12月24日。世間一般ではクリスマス・イヴと呼ばれる日だ。
鎮守府の中でもクリスマスムードが漂っており、工作艦「明石」のやっているアイテム屋ではクリスマス用の家具が大量に入荷されていたり、駆逐艦が飾りつけを手伝っていた。給糧艦「間宮」や「伊良湖」、居酒屋を営んでいる軽空母「鳳翔」はクリスマス用のケーキや七面鳥などのメニュー製作に勤しんでいる。
元来、クリスマスは外国の祝い事なのであまり親しみのない艦娘も大勢いたが、楽しそうな雰囲気を次第に楽しむようになっていた。
◇◆◇◆
雪のように白い壁紙にクリスマスの飾り、白と青のクリスマスツリーなど、提督のいる執務室も見事にクリスマス一色と化していた。しかし、提督は仕事の手を休めるわけにもいかない。
今日と明日、つまりクリスマスの間は出撃をなしにした分、書類作業が増してしまったのだ。艦娘達が楽しそうにクリスマスを祝っている裏では、提督の苦労があった。
「ふぅ……」
作業をキリのいいところまで終え、一息吐く提督。この分なら日が暮れるまでには終わると思いながら、もう一つの紙束にも目を通す。そこに書かれていたのは、艦娘達がサンタに頼んだプレゼントの希望だった。
半数以上が幼い駆逐艦が書いたものだが、中には「紅茶セット」と書いた戦艦や「北か……酸素魚雷」と書いた雷巡なども紛れ込んでいた。分かりやすいと微笑む反面、提督は懐具合が少々心配になる。
大体目を通すと、普段から提督と一番親しい位置にいる艦達の用紙がないことに気付き、提督は首を傾げる。彼女達も駆逐艦なので、てっきり書いたものだと考えていたのだ。
「提督っ!」
その時、丁度考えていた艦娘の内の一人が勢いよく執務室の扉を開けて来た。ノックもなしに、と頭を抱えそうになったが、彼女にだけは注意しても聞きそうにない。
その少女、白露型一番艦の白露は眩しい程の笑顔を提督に向けていた。
「てーとくさん、見てみて~!」
「ちょっと、押さないでってば」
「ふっふーん! 提督にもお披露目しないとね!」
ドヤ顔で語る白露の後ろでは、夕立と時雨の声も聞こえて来た。どうやら、夕立が時雨のことを押しているようだ。
一体何事かと思う提督だったが、次の瞬間には何があったのか把握することになった。
「はいはーい! 時雨改二、クリスマスバージョンでーす!」
「時雨姉さん、似合ってます! はい!」
村雨と春雨の紹介と同時に入って来た時雨は、いつもの格好とは少し違っていた。
まず目に入ったのは赤い帽子だ。三角形の先端には丸い白の毛玉がついており、白い縁からは時雨のアホ毛はぴょこんと飛び出ている。首には夕立とお揃いのマフラーを巻いて、手には大きな白い袋を持っている。
黒い制服は普段通りだったが、時雨は何処からどう見てもサンタと呼べる服装をしていた。
「ほぅ、似合っているじゃないか。どうしたんだ?」
「折角のクリスマスですし、サンタ役が一人いてもいいかなぁって」
素直に褒める提督に、村雨が説明し始めた。
時間は数時間前まで遡る。白露型の5人はクリスマスムードの鎮守府を盛り上げるべく、サンタの衣装を着る役を決めていた。
「那珂さんから衣装貰って来たわよ」
サンタの衣装は四水戦の好で那珂が村雨にくれたものだ。因みに那珂もクリスマスバージョンとなり、艦隊のアイドルとして鎮守府内を盛り上げている最中だった。
となると、サンタ役は四水戦の誰かということになりそうである。
「そのまま村雨が着ればいいんじゃないかな」
「んー、それもいいけど、こういうのは皆で楽しむものじゃない? だから皆で決めましょ」
「賛成っぽい~」
「私も賛成です」
