。大分慣れてくれたようで、春雨は可愛らしくニコッと微笑んで頷いた。

 そんな春雨に関してまず提督が気付いたのは、彼女だけが自分を「司令官」と呼ぶことだった。駆逐艦は大体が自分を「提督」ではなく「司令」か「司令官」と呼ぶ。しかし、白露型駆逐艦の6人は大型艦達と同じく「提督」と呼ぶのだ。

 呼び方の違いで、提督は春雨が白露型であると最初は気付かなかった。呼び方については些細なことなのですぐに気にしないようにはなったが、白露型一同が会するとどうしても浮いてしまうと思った。

 

「司令官。朝ご飯まだでしたら、春雨が作ってもいいでしょうか?」

「ああ、頼むよ」

 

 春雨の性格は白露型にしては珍しく、大人しい方であった。特に自己主張もなく、真面目な点は同じ白露型では時雨や五月雨に近かった。しかし、提督の面倒をしっかりと見てくれて、優しく棘のない性格は白露型姉妹全員と共通である。

 また、女の子らしく戦闘よりも輸送任務等の平和な任務を好み、家事も好んでやってくれる一面もある。この点は、姉の村雨の影響もありそうだが。

 

「はい、出来ました。春雨特製、麻婆春さ……嘘です」

 

 暫くして、出来上がった朝食を運んできた春雨に、一瞬提督はズッコケそうになった。出会った時にもそうだったが、自身の名前を食べ物の春雨に掛けるのが春雨の持ちネタのようだ。よく見てみると、お盆の上には麻婆春雨ではなく、焼き鮭の定食が乗っていた。

 

「和定食にしてみました」

「そりゃそうだ」

 

 互いに笑い合いながら、長机に移動して2人で朝食を取った。鮭には控えめながら塩味が効いており、朝なのにご飯がよく進んだ。時雨や村雨にも負けないご飯の出来に、提督はすっかり満足していた。

 

「うん、今日も美味いよ」

「ありがとうございます」

 

 提督が褒めると、春雨は慎ましくも嬉しそうに笑った。提督は改めて、幼い雰囲気ながらしっかりとしていると感心した。

 そのまま春雨特製の朝食を味わいながら、提督はふと思った。白露達とはもう半年ほどの付き合いだが、春雨とはまだ一週間程しか経っておらず、彼女のことはよく知らない。そこで、提督は春雨と姉妹達のことについて自分が今知っていることと合わせながら聞いてみた。

 

「春雨は、村雨や夕立と同じ部隊にいたんだよな?」

「はい、第2駆逐隊です。けど、村雨姉さんとは途中で別れてしまって、夕立姉さんは……」

 

 第三次ソロモン海戦。夕立がソロモンの悪夢と呼ばれるようになった戦いだ。そして、夕立もまた自分が倒した艦達と共に海の底へ沈んだ。

 夕立の華々しい戦果も、凄惨な光景を目の当たりにした春雨には姉を亡くしたという辛い思い出である。

 

「けど、五月雨とはずっと一緒だったんです。それで、今度は白露姉さん達第27駆逐隊に編入になったんです、はい」

 

 春雨と五月雨は村雨達だけではなく、白露や時雨とも同じ部隊にいたのだった。姉妹達全員が揃うことはなかったが、姉達と共に戦った春雨の中には頼もしい姉妹の姿が残っていた。

 

「それから、一度は任務の為バラバラになったんですが、最期にはまた4人で集まって……」

 

 最期には。そう語る春雨の姿は、悲しくも少し嬉しそうに映った。春雨は空襲により、再編された第27駆逐隊の最初の犠牲となった。

 村雨の死に目に立ち会えず夕立の戦いを見送った春雨は、姉妹達に看取られながら沈んでいったのだ。

 

「すまないな、嫌なことを思い出させた」

「い、いえ。今は皆一緒ですし、はい」

 

 提督が頭を下げると、春雨は慌てて手を振った。今は姉達全員と共に、任務に当たれるのが春雨にとって嬉しいことだった。

 優しく答える春雨に、提督は元気をもらったような気がした。姉妹思いで優しい彼女が、戦いを好まない理由がよく分かる。

 

「さて、今日は村雨達と共に北方の鼠輸送任務に出てもらいたい。行けるな?」

「はい! 頑張ります!」

 

 朝食を取り終わり、本日の任務を確認する提督へ春雨は明るく敬礼をした。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 余談ではあるが、任務が終わり日も暮れた時間でのこと。

 

「じゃーん! 春雨特製、麻婆春雨! やっちゃいました!」

 

 春雨が夕食に作って来たのは散々ネタにしてきた麻婆春雨だった。

 料理の上手い春雨だけに味は心配していないが、提督は流石に笑みが引きつっていた。

 

「おぉー、春雨グッジョーブ!」

「いい匂いっぽい~!」

「わぁ、美味しそう!」

 

 しかも、任務から帰って来た村雨、夕立、五月雨まで執務室に同席していた。提督も入室を許可してはいるが、段々と執務室が白露型艦娘の憩いの空間になってるような気がしないでもない。

 

「司令官!」

 

 苦笑する提督の元へ、麻婆春雨を皿によそった春雨がやってきた。だが、何故か顔を真っ赤にしている。提督はその理由を次の瞬間に把握することになる。

 

「春雨を、食べてください!」

 

 叫びながら皿を差し出す春雨に、提督は思わず吹きそうになる。そして、村雨へ視線をやると、ニシシと悪戯っぽく笑っている三女の姿が映った。

 この爆弾発言は村雨の入れ知恵で、言わせるためにわざわざ麻婆春雨を作らせたのだと提督は理解した。あぁ、この手の悪戯は村雨の好きそうなことだと。

 

「提督~? 何顔真っ赤にしてるんですか~?」

「てーとくさん、熱っぽい?」

 

 追い打ちを掛けるように村雨がからかい、提督の様子に気付いた夕立も首を傾げて尋ねた。夕立はこの悪戯の意図については分かっていないらしかったが。

 こうして、提督は夕食の間、村雨達の玩具にされてしまうのだった。これも、平和な鎮守府の日常である。




ドジっ子より先に美味しそうな子を書きました。

僕も春雨が食べたいです。

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