時雨の指摘に、村雨は答えながら炬燵に入った。みかんを差し出している春雨と、それを食べさせて貰っている夕立も姉の意見に賛成のようだ。
ここで断るのも野暮なので、時雨も頷いておいた。
「じゃーん! そうくると思ってくじ引きを作っておきました!」
すると、さっきまで静かだった白露が自作のあみだくじを見せて来た。こういう祝い事でさり気なく気を利かせる辺り、やはり彼女は白露型の長女なのである。
時雨達はそれぞれ名前を書き、最後に空いた枠に白露が記入したところでくじを開く。下の部分には5つの線の内一つだけサンタと書かれている。その先を辿っていくと、今年のサンタ役の名前が書かれていた。
「サンタは……時雨っ!」
「……えっ?」
白露の発表に、時雨は目を丸くした。参加するとは言ったが、まさか本当に自分が当たるとは。
そして、時雨が当たったと判明した瞬間、村雨と夕立の双子姉妹の目がキラリと光った。
「さぁて、時雨ちゃ~ん?」
「お着替えするっぽい!」
「えっ、ちょ、服までは変えないんじゃ!? 春雨、助けて!」
「はぅ!? ご、ごめんなさい、私にはどうにも……」
時雨の疑問も聞き入れられることなく、村雨と夕立に取り押さえられてしまった。暴走した夕立を取り押さえるのは春雨の役割だが、今回は村雨もいるので手が付けられないらしい。助けを求める時雨に、春雨は手を合わせて頭を下げていた。
この後、村雨プロデュースで時雨の様々なサンタのコスプレが行われたが、結局現在の格好に落ち着いたようだ。
「本当はサンタのワンピースとか、着せたかったんですけどね」
「もうその辺にしてやれ」
未だ納得のいかない村雨に、流石に不憫に思った提督からの静止が入った。
「マフラーは夕立とお揃いっぽい!」
「ほら、もっと提督に見せてあげなきゃ!」
夕立と白露に押され、時雨は提督の傍に寄る。帽子とマフラー、袋を持っているだけだが、本人は恥ずかしいようだ。祝い事であまり羽目を外さなそうな時雨がサンタ役に当たってしまったのは何の因果だろうか。
「提督、どうかな?」
「あぁ、似合ってる。一足早くプレゼントをもらった気分だよ」
頬を染めるサンタ時雨に、提督は頭を撫でてやった。書類仕事で溜まっていた疲れが一気に吹き飛んだような気がしていた。
「あぁ、そうだ。お前達、プレゼントは何がいい? お前達の用紙だけが見当たらなくてな」
丁度良かったので、提督は5人のプレゼント要望を聞くことにした。
余っていた用紙を配ると、白露達は長机でそれぞれプレゼントを考え出した。
「ん? 時雨、お前はいいのか?」
しかし、時雨だけは受け取った用紙に手を付けずに提督の傍で白露達を見ていた。
提督が尋ねると、時雨は帽子のポンポンを揺らしながら頷く。
「うん。それより提督。ちょっとした提案があるんだけど」
時雨は可愛らしく微笑み、提督に自身の提案を耳打ちした。
白露達が要望を書き終わる頃には話し合いも済ませ、双方ともニコニコと微笑んでいた。
◇◆◇◆
クリスマスの夜、ということで食堂では盛大なパーティーが開かれていた。
明石が用意したツリーには様々な飾りつけが施されており、頑張った駆逐艦達には間宮特製のケーキが振る舞われていた。
「初春ちゃん、クリスマスだよ、クリスマス! 子日、クリスマス大好き!」
「これが……「ちきん」? む、ほうほう……」
クリスマスにはしゃぐ娘がいる一方で、やはりまだ慣れない言葉に疑問符を浮かべる娘もいるようだ。
西洋の祭事に不満を漏らす者もいたが、ケーキや七面鳥を口にするや否やすっかり虜にされていた。
「七面鳥……」
「あれ、瑞鶴? 何で怒ってるの?」
翔鶴型の妹、瑞鶴だけは七面鳥に対して思うところがあるようで、常に不機嫌そうにしていた。
二航戦である飛龍が気付くも、何故怒っているのかは分かっていないようで、首を傾げながら七面鳥に舌鼓を打っている。
「シュトーレン、美味しいです♪」
「ハチは本当にシュトーレン好きだよね」
「レーベ、そういう貴方も……」
「レープクーヘンもあるよ! ビスマルク姉様、どうぞ!」
「あら、ありがとう」
ドイツ出身の艦と、ドイツへ遠征に行ったことのある伊8はクリスマスに馴染があるようで、ドイツ製のお菓子を嗜んでいる。
それぞれがクリスマスを楽しみつつ、イヴの夜は更けていった。
そして、宴もたけなわ。騒がしかった食堂も静かになり、艦娘達が寝静まった頃合い。
「ホゥホゥホゥ、とでも言っておこうか」
「そうだね」
艦娘達の寮の玄関ホール。赤い服に帽子といった、サンタの衣装を着た提督が隣にいる時雨に呟く。2人は大量のプレゼントが入った白い袋を担いでいた。
本来なら、ここに立っているのはサンタ提督一人だけのはずだった。しかし、数の多い駆逐艦と一部の他の艦に一人でプレゼントを配って回るとなると、終わる頃には夜がすっかり明けているだろう。
そこで、時雨は折角サンタになったのだからと、提督の手伝いを買って出たのだ。提督は自身の計画が読まれていたことに最初は驚いたが、本心は人手が欲しかったのでありがたく手伝いを頼むことにした。
「じゃあ、さっさと済ませようか」
「うん。僕が吹雪型、綾波型、暁型、睦月型、陽炎型、夕雲型、白露型だね」
時雨は改めてプレゼントリストを確認する。彼女が数の多い駆逐艦の部屋を担当し、残りと他の艦種の娘達を提督が配って回ることになっている。
仕事が終わったら執務室に集合することになっている為、提督と時雨はここで一旦別れた。
「さて、最初は朝潮型か」
提督が最初に訪れたのは、朝潮型駆逐艦のいる部屋だった。駆逐艦の寮は人数が多い為、一室が大きく作られている。
朝潮型も現在の人数は7人と多く、ダブルベッドが4つも設置してある。そして、それぞれに靴下が飾ってあった。
「よし、寝ているな」
提督は朝潮達の寝顔を確認する。普段は提督に棘のある態度を取る霞や満潮も、眠っている時は少女らしく大人しい。
朝潮達のプレゼントを確認すると、それぞれに個性がある艦娘でもやはり同じ艦級で通じるものがある。
「朝潮は戦術指南の本、大潮は61cm酸素魚雷、満潮は新しいペンとノートか……真面目だな」
朝潮型姉妹は趣向品ではなく、勉強道具や武装をプレゼントに頼んでいたのだ。根が真面目な姉妹が揃っていることに、提督も感心する。
しかし、提督は真面目すぎるのもどうだろうかとも考えていた。艦娘とはいえ、彼女達はまだ幼い少女だ。趣味の一つもないと不安になってしまう。
せめてもと、知徳は要望の品と一緒に可愛らしいぬいぐるみも置いていった。もう少し女の子らしく生きられるようにと願いながら。
一方で、時雨は暁型の部屋を訪れていた。暁型は第六駆逐隊を組んでいた4人のみであるので、部屋が広く感じてしまう程スペースが余っていた。
「うーん、暁達はやっぱり暁達らしいね」
リストを見て、時雨は苦笑する。
暁が頼んだのは日曜朝にやっている女児向けアニメのグッズ、響は何に使うのかよく分からない雑貨セット、雷は「上手な世話の焼き方」という本、そして電は主に身長を伸ばす為の健康器具だった。
朝潮型とは対照的に、プレゼントにまで個性が滲み出ている。スヤスヤと眠る姉妹の元へプレゼントを届けたサンタ時雨は、次の部屋へとそっと移動した。
◇◆◇◆
「さてと、最後か」
粗方配り終えた時雨が最後に立ち寄ったのは、本来は自分の居場所である白露型の部屋だった。
そっと開け、中を確認すると規則正しい寝息だけが聞こえて来た。
姉妹達が眠っていることを知ると、時雨は物音を立てずに入ってプレゼントを置き始めた。
「ウチの姉妹も、暁達のことを言えないかな」
白露型も、暁型姉妹に負けず劣らず個性豊かな少女達が集まっていた。
一番艦に誇りを持つ白露は「世界の一番大辞典」という謎の本、一番大人びた村雨は新作の化粧品、その村雨の双子の妹である夕立は彼女によく似た謎のぬいぐるみと顔付きの魚雷、その下の妹の春雨はお料理本をリクエストしていた。
更に、六番艦の五月雨は「ドジを踏まない為に気を付けること」という自己啓発本、五月雨の隣でいびきを搔いて寝ている涼風は独楽や剣玉といった古風な玩具をそれぞれ注文している。
何が欲しいか、というだけで性格が分かってしまう辺り、姉妹達は濃ゆいなぁと時雨は思ってしまう。
そして、最後は自分のプレゼント。中に何が入っているのかはリストを見れば分かるので、時雨は開けてしまいそうになった。
「……これは、アンフェアかな」
だが、時雨は自分のプレゼントをそっと自分のベッドに置いて部屋を去った。
これはサンタからのクリスマスプレゼント。クリスマスの朝を迎える前に空けてしまえば、ただの物になってしまうからだ。
空になった袋を畳み、時雨は執務室へと戻った。
「お疲れ、時雨」
「うん、提督もお疲れ様」
「ホットココアを入れておいた。飲むか?」
「ありがとう。頂くよ」
執務室では、通常の白い制服に戻った提督が時雨を迎え入れた。デスクではなくソファーに座り、暖炉で冷えた体を温めているようだ。
珍しく提督の方からココアを入れたらしく、湯気の立つマグカップを差し出す。時雨は提督の隣に座り、ありがたくココアを頂くことにした。
「……美味しい」
「意外か?」
「あ、ううん……ちょっとだけは意外かな」
ホットココアは時雨の冷え切った体に温もりを沁み込ませ、優しい甘さは寮棟を奔走した疲れを癒してくれた。
美味しいと感じたあまり、時雨は少し緩んで本心を話した。
『提督の入れたココアはレアだなぁ』
そんなことを思いながら、時雨は頬を染めてまた一口ココアを飲む。口の中に広がる甘さと温かさが、まるで提督からのプレゼントのようにも感じられた。
しかし、提督のプレゼントは実は別に用意されていた。
「時雨。メリークリスマス」
提督は長机に置いてある、ラッピングされた箱を時雨に渡した。
一瞬、キョトンとした時雨だが、渡されたものが何なのか把握すると、犬耳のような癖毛とアホ毛をぴょこんと立てて驚いた。
「えっ、いいの?」
「ああ。今日手伝ってくれたお礼、という訳ではないが」
時雨は提督から渡された箱をそっと開ける。
中には薔薇の花と一緒に、黒い毛糸の手袋が入っていた。
「これ……」
「女性に何を贈ればいいのか分からなくてな。鎮守府にいる間は寒くないよう、と思ってそれにした」
薔薇の花はおまけだ、と付け足す提督だが、時雨はどちらのプレゼントもこの上なく嬉しかった。
時雨にとって、提督が自分の為にプレゼントを考えてくれたことが重要なのだ。
「提督、ありがとう」
こんなにも大事にしてもらったことに感謝する時雨。手袋をギュッと抱き締め、目から涙を一滴零しながら微笑む。
もしかして気に入らなかったのでは、と心配していた提督はホッと胸を撫で下ろす。
可愛らしいサンタと共に過ごす、そんなクリスマスの夜も悪くない。提督は隣に座る時雨の頭を撫でながら、心の中まで温まっていくのを感じていた。
提督と時雨、2人のココアは何時の間にか甘さが増しているようであった。
今回はXmas時雨が可愛すぎたので、衝動的にクリスマス短編を書きました。
ほっこりして頂ければ幸いです。